表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:sou〜超現実拡張妄想変換装置(仮)改〜  作者: 西ノ圭吾
第三章 初衝動
11/23

# Re:sou 第十話「孤児院の悪党」

その洞窟に、名前はなかった。


小国群のどこか。


地図にも載らない山の奥。


人の足が届かず、祈りも届かず、ただ長い年月だけを飲み込んで肥え太ったダンジョンだった。


奥の奥。


濡れた肉のように脈打つ赤い結晶——コアのそばに、いつからか、ボロをまとった旅人が立っていた。


影が、薄かった。


旅人は、コアを見下ろして、退屈そうに首を傾げた。


この穴の主は、もう長い。


マスターも代を重ね、貯め込んだ魔素は淀むほどに濃い。強い。強いのだろう。ここに迷い込んだ人間なら、百人が百人、奥へ辿り着く前に骨になる。


だが。


面白くはなかった。


ただ深く、ただ濃く、ただ眠っている。


それだけだった。


「……惰弱よな」


旅人は、枯れ枝の先で、コアをこつん、と小突いた。


本当に、それだけだった。


ただ、その一突きに乗せられた「なにか」が、コアの芯へ、さざ波のように広がっていく。


眠っていたものが、身じろぎをした。


淀んでいた魔素が、ゆっくりと、対流を始める。


洞窟の壁が、かすかに鳴った。


獣が、遠い夢の中で目を開けるように。


「足りぬなら、育てるか」


旅人はつまらなそうに言った。


「増えよあふれるほどにな。——」


気まぐれの神は、それだけ言って、背を向けた。


自分が何を起こしたかには、もう興味がなかった。


退屈しのぎに、遠くの盤面をひとつ、指で弾いた。


それだけのこと。


弾かれた石が、どこまで転がって、誰を巻き込み、何を壊すのか。


そんなことは、神の関心の外だった。


洞窟の奥で。


赤い光が、ひとつ、脈打った。


   *



その朝の俺は、宿の裏庭で、盛大にすっ転んでいた。


「加減! 加減だっつってんだろ!」

「してるんですよ、これでも!」


身体強化の、出力調整の特訓中である。


訓練内容は単純だ。


ジェスが放り投げた木の実を、指で弾いて割る。


ただ、それだけ。


地味だ。


ものすごく地味だ。


なのに俺がやると、木の実が粉々に消し飛ぶか、指がすり抜けて地面に落ちるかの二択になる。


ちょうどいい、が、どうしてもできない。


「お前な、木の実を割れって言ってんだ。町の外壁を破壊しろとは言ってねぇ」

「外壁はまだ壊してないです」

「まだ、って言うな。不安になるだろ」


白いローブ姿のナナが、少し離れた場所でこちらを見ていた。


銀青の瞳が、感情の薄いまま、正確に俺の動きを追っている。


「出力、三分。……二分。一分。——今です」


ナナの声に合わせて、指を弾く。


木の実が、ぱきん、と綺麗に二つに割れた。


「お、割れた!」

「ナナ様々だな」

「ナナがいなかったら、まだ庭に穴掘ってましたよ」

「掘ってたな、実際」


ジェスが笑う。


否定できない。


この一ヶ月で、俺のランクはEからDに上がった。


掃除、薬草、荷運び、迷子探し。


地味な依頼をこなすたびに、ステータスの「錬度」の数字が少しずつ上がっていく。


ゲームで言うところの、コツコツ経験値稼ぎだ。


派手さはない。


でも、こういうのは嫌いじゃない。


そしてこの一ヶ月で、いちばん変わったのは——ナナだった。


「ナナ、朝ごはん食べた?」

「摂取しました。本日の煮込みは、昨日より塩分濃度が〇・三割高い、と記録しました」

「そこまで分かるんだ……」

「味覚データは蓄積中です」


ナナは、人の姿にすっかり馴染んでいた。


腰まで届く白い髪を朝日に透かして、律儀に三食を「味覚データの収集」と称して平らげる。


宿の手伝いも、いつの間にか普通にこなしていた。


白い厚手のワンピース風ローブに袖をまくり、クーリと二人で洗濯物を干している姿は、もう完全に、ただの姉妹みたいだった。


……当のクーリは、微妙に張り合っているみたいだけど。


「ちょっとナナ! そのシーツの畳み方、あたしのより綺麗すぎ! もっと雑にやんなさいよ!」

「非効率な指示です」

「うるさい! かわいげってものがあるでしょ!」

「照合。かわいげ。定義が曖昧です」

「そこから!?」


平和だ。


平和なんだけど——ときどき、ふっと思い出す。


あの森の、白く枯れた草の円を。


ナナの光に走った、墨色の罅を。


ヤンさんの、死ぬ気の目を。


あれ以来、何も起きてはいない。


起きてはいないんだけど。


その静けさが、たまに妙に気になる。


ゲームで言えば、平和なマップに、なぜかBGMだけ不穏なやつ。


……いや。


考えすぎだ。


今日も依頼をこなそう。


   *


その日、ギルドの掲示板で目に留まったのは、こんな依頼だった。


【聖アロウ孤児院 建物修繕・雑務 報酬:銅貨100+昼食】


「報酬、少なっ」


隣でクーリが顔をしかめた。


「昼食って、報酬に食事書く依頼、初めて見たんだけど」

「孤児院の依頼だからな」


ジェスが言った。


「金がねぇんだよ、あそこは。だから、報酬より、行けるやつが行く。俺は何回か行ってる」


ジェスがこういう時、迷わないのは、もう知っている。


損得を考える前に、足がそっちへ向いている。


俺は依頼票を剥がした。


錬度も上がるし、なにより——ジェスの顔が、行きたそうだった。


   *


聖アロウ孤児院は、町の外れスラムに似た場所の近くにあった。


古い石造りの建物だ。


屋根の一部が崩れ、壁には蔦が這い、庭の柵は半分傾いている。


だが、掃除は行き届いていた。


貧しい。


間違いなく貧しい。


けれど、荒れてはいない。


誰かが、必死に手入れをしている場所の顔だった。


「わーっ、ジェスにいちゃんだ!」

「おっちゃんも来た!」


子供たちが、わっと駆け寄ってきた。


五、六人。


みんな、継ぎの当たった服を着ている。


みんな、よく笑う。


ジェスは慣れた様子で子供を肩車し、クーリは「おっちゃんじゃないでしょ、おねえちゃんでしょ!」と噛みついている。


ナナは、袖を引かれて目を丸くしていた。


「白いおねえちゃん、きれー」

「……記録します。人間の幼体は、平均体温が高い」

「なな、つめたーい!」

「熱交換の効率が良好です」

「なにそれー!」

「不明です。説明には基礎知識が不足しています」


なんだかんだ、ナナも囲まれている。


俺の理想から抜き出された顔だとかいう話は、もうこの際どうでもいい。


子供に好かれる顔ではあるらしい。


「——お前たち、下がりな」


建物の方から、鋭い声が飛んだ。


子供たちが、ぴたりと止まる。


出てきたのは、老婆だった。


六十は超えているだろう。


白髪を後ろで引っ詰め、色褪せた修道服を着ている。歳は感じるが背筋だけはしゃんとしていた。


皺だらけの顔。


だが、目だけが、刃みたいに強かった。


子供たちは、その一声で、俺たちからさっと離れた。


怖がっている、というより。


そうする決まりになっているような、慣れた動きだった。


「ジェス。また来たのかい」

「シスター・ルシア。修繕の依頼、受けてきた」

「頼んじゃいないよ、そんなもの」

「屋根、また漏ってるだろ。この前の雨で」


老婆——シスター・ルシアは、ふん、と鼻を鳴らした。


ジェスに対してすら、この態度だ。


何度も通っているだろうジェスにも、心を開いた様子がまるでない。


そして、その刃の目が、俺に向いた。


「見ない顔だね。……そっちの、白いのも。どこの馬の骨だい」

「カイです。あと、クーリと、ナナです。手伝いに——」

「手伝い、ねえ」


老婆は、俺を頭のてっぺんから爪先まで、値踏みするように睨めつけた。


歓迎とは、正反対の目だった。


「よそ者は好かないよ。うちの子に、下手なちょっかいをかけてみな。箒でぶっ叩いて追い出すからね」

「シスター」


ジェスが苦笑する。


「こいつら、いい奴らだって」

「あんたの『いい奴』は、あてにならないんだよ」


そう言って、老婆はふと、俺たちの持ってきた依頼票に目をやった。


それから、ふん、と鼻を鳴らす。


聞き取れないほど小さな声で、呟いた。


「……またか。余計なことを」


え? と聞き返す前に、老婆はもう背を向けていた。


にべもない。


だが——不思議と、嫌な感じはしなかった。


この人は、俺たちを疑っているんじゃない。


子供を、守っているんだ。


ここに来る子の大半は、大人に裏切られてきた子たちなんだろう。


だから、簡単に信じない。


笑わない。


牙を剥いて、この場所を守っている。


そういう強さの、顔だった。


「……よろしくお願いします」


俺が頭を下げると、老婆は、少しだけ意外そうな顔をした。


それでもすぐに、いつもの仏頂面に戻る。


「勝手におし」


それだけ言って、建物の中へ引っ込んでいった。


   *


作業は、屋根から始めた。


崩れた瓦を降ろし、下地を直し、新しい——といっても、どこかの廃材をもらってきたらしい——板を張る。


ジェスが身体強化で重い材木を運び、クーリが下で釘や道具を渡す。


ナナは作業効率を計算しながら、完全に無表情で材木を片手で支えていた。


見た目は華奢な美少女なのに、やっていることは人型クレーンである。


「ナナ、それ重くないの?」

「重量、許容範囲内です」

「いや、普通は許容できないやつだよ、それ」

「普通の定義が曖昧です」


クラインは来ていない。


「古書の目録整理がある」と言っていたが、たぶん、高いところとこの老婆が苦手なんだろう


俺は、屋根の上でそこそこ活躍した。


風で瓦を持ち上げ、水で漆喰を練り、狙った場所に、寸分違わず——は、まだできない。


できないので、ナナの補助で、そこそこの場所に。


それでも人力の何倍も速い。


昼過ぎには、雨漏りしていた屋根が、すっかり塞がっていた。


「……ふん」


下から見上げていたシスターが、腰に手を当てて、屋根を見ていた。


呆れているような。


値踏みしているような。


どちらともつかない目だった。


「業者を呼んだら、ひと月と、金貨十枚の仕事だよ。それを、半日とはね」

「昼ごはん、楽しみにしてます」

「……芋のクロケットしかないよ。文句を言うんじゃないよ」


そう言いながら、俺たちの皿の芋だけ、ほんの少し多かった。


気づかないふりをしておいた。


その芋のクロケットが、また、やたらとうまかった。


挿絵(By みてみん)

   *


事件は、昼飯の後に起きた。


庭で子供たちと遊んでいると——正確には、ナナが子供たちに質問攻めにされているのを眺めていると——柵の外から、だらしない声が飛んできた。


「よお、ババァ。まだ生きてやがったか」


空気が、一段冷えた。


振り返ると、男が一人、柵にもたれていた。


三十代半ばくらい。


無精髭に、着崩した革鎧。腰には使い込まれた剣。柄の悪い笑みを浮かべて、爪楊枝を噛んでいる。


強面、というより、擦れた顔だった。



「モーリー」


シスターの声が、露骨に低くなった。


「何しに来た」

「なに、通りかかっただけよ」


言いながら、モーリーの視線は、俺たちの方を——修繕を終えたばかりの屋根と、見慣れない顔ぶれを、ゆっくりと舐めるように確かめていた。

値踏みするみたいに。


「相変わらずボロい院だなァ。ガキども、まだ売っ払ってねぇのか? いい値がつくうちに手放しときな。慈善なんざ、腹の足しにもならねぇぜ」


——は?


俺は、耳を疑った。


子供たちの前で、その言い草はないだろう。


だが、子供たちは、慣れているようだった。


「またモーリーだ」

「けちんぼ」

「このまえ石投げたら逃げたやつー」


口々に囃し立てる。


シスターは箒を振り上げた。


「この罰当たりが! 二度と来るんじゃないよ!」

「へっ、来たくて来てるかよ」


そこで、ジェスが立ち上がった。


「……おい、モーリー」


低い声だった。


ジェスのこんな声は、初めて聞いた。


「ジェスかァ。相変わらず、無駄に熱いツラしてやがるな」

「子供らの前で、その口はやめろ」

「あァ? 本当のこと言って何が悪い。こんなボロ院、いつ潰れてもおかしかねぇ。現実ってやつを教えてやってんだよ、俺は」


ジェスの拳が、鳴った。


「表出ろ」

「おー、こわ」


モーリーは大げさに肩をすくめた。


それでも、柵は越えなかった。


   *


——結果から言うと、ジェスがボコられた。


一方的だった。


ジェスの拳は速かった。


この一ヶ月、何度も稽古を見ているから分かる。ジェスは弱くない。むしろ、普通に考えればかなり強い。


だが、モーリーは全部、半歩早かった。


避ける。


流す。


足を払う。


転ばせる。


まともに打ち合わない。


ジェスが力任せに踏み込むほど、モーリーは涼しい顔で、その勢いを利用して地面に沈めた。


剣は抜かなかった。


腰に差したまま、最後まで。


汚い。


とにかく、戦い方が汚い。


つばを吐き、砂を蹴り上げ、襟を掴み、隙を見て脛を蹴る、すぐ間接をとる。

正々堂々の欠片もない。


なのに——強い。


「よえぇなァ、おい」


土まみれになったジェスを見下ろして、モーリーは爪楊枝を吐き捨てた。


「護りてぇもんがあるなら、もっと上手くやれよ」


ジェスが、悔しそうに歯を食いしばる。


モーリーはしゃがみ込み、わざとらしく顔を近づけた。


「熱いだけじゃ、誰も護れねぇぜ」


その言葉に、俺は、ん、と引っかかった。


今のは。


悪党の台詞じゃ、なかった気がする。


モーリーは立ち上がり、踵を返した。


去り際に、ちらりとシスターの方を見る。


ほんの一瞬。


皺だらけの老婆が、箒を握りしめて、こちらを睨んでいる。


その一瞬だけ、男の擦れた目が——妙に、静かだった気がした。


「じゃあな、ババァ。次はもっと高く売れるうちに、な」

「二度と来るんじゃないよ、この疫病神!」


男は、片手をひらひらさせて、去っていった。


一度も。


柵の内側には、入らないまま。


   *


帰り道、ジェスは全身に湿布を貼られていた。


貼ったのはシスターだ。


「若いくせに無茶ばかりするんじゃないよ」と、散々小言を言いながら、手つきだけはやたら丁寧だった。


本人は、なぜか、そこまで怒っていなかった。


「あいつ、ムカつくんだよなァ……」


言葉とは裏腹に、口調に棘がない。


「でも、嫌いなんですよね?」

「うーん……」


ジェスは首を捻った。


「それが、なんつーか……分かんねぇんだよ。ムカつくのに、なんか、放っとけねぇっつーか。……あいつ、変な奴なんだ」


隣で、ナナがぽつりと言った。


「一つ、記録された事実があります」

「なに?」

「あの男——モーリー。孤児院に来てから去るまで、一度も、院の敷地には入りませんでした。柵の外から、一歩も」


「……そういや、そうだな」


ジェスが目を丸くした。


「悪態をつくには、近づいた方が効率的です。にもかかわらず、距離を保っていました。理由は、不明です」

「ナナって、そういうとこよく見てるわね」


クーリが感心半分、呆れ半分で言う。


「観察は得意です」

「感情は?」

「学習中です」

「そこは即答なんだ……」


理由は、不明。


俺は、去っていったモーリーの背中を思い出した。


「護りてぇもんがあるなら、もっと上手くやれ」


ボコった相手に、なぜか、戦い方を教えていった男。


子供を売れと言いながら、柵の内側には、決して入らなかった男。


なんだろう。


この、噛み合わない感じ。


(伏線キャラだ、絶対)


デバッガーの勘が、そう告げていた。


この手のキャラは、後で絶対、ひっくり返る。


その勘が、これほど痛い形で当たるとは、この時の俺は、まだ知らない。


そして——遠い山の奥で。


名もなきダンジョンの赤い光が、少しずつ脈を速めていることも。


(第十話・了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ