美幼女の腹はその日焼けした肌よりも真っ黒
「九七式おねえちゃんをやられて口惜しいのは、おにいちゃんだけじゃないんですよっ!?」
いきなりキューベルちゃんが、握った両手の拳で斎司郎の胸をぽかぽかと殴りつけてきた。だが、これは力の加減をしてくれているようで、先ほどのように斎司郎がひとたまりもなく吹っ飛ばされるようなこともなく、あまり痛くは感じなかった。
「でも、このまま真正面から立ち向かったとしても、返り討ちにあってしまうだけなのですっ! あいつが九七式おねえちゃんの主砲の直撃をいともあっさりと跳ね返したのはおにいちゃんだってその目ではっきり見まちたよね? 確かに九七式おねえちゃんは主砲の威力はしょぼくて装甲も薄いだめだめな戦車でちた。それでも腐っても鯛は鯛、戦車は戦車なのです。その戦車を一撃で消し飛ばしてしまうような相手に、おにいちゃんのちんけな霊力程度で敵うとでも思っているんですかっ!?」
「………………」
キューベルちゃんの辛辣な言葉がぐさぐさと胸に突き刺さって、斎司郎は黙ったまま噛を噛んだ。だがどれもほんとうのことだったので、一言も言い返すことはできなかった。
「わかってるんですか、今突っこんでいっても犬死にになるだけなんですよっ!?」
「でも、このままじゃぼくは九七式ちゃんに顔向けが……」
「まだわかってないようですねっ!? いちいちめめしいんですよっ! おにいちゃん、ほんとにちゃんとついてるんですかっ?」
胸倉をつかんで乱暴に引き寄せ、キューベルちゃんは斎司郎にぐいっと自分の顔を近づけた。いつもはつぶらなはずのその目は、完全に据わっていた。
「パンツを引ん剥いて、わたちが確かめてあげましょうか?」
「―――ごめんなさい、勘弁してください、お婿にいけなくなっちゃいますから……」
幼女らしからぬ迫力に押されて、斎司郎はたじたじになってしまった。
「九七式おねえちゃんが自分の命と引き換えに助けてくれたというのに、そんなおにいちゃんをむざむざ犬死にさせたら、わたちのほうこそ九七式おねえちゃんに顔向けができないんですよっ!?」
「キューベルちゃん……」
「それに、わたちはわたちが許せないんですよ。今までは難なく除霊の仕事が上手くいっていたので、いい気になって油断していたかもしれないのです。強力な敵がいるのはわかっていたのですから、もっとじっくり策を練っていたら、こんなことには……」
キューベルちゃんは、その可愛らしい小さな唇を色が変わるほどきつく噛み締めていた。
「わたちだって、九七式おねえちゃんをやられておめおめとは引き下がれないのです。でも、考えなしに突っこんで犬死にするようなまねは許されないのです。頭を冷やしてから作戦を練りなおちて、巻き返しを図るのですよ」
キューベルちゃんは、もう泣いてはいなかった。それどころか、いつものいたずらっ子のような表情とは似ても似つかない、毅然とした雰囲気すら漂わせていた。
「九七式おねえちゃんの敵を討つために、打てるだけの手は打っておくのです。死ぬのは、それからでも遅くはないのですよ? 作られた目的を果たす前にぶざまに撃破されてしまったわたちがいうのですから、間違えないのです」
(そうだった……。九七式ちゃんだけじゃなく、キューベルちゃんも、パンテルちゃんも……)
敵軍を倒すという目的のために作られたのに、その目的を果たすことなく壊されてしまったという心残りが、ばらばらの部品になってしまってさえ彼女たち(―――と呼んでいいのか、斎司郎には今一つ確信が持てなかったのだが……)を九十九神として顕現させた一つの要因になっていたことは確かだろう。
そうだからこそ、他のなにもかもを犠牲にしてまでも新たな目的を果たそうというキューベルちゃんの決意は、斎司郎の胸を打たずにはおられなかった。
「わかりました、キューベルちゃん。ぼくもできるだけのことはしますから、いっしょに九七式ちゃんの敵を取りましょう」
「おにいちゃんなら、わかってくれると信じてたのですっ!」
キューベルちゃんの顔に、いつも通りのにこにこした表情が戻っていた。
(いきなり撃ってきたということは話が通じる相手とはとても思えないのです。あれの正面装甲を抜くにはパンテルおねえちゃんの長砲身7.5cm砲をもってしてもよほど接近しなければ歯が立ちません。ということは、わたちが囮になって引きつけている隙に背後に回りこんでもらうしか手がないみたいなのです。もっとも、そんな見え透いた手はいやというほど見てきたことでしょうから引っかかってくれるとも思えないですけど……)
にこやかな表情とは裏腹にキューベルちゃんはどう考えても打つ手がないことに内心で天を仰いでいた。
(8.8cmがいてくれたらまだなんとかなったかもしれませんけどねぇ……。まぁ、ぼやいていたら大尉に笑われてちまうのです)
一個大隊の守備隊で英軍二個師団を迎え撃ち峠を守りきったあのときより勝ち目がないかもしれない。
(パンテルおねえちゃんとわたちの二人がかりでいけばおにいちゃんだけでも逃がす時間くらいは稼げそうですが。あのおにいちゃんが黙っていうことを聞いてくれるとも思えないですし。さてさて、どういいくるめたらいいですかねぇ……)
面と向かっていわれたことはないが斎司郎から腹黒いと思われていることはばっちり勘づいていた。斎司郎を口車に乗せてこの場から去らせる口実を捻りだそうとキューベルちゃんは持てる悪知恵を全力で働かせ始めた。




