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鋼鐵の女豹  作者: 月野原行弥
第五章
25/28

甲冑娘、強襲

「さぁ、乗りこみますよ?」

 時刻は夕暮れ。

 日が長くなり始めたこの季節でもそろそろ太陽は西の地平の彼方へ沈もうとしていた。

 目の前に建っている荒れ果てた建物を見上げていた斎司郎が後ろを振り返った。パンテルちゃん、九七式ちゃん、キューベルちゃんが斎司郎の顔を見て黙って頷き返した。

 退魔のときの衣装は基本的に神社で仕事をしているときと同じで白い小袖に浅黄色の袴姿だ。斎司郎はその小袖の懐から蚤の市でこっそり買ったままずっと照陽に渡せないでいたままのペンギンの髪留めを取りだした。

「ここんとこ教会の監視でずっと学校も休んだままだったからまーやにもずいぶんと会ってないなぁ……。店長に頼まれてたこともあるしこの仕事を無事に終えたらなんでか知らないけど怒らせちゃったことを謝って今度こそこれをまーやに渡さなきゃ」

 斎司郎はそのとき自分が死亡フラグを立ててしまったことに気づいてはいなかった。髪留めを懐へ戻すと袂から取りだした鍵で教会の門の錠を開けた。錆びついた門をこじ開けると耳障りな音が耳につく。

「念のため正面は避けて裏へ回りましょう」

 除霊を依頼してきた建設会社から預かった図面によれば礼拝堂の裏手に牧師館だか司祭館(キリスト教を商売敵と思っていた斎司郎はその教会がプロテスタントのものかカトリックのものかさえよく知らなかったのだ)から教会へ入るための裏口が設けられているはずだ。雑草が伸び放題の敷地を礼拝堂の壁に沿って建物の裏手へと回った。

「扉が破られてる……」

 裏手の出入り口は浮浪者などが勝手に住み着いたりできないよう『X』字形に打ちつけてあった板が力任せに引っぺがされて半開きになっていた。

「まだ魔導師はきていないはずですがみなさん油断しないでくださいね?」

 小声で注意してから斎司郎は音を立てないようそっと扉を開け放った。見ると廊下に積もった埃の上に足跡がいくつも残っている。

「まずいですね。ここを通ったら後からきた魔導師に気づかれてしまうかも……」

「これだけ踏み荒れてるならだいじょうぶじゃないですか?」

 かなり足繁くここを訪れているようで足跡の上に他の足跡が重なっている。推理小説の舞台のように雪の上に足跡が一列だけ残っているわけではない。これならまず気づかれないだろうとキューベルちゃんは判断した。

「そうですね。あまりもたもたしていると魔導師がきてしまうかもしれませんし」

 礼拝堂の中で魔導師を待ち伏せし召喚儀式を始める前に取り押さえるのが一番手っ取り早い。そのためには身を隠せるこころを確保する必要がある。ちょっと考えてから斎司郎はキューベルちゃんに従うことにした。

「パンテルおねえちゃん、くれぐれも床を踏み抜かないよう気をつけてくださいね? 足跡はごまかせても穴が空いたらごまかせないのです」

「キューベル殿がなにを心配しているのか理解できません。わたしは中戦車です。そんなに重いはずがあるわけがありえません」

「―――あ、穴が空いたら、な、なにかを挿しこんで、ふ、塞げばいいと思います……。―――あ、穴に、さ、さ、挿しこむものと、い、い、いったら、あ、あ、あれしかないと思います……」

(ほんとにこれで魔導師をどうにかできるのかなぁ……)

 廊下はかなり傷んでいるようでパンテルちゃんが踏みつけるたびにみしみしといやな音を立てた。その音を耳にしてキューベルちゃんは眉根を寄せた。

 九七式ちゃんは九七式ちゃんで穴という言葉からなにを想像したのか顔を赤らめ息を荒くしている。

 そんなパンテルちゃんたちの姿を横目で窺って斎司郎は内心でため息を吐いた。

「うわっ……。ここもひどいな……」

 廊下を通り抜けて礼拝堂へ足を踏み入れると床に積もっていた埃がもうもうと立ちこめてきた。その舞い上がった埃をやはり『X』字形に板を打ちつけられた縦長で上部が半円形になっている窓の隙間から射しこんだ夕陽が赤く染め上げた。

「こう荒れ果てるとなんだかお化け屋敷みたいな雰囲気だなぁ……」

 礼拝堂の中を見回し斎司郎が呆れたように呟いた。

 祭壇の正面から入り口へと続く通路の左右に沿って並べられいていたはずの木製のベンチが引っくり返されたり脚が折れて傾いでしまったりしている。その合間に割れたガラスの破片や壊れた燭台などのがらくたが散乱していた。

「―――ん……? あれは……?」

 見ると、自分たちが教会の裏手へ回りこんだのと反対側の壁にぽっかり大きな穴が空いていてそこから外が見えていた。

「どこかに召喚の儀式をやった痕跡が残っているかもしれません。待ち伏せするならそこなので手分けして捜しましょう」

 壁の大穴から目を離した斎司郎がパンテルちゃんたちに指示をだそうとしたそのとき。

「―――わ、若さまっ、危ないっ!?」


 ズガガガガガガっっっっっ!!


「―――――えっ……?」

 いきなり腕を強く引っ張られ気づけば斎司郎は引き倒されて床に這いつくばるような格好になっていた。その斎司郎の身を庇うように九七式ちゃんが覆い被さっている。

 いったいなにが起きたのかよくわからずに呆然としていた斎司郎がようやくと周囲をきょろきょろと見回してみると先ほどまで自分が立っていた辺りの床に蜂の巣のように小さな穴が並んで空いているのが目に入った。

「―――そ、そんな、ばかななのですっ!? ついさっきまで誰もいなかったのです……。 い、いったい、どこから湧いてでたのですか……!?」

 斎司郎の隣でキューベルちゃんも驚いたように目を見開いたまま床に尻餅をついていた。

「しろ殿、あれを―――!!」

 パンテルちゃんが(まばた)きすら忘れたようにじっと見つめているほうへ視線を巡らしてそこで初めて斎司郎は気づいた。壁にぽっかりと空いていた楽に人が出入りできそうなくらい大きな穴から射しこむ夕陽を背にしていつの間にか礼拝堂の中に人影が顕れていたことに。夕陽を背にしたシルエットは鎧かなにかを身に着けているようで肩や腰の辺りにアーマーらしきものが張りだしているのが見えた。上背もかなり高い。離れていたので確かではなかったがおそらくパンテルちゃんとほとんど変わらないだろう。その人影がこちらへ向けて左手の人差し指を真っ直ぐに伸ばしている。

「―――わ、若さまを、ね、狙うだなんて、ゆ、許せません……!!」

 いつもはぽや~んとした九七式ちゃんが珍しく怒気を含んだ声で呟いた。

 斎司郎を背中に庇ったまま床に片膝を突いて人影の方へ向き直るとそちらへ向かって右腕を真っ直ぐに伸ばした。見る見るその周囲に半透明の戦車の輪郭が姿を顕わした。


 ドゴンっっっっっ!!


 低くくぐもった音を響かせて九七式ちゃんの一式四十七粍戦車砲が人影目がけて撃ちだされた。


 がいぃぃぃんっっっ―――――……


 だが、命中虚しくそれはいともあっさりと跳ね返されてしまった。九七式ちゃんの主砲を真正面から浴びせられてなおその人影はよろけたような素振りさえ見せず真っ直ぐにたたずんだままだった。

「―――そ、そんな……? ちょ、直撃したはず、で、でしたのに……」

 いつものように消し飛ばすどころかかすり傷すら負った様子のない人影の姿を見て九七式ちゃんが戸惑ったような声を上げた。

「九七式おねえちゃん、反撃がくるのですっ!!」

 キューベルちゃんも焦ったような声を上げて人影を指差していた。

 見ると左手を下げた人影が右腕を振り上げているところだった。しかし、その動作は奇妙なくらいゆっくりしたものだった。

「―――ま、まさか……!?」

 まるでスローモーションの映像でも見ているのかと錯覚するくらいのろのろした動きで腕が動いてゆく。逆光に目が眩んではっきりわからなかったが人影の周囲に陰のようなものが見えたような気がした。腕の動きが止まったときそれは九七式ちゃんのほうへ向けられていた。

「―――わ、若さま、に、逃げてくださいっ!!」


 ズぅゴぉぉぉぉぉ~~~~~っっっっっん!!


 九七式ちゃんが自分の背中に庇っていた斎司郎を突き飛ばすのと人影が右腕の拳の先からなにかを撃ちだしてきたのは同時のことだった。

 見てくれは華奢だがこれでも九七式ちゃんは戦車の端くれ。その細腕からは信じられないくらい力は強かった。突き飛ばされた斎司郎はキューベルちゃんとぶつかって絡まり合うように床を転がった。

「―――ん……」

 だが斎司郎たちを庇った九七式ちゃんには人影が右腕から放ったなにかを避ける暇は残されてはいなかった。断末魔の悲鳴すら上げられずに九七式ちゃんの身体が陽炎のように揺らめいてすーっとその姿が消えていった。

 薄れゆく残像を貫いて人影の放ったなにかが九七式ちゃんの立っていた背後の壁に大きな穴を穿った。


 ―――からん……


 体勢を立てなおし上半身を起こした斎司郎が目にしたのは鉄でできたなにかの部品が床に落ちて乾いた音を立てたところだった。

「九七式ちゃんっ……!?」

 床を這いずるようなぶざま格好になるのもかまわずに斎司郎はその部品に近づいて震える手で拾い上げた。それは九七式ちゃんが顕現する元になった部品、操縦席の覗き窓を覆う装甲カバーだった。

「―――よ、よくも九七式ちゃんをっ……!?」

 照陽に殴られてもパンテルちゃんたちに死ぬような目に遭わされても斎司郎は怒らなかった。その斎司郎が激しい憎しみのこもった目で人影を睨みつけた。片手で九七式ちゃんの部品を胸に抱いたままもう片方の手で懐から護符をなん枚も引き抜いた。

「―――い、今の発射音は……」

「まさか……」

 しかし、キューベルちゃんとパンテルちゃんは目を見開いたまま呆然としていた。九七式ちゃんの姿が掻き消えてしまったことも目に入っていないらしい。それよりももっと衝撃を受けることがあったようだ。


 べきべきっ―――


 人影が一歩前へ足を踏みだした。すると、その足がいともあっさりと床を踏み抜いてしまった。まるで床が薄い障子紙かなにかできていたかのようだ。

 前に進んだことで逆光になっていた姿がちらりと見えた。

 やはり全身を鈍色に輝く甲冑のようなもので覆っている。オレンジがかった金髪を襟足の辺りでくるっと巻いたボブの髪型。両耳の上に小さく結った房が三つずつ。

「チャンスなのですっ!」

 その音を聞いてキューベルちゃんが我に返った。

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