幼女+ランドセル+リコーダー=最強
「おい、司郎。お前が前にいうておった教会の除霊の依頼があったぞ」
「―――えっ!? あの教会の……?」
退魔から帰ってきた斎司郎は斎之進にいきなりそう告げられて顔を曇らせた。パンテルちゃんと初めて出会った廃教会で襲ってきた得体の知れない物の怪のことを思いだしただけでも鳥肌が立ってくる。
「お前が危ぶんでおったからもう一度霊視にいってきたがのぅ。やはり、かように危険な物の怪の気配は感じられなんだぞ?」
「祖父さまの見立てだから間違えはないと思うけど……」
どうしようもないエロ爺だが霊視の能力だけには斎司郎も斎之進に一目置いている。さすがに今回はいつも一杯喰わされてしまうように力の強い物の怪が憑いているのを隠しているということはないだろう。
「祖父さまを疑っているわけじゃないんだけどどうもいやな予感がするんだ……。除霊に取りかかる前にもうちょっと調べる時間をもらってもいいかな?」
「まぁ、実際のところなにかに襲われたのは確かじゃからのぅ。司郎が慎重になるのもわからんでもないのじゃが」
廃教会でなにものかに襲われたことが斎司郎の勘違いなどではないことはパンテルちゃんの話からも裏が取れているので斎之進も納得している。だから、無理に除霊を急かすようなことはしてこなかった。
「じゃがのぅ、先方も霊障のおかげで取り壊し工事が滞って難儀いたしておるのじゃ。わしが上手くいいくるめてはおくがどう長引かせても一週間がぎりぎりじゃぞ?」
「ありがとう、祖父さま。それだけ時間をもらえればぼくも納得のいく調査ができると思うよ」
斎司郎はさっそく耳年増で自分のことをいつもいやらしい話題でからかっては悦に入っているもののその見てくれに似合わない策士で頭もよく切れるいざというときには頼りになる美幼女参謀に相談を持ちかけた。
「おにいちゃん、今日も怪しい人影が顕れたのです!」
「えっ、今日もですか!?」
見張りの交替のために廃教会へやってくると電柱の陰からひょっこり姿を見せたたキューベルちゃんが斎司郎を手招きした。
「どうやら、毎日同じ時間に姿を顕しているようですね?」
斎之進の霊視にも強い悪霊や物の怪は引っかからなかった。しかし、それだけではあのときに襲ってきたなにものかがこの廃教会から姿を消したとはどうしても斎司郎には信じることができなかった。
だとすれば、考えられる可能性は二つ。
一つは、ほとんどの悪霊や物の怪の類いは陽が高いうちはおとなしくしていて闇が濃さを増すに連れてその力を強めてゆく。つまり、あのときのなにものかが本領を発揮するのは夜であり明るいうちは力も弱いので霊視に引っかからなかったという考え。
もう一つは、あのなにものかがいくつかの縄張りを持っていてそこを転々としているのでたまたま斎之進が霊視したときには廃教会にはおらず霊視に引っかからなかったという考えだ。
この仮説を確かめるため斎司郎は二十四時間体制で廃教会を監視することにした。
この役目が務まるのは斎司郎と気転が利くキューベルちゃんだけだ。臨機応変の対応が取れるとは思えないパンテルちゃんと九七式ちゃんにはいささか荷が重い。
そこで、夜中に美幼女が外をうろうろしているところを巡回中の警官に見つかってしまうと面倒なことになりそうだったので、朝から夕方にかけてが赤いランドセルにリコーダーを挿して小学生に変装したキューベルちゃんが、夕方から翌朝にかけてが斎司郎が受け持つことになった。
監視の成果はすぐに顕れた。人目を避けて廃教会へ忍びこむ怪しい影を初日からキューベルちゃんが発見したからだ。
「ぼくも、その人影を一度見ておきたかったんだけど……」
教会の見張りをしていない昼間には、斎司郎には仮眠を取ったり神社の仕事や家事などやらなければならないことが山ほどあったし、晩ご飯の支度を終えてからだとその人影が姿を顕す時間には間に合わなかった。
「ふふふ……。こんなこともあろうかと」
不適な笑みを浮かべてキューベルちゃんが絵に描いたようにぺったんこな胸を誇らしげに反らした。
「わたちが似顔絵を描いておいたのです!」
どや顔になると背中のランドセルからスケッチブックを取りだして斎司郎に手渡した。
「―――こ、これは……!?」
ページを捲るとスケッチブックを持った斎司郎の手は小刻みに震えこめかみには冷や汗が滴った。
「―――こ、この目つきだけで人を殺せそうな凶悪な人相は……? それに、背後に蠢いてるこれはいったいなんだろう……? 触手、それとも、メデューサのように髪の毛が蛇でできてるとか……?」
この絵に描かれたようななにものかがほんとうにこの世に存在しているとすれば、これはもう間違えなく神話級の怪物以外には有り得ない。
なんとも形容しがたいキューベルちゃんの絵の才能だった。
「英国軍の猛攻をいく度となく潜り抜けてきたこのわたちでもこいつの姿を目の当たりにしたときはおちっこをちびりそうになってしまったのです……」
そのときの恐怖を思いだしたのかキューベルちゃんがぶるっと身体を振るわせた。
心持ち内股気味になっているのは斎司郎の気のせいではないだろう。
(おもらししてもばれないよう今度は黄色いパンツを買ってきてあげないと……)
斎司郎がキューベルちゃんが聞いたら怒りだしそうなことを内心で考えているのをよそに、キューベルちゃんがそのなにものかの特徴の説明を始めた。
「こいつは、げじげじ眉で雲つくようなでかぶつで周囲を威圧するような強面をしていたのです」
キューベルちゃんの説明を耳にして、斎司郎の脳裏には背後に立たれることを極端に嫌うどこかのスナイパーのような人物の姿が思い浮かんでいた。
「―――に、人間なんでしょうか……?」
「二本の足で歩いて手も二本あったのです。顔には目が二つと口と鼻が一つずつ。でも、あれが人間だとはわたちにはどうしても思えないのです……」
そこまでいって、「そういえば……」とキューベルちゃんがなにかを思いだすかのように眉を寄せた。
「そういえば手で思いだちたのですが、こいつはいつもなにか大量の荷物を持って教会へ運び入れていたのです」
「荷物……? なるほど、そうだったのか!!」
加藤武演じる等々力警部のように手をぽんと打ち合わせながら斎司郎はなにかに思い当たったような表情を浮かべた。
「なにかわかったのですか、おにいちゃん?」
「はい。もしかしたら、その怪しい人影は魔導師なのかもしれません」
「魔導師ですか?」
今でこそ除霊や退魔の仕事を手伝ってはいるが本を正せばキューベルちゃんはドイツの軍用車。まだまだその手の知識には疎かったので『魔導師』と聞いてもよく意味がわからずきょとんとした顔をしている。
「はい。ぼくもそっち方面にはあまり詳しくないんですが、そのなにものかはもしかしたら西洋に伝わる邪法、いわゆる魔法を使って召還した魔物や魔獣の類いなのかもしれません」
「なるほど。それを召還するのが魔導師なのですね?」
斎司郎の話が呑みこめたようでキューベルちゃんは頷いて見せた。
「いつも持ちこんでいる荷物は召還の儀式に必要な道具や生け贄なのかもしれません。そうすると祖父さまの霊視に危険な物の怪が引っかからなかったのはその魔物なり魔獣の召還がまだ完全には成功していなかったからだと考えれば辻褄が合ってきます」
「う~ん、わたちにはどうもよく呑みこめないお話なのです……」
「こう考えてみたらどうでしょう? 遠くからの電波はこちらの無線機の感度やアンプの出力が弱いとよく受信できないですよね? でも、こちらの無線機の出力が強かったら遠くからの電波でもはっきりとらえることができるようなものだと」
「なるほど。要するに、その魔導師には魔物かなにかをこの世に完全に実体化させるにはまだ力が足りていないということなのですね?」
「そういうことです」
さすがキューベルちゃんは頭の回転が速い。斎司郎のたとえ話で召還のことを理解していた。
「だったら話は早いのです。完全に魔物を召還してしうまう前にその魔導師とやらを殺ってちまえばいいだけのことなのです」
にやりと口の端を歪めたキューベルちゃんの表情を見て斎司郎は微かに寒気を覚えた。キューベルちゃんは『やってしまえ』といったがそれは『やっつける』という意味であって決して『殺す』という意味ではないと信じたかった。
「とにもかくにも、そうなると善は急げってことになるのです」
「はい。遅くなればなるほど召還の儀式が成功してしまう可能性が高くなりますから」
「じゃあ、明日の夕方、その魔導師とやらを待ち伏せすることにするのです!」
斎司郎とキューベルちゃんはお互いに頷き合った。




