お勉強は大切です
今朝ほど、しばらく開けていなかった蔵の中で三つ指をついていた巫女服姿の少女もパンテルちゃんやキューベルちゃんと同じ九十九神だった。もとは大日本帝國陸軍の九七式中戦車だったという。
斎司郎は最初驚きのあまり声もだせなかったのだが、やがて落ち着いてくると蔵の床に正座したまま気弱そうな上目遣いで見上げてくるだけたった少女を連れて茶の間へ戻った。
「なんじゃい、また九十九神さまが顕現しおったのかいのぅ?」
巫女服姿の少女を一目見ただけで斎之進はその正体を見破ったようだった。
「―――ご、ご、ごめんなさい……。わ、わたしなんかが、け、顕現しても、ご、ご迷惑なだけだと、わ、わかってはいたのですが……。つ、つ、ついでき心で姿を顕してしまいました……」
自分が顕現したことを斎之進が迷惑がっているとでも思ったのか九七式ちゃんはいきなり茶の間の前の廊下に三つ指をついて土下座してぺこぺこと謝り始めてしまった。
「そんなとこへ座っていたら脚が痛くなっちゃいますよ? 中へ入ってください」
「―――わ、わたしごときが、た、た、畳の上に座るなんて……。め、滅相もないです……」
「でも、九七式ちゃんがそんなとこにいたらぼくらも話がしにくいんですよ。だから、ぼくらを助けると思ってどうぞ中へ入ってください」
「―――わ、わかりました……。そ、そういうことでしたら……」
茶の間の中へおずおずと足を踏み入れた九七式ちゃんは部屋の隅っこへささっと寄るとまたそこで土下座を始めてしまった。
(頭を上げてくれるよう説得するのは時間がかかりそうだから、取りあえず部屋の中へ入ってくれただけでよしとするか……)
内心、苦笑していた斎司郎は九七式ちゃんが蔵の中にいた事情を訊き始めた。
「それで、どうして九七式ちゃんは家の蔵の中になんかいたんですか?」
「―――わ、わたしは、ず、ずっと前から、あ、あの蔵の、な、中に収められていました……」
「なるほどの。もともと家の蔵に収められておったなにかが九十九神化しおったということのようじゃやな」
「そうか、そういうことか」
斎之進の読みに斎司郎もなるほどと頷いた。
「―――ば、ばらばらにされてしまった、わ、わたしは、九十九神としての、ち、力も、う、失ってしまっていたのですが、こ、この神社の、く、蔵で眠っているうちに、ご、ご神気の助けを、お、お借りして、ま、また、ひ、人の姿になることができるようになっていました……」
「―――ん? なっていた……?」
斎司郎は九七式ちゃんの説明に引っかかるものを感じて口を挟んだ。
「ということは、九七式ちゃんはもうけっこう前から顕現できるようになっていたということなんですか?」
「―――は、はい……。わ、若さまのお察しの、と、通りです……。わ、若さまが、ま、まだほんの、ち、小さかったころから蔵へ、な、なにかを、し、しまいにいらっしゃる、お、お姿をずっと、は、拝見して、お、おりました……」
「ぼくが子供のころから……? じゃあ、なんで姿を顕してくれなかったんですか?」
自分が子供のころからということは、少なくとも十年くらい前には九七式ちゃんは九十九神として顕現できる状態になっていたとわかって斎司郎は首を捻った。
「―――わ、わたしのような、や、役立たずが、す、姿を顕しても、ご、ご迷惑になるだけだろうと、お、思いまして……」
「―――な、なんで九七式ちゃんは自分が役立たずだなんて思うんですか!?」
パンテルちゃんもそうだったがやはり九十九神になれるくらい人に大切にされていたものはなにかの役に立てないことを酷く恐れているのかもしれない。
「―――わ、わたしは、ほ、本土防衛のために、へ、編成された、せ、戦車第四師団の所属でした……。そ、それなのに、わ、わたしは、い、一度も戦うことなく終戦を迎え、ぶ、武装解除で、す、す、す、スクラップにされてしまったのです……」
敵軍を倒すという目的は達成できなかったにせよそれなりに戦った末に撃破されてしまったパンテルちゃんやキューベルちゃんでさえ心残りがあるのだ。まして、戦う目的で作られ大切に整備されてきた戦車が一度も戦うことなくスクラップにされてしまうなどという辱めを受けてしまったとしたらそれはもう大きな心残りがあってもしかたがないのかもしれない。九七式ちゃんの心境を察してなにもかける言葉が見つからなかった斎司郎は小さくため息を吐くと質問を続けた。
「それが、なんで急にお姿を顕そうと思ったんですか?」
「―――そ、それが、そ、その……。わ、わたしと同じような、け、気配がしたものですから、も、もしかしたら、わ、わたしが顕現しても、お、怒られないかな?、なんて、お、思ったものですから……」
そこまでいうと、九七式ちゃんは急にそわそわと目を泳がせてまた三つ指をついて額を畳にこすりつけてしまった。
「―――で、で、でも、わ、わたしの、は、早とちりでした……。お、同じ九十九神とはいっても、あ、あちらさまがたは、か、片や、む、む、む、みちむちの豊満な肢体、も、もうお一方は、つ、つ、つ、つるぺたな、あ、あ、あざといまでの幼女趣味的な、あ、あ、青いつぼみ……。―――さ、さ、さ、刺身のつまにも劣る、わ、わ、わたしごとき、お、お、お呼びではなかったですよね……?」
「―――ちょっと待ってください……!!」
それまで食事とビールを貪りながら黙って九七式ちゃんの話を聞いていたパンテルちゃんが怒ったように手にしていたビール瓶をちゃぶ台の上にどんと置いた。
「先ほどから黙って聞いていればまるでわたしが身体しか能がない肉牛かなにかのようないい種ではありませんか!?」
「わたちも、ロリコン好きのする美幼女などと呼ばれるのは心外なのですっ! こう見えてもわたちは千九百四十年製なのでパンテルおねえちゃんより年上なのですっ!! せめてロリババァといってほしいのですっ!」
キューベルちゃんもぷんぷん怒りながらビールをがぶ呑みしている。
(おねえちゃんより年上って言葉が矛盾してるよ……? それよりも、ロリババァって褒め言葉だったの……?)
斎司郎は内心で冷や汗をかきながらも突っこみを入ずにはいられなかった。
「―――か、隠さなくても、い、いいのですよ……? あ、あ、あんなに、ち、小さくて、か、可愛かった、わ、若さまも、も、もう、にょ、女性の身体に、きょ、興味津々なお年ごろに、そ、育ってしまわれたのですねぇ……」
「―――ぼ、ぼ、ぼくがパンテルちゃんやキューベルちゃんを慰みものにしているようないいかたはやめてくださいっ!」
矛先が自分に向けられてしまった斎司郎が顔を真っ赤にして叫んだ。
「だいたい、ずっと蔵の中に閉じこめられていた九七式ちゃんがいったいどこでロリコンとか妙な知識を吹きこまれちゃったんですか?」
「―――そ、それは、ひ、独りきりで、て、手持ち無沙汰でしたので、た、退屈しのぎに、く、蔵の中にあった、ほ、本を、こ、こっそり、け、顕現して読んでいたら載っていたのです……」
「蔵の中の本ですか……?」
確かに蔵の中には除霊などで預かったきり持ち主が引き取りたがらなかった本などもあるにはあったがそんな本にロリコンとか妙なことが載っているとは思えない。そのとき、斎司郎の目にこちらへ背を向けて妙にこそこそしながら黙って酒を呑んでいる斎之進の姿が映った。
「もしかして祖父さまの仕業なの……?」
斎司郎が半眼で睨めつけながら問い質すと諦めたように斎之進が口を開いた。
「わしの部屋に置ききれんようになったお宝本を蔵の中に少し……」
「今さら祖父さまの趣味をとやかくいうつもりはないけど蔵の中に妙なもの隠しちゃいけないってあれほど注意したでしょ!?」
「そうはいっても空き部屋に置いておくとお前が勝手に捨ててしまうからどこかへ隠しておくしかなかったんじゃよ……」
自分が隠したエロ本のせいで九十九神が妙な知識を吹きこまれてしまったとわかってさすがの斎之進もしまったという顔をしていた。
「はぁ……」
しかし、もう読んでしまったものは今さらどうしようもなかった。諦めたように斎司郎はため息を吐いてから続けた。
「とにかく、戦車だったときにやり残したことがあるのでしたらここで暮らしてなにか新しい目的を捜してみたらどうでしょうか? もちろん、もう戦争は終わってしまっているので戦うという目的以外で。ここにいるパンテルちゃんとキューベルちゃんも同じ理由でここで暮らしているんですよ?」
「―――ほ、ほんとうに、わ、わたしなんかが、こ、こ、ここに置いて、い、い、いただいても、よ、ろろしいのでしょうか……?」
まだ畳みの上に手をついたままだった九七式ちゃんが不安気な表情を滲ませた顔で上目遣いにこちらを見回してきた。そんな九七式ちゃんに、斎司郎だけでなく斎之進もパンテルちゃんもキューベルちゃんも頷いて見せた。
「―――あ、あ、ありがとうございます……。ご、ご迷惑にならないよう、せ、せいいっぱい、そ、そ、そ、存在感を消すよう、ど、努力いたしますので……」
九七式ちゃんの見当はずれな決意に斎司郎は苦笑いを漏らしたがこの性格は一朝一夕には治らないだろう。焦らずにゆっくりと自信を取り戻していけばいいのではないかと思う。
「そうと決まれば宴の仕切りなおしじゃ。斎司郎、酒も肴ももうないぞ?」
見ればちゃぶ台の上のお皿はどれもすっかり空になりビールや日本酒の空き瓶が畳の上に所狭しと転がっていた。
「はいはい、すぐに用意するよ」
酒と肴の支度のついでにちゃぶ台の上の皿を片づけて台所へ運んだ斎司郎は自分の小袖の袂にふと手を突っこんだ。
「そういえばまーやのやつ、わざわざぼくを突き飛ばしに家までくるなんてまだ相当怒ってるみたいだよね……? 怒りが冷めるまでしばらく顔を合わせないようにしたほうがいいかもしれないかな……?」
照陽がショッピングセンターのことでまだ怒っていて自分のことを突き飛ばしにきたと思っていたこと自体、斎司郎が女心というものがまったくわかっていないことの証明だった。
「はぁ……。運よくお金が余ったから買ったのはいいけど当分渡せそうもないなぁ……」
斎司郎が小袖の袂から取り出したものは蚤の市で照陽が欲しそうに見つめていたペンギンの髪留めだった。




