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鋼鐵の女豹  作者: 月野原行弥
第四章
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頭上の敵

「えへへぇ~。おにいちゃんとお買いもの、楽しみなのですっ!!」

「もっと気を引き締めてくださいキューベル殿。これは遊びではないのですよ?」

 るんるん気分(死語?)でスキップでもしそうなほどはしゃいでいるキューベルちゃんを真面目な顔でパンテルちゃんがたしなめている。二人は斎司郎に連れられてこれから神社の近くの商店街へ夕食の買いものへでかけるところだった。

 もともとなんとかやりくりしてしのいでいるだけだった斎司郎の神社は居候が一気に三人も増えたことで完全に火の車になってしまった。そうでなくてもこの三人はよく食べるしよく呑む。パンテルちゃんは相撲取りかレスラー数人分くらいは軽く食べるしそこまではいかない九七式ちゃんでも大人四、五人分くらいは食べている。この二人がいるから目立たないがキューベルちゃんも小学生低学年くらいにしか見えない小柄な身体にもかかわらずやはり大人一人分くらいはぺろりと平らげてしまう。

「こうなっては裏の仕事を増やさんとどうにもやっていかれんのぅ……」

 斎之進の鶴の一声で実入りのいい除霊や退魔の仕事を増やすことになった。しかし、そちらの仕事を増やせば今まで斎司郎がほとんど一人でやっていた家事や神社の雑用を誰かが肩代わりしなくてはならない。

 斎司郎に霊視、霊感の類いの能力がまったく備わっていなかったのと正反対に斎之進には炎や風を起こすとか、護符で動きを封じるといった攻撃に類する霊力が欠片も使えなかった。だから除霊や退魔の仕事を増やせばそれはそっくりそのまま斎司郎の負担につながることになる。

 その分斎司郎の手に負えなくなった家事や神社の雑用の穴を埋めてもらうにはパンテルちゃんたちに手伝ってもらうしか手がなかった。今日も現代の人間の世界に慣れてもらうことも兼ねて買いもののしかたを覚えてもらうために斎司郎が二人を引率してきていた。

「―――それにしても、まーやのやつ、いつまでぼくに怒ってるんだろう……?」

 商店街を歩きながら考えごとをして斎司郎はため息を吐いた。神社に顕れた照陽に突き飛ばされてしまってからこっそり様子を窺っているのだがどうもあまり機嫌がよくないように見える。

 放課後も休日も基本的に部活で忙しかった照陽は斎司郎とはあまり時間が合わず遊んだりする機会はほとんどない。だから今までは休み時間にふらっと斎司郎のクラスまでお喋りしにきたり昼休みにお昼ご飯を誘いにきたりすることで穴を埋めていた。だがあの日以来、そういうことがぱったりと途絶えてしまった。

 こっそり買っておいたペンギンの髪留めもいまだに渡せず仕舞いだった。


 キィィィィィ――――――――――――――――――――――――――――――ン……


 もやもやとした斎司郎の胸中とは裏腹によく晴れ渡った青空を背景にして旅客機が陽の光に機体を輝かせながら飛んでゆくのが目に入った。この辺りは主要な航路ではないようだがときどき成田へ離着陸する飛行機が低空で飛ぶのが見えることがある。

「―――あの……? 二人ともなにをしてるんでしょうか……?」

 音に気を引かれて空を見上げていた目を戻した斎司郎が見たものは……

「―――うひゃぁぁぁっ……。て、敵機来襲なのですっ!?」

 横倒しにした青いポリバケツのゴミ箱に頭を突っこんで震える声を上げているキューベルちゃん。四つん這いで潜りこんでいたが頭隠して尻隠さずで白地に青い水玉の可愛いらしいパンツがまる見えになってしまっていた。

「―――ぎ、偽装網を展開して車体を隠さねば!」

 ゴミ捨て場のカラス避けのネットの中にその190センチを軽く越えている大きな身体をなんとか潜りこませようとじたばたともがいているパンテルちゃん。ネットに引っかかってスカートがこれでもかというくらい捲れ上がってしまってレースに縁取られた淡いパステルグリーンのパンツに包まれたきゅっと締まったお尻も白くてぴちぴちと張りのあるふともももなにもかもがまる見えになってしまっている。

「―――ふ、ふ、二人とも、は、早く隠してくださいっ!? パ、パ、パンツとかがまる見えじゃないですかっ!」

 図らずも二人のパンツをもろに見てしまった斎司郎はうろたえて慌てて赤くなった顔を逸らした。

「そうです、しろ殿もそんなところに立っていないで早く隠れてください!」

 だが、なにを勘違いしたのかネットから這いだしてきたパンテルちゃんが斎司郎を抱き抱えるといっしょにネットの中に潜りこもうとまたじたばたし始めた。

「―――うわっ!? な、なにをするんですかっ……!?」

 パンテルちゃんは自分の胸に斎司郎を押しつけるように抱き抱えてゴミ捨て場のネットの中に潜りこもうとイモ虫のように身体をうねうね動かした。

「――――い、息が……!?」

 スイスアルプスのように険峻に聳え立ってはいるもののアルプスの山々とは違っていたって柔らかくそれでいてぷにぷにした弾力もあったパンテルちゃんのおっぱいは斎司郎の顔に完全に密着して塞いでしまっていた。やっと冷静さを取り戻したパンテルちゃんがネットの中から這いでたときには斎司郎の顔は酸欠でチアノーゼを起こして文字通り真っ青になっていた。

「―――し、しろ殿……? ど、どうして、ぐったりされているのですかっ!?」

「うわぁ~ん……。おにいちゃん、死なないでほしいのですっ!!」

 慌てふためいた二人が地面に転がした斎司郎をがくがく揺さぶっている。

「あれ、なにかしら……?」

「いやだわ……。あれ、神社のとこの息子さんよ……?」

 その姿を遠巻きにしてひそひそと話していた夕飯の買いものの主婦たちはかかわり合いになりたくないとばかりに目を逸らしてそそくさと立ち去っていった。

「いいですか、二人とも? もう七十年以上前に戦争は終わってるんですから飛行機が空飛んでても攻撃はしてこないのでよく覚えていてくださいね?」

「―――も、申し訳ありません、しろ殿……。飛行機を見るとつい車体が反応してしまうのです……」

「あぅぅぅぅ……。ごめんなさい、おにいちゃん……。飛行機を見ても逃げちゃだめなのです、逃げちゃだめなのです、逃げちゃだめなのです……」

 酸欠で半ば死にかかっていたのだががくがく揺さぶられたり頬を張り飛ばされたりしてようやくと斎司郎は息を吹き返した。気を取りなおして当初の目的通り二人を案内して商店街へ向かう。その途中も斎司郎にしては珍しく二人にぶつぶつとお説教を続けていた。だがそれは、別にパンテルちゃんのおっぱいのせいで窒息しかけたのを根に持ったからではなかった。

(片や、背の高い金髪碧眼の美少女、片や、真っ黒に日焼けはしてるけど絵に描いたようなロリロリな美幼女。ただでさえ目立ってるっていうのにあんな突飛なまねしてたら余計に目立っちゃうよ……)

 斎司郎としてはあまり目立つようなことをしてパンテルちゃんたちの正体が九十九神であることがばれはしないかと気が気でなかった。だから、どうしてもお小言がくどくなってしまう。

「そんなに落ちこまなくてもいいんですよ? これから気をつけてくれればそれでいいですから」

 しょぼんと項垂れてついてくる二人の姿を見てちょっといい過ぎてしまったかと反省しつつ斎司郎は今日の順路の最後となるスーパーへ二人を連れてやってきた。

「ここがスーパーです。商店街も目利きさえ間違えなければいいものを安く買えるんですが迷ったときにはここで買いものすれば間違えはないです」

「ずいぶんと賑わっているのですね?」

「ふぇ~っ……。色んなものが売ってるのですー」

 夕飯どきのスーパーは買いものの主婦たちで混み合っていた。スーパーが初めての二人はその賑わいと色取り取りの商品に目を奪われたようでもの珍しそうにきょろきょろしている。

「おや、斎司郎くん。いつも、ご贔屓に」

 後ろから声をかけられて振り返ってみるとスーパーのスタッフジャンパーに身を包んだ人のよさそうな初老の男性がにこにこと立っているのが目に入った。

「店長、こんにちは」

「そちらは斎司郎くんのお連れさまかい?」

 いつもは学校帰りに独りで食材を仕入れて帰ってゆく斎司郎が女の娘連れ、それも一目で西洋人とわかるとびきりの美少女と美幼女と連れ立っていたのが意外だったのか店長と呼ばれた男性はもの問いたげな顔をしていた。

「はい。家に下宿しているドイツからの留学生のパンテルさんとキューベルさんです。まだ日本のことに不慣れなのでもし買いものに困っていたらよろしくお願いします」

 留学生と聞いてどこかほっとしたような表情を浮かべた店長は二人にもにこやかな笑顔を向けた。

「たまに本社へ出向いていることもありますがたいていはここにおりますのでなにかお困りのときには気軽に声をかけてください」

「パンテルちゃん、このスーパー、まーやのとこでやってるお店なんですよ」

「まーやさんの?」

「気さくなんでとてもそうは見えないけどああ見えてまーやって社長令嬢なんですよ」

 照陽がまだ小さかったころは店はまだスーパーとはとても呼べないような小さな食料品店だったが目端の利く照陽の父が食品安全ブームに先駆けて得体の知れない農薬 (まみ)れの中国産ではなく産地のはっきりした国産の確かな食材の仕入れ経路を押さえたおかげで売り上げを大きく伸ばし大手のチェーン店が市内に進出してきたにもかかわらず業績は好調を維持していた。その小さな食料品店だったころからの古参社員だった店長が斎司郎とパンテルちゃんの話を耳に挟んで会話に加わってきた。

「おや、こちらのお嬢さんはうちの嬢ちゃんとお知り合いでしたか?」

「はい。まーやさんにはブラとパンツを見立てていただきました」

「―――そ、そうでしたか……」

 うら若い女性の口からいきなり『ブラとパンツ』などというあけすけな単語が飛びだして店長は苦笑いを浮かべた。

「そういえば、嬢ちゃんで思いだしたんだけど」

 店長は真顔に戻ると斎司郎に目を向けた。

「ここのところ、部活に差し入れるからって賞味期限が切れそうなお弁当やパン、熟れ過ぎて店頭に置いておけなくなった果物なんかをごっそりと持って帰るんだけどなにか聞いてないかな?」

「まーやがですか……?」

 確かに体育会なら部活の後はお腹が空くので仲のいい友だち同士でハンバーガーやポテトくらいは食べに寄るかもしれないがいくらなんでもお弁当まで食べてしまったら夕食に差し障るだろう。だとしたら差し入れを口実に自分で食べているとしか思えない。そう斎司郎が躊躇いがちに自分の考えを口にすると店長も顔を曇らせた。

「いくら嬢ちゃんが大喰らいで身体を動かしてお腹が空くといってもあれはいくらなんでも食べ過ぎだよ……」

 産まれたときから照陽を知っていて目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた店長は心配もひとしおなのだろう。

「ぼくも学校でそれとなくまーやの様子を見てみますよ」

「そうかい? 斎司郎くんがそういってくれるとわたしも安心だよ」

 店長は斎司郎の肩にぽんと軽く手を置くと笑顔を見せた。

「嬢ちゃんのことくれぐれもよろしく頼んだよ? レジには社員割引価格で通すようにいっておくからまとめ買いするものがあったら持っていくといいよ」

「いつもありがとうございます」

 軽く手を振りながら背を向けた店長に斎司郎はぺこりと頭を下げた。

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