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鋼鐵の女豹  作者: 月野原行弥
第三章
18/28

照陽さまが見てる

「え? しろ、今日は休んでるの?」

「うん。先生は急に神社の仕事が入ったからだっていってたけど?」

 プレゼントしてくれた髪留めのことを買ってくれた当の本人の斎司郎が忘れていたのでさすがにかちんときて昨日は置いてけぼりにしてしまったが、後から頭を冷やして考えてみるとさすがにあれは八つ当たりと大差なかったかもと照陽は反省していた。

 夜に電話をしてみようかとも思ったけれど斎司郎は携帯を持っておらず家に電話するとときどき斎司郎ではなく斎之進が電話を取ることがあったので照陽としてはあまり気乗りがしなかった。なにせ斎之進ときたらセクハラ紛いというよりセクハラそのもののいやらしい質問を散々しつこく訊いてきてそれに答えないと電話を取り次いでくれないのだ。

 ちなみに、実は斎司郎も携帯を持っていることは持っているのだがそれは除霊関係の仕事の緊急連絡先になっていてそこへ友達から電話とかあると面倒なことになってしまうかもしれないので表向きは携帯を持っていないということになっている。もちろん、プライベートと仕事用に携帯を二つ持たせてもらえるほど(つなし)神社の懐具合は暖かくはなかった。

 そういうわけで、仲直りというほどのことでもないがお昼でもいっしょに食べようと斎司郎のクラスまで誘いにくるとたまたまでくわした同じ中学出身の娘に斎司郎を呼んでもらおうとしたら「今日は休みだよ」といわれてしまったというわけだ。

「それじゃ、わたしもういいかな?」

「―――あ、ごめん……。ありがとね?」

「じゃあね。時間があったら、そのうちカラオケでもいっしょにいこうよ?」

「―――あ、うん……」

 斎司郎は神社の仕事で休みと耳にした途端に難しい顔で考えこんでしまった照陽に女生徒は声をかけた。それに半分上の空で返事を返す照陽。

「しろのやつ、またなにか危ない仕事に首を突っこんでるんじゃないよね……?」

 照陽は(きびす)を返し購買部で買ってきたパンでぱんぱんに膨らんだレジ袋から一つパンを取りだすと歩きながらそれにかぶりついた。

「心配だし、帰りにちょっと寄ってみようかな?」

 三歩も歩かないうちに一つ目のパンの包みは空っぽになっていた。



 照陽が斎司郎のことを気にかけるようになったのはまだ二人が同じ幼稚園に通っていたころのことだった。

「やぁ~い、てるてるぼうずぅ~!」

「ちがうもんっ!! あたしのなまえはてるひだもんっ! てるてるぼうずなんてなまえじゃないんだもんっ!!」

「うるさいっ、おまえ、なまいきだぞっ!? おまえなんか、まどのしたにつるしてやるっ!!」

「―――いやぁ~~~っ!? や、やめてよぉ~~~っ!!」

 そのころの照陽まだ髪も短くて同じ年頃の子供と比べて背も低かった。外でもあまり遊ばない引っこみ思案な娘だったので今のように日に焼けてもおらず妙に白い肌の色ばかりが目立っていた。おまけに名前が照陽だったので「てるてるぼうず」などというあだ名をつけられいじめっ子たちの格好の的にされてしまっていた。

 その日もいじめっ子たちに「てるてるぼうず、てるてるぼうず~♪」とはやし立てられていじめられていた。泣きながら手を滅茶苦茶に振り回していじめっ子たちを追い払おうとしたらその手がいじめっ子の一人に当たってしまい、怒ったいじめっ子たちがお弁当の時間に机の上に広げるテーブルクロスを持ちだしてきてそれで照陽をてるてるぼうずのようにぐるぐる巻きにしようと襲いかかってきた。

「―――やめてぇ~、やめてよぉ~……」

 いじめっ子二人に両腕を押さえつけられもう一人が照陽の頭の上からテーブルクロスをばさりと被せようとしたそのとき。

「―――あのぉ、かわいそうだからやめてあげてよ……」

 躊躇いがちな声に振り返ったいじめっ子たちの顔がお弁当に入っていた嫌いなおかずでも目に入ったように歪んだ。

「うわっ……。おばけじんじゃんちのこだ……!?」

「えんがちょ~! にげろぉ~っ!!」

 斎司郎の十神社はどこの街中にもありそうななんの変哲もない小さな神社で湯島天満宮のように受験生に崇められているわけでもなければ、京都の地主(じしゅ)神社のような縁結びの神さまとして若い女性たちから絶大な支持を受けているわけでもない。つまり、ありていにいってしまえば参拝者が少ない。その寂れた様子が子供たちの目にはお化け屋敷のようにでも映っているようで斎司郎もお化け神社の子と呼ばれて他の園児たちからは距離を置かれていた。

「照陽ちゃん、だいじょうぶ?」

「―――うん……。あ、ありがとう、さいしろーくん……」

「いじめっ子たちのいうことなんて気にする必要はないよ。照陽っていう名前は『太陽が照る』って意味だから言霊(ことだま)的にいってもとても縁起のいい名前なんだからね?」

 除霊のための霊力の修行の一環でそのころから古い文献なども読まされていた斎司郎は幼稚園児ながら小難しい知識がけっこうついていた。

 照陽には斎司郎のいっていることの半分も理解はできなかったのだがそれでもずっといじめのネタにされてきた自分の名前を褒めてくれていることくらいはわかった。もっと可愛らしい響きのする名前をつけて欲しかったといって両親を困らせていたのだが照陽は少しだけ自分の名前が好きになったような気がした。短かった照陽の髪がこの日から伸ばされ始めたことにも斎司郎はまったく気づいてはいなかった。

 ちなみに斎司郎は霊力の修行が進むに連れひょんなことから自分が霊力を備えていることを気づかれでもしないよう極力目立たないように心がけるようになっていた。とどのつまり斎司郎は学校のクラスの中でもまったく目立たない存在にはなれたけれども性格のほうもそれに比例するかのようにいつの間にやらすっかりへたれになってしまっていた。



「ふぇ~っ……。しろの神社へくるのも久し振りよね」

 同じ幼稚園へ通っていたくらいだから照陽の家は斎司郎の十神社からは近かった。だが、前にここへきたのはいつのことだったかすぐには思いだせないくらい間が空いていた。それもそのはずで照陽が成長するに連れ神社へ遊びにやってくるたびに斎之進から受けるセクハラが酷くなってきたのがその原因だった。

 照陽は幼稚園のころは髪も短くて男の子にしか見えなかったし小学校低学年くらいまでは斎司郎よりも背が低かったのだが小学校高学年くらいから急に背が伸び始めてあっという間に斎司郎を追い越してしまった。背が伸び髪が長くなるに連れ顔立ちも女の娘らしくなってきた。ただ、髪も伸び背も高くなり腰の辺りもきゅっと括れてきてずいぶんとまろやかな曲線を描くようになってはいたが、唯一幼稚園のころと変化がなかったのはその胸だけだったのだが、それはさておき。

 孫の幼馴染みだろうがなんだろうが可愛い、あるいは美しい女性に対してはまったくもって節操のなかった斎之進が照陽をほっておくわけはなかった。だからそのことに辟易してしまった照陽が神社へはぱったりと顔を見せなくなったのも当たり前のことだった。

「ふぅ~ん、ここは昔と変わってないみたいね?」

 参道へと続く石段を上り鳥居の下を潜って辺りを見回してみる。年末年始や夏祭り、七五三のときにはそれなりに参拝客もいるけれども、もともと全国的に有名でもないし恋愛成就とか受験の神さまといったご利益があるわけでもないこの神社では平日の夕方には境内に人気(ひとけ)は絶えてひっそりとしていた。

「もしここにいなかったらなにか人にはいえない危ない仕事に首を突っこんでるかもしれないってことになるよね……?」

 見渡す限り境内に人気はないし拝殿前の門も既に閉じられている。拝殿の横にあるお守りやお御籤を売っている社務所も覗いてみたがここも既に灯りが落ちていた。

「家のほうも覗いておこうかな……」

 拝殿を正面に見て左手に社務所があり逆に右手のほうへ細い通り道が伸びていた。その細い道の奥に斎司郎たち一百野家が住んでいる家が建っていた。

「―――ん……? なにか、声が聞こえるような……」

 十神社は帝都東京近郊のベッドタウンの市内に位置していたので周囲は大都会と呼べるほど開けていたわけではなくてもそれでもそれなりには騒がしい環境にあった。だが、神社の中は周囲を覆う木立に遮られていたおかげでひっそり静まり返っている。

九七式(きゅうななしき)ちゃん、そろそろ晩ご飯ですよ?」

「―――は、はい……。あ、あの……。ま、まだお掃除が終わりそうもないので、―――わ、わたしなんか、き、気にしないで、―――さ、さ、先に食べていてください……」

 照陽は神社と一百野家の住む家を隔てている垣根の陰からこっそりと声が聞こえてきたほうを窺ってみた。

「―――ん……? こんな貧乏神社に巫女さんなんかいたかしら……?」

 見ると、家の玄関の格子戸から顔を覗かせた斎司郎が家の前を竹箒で掃き掃除していた巫女さんに声をかけているところだった。この神社へ顔をだしたのもずいぶんと久し振りだったが思いだしてみた限りでは年末年始などの特別なとき以外に巫女さんなんかがいた記憶がない。

「掃除なんて明日の朝、ぼくがやりますから気にしなくていいですよ。それより、もうみんな待ってますからいきましょう?」

「―――で、でも……」

 周りが静かなので普通に話しているだけの斎司郎の声が垣根の陰に潜んでいる照陽にもはっきり聞き取ることができた。だが、巫女さんの声は小声でおどおどと話しているせいでなにをいっているのかよく聞き取れなかった。

「それにしても、なんなの、あの巫女さんの格好は……?」

 照陽の目がじとっとした半眼に細められたのも無理はない。その巫女さんが着ていた巫女服は形だけ見ればどこの神社でも普通に見られる巫女服といっしょで白い小袖に緋色の袴、白足袋に草履という組合せだった。ただ、明らかにおかしかったのは小袖の生地が妙に薄かったことで巫女さんの身体の輪郭が薄っすらと透けて見えてしまっている。

「それに、あの草履。あれって、どう見ても藁を編んだやつじゃないわよね……?」

 照陽が不思議に思った通り緋袴の裾から覗いた白足袋のつま先に通されていた草履は夕方の赤い陽を浴びてなお(くろがね)色の鈍い輝きを放っていた。

「それにしても可愛い娘だなぁ……」

 巫女さんの姿形をもう一度よく見て照陽は思わずため息を吐いていた。

 背丈は、男にしてはちょっと小柄な斎司郎よりも少し高いくらいなので女の娘としては平均くらい。雛人形のように滑らかな白い肌と一筋の乱れもない肩にかかるくらいの長さの美しい黒髪。細いたおやかな眉の下の瞳は吸いこまれてしまいそうなくらい深い黒い色をしていたが、鋭さは少しも感じさせないとろんとした垂れ目。顔立ちは見るからに大和撫子で整ってはいるけれども、その表情は茫洋としていてどこか取りとめがない感じがした。

「それにしても、なにやってんのかしら、あの娘……?」

 巫女さんは声が小さいらしく照陽がなりゆきで身を潜めている垣根からではなにをいっているのかさっぱりわからなかった。ここから見ている限りでは、斎司郎は巫女さんを家の中へ呼び戻そうとしているのに巫女さんは掃除を続けようとしているようだ。

「ほんとに掃除なんかもういいですから晩ご飯にしましょう。冷めちゃいますよ?」

「―――――きゃ……」

 いくら呼んでも家の中に戻ってこないので斎司郎は草履を突っかけて玄関から姿を顕すと巫女さんが手にしていた竹箒を取り上げようと引っ張った。だが、巫女さんも竹箒から手を離さなかったので結果的に引っ張られるような形になってしまい、箒を挟んで抱き合うかのように斎司郎の胸に顔を埋めるような格好になってしまっていた。

「――――――――――ご、ご、ご、ごめんなさいっ……!?」

 その瞬間、斎司郎は慌てたように顔を横に逸らし巫女さんを自分の身体から引き剥がしてずざっと後退った。斎司郎の顔が赤く見えるのはたぶん夕陽のせいだけではないだろう。

「――――――――――――――――――――っ……!?」

 そんな斎司郎の姿を見てしまった照陽の瞳が垣根の闇がりの中で鋭い光を放った。こめかみにも今にも切れそうな血管がなん本も太く浮き上がっている。

「―――な、な、なんなのでしょう……? こ、この禍々しい妖気のような悪寒は……?」

 照陽の身体から放出されているおどろおどろしい真っ黒なオーラのような気を感じ取ったのか巫女服の少女は怯えたような目で辺りをきょろきょろと見回している。

「―――ん? どうかしましたか、九七式ちゃん?」

 しかし、霊能力者ながら気を感じる能力にまったく欠けていた斎司郎は照陽の放っていたどす黒いオーラをみじんも感じ取れなかった。不安気に周囲を小動物のように見回している少女の肩に手を置いて顔を覗きこんだ。

「――――――――――――――――――――!!!!」

 ぶちぶちっとなにかがぶち切れたようないやな音が聞こえた。どうやら、照陽の頭の中で血管がまとめて切れたようだ。

「しろの……」

 ぎゅっと握り締めた拳がぷるぷると震えている。

「ばぁかぁぁぁぁぁ――――――――――――――――――――――――――っっっ!!」

「―――――ひっ……!?」

 照陽は思わず垣根の陰から走りだしこちらへ背を向けて巫女服姿の少女と話をしていた斎司郎の背中を両手で思い切り突き飛ばした。巫女服姿の少女は照陽の鬼気迫る形相に恐れをなしたのか喉の奥でかすれたような小さな悲鳴を上げただけで大きく目を見開いたまま固まってしまっていた。

「うわぁ~~~っ……!?」

 一方、照陽の人間離れした怪力で思いっきり突き飛ばされた斎司郎はひとたまりもなかった。悲鳴を上げながらでんぐり返しのようにごろごろと地面の上を転がってゆくと開いていた格子戸から玄関の中へ転がりこみ上がり(かまち)に激突してようやくと止まった。

「―――――て、て、敵襲ですっ……!! みなさん、出合ってくださいっ……!!」

 斎司郎が上がり框にぶつかった音でようやく我に返った巫女服姿の少女はまだ震えている声で家の中へ助けを求めた。

「いったいなんなのです、今の大きな音は?」

「うわぁっ!? お、おにいちゃんが戦死しちゃったのです……」

「―――わ、若さま、傷は浅いです……。せ、せめて、ふ、富士山が見えるまで死なないでください……」

 なにやら大きなもの音がしたのを聞きつけて姿を顕したパンテルちゃんとキューベルちゃんが玄関の三和土に転がっている斎司郎を見て驚きの声を上げた。一方、突然のことに気が動転した巫女服姿の少女は斎司郎の上半身を抱き起こしてがくがく揺さぶっていたので斎司郎は身体中が痛いというのにおちおち気絶もしていられなかった。

「―――あの、ぼくまだ死んでないんですけど……」

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