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鋼鐵の女豹  作者: 月野原行弥
第ニ章
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気になっちゃう

「まーやさん、急にどうしたんでしょう?」

「さぁ……? ぼく、ときどきまーやがなに考えてるのかわからなくなっちゃうときがあるんですよね……」

 急に駆け去ってしまった照陽の背中を見てパンテルちゃんは首を傾げた。そして、へたれな斎司郎は自分の心ない一言が照陽の心を深くえぐってしまっていたことにこれっぽっちも気づいていなかった。

「まーやには明日学校で話してみますよ。こうしていてもしょうがないので帰りましょうか。晩ご飯の支度もしなくちゃならないですし」

「それはなににも増して重要な任務です」

 晩ご飯と耳にするとあれほど食べたばかりだというのにパンテルちゃんは瞳をきらきら輝かせ始めた。斎司郎に促され人混みを掻き分けて意気揚々と歩き始める。

「―――――ん……?」

 しかし、なん歩も進まないうちに今度はパンテルちゃんが一軒の出店の前で足を止めてしまった。

「どうかしましたか? なにか欲しいものでも見つけました?」

「いえ、それが……」

 その出店はとにかく古そうなものならなんでもありでごちゃごちゃに並べたコンセプトもへったくれもないがらくた屋だった。怪しげな壺や縁の欠けた茶碗もあれば、塗りの剥げた仏像、紙が黄ばんだ中国風の水墨画の掛け軸、色がぼやけたアラビア風の細密画、聖母マリアにしては妙にお肌の露出の多い女性を描いた胡乱(うろん)な油絵などが統一感なく並べられていた。その胡散臭いがらくたの中に混じって並べられていた一つの品をパンテルちゃんは指差した。

「あれがどうにも気になるのですが……」

「―――これは、車のハンドル……?」

 それは握りやすくするために内側にウレタンなどを仕込んだ最近の車のハンドルではなく、細い鉄パイプを輪っかに曲げて作ったような頑丈そうだが無骨なハンドルだった。

「気になるって、なにか嫌な気配でも感じるってことですか?」

「いえ、そうではなくてこっちこっちと呼ばれているというか拾ってくれと泣きつかれているというか……」

「ぼくじゃなにも感じられないけどパンテルちゃんなら……」

 パンテルちゃん助けて神社へ連れて帰ったときのことを斎司郎は思いだしていた。あのときパンテルちゃんは自分には感じることのできない結界を感知することができていた。霊感の能力が欠けている自分にはわからなくてもパンテルちゃんがなにか感じるというのであれば見過ごすわけにもいかない。骨董品や古道具などにはときとしてとんでもない怨念がこめられていたり呪いがかかっていたりする曰くつきのものも少なからずあるからだ。

「あの……。これ、おいくらでしょうか……?」

 レゲエミュージシャンのようなドレッドヘアの店主に斎司郎はさりげなくそのハンドルの値段を訊ねてみた。

「あー、それね? それさぁ、いつも売れ残っちゃう割に大きくてかさばって邪魔でしょうがないから、買ってくれるなら勉強しとくよ?」

 こういう蚤の市では値段などあってないようなもの。欲しそうな素振りを見せた途端に値段が跳ね上がることを古道具屋などで呪のこもっていそうな曰くあり気な品々を買い取ろうと交渉することにも慣れていた斎司郎にはよくわかっていた。だが、そのがらくた屋の店主はよっぽどそのハンドルを持て余しているようで値引き交渉を始める前から半ば投売りしてかかっていた。

「ぼくもどうしても欲しいわけじゃないんですけど、これを吊るしておけば庭を荒らすカラスを除けるのに使えるかもと思って……」

 そうはいっても少しでも欲しそうな素振りを見せた途端に値段を吊り上げられてはたまらないので斎司郎は慎重にことを進める。パンテルちゃんと照陽の地表の作物をすべて喰い荒らしてしまうイナゴの大群のような食欲のせいで斎司郎の財布は青息吐息の瀕死の状態だった。だから、どうしてもそれが欲しいわけではなくなにかの代用品にするということを印象づけつつ取りあえず手持ちの金額の三分の一から交渉を始めた。

「ああ、それでかまわないよ」

「へっ……!?」

 こういう場合の値段交渉は売り手は買い手が絶対にださないだろうという高い金額を吹っかけ、逆に買い手はそんな値段で売ったら売り手は赤字になってしまうだろうという低い金額から始めてじょじょに売り手買い手双方の落としどころの金額を探ってゆくのが普通の遣りかただ。だから、残りの手持ち資金でなんとか買い取りたかった斎司郎は思いっ切り安い金額から交渉を始めたのだがその金額をあっさりがらくた屋の店主が呑んでしまったので拍子抜けしてしまった。

「それじゃ、これ……」

「まいどあり!」

 半信半疑のまま財布からお金を取りだして店主に渡すと引き換えにいとも簡単にハンドルを手渡してもらえた。

「どうなることかと冷や冷やしましたけどあっさり手に入っちゃっいましたね……? おかげでお金も余ったからよかったですけど……」

「さすが、しろ殿。穏便にそのハンドルを手に入れられましたね。もし引渡しを拒まれたらわたしが力ずくで手中に収めるつもりでいたのですが」

 少ない軍資金しか残っていなかったのではらはらしてしまったがとにもかくにも目的のものを手に入れることができて斎司郎はほっとしていた。そんな斎司郎にパンテルちゃんが右腕を擦りながらが不敵に口の端を歪めて見せたので、斎司郎は思わず肝を冷やしてしまった。

「―――いや、いや、いや……。パンテルちゃんが本気をだしたら血を見ずにはいられないような気が……」

「―――やはり、わたしではお役にお役に立てないのでしょうか……?」

 ご本社さまの隠し蔵を破ったのだからパンテルちゃんの腕っ節がどれほど強いのか想像もつかない。蒼い顔になった斎司郎を見てパンテルちゃんは表情を曇らせた。九十九神になれるくらい大切にされていたのに戦争に勝つというこの世に産みだされた目的を果たせず撃破されてしまったパンテルちゃんは、なにかの役に立てないことをとても恐れているようだった。

「―――そ、そんなことはありませんよ……? きっと、パンテルちゃんのその気迫が伝ったのでお店の人に安く売ってもらえたんですよ。それより早く神社へ帰ってこのハンドルを祖父さまに見てもらいましょう」

「……しろ殿のいう通りかもしれません。わかりました、急いで帰りましょう」

 項垂れてしまったパンテルちゃんを見て斎司郎が慌てて励ましの言葉を探すとパンテルちゃんも気を取りなおしたように頷いて見せた。



「ふむ……? なるほどのぅ……」

 神社へ帰ると斎司郎はさっさくハンドルを斎之進に見せてそれを手に入れた経緯をざっと説明した。だが斎之進はそのハンドルを手に取って詳しく調べようともせず、鬚をしごきながらちらっと一瞥しただけだった。

「三方にでも載せて一晩拝殿に置いておけばよいじゃろう」

「え……? もっとちゃんと調べてよ、祖父さま……」

「じゃから、今すぐ祓わねばならんような心配のあるものではないから安心せい。それより早く晩飯にしてくれんかのぅ? もちろん、酒も呑みたいぞ?」

「―――はいはい、わかりました……」

 斎司郎の返事も聞かずに斎之進はあくびをしながらすたすたと拝殿からでていってしまった。酒呑みで女好きでいい加減な性格だが斎之進の霊感による目利きは確かだった。霊感の類いがまったく備わっていない斎司郎はその言葉を信じるしかなかった。しかたなくいわれた通りそのハンドルを綺麗に布で拭ってから三方の上に置き、夕食の支度をするため斎司郎も拝殿を後にした。


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