その一言が死を招く
「ふ~っ……。あー、食べた、食べた」
照陽がぽっこりと突きでたお腹を擦って満足そうに呟いている。結局、追加の料理を綺麗に平らげた後、ご丁寧にデザートにパフェとあんみつとホットケーキまで食べたのだからお腹が膨らんでも当然だった。
「申し訳ありません、しろ殿……。調子に乗って食べ過ぎてしまいました……」
「―――は、ははは……。き、気にしなくても、だ、だ、だいじょうぶですよ……?」
一方、お会計の後、財布を覗きこんで青い顔で頬をぴくぴくと引きつらせていた斎司郎を見てパンテルちゃんはしゅんとなって項垂れていた。だが、パンテルちゃんも照陽に負けず劣らないくらい食べた後でパフェとクレープと栗ぜんざいのデザートまで食べたにもかかわらず、その綺麗なプロポーションはちっとも崩れておらずウェストはほっそり括れたままだった。
「すっかりご馳走になっちゃったわね、しろ? ありがとね」
「いいって、ぼくのほうが無理なお願いしたんだし……」
礼をいう照陽にも弱々しい笑顔を向けた。
「それじゃ、そろそろ帰ろうかな?」
「そうだね」
二人の尋常ならざる食べっぷりを見ただけでお腹がいっぱいなので自分はもう晩ご飯はいらないかな?、といった気分だったのだが、パンテルちゃんと斎之進には夕食の用意をしなくてはならない。それに境内の掃除とかまだまだやらなくてはならない神社の仕事も残っていたので斎司郎もさっさと帰るつもりだった。
「駅に戻るならこっちを通ったほうが近道じゃなかったっけ?」
「どうだったかな……?」
工場の跡地に建てられただけあってこのショッピングセンターはとにかくだだっ広い。それにいつもは近所の商店街やスーパーを利用していてここへはほとんど足を運んだことのない斎司郎にとっては迷路みたいなものだった。
「まぁ、迷ったら店員さんか誰かに訊けばわかるわよ」
「それもそうだね」
こういうときの決断は退魔の職業病で石橋を叩いても渡らない性格が染みついている斎司郎より漢らしい照陽のほうがよっぽど思い切りがいい。迷わずすたすた歩きだした照陽に斎司郎とパンテルちゃんも後に続いた。
「人が多いと思ったらなんかやってるみたいね」
「まぁ、週末だからイベントも多いのかもね」
きたときには通らなかったコンコースへ足を踏み入れるとやけに人が多かった。よく見てみると先のほうでなにか催しものをやっているようだった。
「これは蚤の市みたいだね」
「ふ~ん、案外色んなものが売ってるみたいね?」
店を出していたのは自宅で不要になったものを売りにだしているところや潰れた店の在庫を買い叩いて売っているバッタ屋っぽいところ、自作のアクセサリーなどを売っているところなど種々雑多だった。初めのうちは興味なさそうにずんずんと先を急いでいた照陽もところどころで足を止めては興味深そうに出店を覗きこんでいた。
「―――あっ!」
その中の一軒のに吸い寄せられるように照陽の目が店先に並べられたものに釘づけになっていた。
「まーや、どうかしたの?」
照陽がいったいなにをそんなに熱心に見つめているのか気になった斎司郎は、照陽の脇から首を伸ばして覗きこんでみた。
(なるほど、ペンギンの髪留めか……)
照陽がうっとりと見つめていたのはペンギンの飾りのついた銀色の髪留めだった。照陽は動物園や水族館へいくとペンギンのプールの前からなん時間も動かなくなってしまうくらい筋金入りのペンギン好きだ。その髪留めは値段からすると銀製ではなくたぶん鉄とか錫かなにかでできているのだろう。
「それ、まーやに似合うんじゃないかな? 気に入ったのなら買っちゃえば?」
ここで「ぼくが買ってあげるよ」という台詞が出てこないところが斎司郎がへたれたる所以だった。
「―――で、でもねぇ……」
照陽はなにかに迷っているかのように自分の後ろ髪をポニーテールに結ったゴムの髪留めにそっと手を置いた。
その仕種を見て照陽が迷っていたのは『漢らしい』自分にはこんな可愛いデザインは似合わないとでも思ってるのだろうと勘違いした斎司郎はいわずもがなの余計な一言を口にしてしまった。
「まーやが今使ってる髪留め、もうぼろぼろじゃない? 新しいのに変えたほうがいいんじゃないの?」
それを耳にした瞬間、照陽の顔からすーっと表情が消えた。
「―――しろ、今なんていったの……?」
「―――え……? 新しいのに変えたほうがいいんじゃないの、って……」
「しろ、もしかして覚えてないの……?」
「覚えてるって、なにを?」
「この髪留めのことをよっ!?」
「そういえばそれ、まーやずっと前から使ってるよね? よくわからないけど、そんなに気に入ってるの……?」
よくわからないとでもいいた気に斎司郎が小首を傾げた。それを無表情だった照陽の顔つきががらりと変わった。漢らしいといわれてはいるがふだんの照陽は黒目がちな大きな瞳もあってなかなか愛嬌のある顔立ちをしている。だが今の鬼気迫るその表情は、高笑いしているズォーダー大帝でもきっと笑いが尻すぼみになって消えてしまうのではないかと思えるくらい恐ろしいものだった。
「―――ま、まーや……?」
「もう、いい……」
あまりの恐ろしさに、照陽の迫力には慣れているはずの斎司郎でも思わず何歩か後退ってしまっていた。そんな斎司郎を横目で一睨みすると、照陽はそのまま振り向きもせず人混みを縫って駆けだしていってしまった。
「―――あれっ…? もしかして、まーや泣いてた……?」
自分を睨んだその瞳の端になにか光るものが見えたような気がして斎司郎はうろたえていた。
「しろの、ばかっ……」
蚤の市会場のコンコースを駆け抜けながら照陽は次から次へと溢れてくる涙を拭っていた。
「この髪留めのことを覚えてないなんて……」
照陽がずっと使い続けていた高校生にしては子供っぽ過ぎるような髪留めは斎司郎がプレゼントしてくれたものだったのだ。
あれはまだ小学校低学年くらいのときだったろうか、斎司郎の神社のお祭りに遊びにいったことがあった。買ってもらったばかりの新しい浴衣に袖を通してお洒落をしわくわくしながら神社へと急いだ。神社へ着くと待っていた斎司郎が参道沿いの屋台を案内してくれた。神社の宮司の孫がついているのだからどこの屋台へいっても値段を割り引いてもらえたり量を増やしてもらったりと色々おまけをしてもらえて、照陽は嬉しくてはしゃぎ回ってしまった。おかげでそのころから既に常人離れした食欲を発揮していた照陽は、そうそうに貰ってきたお小遣いを買い喰いだけですべて使い果たしてしまっていた。照陽がその髪留めを見つけたのはそんなときのことだった。
「わぁ~、これきれ~~~っ!!」
おもちゃや雑貨を所狭しと並べて売っている屋台の前にしゃがみ照陽はその髪留めから目が離せなくなっていた。ゴムに取りつけられた飾りのプラスチック玉が参道に沿って掲げられた提灯や屋台の白熱灯の光を反射してきらきらと輝く。照陽の目にはそのプラスチック玉が母が大切にしているダイヤの指輪よりもずっと綺麗に見えていた。
「―――でも、もうお金ないや……」
片手に持った巾着から財布を取り出して中を確かめ照陽はしゃがんだままがっくりと項垂れてしまった。
「おじさん、これいくら?」
そんな哀しそうな照陽を見て斎司郎が屋台のおやじに髪留めの値段を訊ねた。
「―――ん、五百円だな」
「えっと……」
照陽と違って買い喰いなどはしない斎司郎はお小遣いを貰ってきてはいなかった。それでも一応小袖の袂を探ってみると入れっ放しになっていた小銭がなん枚かでてきた。
「これしかないんですけど……」
「まぁ、いいか……。彼女にプレゼントしたいっていう心意気に免じて特別におまけしておくよ」
「ありがとう、おじさん!!」
ありったけの小銭を店のおやじに手渡し代わりに髪留めを受け取った。
「はい、これ! まーやちゃんに」
「えっ!? いいの、もらっちゃっても……?」
「うん!」
「ありがと~、しろくん!」
「じゃあ、ぼくがこれで髪結んであげるね?」
そういって斎司郎は照陽の後ろ髪を適当に束ねると慣れない手つきでポニーテールに結った。このとき照陽は頭の両脇にリボンで髪をツーサイドアップに結っていたのでそれをいったん解いてから普通のポニーテールに結い直せばよかったのだが、さすがにまだ小学校低学年では斎司郎もそこまで頭は回らなかった。
この日からトリプルテールという奇妙な髪形が照陽のトレードマークになった。そして照陽の後頭部のポニーテールを結ってきたのもずっとこの髪留めだけだった。飾りのプラスチック玉は今ではすっかり表面が傷だらけになって輝きも失ってしまっていた。だが、ゴムが痛んで切れてしまってもプラスチックの玉飾りだけを外して他のゴムにつけ替えてまで照陽はこの髪留めを使い続けていた。
つまりこの髪飾りは照陽が斎司郎から貰った唯一のプレゼントだったのだ。いつの間にやらすっかりへたれになってしまった今と違って、そのころの斎司郎はそれなりに女心をくすぐる男の子だったのかもしれない。




