食欲大魔神VS鋼鐵の胃袋
「まーや、遠慮しないでなんでもじゃんじゃん頼んでね!」
斎司郎がかいがいしくメニュー立てから抜いたメニューを照陽に差しだしてきた。
三人が腰を落ち着けたのは、結局ショッピングセンター内にあるチェーンのファミレスだった。
ショピングセンターのレストラン街には照陽の好きなステーキ店や鉄板焼きやとんかつ屋もあったのだが脂っこい肉料理は斎司郎が食べられず、かといって斎司郎の好きな淡白な和食では照陽がまったくもって満足できない。
寿司なら斎司郎も照陽も大好物だったのだがレストラン街の回らない寿司屋ではどこかの国の残念極まりない政府のように赤字国債でも乱発しない限りは完全に予算オーバーだった。
とどのつまり、斎司郎も照陽も食べられる料理があってなおかつ予算内に収まる選択肢はファミレスしか残されていなかった。
「まーやはなにか飲む?」
卓上のボタンを押してウェイトレスを呼びそれぞれ食事のオーダーをすませてから斎司郎が訊ねてきた。
「それじゃドリンクバーをお願いね」
「パンテルちゃんはどうします?」
「わたしは……。ビールをお願いしてもよろしいでしょうか……?」
自分のために色々買いものをさせたとあって買いものが終わるころにはすっかり恐縮してしまっていたパンテルちゃんは遠慮がちにおずおずと上目遣いに斎司郎のほうへ顔を向けた。
斎司郎は「ビールくらいで遠慮しなくてもいいんですよ?」と安心させてから「それじゃドリンクバー二つと中ジョッキをお願いします」とオーダーを追加した。
ウェイトレスは斎司郎たちとあまり歳が変わらないように見えるパンテルちゃんをちらっと横目で見ていたが、「この人、ドイツからの留学生なんで」と説得力がありそうで実はまったく筋が通っていないいい訳をすると、「外人なら、まぁいいか……」とでもいいたそうな顔でPOSを打ち終えて戻っていった。
「まーや、ぼくが取ってくるよ。なに飲む?」
「それじゃ、ウーロン茶にしようかな?」
「わかった。ちょっと待てって」
斎司郎がドリンクカウンターに立って照陽にウーロン茶と自分用にガラスポットで淹れた日本茶を持って戻ってきた。そこへ中ジョッキも運ばれてきたので取りあえず三人で乾杯する。
「まーや、改めて今日はありがとう。助かったよ」
「色々選んでいただいてありがとうございました」
「あ~……。もういいわよ! これぐらいのことでそう大仰にお礼いわれてご飯まで奢ってもらったら、こっちのほうがばつが悪いわよ!」
照れ隠しにウーロン茶をストローでずちゅ~っと音を立てて一気に半分くらい飲み乾す。
「まーやさん、いい呑みっぷりです」
「いい飲みっぷりって、これウーロン茶よ……?」
パンテルちゃんに「まーや」と呼ばれて照陽は複雑な心境だった。自分のことをそのあだ名で呼ぶのは斎司郎だけだったからだ。斎司郎が「まーや」と呼ぶので同じような呼びかたをしているだけなのだろうが、なんだか自分と斎司郎の子供のころからの長いつき合いの間に無遠慮に割って入られたような気がしてイラっとしてしまう。もっとも、照陽は自分の下の名前が嫌いだったので「あたしのことは照陽と呼んで!」ともいえず顔をしかめることしかできなかった。
一方、もちろんファミレスのドリンクバーなんて初めてだったパンテルちゃんは照陽がなにを飲んでいるのかもよくわからず、それでもその飲みっぷりに感心したように小さく頷くと自分のジョッキを一息で呑み乾していた。
「ぷはぁ~っ!! やはり最初の一杯はV十二気筒に染み渡るのですっ!!」
ほんとうに美味しそうにビールを呑み乾して目を細め口許についた泡を手で拭っているパンテルちゃんを見て、照陽が目を円くした。
「ちょっと……。いくら外人だからって、そんなに一気呑みしてだいじょうぶなの……?」
「それなら心配ないよ? パンテルちゃん、家の祖父さまよりお酒強いくらいだから」
「……あの爺よりもなの?」
照陽の脳裏にいやな思いでが過ぎった。
まだ幼稚園だったころ、斎司郎の神社に遊びにいったら真昼間から一杯やっていた斎之進に日本酒を呑まされてしまったことがあった。あのときはいっしょに呑まされた斎司郎はコップでなん杯か呑んでもけっろっとしていたのに、照陽のほうはといえば最初の一口で思わず吐きだしてしまったにもかかわらず前後不覚にべろんべろんに酔っ払って二日酔いにも苦しめられた。どうも、照陽は性格は漢らしくても酒にはいたって弱い体質らしかった。
「パンテルちゃん、お代わり呑みますか?」
「お代わりを頼んでもいいのですか!?」
「パンテルちゃも慣れない買いもので疲れたでしょうからビールくらい遠慮しないで呑んでもいいんですよ?」
優しく笑いかけながら卓上のボタンを押してウェイトレスを呼びビールの追加をしている斎司郎の姿を見て照陽はむすっと唇をひん曲げた。
「ねぇ、しろ?」
「ん? なぁ~に、まーや?」
「なんでしろが、この娘があのエロ爺よりお酒強いって知ってるのよ?」
「だって、パンテルちゃんは家に下宿してるからご飯もなん度もいっしょに食べてるしね」
「まぁ、それならお酒くらいいっしょに呑むから不思議じゃないよね……?」
ずちゅ~っとウーロン茶の残りを飲み乾しふと首を傾げる。数秒経ってから斎司郎がいったことの意味がやっと頭に入ってきてウーロン茶に咽た。咽た息がストローから吹きだされその風圧でグラスに残っていた氷が飛び散ってしまった。ちなみに、照陽は腕力だけでなく肺活量も尋常ではないので思いっ切り吹いたときの風圧はかなりのものだ。
「―――――っげ、げほっ、げほげほっ……!!」
おまけに飲み乾したウーロン茶も気管のほうへ入ってしまったようで身体をくの字に折って苦しそうに咳きこんでいる。
「―――だ、だいじょうぶ、まーや? 鼻からウーロン茶垂れてるよ……?」
パンテルちゃんと並んで照陽と向かい合いの席に座っていた斎司郎は慌てて駆け寄るとポケットから取りだしたハンカチを照陽に手渡しその背中を優しく擦ってあげた。
「―――し、し、しろ……? あんた、今なんていったの……!?」
「え? 鼻からウーロン茶垂れてるって……」
「そこじゃないわよっ!! その前よ、その前っ!!」
「……パンテルちゃんが家に下宿してるってこと?」
「―――そ、そ、それよ、それっ!! あたしは、そんなこと一言も聞いてないわよっ!?」
「あれ、ぼくいってなかったっけ……?」
(ちっ……。そういうことだったのね……?)
こめかみに指を当てて首をかしげている斎司郎を見て照陽は唇を噛んだ。
よくよく考えてみればそもそもなんで日本に留学(?)にきたパンテルちゃんの世話を斎司郎がかいがいしく焼いているのか? パンテルちゃんが斎司郎の家に下宿しているというのなら確かにそのことにも筋は通っている。
「だいたい、しろんとこはいつから下宿屋になったのよっ!?」
「あー……。ほ、ほら……? 最近はさ、アニメとかの影響で巫女さんに興味がある外人さんが増えてるんだよ。それでね、うちの神社も色々苦しいんでそういった外人さんに巫女体験してもらって少しでも収入増やそうかな、なんて思って……」
しどろもどろに、口から出任せのいい訳をする。
(まぁ、しろんとこの神社じゃなにか副収入ないと苦しいってのは確かよね……)
照陽は斎司郎がこっそり除霊や退魔の仕事をなりわいとしていることは知らなかった。だが、人に隠れてなにかあまり公にできない危険な仕事をやっていることは薄々感づいていた。小学校高学年くらいからときどきなん日も学校を休んだかと思ったら、身体中に生傷をこしらえて学校へでてきたことが度々あったからだ。
(それに比べたら、下宿屋で稼ぐほうがまだましなのかな……?)
こんな美人でプロポーションも抜群の娘が一つ屋根の下で斎司郎と暮らしているなんて考えただけで居ても立ってもいられなかったのだが、斎司郎が隠れて危険な仕事をするよりはましかもと考えてしまう。なんだかんだいっても、やはり照陽はお人よしのようだった。
それに斎司郎の神社は寂れている割にむだに広くて部屋数もたくさんあるからだいじょうぶなはずだ。いや、だいじょうぶだと信じたい。
「あー、もうっ……。考えてもしかたないのよねっ!!」
せっかく艶やかでしっとりとした黒髪なのに両手でがりがりと掻きむる。
「ウェイトレスさん、追加~っ!!」
そして卓上のボタンも押さずに大声でウェイトレスを呼びつけて追加の注文を入れまくる。
「こうむしゃくしゃするときは、喰うに限るのよ。グリルチキンとビーフカレーとミートソース追加お願いしますっ!」
「むっ!? やはりまーやさんも相当燃費が悪そうですね? それなら、わたしも」
照陽が自棄喰いに走っているのを見て安心したのかパンテルちゃんまでいっしょになって追加注文を入れている。
「デミグラス・ハンバーグとミックス・フライとマルゲリータ・ピザをお願いします。後、ビールのお代わりを……」
「ぼくのお財布で足りるのかな……?」
二人の情け容赦ない食べっぷりを見て恐れをなした斎司郎は虚ろな目でずるっとうどんを啜った。




