着替えるには脱がなくてはなりません
照陽が店員の持ってきたブラを指差すとパンテルちゃんは頷くやいなや着ていたディアンドルの裾をその場でいきなりたくし上げた。
「―――ちょ、ちょっとあんたなにやってんのよっ!?」
「―――お、お、お客さまっ!?」
照陽と店員が慌てて駆け寄り、パンツどころか滑らかな白いお腹とその真ん中にくぼんだ綺麗なおへそがまる見えなってしまうまでディアンドルの裾を捲っていた腕をつかんで下ろさせた。
「あなたがそれを着てみろといったのではありませんか? 服を脱がないと着替えられません」
「だぁ・かぁ・らぁっ!! あそこに試着室があるでしょっ!? あの中で着替えなさいっよっ!」
きょとんとした顔で首を傾げているパンテルちゃんを真っ赤な顔で怒鳴りつけて照陽は試着室のほうを指差した。
「ふむ……。人間の世界には色々と面倒な決まりがあるものなのですね……?」
戸惑ったように眉間に皺を寄せて呟くとパンテルちゃんは店員の持っていたブラを受け取って試着室へ姿を消した。
「なんなのよ、あの娘……? 露出狂なのかしら……?」
「欧米ではヌーディスト・ビーチもいくつかあるそうですから外人さんなら人前で着替えるくらい恥ずかしくないのかもしれませんね……?」
照陽と店員が困ったように顔を見合わせていると、さっさと着替えをすませたパンテルちゃんが試着室のカーテンをしゃっと開いて惜しげもなく下着だけの半裸の姿で顕われた。
「どうでしょうか?」
「ちょっと失礼しますね?」
店員が近寄りカップの納まり具合をなおし始めた。
一方、照陽のほうは下着だけの姿でも臆するところなく堂々としたパンテルちゃんを見て目を半眼に細めていた。
「別に他意はないんだろうけど……」
そんなにあっけらかんとブラしか隠すものがないおっぱいをひけらかすなんて、使用後のエアバッグとかせんべい布団とかピョン吉とかいう不名誉な二つ名を奉られとにかくおっぱいがぺっちゃんこなことにかけては世界的に定評のあった自分に対するあてつけなのではないかとついつい照陽は自虐的な考えに陥っていた。
「ブラのほうはこのサイズがぴったりのようですが、どういたしましょうか?」
「とにかく着替え用にすぐ着られるのがほしいんで、三枚くらい貰っていきます。もうちょっとましなデザインのはカタログで選べば取り寄せてもらえますよね?」
「はい、メーカーに在庫がございましたら二、三日でお取り寄せできると思います」
「それじゃあなた、カタログ見せてもらって気に入ったのを選びなさいよ?」
「わたしは、どんなものがいいのかよくわからないのです。よかったら似合いそうなものを選んでいただけないでしょうか?」
「あたしが……?」
頼まれた照陽がむすっとした顔を向ける。だが、こちらへじっと向けられた碧い瞳が困ったように揺れているのを見てため息を吐いた。
照陽は自分ではあまりお洒落には気を遣っていないが、それはファッションセンスがないからではなかった。むしろ、実はかなり優れたセンスの持ち主ともいえる。そんな照陽がお洒落に気を遣わなかった理由は三つあった。
一つには、自分という漢らしいキャラに対して周りがイメージする服装がジャージだのTシャツとジーンズだの、とにかくそういったセンスを問われる服装とは真逆のものだったからだ。漢らしい照陽にとって、そういったあか抜けない服装を期待されている以上その期待を裏切るのは忍びなかった。
二つには、平日は部活で夜は家に帰って寝るだけ、休日も午前中は部活で午後は自主練などで遊びにいくことがほとんどなかった照陽にはお洒落をしてでかける機会がほとんどなかったということが挙げられる。
そして三つには、これが一番大きな理由だったのだが、照陽がどんなにお洒落をしていてもへたれで女心というものがからきしわかっていなかった斎司郎がちっともそのことに気がついてくれなかったからだ。
中学のころ、お年玉やお小遣いを貯めてやっとのことで手に入れた人気ブランドのドレスで着飾って斎司郎をクリスマスの食事に誘ったことがあった。もちろん、まだ中学生だったのでディナーではなくランチのコースだったのだが。それでも目いっぱい背伸びしてこれまたカップルに人気のホテルに電話をかけまくって血の滲むような執念の末になんとかクリスマス・イヴ当日の予約を勝ち取ったのだ。それなのに誘われた斎司郎の返事ときたら、「うち、神社だから……」という身も蓋もないものだった。
怒り心頭の照陽は二人分のランチコースを独りで喰い荒らした。そして、そのマナーもへったくれもない食べかたに眉を顰めたウェイターは、照陽の射殺すような視線に貫かれて失神してしまったとも噂されている。
そのクリスマス・イヴの日以来、照陽はすっかりお洒落をしようという意欲を失ってしまっていた。
「まぁ、しょうがないわねぇ……。でも服の好みなんて人それぞれ違うものよ? あたしが選んだものが気に入らなくても、後から文句いわないでよね?」
「もちろんです。わたしのために選んでいただいたものに否やはありません」
きっぱり頷いた碧い瞳にふざけたりからかっている様子は見られなかった。
照陽は小さくため息を吐くと店員にカタログを見せてくれるよう頼んでいた。
「助かったよ、まーや。男のぼくだけじゃこうすんなり買いものはすませられなかったよ……」
難関だったランジェリーショップの後、斎司郎も合流して普段着や寝間着、靴などを選んでいった。下着のときと違って照陽の見立てが確かだったこともあってそれほど時間をかけずに買いものをすますことができた。
「あー、そうね? それじゃ買いものもすんだことだし、あたしはこれで」
「―――ちょ、ちょっと待ってよ!」
二人に背を向け肩越しにひらひらと手を振って見せた照陽を斎司郎は慌てて引き止めた。
「ん、なによ? まだなにか買い忘れたものでもあったの……?」
「そうじゃなくて、つき合ってもらったお礼に食事でもどうかな……?」
首だけ後ろに回していぶかし気な目を向けてきた照陽を斎司郎は食事に誘った。
「別にいわよ、そんな気を遣わなくても……」
「そういうわけにもいかないよ、せっかくの休日を潰しちゃったんだし。それにほんとなら家でぼくがなにか作ってあげたいんだけど、まーやってぼくの祖父さま苦手でしょ……?」
「あー、あのエロ爺だけはいくらあたしでもまっぴらだわ……」
斎司郎の家に遊びにいったときに斎之進から受けたセクハラの数々を思いだして、照陽の頬がひくひくと引きつった。
(でも、あのエロ爺の十分の一でもしろに甲斐性があったらあたしもこんなに苦労はしてないんだけどなぁ……)
血眼になって彼女を追い求めたりもう女だったら誰でもいいなんて見境がないのも願い下げだが、あまりにもその辺が淡白過ぎるのもそれはそれでやきもきさせられてしまうものだ。
「だからさ、ここなら色んなレストランもあるから食事くらいご馳走させてもらえないかな……?」
上目遣いに必死に頼みこんでくる斎司郎の姿を見てまたしても母性本能をくすぐられてしまった照陽は結局折れることにした。
(まぁ、しろもしろなりにあたしに気を遣ってくれてるみたいだしねぇ……?)
ほんとは、他の女の服やら下着選びを手伝わされてご機嫌斜めだったので買いものをすませた後はとっとと帰って家で自棄喰いでもしようかと思っていたところだ。
(あたしも、とんだあまちゃんよねぇ……)
漢よりもずっと漢らしいといわれ続けてきたのに、斎司郎のことが絡むといつもこのざまである。照陽は内心自分に苦笑いしていた。




