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鋼鐵の女豹  作者: 月野原行弥
第ニ章
11/28

幼馴染みとは報われないキャラの代名詞

「―――し、し、し、しろのやつ、あ、あ、あた、あたたたたっ!! ……って、世紀末の一子相伝の拳法じゃなんだからっ!? ……って、自分で自分に突っこんでどうするのよ、まったく……? そうじゃなくて、あたしをショッピングに誘うなんて、ど、ど、ど、ドリフの大爆笑!! ―――でもなくて、どういうつもりなのよ…?」

 照陽は自分の腕時計で時間を確認し、ショッピングセンターのコンコースに立っている時計に視線を送り、また自分の腕時計に目を戻した。

 待ち合わせ時間までにはまだ優に三十分以上もあるというのにせわしなくなん度も時間を確認してみるが、前に時計を見たときから一分も経過していなかった。

 斎司郎から電話がかかってきたのは、昨日部活から帰ってきてお風呂で一汗流しドライヤーで髪を乾かしていたときだった。バレー部らしく着メロに設定してあるアタックNo.1のメロディが携帯から響いてきたのでドライヤーを使いながら耳と肩の間に携帯を挟んで電話にでた。

「へっへっへっ!! お嬢ぉちゃぁ~ん、今どんなパンツ履いてんのぉ~?」

 できるだけ低い声音でおどろおどろしい口調で口を開く。

 基本、あまり機械には詳しくない照陽はかかってくる相手によって着メロが変わるようには設定していなかったので、どこからかかってきても同じ着メロしか鳴らなかった。だから着メロだけではどこからかかってきたのかはわからなかったが、自分の携帯なんかに電話してくるのは部活かクラスの仲のいい友達しかいないだろうと高をくくって相手が誰だか確かめもせずいきなり下ネタをかましてしまったのだ。

 顔立ちだけでいえば照陽は上中下の3ランクで分ければ上にランクインすることにまず異論を唱えられることはなかった。だが、いかんせんその並の(おとこ)以上に漢らしいさばさばし過ぎた性格とたいていの男子よりは高い身長が災いしてどこの学校でもよくあるような「彼女にしたいランキング」では下位に甘んじていた。

 だから電話をかけてきたのが男子だとしても女の娘だとしてもいきなり下ネタをかましてもどん引きされる心配のない気の置けない友達くらいしか考えられなかった。また、こんな下ネタくらいでどん引きしてしまうとすれば漢っぽい照陽を『王子様』だと夢想してしまうような百合系の女子だけだったので、そっち系の趣味はまったくなかった照陽としてはむしろどん引きしてくれたほうがありがたかったくらいだ。

『―――えっ……!? ぼく、しろだけど、これまーやの携帯だよね……?』

「お~~~っ!! いいね、いいねぇ~っ!! 白いパンツ履いてんのぉ~っ?」

『そうじゃなくて……。あの、聞いてる、まーや? ぼく、斎司郎だけど……?』

 いくら作り声でも電話から聞こえてくる声で自分が話している相手が照陽だとわかっていた斎司郎は、辛抱強く自分が斎司郎だと噛んで含めるよう繰り返した。

「―――あれっ……? も、もしかして、しろなの……?」

『さっきからそういってるんだけど……。ぼく、一百野斎司郎だよ?』

「…………!!」

『…………?』

「―――うわぁっちゃぁぁぁぁぁ~~~~~っっっっっ!?」

 思いもかけなかった相手からの電話に取り乱してしまった照陽は、お風呂上りで素肌にバスタオルを巻いただけでそこはまったく剥きだしだった自分のふとももの上にドライヤーを取り落としてしまい、熱していた送風口が素肌に触れて世紀末一子相伝の拳法継承者のような雄叫びを上げてしまった。

『―――ど、ど、どうしたの、まーや!? だ、だ、だ、だいじょうぶ!?』

「――――――――――!?」

 照陽はふとももの上のドライヤーを跳ね除けバスタオルを外すと慌ててパジャマに袖を通した。テレビ電話ではないのだから見えるはずはなかったが、あられもない格好のまま斎司郎と話をするのは顔から火が出るような気がしたからだ。もっとも、急いでいたので下着を着ける暇はとてもなくてパジャマの下はノーパン・ノーブラのままだったのではあるけれども。

 えへん、うぉほん、と咳払いしながら声と気持ちを落ち着けて改めて電話にでた。

「あー、ご、ごめんね? それで、なんなのよ? しろがあたしに電話してくるなんて珍しいじゃないの?」

『え~と、そのことなんだけど……。まーやは明日時間あるかな……?』

「明日? 午前中は部活だけど、午後はどうせ部の友達とファミレスかマック辺りでだべってるだけだと思うから、空けようと思えば空けられるけど?」

『よかったぁ……。それじゃ悪いんだけどちょっとぼくにつき合ってもらえないかな……?』

「―――へっ……? い、い、い、今なんていったの……?」

『え? ぼくにつき合ってもらえないかな、っていったんだけど……?』

「―――つ、つ、つ、つき合えですってぇぇぇぇぇ~~~~~っ!?」

 思わぬ言葉につい握り締めてしまった携帯がみしりといやな音を立て全速でダッシュした後のように息が乱れた。

 受話器を通して聞こえてくる「しゅこぉ~、しゅこぉ~」というダースベイダーの呼吸音のような荒い息をしばらく黙ったまま聞いていた斎司郎はやがて諦めたようにぽつりと続けた。

『そうだよね……。まーやは色々忙しいからぼくにつき合ってる暇なんかないよね……? 無理いってごめんね』

 電話を切られそうな雰囲気だったので照陽は話の穂を接ごうと焦った。

「―――ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待てっ!?」

 電話を切られないよう引き止めスケジュール帳を確かめているようなふりをした。

「ああっ、そうだった、そうだった! 明日はバスケ部が他の学校と練習試合をやるから体育館使えなくて部活が休みなんだったの忘れてたわ! 暇になっちゃったから気が進まないけどしろにつき合ってあげようかなぁ?」

 素人が聞いても棒読みなのがまるわかりな台詞だったが基本的にそういうことにはてんで鈍い斎司郎はまったくそのことに気づいていなかった。それどころか、いかにも恩着せがましく申しでを引き受けた照陽に感謝までしていたくらいだ。

『ありがとう。こんなこと頼めるの、まーやしかいないし』

「―――そ、そ、そうだよね!? まぁ、しろみたいに友達の少ない寂しいやつが頼れるのは幼馴染みのあたしくらいだもんね!?」

 ことさら幼馴染みであることを強調し自己完結的に納得してしまう照陽。

『それじゃ、待ち合わせ場所と時間なんだけど……』

 その後、待ち合わせ場所と時間などを決めてから電話を切った。

「―――ぃやったぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」

 座っていたドレッサーの前から自分のベッドにダイブ、いやんいやんと身悶えするようにぼすぼすと枕を握り拳で殴りつけると破れた枕から羽毛が辺りに飛び散った。いやはや、もの凄い腕力である。普通の人間が殴られたら命の危険に晒されてしまうかもしれない。

「―――あ、そうだ。明日の部活休むって部長に連絡しておかないと」

 ベッドからむっくり身体を起こした照陽は携帯の電話帳からバレー部の部長の電話番号を呼びだして通話ボタンを押した。

 もちろん、明日バスケ部の練習試合で体育館が使えないというのは口からで任せに過ぎず本来ならしっかりとバレー部の練習はあった。だが、数多(あまた)の私立からの推薦の誘いを蹴って県大に実績があるどころか初戦完敗がお定まりだったしがない県立に進学した照陽は顧問の先生や先輩からはちやほやされ放題だった。一日練習をサボるくらいはどうということはない。

 ちなみに、もちろん私立の推薦を蹴ってまで今の県立へ進んだのは私立へ通う余裕などなかった斎司郎と同じ学校を選んだのがその理由だった。

「あっ、部長ですか? あたし、千厩です。すみませんけど体調が優れないんで明日の練習休ませてもらいたいんですが。えっ? たいしたことないですよ。ちょっと生理で血がどばぁ~っとでちゃっただけで」

 サボりの口実ならもうちょっとましな理由を考えればいいものの基本的におつむのできにも女の娘の恥じらいにも欠けていた照陽が思いつくのはこの程度だった。

 かくして照陽は学校の制服以外では滅多に履くことのないスカート、それもかなり際どいミニスカートを履き、それ以外もせいいっぱいおめかしして待ち合わせ場所のショッピングセンターの時計塔前でじりじりしながら斎司郎を今か今かと待ち焦がれているところだった。

 昨晩は寝坊して待ち合わせに遅刻でもしないよう早めにベッドに入ったものの興奮してしまってちっとも眠れず無理にでも眠ろうとして羊を十四万八千匹数えたところで夜が明けてしまった。だが、一睡もしなかった割に全然眠気はないしお肌のほうもつやつやと輝いている。

「おっそぉいなぁ~、しろのやつ? ……って、あたしが早くき過ぎたんだよねぇ…。待ち合わせ時間までまだ三十分もあるわ……」

 時計塔で時間を確認したばかりだというのにすぐにまた自分の腕時計にも目を走らせて舌打ちする。

 ミニスカートからすらりと伸びたむだな贅肉のない、それでいてふくらはぎが柔らかい曲線を描いているギリシャ彫刻のような美しい脚はいらいらと地面へ打ちつけられていた。

「ごめん、まーや。待たせちゃったかな?」

「ううん、待ってないわよ? あたしも、今きたと―――――……」

 そのとき、背後から聞き慣れた斎司郎の声が聞こえた。照陽は振り返りつつ一度でいいからいってみたかったラブコメマンガやギャルゲーのデートの待ち合わせシーンでの決まり文句を口にしようとして途中で口ごもってしまった。なぜなら、斎司郎に手を引かれて見慣れない女の娘がついてきているのが目に入ったからだ。

「あの、しろ……? その娘はいったい誰なのよ……?」

 二人が仲よくおててつないでいるように見えた照陽の声は並みの人間なら聞いただけでちびってしまうくらい低くてどすが利いた声になっていた。

 一方、斎司郎のほうはといえばここまでなにごともなく辿り着けてほっとしていたのでそのことに気づく余裕はどこにもなかった。パンテルちゃんの手を引いていたのも、もしはぐれて迷子になられでもしたら困るからだった。独りになったパンテルちゃんがなにかのはずみで人混みの中でなにかをやらかしたらそれこそ阿鼻叫喚の(ちまた)と化してしまうかもしれない。

Guten(こんに) Tag(ちは)! Ich(わたし) heisse(はパン) Panther(テルです). Ich() komme() aus() Deutschland(からきました).」

 照陽と向き合ったパンテルちゃんは早口にドイツ語でまくしたて、斎司郎が離した手を握手に差しだしていた。

「―――へっ……!? オー、ゲイシャ、フジヤマ、ハラキリ、ハラキリ!?」

 金髪碧眼で見るからに西洋人の娘になにやら外国語で話しかけられた照陽はあからさまにうろたえ傍で見ているのが気の毒なくらい目を白黒させだらだらと顔中から汗を滴らせてわけの分からないことを口走っていた。

(ごめんね、まーや……。でも、作戦通りだ)

 そんな照陽の姿を見て斎司郎は内心手を合わせつつもほっとしていた。自分と同じように英語が大の苦手な照陽が外人に外国語で話しかけられたら絶対パニックを起こすだろうと思っていたがその通りになったからだ。

 そうなれば、パンテルちゃんにもびびってしまってあまり深くは追求してこないだろう。そう考えた斎司郎はパンテルちゃんにドイツ語で自己紹介するよういい含めておいたのだ。

「ねぇ、しろぉ~……」

 先ほどまでの目つきだけでこちらを射殺せそうな剣呑な雰囲気は跡形もなく消え失せ、泣きそうな顔で斎司郎に助けを求めてきた。

「紹介するよ、まーや。こちらはドイツから日本の文化の体験にこられたパンテルちゃんです」

「―――そ、そうなの……?」

 パンテルちゃんの差しだした手を照陽はまるで相手が宇宙人かなにかのようにへっぴり腰で怖々と握った。

「それでね、実はまーやに折り入ってお願いがあるんだけど……?」

 上目遣いで見上げられた照陽は思わずどきっとしてしまった。

 高校生の男の子にしては小柄だった斎司郎が身長180センチを軽く超えている照陽の顔を見るとどうしてもそういう体勢になってしまうのだが、照陽は斎司郎のこの視線にはどうにも弱かった。どことなく母性本能をくすぐられてお願いを聞かずにはいられなくなってしまう。

「―――な、なによ、お願いってのは……?」

「実は航空会社の手違いでパンテルちゃんの手荷物が行方不明になっちゃって着替えに困ってるんだけど、まーやにその買いものを手伝ってもらえないかなって思って……」

「―――はぁ!? な、なんであたしがそんなことしなくちゃならないのよっ!?」

 大声で聞き返しながら目の前の外人の女の娘がなんでウェイトレスみたいな服などという突拍子もない格好をしているのか照陽は納得していた。

(着替えがなかったからきっとあのエロ爺のコレクションでも着せたってことなのね?)

「だって、ぼくじゃとてもじゃないけど女の娘の服とか下着とか選べないでしょ……?」

「―――し、し、下着ですってぇ~っ!?」

 照陽は思わずまた大声を上げてしまっていた。

「そんなこと、やってられないわよっ!?」と吐き捨てて帰ってしまおうかと一瞬思ったが、無理やり気持ちを落ち着けて考えてみる。

 もしここで照陽が買いものの手伝いを断れば斎司郎が下着を買いにこの外人の女の娘を連れていかなければならなくなってしまうだろう。

『このブラではきついです~』

『さすが外人さんはおっぱいもインターナショナルなんですね~?』

『このパンツは似合ってるでしょうか?』

『おおっ、すけすけのひらひら!? グッジョブ、グッジョブです!!』

 照陽の脳内にキャッキャウフフと恥ずかしい下着選びで痴態を演じる斎司郎と外人の女の娘の姿が浮かんだ。

「あ~っ、だめだだめだそんなことっ!?」

 頭がもげてどっかへ飛んでいってしまうのではないかと思えるくらいぶんぶんと激しく首を振って不埒な想像を追い払う。

「もう、わかったわよ……。あたしが買いもの手伝ってあげるわよ……」

 正直、なんで自分が他の女なんかのために下着を選んでやらなくてはならないのかまったく納得はいかなかったが、斎司郎に他の女の下着を選ばせるよりはまだましだった。照陽は唇を噛んで舌打ちしたいのを懸命に堪えた。

「助かるよ、まーや。やっぱりぼくが頼れるのはまーやだけだよ!」

「しろのやつ、悪気がないから余計にたちが悪いのよね……」

「ん? なにかいった、まーや?」

「あー、なんでもないわよ……。それじゃ、ちゃっちゃと買いものすませちゃいましょう?」

 二人きりでショッピングだと思って部活をさぼりいつもはほとんどお洒落に気を遣わない自分にしてはせいいっぱいがんばっておめかししてきたというのにこのざまだ。照陽は重いため息を一つ吐いてショッピングセンターの中へ足を向けた。

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