ドラコニア家の始祖の勇者と聖女と竜王のお話
この地を神が与えたのは、永遠と思えるほどの長い寿命を持ち、溢れる魔力と知性を持った竜人であった。
竜人は、大きな体躯と美麗な容姿、なるほど神から寵愛を与えられているのだと思うほど万能な魔法。
竜人と人には天と地ほどの差があって、竜人の手足となって働くのが人とされた。
竜人が地を治めて数千年。
誰よりも強く賢く長寿な竜人は自然と竜王と呼ばれて覇者となった。
竜人の中に、手足である人に執着する者が度々現れるようになり、それが元でいざこざが起こった。
竜王は定めた、竜人は竜人と、人は人とのみ交わるように。
これを破った者は、竜人であれ人であれ、神罰が下る、そう決まった。
ある年ある日、竜王が治めるこの地の中で、どうしても購えない甘やかな香りが鼻腔を擽った。
これはなんであろう、森羅万象全てを治める自分が知らないことなぞあってはならぬと、その香りを辿った先に、人の女が窓辺で佇んでいた。
近づけば近づくほど、その芳しい香りに酔わされ、酩酊状態となった竜王は、我を忘れてその女を爪で引っ掻けて拐った。
そして自らが住まう天空城の奥へと囲い、その身を人へと変えて、その女を襲った。
購えない本能の暴走。
女の身を暴く時、魂が震えるような快感が身を突き抜けた。
人の女は、その日婚礼を挙げたばかり。
幼い日に親が定めた婚約者であったが、お互いに信愛の情を育んでのめでたい日。
閨の支度が済み、ドアから愛しい人が来るのを逸る気持ちで待っていた。
期待に胸が弾むのを、恥ずかしいと思って、気持ちを落ち着かせる為に少しばかり窓辺で風に当たって居たところを、漆黒の闇に包まれ、長く鋭い爪に引っかけられて、気づけば知らぬ場所に連れ去られて、愛する夫ではない、知らない男に身体を強引に暴かれてしまった。
相手の男は、人外な美貌であったけれども、だからと言って許せるものではない。
『こんな所に押し込められて、非道な扱いを受けるのならば、どうか神様今すぐ私の命を奪ってください』
女の呪いじみたこの願いを神がお許しになって、女の人生はそこで終わった。
竜人は竜人、人は人としか交わってはならない。
この掟を破れば神罰が下るのは竜王とて同じこと。
夢中で組み敷いていた相手から、あの芳しい甘い香りが消えたことで、正気に戻った竜王は、手の中で息絶えた女の骸に気がついて、その事実を受け入れられずに発狂して長い寿命を閉じた。
そして輪廻の輪に入って生まれ変わり、恐ろしい程の永きに渡り魂が求める女を運命の番などと呼びながら追い求め、女は死に自身は狂う、不毛な円環。
竜王が消えた世界では、竜人と人との交わりも増え純潔種の竜人は居なくなった。
ただ竜人の血の濃い者は、各地の王となって限られた地を治めた。
女は何度も何度も愛する者の手から拐われて不遇な最期を遂げることを嘆いた。
女にはかつての全ての記憶があったから。
そして、最愛の人を初夜の晩に拐われること幾数千、相手の男にも記憶が残った。
そして各々、竜王の魂を滅することを欲した。
ある時、竜人の血を濃く引く王女と竜人の血を濃く引く冒険者に生まれ変わった二人は、出会って早々に前々々前世の話をして、とにかく初手で殺ってしまおうと罠を張った。
生まれた瞬間から、憎いアイツを封じる魔術の取得を目指して努力してきた王女と、愛する女をその手から何度も何度も拐ってしかも死を与えるヤツを串刺しにしてメッタメタにギッタギタに切り裂いてやろうと、殺人鬼も斯くあらんと言うほどの殺気を振り撒いて生きてきた冒険者の男が、広い地下空洞に罠を仕掛けて、女が囮となって、竜王の生まれ変わりを引き寄せて、魔術で縛ってドラゴンスレイヤーとか名付けちゃった憎いアイツを屠る為だけに新調した剣で思い通りに切り刻んで、やっと倒すことが出来たのだった。
絶命する瞬間に、『女、運命の番。なぜ我を拒否する』悲痛な叫び声を上げた男に、
「女って呼び方だけで、私を求めている訳じゃないことが明白だわ。本当に気色悪い、死んで」
そう答えたのだった。
この言葉に反応し発狂して、無駄に力のある竜王の魂を使って、
『ならお前たちに試練を与えん、愛しい女をその身が殺す辛さを思い知ればいい』
とか、八つ当たりでしかない呪いを男に浴びせた。
竜王の魂が消滅したので、女の円環の悲劇は終わったが、今度は愛する男と知り合い愛し合い子を為すと死ぬ呪いを受けることになった。
「私が何をしたと言うのでしょう」
「俺が何をしたと言うのか」
男と女は神に祈った、竜王に神罰を与えた神がその声を聞いて
『初めから魂を消滅させる神罰を与えなかった我を許せ。二人が知り合うことの無い運命の輪に入れるのならばこの呪いは解かれよう』
と神託が下った。
しかし、男は女を求め、女は男と共に生きることを願った。
その為、男は長い孤独を女は儚い命を受け入れるしかなかった。
あまりに不憫に思った神は、百の人生を二人が清く正しく愛を貫けば呪いが解け、その時はこの記憶が戻るようにと祝福を与えた。
長い時を経て、呪いの先へと進むのだった。




