旅行3日目 後編
今でも小さな貨物船が行き交う運河を、ボートは進んでいきます。
少し濁った、平穏な水面。
運河沿いにせり立つレンガ造りの家々。
頭のすぐ上を通り過ぎる橋。
魔法のボートは、歴史の街の様々な顔を見せてくれます。
「この辺りは、旧市街と新市街の境目ですね!」
「そうか、だからガラス張りの建物とかがあるんだ」
メイドさんの解説に、ボクも魔術師さんと同じく納得しました。
運河からは、古い建物と新しい建物がモザイク画のように並ぶ景色が見えています。
歴史の街が、まだ歴史の最中にあることを示す景色です。
天使さんはボートから体を乗り出し、言いました。
「歴史の街も、いつの間に発展していたのです」
「天使さんは新市街に行ったことないの?」
「191年間、石像だったのです。だから、新市街には行ったことないのです」
191年も経てば、街の姿も変わります。
自分の知らない歴史の街の姿に、天使さんは興味津々です。
「あの乗り物、気になるのです」
「あれはヘリコプターですね。馬車を運ぼうとしているのでしょう」
「もっとよく見たいのです」
「天使さん!? 危ない——」
ヘリコプターを見ようと体を乗り出した天使さんは、運河に落ちてしまいました。
すぐに魔術師さんが魔法で天使さんを引き上げますが、天使さんはびしょ濡れです。
「大丈夫ですか?」
「濡れるのは久しぶりなのです。寒いのです」
相変わらず無表情な天使さん。
魔術師さんは胸を張ります。
「私があったかくしてあげる!」
そう言って、魔術師さんは魔法を発動。
暖かい空気が天使さんを包みます。
「あったかいのです」
天使さんはほんわかした無表情を浮かべました。
さて、一安心したボクたちは運河巡りを再開します。
「うん? 見てください! 吸血鬼さんと落ち武者さんです!」
とある橋を指差したメイドさんの言葉。
彼女の言う通りでした。
橋の上には、仲良く街の写真を撮る吸血鬼さんと落ち武者さんが。
2人もボクたちに気がつき、話しかけてくれます。
「よお! 昨日のお嬢ちゃんたちじゃないか!」
「また会えるとは、奇遇であるなぁ!」
昨日のケンカは何処へやら。
ボクは2人に言葉を返しました。
「吸血鬼さんと落ち武者さん、また会えて嬉しいです。カメラの件はどうなりましたか?」
率直な質問です。
落ち武者さんは吸血鬼さんを睨みつけました。
「コイツ、まだ謝る気はねえみたいだ。ったく、頑固な野郎だぜ」
とはいえ、落ち武者さんは笑顔を浮かべていました。
「ま、一緒に観光してみたら、案外と話ができる野郎だってことは分かったがな」
「落ち武者は見た目も口調も粗暴だが、風情のある男だ」
「お褒めの言葉どうも。で、いつになったらカメラを傷つけたこと、謝ってくれるんだ?」
「そのような日は永遠に来ないであろう」
「チッ、ふざけやがって」
ケンカはまだ続いているようです。
でも、そのケンカが微笑ましくもあります。
なんだかんだと、吸血鬼さんと落ち武者さんは友達になれたのでしょう。
ボートは橋の下を抜けました。
だんだんと遠ざかる吸血鬼さんと落ち武者さんは、ボクたちに手を振ります。
「じゃあな、お嬢ちゃんたち」
「息災でな。また会おう」
「はい。またどこかで会える日を待っています」
その後も運河巡りは続きます。
パンフレットに書かれた観光名所たちは、ボクたちを楽しませてくれました。
旧市街に戻れば、メイドさんと天使さんの解説が観光名所をさらに盛り上げます。
とても楽しい時間でした。
だけど、楽しい時間が過ぎるのはあっという間。
ボートはついに接岸します。
運河巡りを終えたボクたちがボートを降りたのは、アンコロモチ大聖堂の前でした。
魔術師さんと手を繋いだ天使さんは、つぶやくように言います。
「今日は楽しかったのです」
「私も楽しかったよ!」
「……今度、ペペロッペ卿たちのお家に遊びに行っても良いのです?」
「もちろんだよ! ね、メイドさん!」
「はい! 天使さんのために、美味しいご飯も用意しちゃいます!」
「わーい、なのです」
無表情のまま喜ぶ天使さん。
ボクは首をかしげます。
「ボクたちのお屋敷の場所は分かりますか?」
「草原の領主のお屋敷は、300年前に行ったことがあるのです。だから大丈夫なのです」
「それは良かった。では、天使さんが遊びに来るのを待っています」
これで何の問題もありません。
ボクたちは気長に天使さんの訪問を待つだけです。
天使さんはふわりと翼をはためかせ、空に浮かび、手を振りました。
「バイバイ、なのです」
「バイバーイ!」
大きく手を振る魔術師さん。
大聖堂に戻る天使さんを見送ると、メイドさんが言いました。
「では、私たちもお屋敷に戻りましょうか」
「うん!」
「そうですね」
新しいお友達ができた2泊3日の旅は、これで終わりです。
とても楽しい旅行でした。
またいつか、地底人さんも連れて旅行がしたいものです。
なお、ボクたちが留守にしていたお屋敷は、地底人さんとアルパカさんたちの遊園地のようになっていました。
めでたしめでたし。




