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第七十二話 逆転の一手

「なんだ、その炎?」


 思わず問いかけた俺はおかしくないと思う。

 一般的な炎は赤色で、温度によってオレンジや青色、あるいは白色に変化する。

 しかし、今のトワが身に纏っている炎の色は黄金であり、煌めいているように光源を差していて、どう考えても普通ではない炎だ。

 いや、魔法なんてものがある異世界ならば、このようなファンタジーな炎もあるかもしれないのだが。

 少なくとも俺は、今までこの世界の文献や話から、黄金に光る炎という存在は聞いた事がない。

 眉根を寄せて考え込んでいると、トワはゆらゆらと九尾を揺らして。


「貴方様が知らなくても無理はありませんわ。これは、わたくしが独自に編み出した術なのですから」

「そうか、そりゃ凄い。ついでに効果も教えてくれると有難いんだけどな」

「ふふふ。心配しなくとも、直ぐに理解しますわ」

《先手必勝なのじゃ! 先に倒せば妾達の勝ちじゃぞ!》


 ツバキの言う事にも一理あるのだが、不用意に近づくのは危険だろう。

 しかし、このまま手をこまねいている訳にもいかず、腹を括ってあの炎の妖狐の元に突っ込むしかない。

 トワを中心に何が起こってもいいように警戒しながら、俺は脚に力を入れて一歩踏み込んだ。

 瞬間、トワは自分の尾の先を俺に向けて──


「ぐぁぁぁ!?」


 ──先端が金色に輝いたかと思えば、閃光が一直線に俺目掛けて伸び、左肩を貫いた。

 内から焼けるような痛みが訪れ、苦悶の声を漏らした俺は、バランスを崩して倒れ込んでしまう。

 直後にみっともなく転がったお蔭で、二閃、三閃と襲来するビームを回避。

 床に直径五センチほどの穴が開き、中から煙が吹き上がる。

 肩から血が飛び散っても気にせず、痛む身体を無理矢理起こしてバク転。

 なんとか立つ事ができたので、息を乱しながらトワの様子を窺う。


「驚きましたわ。まさか、無意識で躱すとは」

「はぁ……はぁ……完全に避け切れなかったけどな」


 トワの尾が光った直前、俺は勘に従って身体を捻ったのだ。

 そのお陰で心臓を狙っていた攻撃はズレ、左肩に着弾。

 体力に限界が近づいているせいか、かなりギリギリの攻防となったのだが、どうにか死ぬ事だけは回避できた。


 しかし、その代償は大きい。

 折れている左腕は血塗れだし、もはやピクリとも動いてくれない。

 ベリシュヌを握る右手も僅かに震えており、意識の混濁が始まっている。


 ……流石に、今回はまずいな。

 トワの方は殆ど無傷と言っていい状態で、傷らしい傷は、恐らくクリスティアがつけたであろう腰辺りの斬り込みだけ。

 対して、俺はフラフラと身体を揺らして満身創痍の死に体。

 クリスティア達も意識を失っていており、まさに絶体絶命という言葉が似合う。

 そんな俺達の戦況を当然理解しているツバキは、声色に複雑な感情を乗せて俺に声を掛ける。


《主君……死ぬ時は一緒じゃぞ?》

『は、はは。笑えない冗談はやめてくれよ……一応、一つだけ勝てる策はある』

《ほ、本当かの!? じゃったら、早くその策とやらをするのじゃ!》

『残念だけど、今は無理だ』

《な、何故じゃ!》


 悲鳴を上げるツバキに、俺は苦虫を噛み潰した表情を返した。

 俺だって、この考えを実現できるなら最初から実現したい。

 しかし、トワと戦闘を始めてからわかった事がある。

 少しでもこちらが妙な動きをすれば、トワは必ず邪魔をするようにして、一瞬でも彼女から意識を逸らせない状態なのだ。

 それに、何故かわからないのだが、策に必要な魔術が行使しづらくなっており、発動するのにいつもより時間が必要になっている。

 どうにもできない現状に、思わず俺はギリッと歯噛みした。


「休憩は済みましたか?」

「……なんで待ってくれた?」

「ふふっ。もちろん、貴方様のためですわ」

「そんな言葉信じられるかよ!」


 吐き捨てて駆けだしていく。

 目を細めたトワの尾の位置を見極め、最小限の動作でビームを躱す。

 ビームという性質上、直線にしか飛ばないと踏んでいたが……これならば、ギリギリいけそうだ。

 ベリシュヌを振るう右腕を庇いながら、使えない左腕を初めとした左半身を犠牲に、俺は身を屈めて近づく。

 微少に動揺した気配を漂わせるトワ。


「くっ! ですが、わたくしは結界も張れますわ」

「それも、お前の知覚を超えたら張れないんだろ!」


 俺の言葉を聞いて、トワは目を大きく見開いた。

 やはり、俺の睨んだ通りだ。

 トワの巫女服に入っている、腰辺りの斬り込み。恐らく、これはクリスティアから奇襲された時に負わされた傷だろう。

 トワの意思に関係なく結界が張れるならば、こんな傷がつく筈がない。

 つまり、トワの知覚外から攻撃を当てる事で、結界を抜けてダメージを与えられると考えたのだ。

 俺の言葉は予想外だったのか、トワは完全に固まっており、今がチャンスだと直感する。

 トワの元へ駆け上がる途中で、ベリシュヌを思いっきり投げつけた。


《うぇ!?》

「っ……しまった!?」


 まさか、生命線である武器を投擲するとは思わなかったのだろう。

 思わずといった様子で結界を張り、ベリシュヌの切っ先はトワの目の前で止められる。

 直ぐに俺の狙いに気づかれたようだが、もう遅い!

 投げた直後には弾けるように右へ跳んでいた俺は、右拳を強く握り込み、流し目でこちらを捉えている(・・・・・)トワへと──


「嘘……だろ?」


 ──離れた場所で展開された結界に、俺の攻撃は阻まれた。

 放った拳は半ばまで埋まっており、水面のように空間が揺れている。

 愕然とした声を上げた俺を見て、トワは口許に微笑を添えて口を開く。


「確かに、貴方様の推理は正しいですわ。この事に気が付いたのは、貴方様が初めてです。誇っても良いですわ」

「……あらかじめ、この場に結界を張っておいたのか」

「本当に、素晴らしい」


 苦渋の表情を浮かべた俺に、トワは賞賛に満ちた笑みを向けた。


「つまり、俺の行動が読まれていたって事か?」

「とんでもありません。貴方様の思い切りの良い行動に、意表をつかれたのは間違いありませんわ。ただ、どのような手段を取るにしろ、貴方様がその場から攻撃する事は今までの戦闘で把握しておりましたので」

「は、はは……マジかよ」


 思わず乾いた笑いが漏れてしまった。

 未来が見えているかのように振る舞うトワは、その卓越した頭脳を使って相手の思考パターンを読んでいたのだろう。

 だから、次にする事を読んでもう一手先の行動をして、敵の攻撃を封じる。

 今まで様々なものと戦ってきたが、ここまで人間らしく、そして知恵を使う厄介な存在と戦闘した事はない。

 そんな俺の考えでも読んだのか、トワは穏やかに微笑む。


「貴方様の動きを把握するのは、非常に骨が折れましたわ。今来でもっとも苦戦した相手と言えるでしょう」

「どうでもいい賞賛だな」

「ふふっ、それもそうですわ。さて、時間稼ぎは終わりましたか?」

「……さぁな?」


 表情に出さず返すも、背筋からは大量の冷や汗を流していた。

 拳から魔法を放とうと気づかれないように魔力を込めていたのだが、どうやら俺の行動もお見通しだったらしい。

 恐らく、この攻撃もトワに止められてしまうのだろう。

 しかし、何もしないでトワに嬲られるくらいなら、一縷の希望に掛けて行動した方が遥かにマシだ。

 隠す必要もないと思い、拳に魔力を込めて呪文を紡ぐ。

 同時に、トワは九尾を俺に向け、先端に金光を集めていく。


「『精霊よ、辰と成りて我が障害を噛み砕け! ──水の龍(アクアドラゴン)』」


 結界から勢いよく飛び出した水龍が牙を剥き、トワへと襲いかかった。

 しかし、一つ目の閃光で顔を仰け反らせ、二つ目の光線で無防備を晒す。

 三つ目、四つ目と当たった頃には形が不安定になり、五つ目で呆気なく霧散したので、直後に消えた結界の先にいた俺目掛け、残り四つのビームが飛来。

 なんとか倒れ込むように身体を捻るが、両足と両腕を貫かれてしまい、俺は大きく吹っ飛ばされて何度もバウンドする。

 やがて、うつ伏せの状態で身体の動きは止まり、床を自身の血で真っ赤に染めていく。

 結界の解除でもしたのか、カランとベリシュヌが落ちる音が耳に入った。


「ふぅ、中々仕留められませんわ」

「ぅ……」

「ですが、どうやらここまでのようですね」


 震える身体を叱咤して力を入れていき、なんとか膝をつく所まで起き上がり、赤色に滲む視界でトワを見上げる。

 右腕で目を擦って血を拭い、口内に溜まる血反吐を吐き捨てた。


「くそがっ。ビームとか反則だろうが」

「……万全の状態ではわたくしが負けたかもしれませんわ。しかし、今回は勝利の女神がわたくしに微笑みました。己の悪運を呪って死になさい」

「──させ……ません……!」


 扇で口許を覆ったトワがそう告げた瞬間、本来ならば聴こえない筈の声が聴こえた。

 思わず目を向けると、そこには両手に小太刀を構えたクリスティアがいたのだ。

 フラフラと脚元が覚束ない様子で、傷が絶えない身体で俺に微笑んだ後、トワを睨みつける。

 これにはトワも大層驚いたのか、形の良い眉を潜めて。


「まさか、その身体で起きるとは」

「はぁ……はぁ……シュン様の危機に眠る事などできません」

「ですが、立っているだけでも辛いでしょうに?」

「ふ、ふふ……」


 ある意味当然な問いかけに、クリスティアは俯いて笑い声を零した。

 怪訝げな顔つきになるトワを気にしていないようで、暫く不気味な笑いを響かせた後。

 唐突に顔を上げ、瞳に灼熱の炎を灯して咆哮する。


「シュン様のためならば、この程度の傷などかすり傷に等しいッ! 我が主に傷を負わせた報い、従者である私が見せてあげますッ!」

「これはっ!?」


 クリスティアを中心に暴風が立ち昇り、室内が圧倒的な魔力に満ち溢れた。

 瞬く間に室内が氷結していき、急激な温度変化により、辺りの調度品が砕け散る。


「くっ……!」

「そんなわかりやすい攻撃など当たりません」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたトワは、尾の標準をクリスティアへ向けた。

 連続して放たれる光線に、クリスティアは高速で動きながら躱していく。


「ですが、貴女様の行動は見切っていますわ」


 口許を冷笑の形に変え、クリスティアの後隙をついて攻めるトワ。

 高速で迫るビームを回避しきれるわけもなく、クリスティアの胸が閃光に貫かれる──


「奇遇ですね。私も、貴女の行動は見切りました」


 ──突如、氷像と化したクリスティアがヒビ割れ、バラバラになって崩れ落ちた。

 普通ならば、驚愕してしまう現象。

 当然、トワも動揺を露わにし、珍しく表情を大きく変える。


「偽物!?」

「ふっ!」

「くっ、ここに来て覚醒ですか! これだから計算外な脳筋展開はうんざりですわ!」


 氷上から複数のクリスティアが現れ、一斉にトワへと斬りかかった。

 慌ただしく視線を走らせてクリスティアを迎撃しているが、トワは脂汗を流して辛そうな様子だ。

 破壊しても破壊しても新たなクリスティアが補充され、拮抗状態が生まれる。


「はぁ……はぁ……」

「あら、随分と息が乱れておりますわよ?」


 しかし、それも直ぐに崩れてしまうだろう。

 元々、クリスティアは万全な状態ではない事もあり、対するトワも徐々に余裕を取り戻していた。

 暫く閃光と銀線が飛び交った後、おもむろにトワは目を横に逸らす。


「ぐぅ!?」

「残念ですが、貴女様の快進撃もここまでですわ」


 何もない所に光線を放ったかに思えたが、何故か飛び込むようにクリスティアが当たりにいき、大きく吹っ飛ばされてしまった。

 どうやら、本物のクリスティアが次に着地する場所を先読みして、あらかじめ攻撃しておいたらしい。


「くっ……」


 閃光に貫かれる直前に、クリスティアは複数の氷盾を創造していたが、紙の如く破壊されてしまう。

 だが、威力をある程度削減する事ができたのか、身体を貫通するまでにはいかず、壁に叩きつけられるだけで済んだ。

 もう立ち上がる気力もないのか、武器を落として脱力しているクリスティア。

 偽物のクリスティアも全てが氷像に変わり、割れて粉々になる。


「悪あがきは終わりですわ」

「……ふ、ふふっ」

「何がおかしいのですか?」

「……私の役目は、貴女の足止めとこのフィールドを変える事。全ては、我が主のために」

「何を言って──っ!」


 疑念に満ちた表情だったトワは、何かに気が付いたのか、弾けるように顔をこちらに向けた。

 驚愕で目を大きく見開く彼女の視線の先には、掲げた右手に青い魔方陣を創っている俺の姿。

 そう。クリスティアはトワを倒すために行動していた訳ではなく、あの一瞬のアイコンタクトで俺の意図を読み、見事に囮になってくれていたのだ。

 しっかりと任務を遂行してくれたクリスティアに感謝しつつ、俺は創造した魔方陣に全魔力を込めていく。


「うおおおおおおっ!」

「くっ! わたくしとした事が!」


 何故かトワが攻撃してこないが、こちらにとっては好都合だ。

 行使する魔術は、以前と違って正規の手順で呼びだす俺の切札。


「〈精霊の軍団(スピリットレギオン)清らかな乙女(ウンディーネ)〉」


 詠唱をすると幾何学的な模様が回り、魔方陣から青の清流が溢れた。

 クリスティアの魔法で冷えた室内に、清浄な空気が流れ込む。

 確かな手応えを感じて、俺はほくそ笑んで声を張り上げる。


「俺の呼びかけに応えろ、ウンディーネッ!」

〈──もちろんです、ご主人様(マスター)


 トワの視線が釘付けになる中、返ってきた言葉に俺は満面の笑みを浮かべるのだった。

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