第七十一話 トワとの戦い
「ティア!? ココ!?」
倒れ伏すクリスティアに慌てて駆け寄ろうとしたのだが、途中で炎獣達に道を阻まられてしまう。
思わずトワを鋭く睨みつけると、微笑を返された。
「随分とバルフ様に苦戦したようですね」
「邪魔をするなっ!」
「あらあら。表情に余裕がなくなっておりますわよ?」
トワの言葉を聞き流しながら、俺はベリシュヌを振るって炎獣達を斬っていく。
肌に火傷ができてしまうが、今は目の前の脅威を排除するのが優先だ。
刃を返して剣閃を煌めかせ、獣共の身体を消滅させる。
しかし、斬っても斬ってもトワが新たな炎獣を補充するので、ジリ貧になってしまう。
《主君!? ここは一旦引いて体勢を立て直すのじゃ!》
『そんな暇なんてねぇ! クリスティア達を早く助けな──』
咄嗟にツバキに返答したのがまずかったのだろう。僅かにトワから意識を逸らしてしまった俺は、脚元から飛び上がる鉄の拳を知覚するのが遅れてしまった。
なんとか半身になるも、脇腹を掠めた風圧で吹き飛ばされる。
勢いよく壁に叩きつけられ、肺から空気を漏らして激しく咳き込む。
「中々してしぶといですわ」
「ごほっ、ごほっ……今の状態にこれは効くなぁ」
骨に響く痛みに、俺は少し冷静になった。
クリスティア達の姿を見て、思わず頭に血が登ってしまったとはいえ、今の行動は目を覆いたくなる失態だ。
連続した戦闘の疲労や、仲間の傷ついた姿を見た動揺等もあるだろうが、やはりこれは俺の気が緩んでいたからだろう。
今すべき行動は、立ち塞がる目の前の敵達を排除して、速やかにクリスティア達の元へ行く事の筈だ。
……これも、長い間戦争から離れていた弊害かね。
自嘲の思いに浸っていると、何やら考え込む素振りを見せていたトワは、パチンと扇を小気味よく閉じた。
「念には念を入れましょうか……」
《何をする気じゃ、あやつは》
「さぁ……なっ!」
襲いかかる炎獣の爪を回避。
ふらつく脚を酷使し、部屋中を駆け巡りながらヒットアンドアウェイを仕掛けていく。
足並みを乱した炎獣に跳び込んでベリシュヌを振り上げれば、あっさりと首を両断する事ができるのだが。
炎獣に通じる攻撃を当てるため、常にベリシュヌに魔力を注いでいるので、このままだとこちらの魔力がなくなってしまう。
倒してもトワが札を投げて新たな炎獣を追加してしまい、見た目上は数が変わらない。
しかし、俺の方は確実に体力を減らしていくし、果断なく襲い来る攻撃に息を整える暇も与えてくれないのだ。
「はぁ……はぁ……」
《のう、主君。先ほどの犬っころを殺した時のように、あやつの元に行ったりはできんのか?》
『……あれは土壇場で成功したようなものだ。それに、今の状態じゃあ魔方陣を描こうにも上手く描けない』
《むぅ。手詰まり、かのぅ?》
『一応、手があるんだけど。問題は奴らだな』
右脚を踏み込んで、腰を捻って一気に三体の炎獣を消し飛ばす。
回転した勢いを維持したまま飛び込み、前転の要領で背後から振るわれる噛みつきを回避。
折れた左腕が地面に引きずられたせいで痛みが募り、顔を歪ませながら脚に力を入れて跳躍する。
左脇にベリシュヌを挟み、空いた右手を翳して呪文を紡ぐ。
「『精霊よ、水と成りて彼の者を拘束せよ! ──水の鞭』」
出現した液体状の鞭を手に持ち、手当り次第に振るっていく。
蛇のように宙を泳ぐ打撃は、炎獣の身体を叩いて消滅させる。
辺りに響く水が蒸発する音を耳に入れつつ、俺は着地場所にいる炎の狼に鞭を投げつけ、同時にベリシュヌを持って突き刺す。
魔力を体内に入れられたからか、炎狼は悲鳴を上げて霧散。
再び大きく飛び退きながら、俺は先ほどから静かなトワに目を向ける。
どうやら、彼女の意識があまりこちらに集中していないようで、お蔭でなんとか炎獣達と拮抗する事ができているのだ。
先ほどまでの炎獣の動きは、まるで俺の考えている事がわかるように、的確に先手を取っていた。
炎獣達を操っているのはトワなので、自然と彼女がそのような技術を持っている事になる。
あるいは、何かしら読心か予知能力があるというだけだが。
《今のうちにあやつを斬るのじゃ!》
『そうしたいのは山々なんだが、どうしても近づく事ができないんだよ』
振り下ろされる炎鷹の鉤爪を斬り飛ばしながら、俺は刻一刻と迫る死のカウントダウンに焦燥感を抱いていた。
先ほどより楽になったとはいえ、炎獣達の連携は巧みであり、そこらの部隊を相手するよりやりづらい。
しかも、目の前の獣は燃えているので、近寄るだけでこちらの体力を奪い、チリチリと小さな火傷が増えていくのだ。
どうにかして隙を作りたい所ではあるのだが……
「くそっ!」
《妾に身体があれば、主君の援護をする事ができたのじゃが。今は剣であるのが口惜しい……む?》
歯痒そうな声を漏らしたツバキは、何かに気が付いたようで言葉尻を上げた。
直後に俺も場の雰囲気の変化を感じ、思わずその中心であろうトワに目を向ける。
額に汗をかいていた彼女は、いつの間にか合わせていた両手を開いていく。
中には鮮やかな紅玉が浮いており、時折火を噴出しながら明滅していた。
その玉から漂う異様な雰囲気に、俺は嫌な予感をヒシヒシと感じてしまう。
「ふぅ……」
「それがお前の切り札、か?」
「さあ、どうでしょう?」
《あれはまずい! 早くなんとかするのじゃ!》
悲鳴を上げたツバキに頷き、炎獣達の攻撃を無視してトワの元へ駆け寄る。
肉が抉られ血が床に飛び散るが、構わず強く踏み込んで宙返り。
遠心力を乗せた一撃を放つも、トワの前でたわむ空間に阻まれた。
「何が……まさか、結界!?」
「〈火行之司吾卸〉」
驚愕で目を見開く俺に、トワは口の端を綻ばせてそう呟いた。
瞬間、辺りに散らばるトワが捨てた札や、燃え滓等が赤く光ったかと思えば、各々が直線で結ばれていく。
結界を蹴って離れた場所に着地した俺は、それが模様を描いている事に気が付く。
「今まで計算していたと言うのか!?」
「貴女様の行動は、バルフ様との戦闘で概ね見極めましたので」
涼しい顔つきで嘯くが、冗談じゃない。
俺達が戦っていた時、トワはクリスティアとココの二人を相手していたんだぞ。
そんなあっさりと俺の行動パターンを看破したと言われても、普通は信じる事ができないだろうに。
しかし、現に俺の動きは読まれているから炎獣達に苦戦したし、今も戦闘に紛れて大規模な術を行使している。
俺の行動を観察しつつ、クリスティア達を相手して勝つ……恐ろしい慧眼だ。
「くっ、消せないか!」
「無駄ですわ。一度発動したら最後、貴方様では止められませんわ」
クスリと微笑を零したトワは、俺の対応を微笑ましそうに眺めていた。
先ほどから紋様の線を消そうと斬りつけているのだが、何やら硬い感触と共に弾かれてしまうのだ。
つまり、今の俺は炎獣達と戦いながら術の発動に対して、悔しいが指を咥えて見ている事しかできない。
「どうすりゃあいいんだよ!」
《ならば、今以上に魔力を込めて結界を破壊するのじゃ!》
「一か八かそれに掛けるしかないなっ!」
隙をついて炎獣達の間を駆け抜けつつ、力を振り絞ってベリシュヌに魔力を注ぐ。
左脚を踏みしめて全身の力を赤黒く染まる刀身に流し、鋭い風切り音を響かせて突きを放つ。
切っ先が結界にぶつかり空間が大きくたわむが、やがてピシリと蜘蛛の巣状に亀裂が走っていく。
このチャンスを逃してたまるか、と更に魔力を込めて腕を押す。
「おらあああぁぁぁ!」
「くっ……!」
苦渋に歪めるトワの表情を見て、俺はこちらが優勢になっていると理解した。
背後から迫ってくる熱気に、炎獣達がたどり着くまで時間がないと悟る。
《後少しなのじゃ!》
「その身体のどこにそんな力が!」
「気合いだっ!」
「これだから脳筋思考は嫌いなのですわっ!」
吐き捨てるようにトワが叫んだ瞬間、遂に結界はバラバラに砕け散った。
キラキラと煌めいて舞う幻想的なそれ等を尻目に、俺はその勢いでトワの手の間に浮く紅玉を狙う。
「俺の……勝ちだっ!」
勝利を確信したまま紅玉を貫こうとした刹那、トワの口許が僅かに不敵に曲がった気がした。
しかし、攻撃する勢いは止められず、ベリシュヌの切っ先は紅玉にくい込む。
そのまま貫くかと思われたが、何故かこれ以上ベリシュヌが進まない。
疑問や疑惑が浮上する前に、最大限に鳴らす警鐘に従い、全力で飛び退く。
《ぐぅ……!》
『どうした、ツバキ!?』
《わ、妾の力が吸われたのじゃ……!》
辛そうなツバキの声を聞いて刀身に目を向けると、先ほどまでの力強い輝きはなく、どこか弱々しい光だ。
どういう事なのか疑問だったが、俺にその内容を推理する暇等なかった。
床に描かれている赤い模様の輝きは最高潮を迎え、幾条もの螺旋となって紅玉の元へ集う。
トワを中心として炎の渦が巻き上がり、それに炎獣達も吸い込まれていく。
僅かに空いた時間で簡易的な治療を施しながら、俺はその様子を黙って眺めている事しかできなかった。
「何が起こるんだよ……」
《良くない事だけは確かじゃな》
今のうちにクリスティア達の様子を見にいきたいのだが、トワから意識を逸らすのは危険だと勘が訴えてくる。
遠目から確認すれば、僅かに身じろぎしている事から、どうやらクリスティアはまだ息をしているらしい。
ココの方に視線を転じようとした時、吹き荒れていた炎の渦が収まる。
中から現れたのは、黄金の陽炎を身に纏うトワ。
「……はっ?」
ある意味幻想的なその姿に、思わず呆気に取られる俺を見て、彼女は目を細めて穏やかに微笑むのだった。




