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第六十九話 虎家での激突

 サクラが言った通り、襖を開けた先は見知らぬ場所だった。

 先ほど俺達が駆け抜けた板張りの廊下ではなく、赤い絨毯が敷き詰められた通路。

 どこか洋風な佇まいを感じさせるそこで、狼耳の人と虎の耳が特徴の兵士達が争っている。

 激しく飛び交う衝撃音や、視界を横切る獣人族。

 どうやら、俺達は本当に虎家の中へと侵入する事に成功したらしい。


「どういたしますか?」

「そうだな。こいつ等は無視して、早くトワを探すべきだろ。ちなみに、ココはこの家の構造を知っているか?」

「いえ、知らないのです。ココがここに来るのも初めてですし、お姉様もそれは同じだと思っているのですが……」

「とりあえず、虎家の当主がいそうな場所を探してみるか」


 俺の提案に異論はないようで、クリスティア達は力強く頷いた。

 途中で襲い掛かってくる狼族を吹き飛ばし、前に躍り出た虎族を撃退していき。

 普通の見た目の扉は無視して、俺達は虎家の中を駆け回っていく。


 にしても、本当に狼族しかいないんだな。

 サクラの言葉を信じていなかった訳ではないが、やはり目にすると不思議に思ってしまう。

 トワがクーデターを目論んでいるとするならば、成功率を上げるために狐族も引き連れるのがベターだ。

 しかし、実際には狼族しかこの場にはおらず、狐族が現れる様子もない。

 仮に、クーデターに成功したとしても、このままだとその殆どが狼族の手柄となってしまうだろう。

 これではまるで、狐族がクーデターに関与していたという証拠を出さないようにしている気が……証拠を出さない(・・・・・・・)


 まさか、トワはこのクーデターの罪を狼族に押しつけるつもりなのか?

 そう考えれば、一応の辻褄は合う。

 狐族が侵入しない理由は自分達に疑いを向けさせないためだし、クーデターに裏があるのも頷ける。

 ……じゃあ、そのクーデターの裏とはなんだ?

 虎家に何かがあるからか、狼族に恨みでもあるからなのか。あるいは、それ以外の理由があるのかもしれない。

 しかし、これ以上考えていても答えは出ないだろう。本当の狙いは、トワ本人にしかわからないのだから。


 暫く探索していると、一際豪華な扉を見つける。

 扉の前では二人の虎族が倒れ伏しており、どうやら何者かに襲撃されてしまったらしい。


「恐らくここだろうな」

「だと思われます。……室内から、強い気配を感じますね」

「お姉様っ!」

「お、おい!?」


 よほどトワに会いたかったのだろう。罠等を気にする様子を見せず、ココは勢いよく扉を開け放ってしまった。

 そのまま中に足を踏み入れた彼女に続き、俺達も警戒しながら入室する。

 中は単純に豪華な内装になっており、見た目はローザイト王国の謁見の間が一番近いだろう。

 辺りを見回すと、うつ伏せで倒れたまま動かない虎族に、拳を鳴らしている狼族の男。

 そして、冷めた目で虎族を見下ろす、扇で口許を隠している九尾(・・)の女。


「お姉様」

「……来てしまいましたか」

「お前がトワ、だよな?」


 脚元まである豪奢な黄金の髪を撫で、同色の艶やかな瞳を細めて。

 ゆっくりと視線を上げた美女──トワは、俺の問いに嫣然とした笑みを返す。


「ココがお世話になりましたわね」

「本当だよ。こいつがどれだけ俺達に迷惑をかけた事か」

「えぇ、なんでそうなるのですか!? 別にココはシュンさん達を困らせるような事はしていないのです!」

「そうでしょうか? ココ様は大変馬鹿っぽ……コホン、失礼。大変好奇心が旺盛でしたので、まるで幼子を相手しているような気持ちでしたが」

「お、幼子……酷いのですぅ!」


 わざとらしく咳払いをしたクリスティアの言葉を聞いて、ココは涙目になって頬を膨らませた。

 しかし、クリスティアは不思議そうに首を傾げて。


「はて? 私は何かおかしい事でも言ったでしょうか? この短時間でも、意味もなくベッドの上で跳ねたり、どうでもいい所でドヤ顔を披露したり、何もない場所で転んだり、敵に褒められて嬉しそうにしたり──」

「わ、わー!? ごめんなさいなのです! ココは子供っぽくて本当にごめんなさいなのです! だからこれ以上何も言わないでほしいのですぅっ!」


 無表情で淡々と告げるクリスティア。

 どこか恐ろしさが漂うその姿に、ココはペタンと耳を伏せて頭に手を置き、尻尾を縮こまらせていた。

 確かに、今のクリスティアは怖いな。平坦な口調で自分のドジを挙げられるのは、俺でも遠慮したい所だ。

 ……俺のミスもしっかりと覚えて、別の日に告げてきたりして来ないだろうな。

 いや、クリスティアなら嬉々として教えようとしそうだけど。現に、俺がツバキを目立たせていた時は、クリスティアがそれはもう楽しそうな顔で理由を教えてきたし。


 そんな事を考えていると、トワの隣にいた狼族の男が不機嫌そうに舌を打ち。


「ちっ……お熱い再会は終わっただろ? オレは早く部下どもに知らせたいんだがよぉ」

「堪え性がなさすぎますわ。少しは心にゆとりを持ちなさいな。全く……わたくしはココとの再会は望んでいませんでしたわよ?」

「えっ……?」

「それに、どうやら貴方を素直に通してくれなさそうな方々もいますし」


 唖然とした声を上げたココを一瞥した後、トワは俺達に目を向けた。

 男もこちらをジロジロと眺め、やがて愉快げに口の両端を吊り上げる。


「中々おもしれぇ奴がいるじゃねえか! おい、オマエの名前はなんて言うんだ?」

「……シュンだ」

「シュンか。おい、シュン! オマエはオレと闘え!」

「はっ?」


 こいつは何を言っているのだろうか。

 笑みを浮かべたと思えば、いきなり俺と闘えなんて。

 クリスティア達も呆れたような眼差しを送っているし。

 しかし、男は俺達の視線を気にする様子も見せず。


「別に構わねぇよな、トワ? こいつはオレが貰っていくぜ」

「はぁ……好きにしてくださいな」

「まぁ、オマエが拒否しても従わねぇけどなぁ!」

「っておい! そもそもなんで俺がお前と闘わなきゃいけないんだよ!」

「あ? そんなのオレが闘いたいからに決まってんだろ。オマエに拒否権なんてねぇ」


 小馬鹿にした表情で鼻を鳴らす男を見て、思わず俺は頬が引き攣ってしまう。

 こ、こいつ……明らかに戦闘狂だ。

 爛々と輝く瞳に、愉悦に歪ませている口許。

 尻尾は興奮気味に揺れており、誰が見ても危ない雰囲気だと思うだろう。

 シオンの時には互いに高め合うような想いを感じたが、目の前の男からは暴力的な威圧感しか伝わらない。


「そんな事を私がさせるとでも?」

「あ? オマエはなんだ?」

「申し遅れました。私、シュン様のメイド嫁を務めているティアと申します。以後お見知りおきを」

「ちょっと待て! なんでどさくさに紛れて嘘をついてるんだよ!?」

「そんな……シュン様は私の名前を嘘と仰るのですか!?」

「そっちじゃねえよ!?」


 そう叫び返すと、クリスティアは顎に手を添えて。


「では、どの辺が偽りなのでしょうか?」

「……もういいや。指摘するのにも疲れた」

「やりました」

「なんか言ったか?」

「いえ、何も」


 何やらガッツポーズを取っているクリスティアに尋ねるも、真剣な表情で首を横に振られてしまった。

 今、クリスティアが計画通りといったような発言をした気がしたのだが。俺の気のせいだろうか?


 眉根を寄せて考え込む俺を見て、男は微妙な表情で頭を掻く。


「あーっと。とりあえず、話は終わったか?」

「あらあら、羨ましいですわ。独り身のわたくしは非常に寂しい思いをしておりますのに」

「あん? オマエはその胡散臭さから嫁の貰い手が来ねぇんだろ」

「……」


 呆れた口調で告げた男に、トワの笑顔が瞬く間に消え失せた。

 無表情で懐から札を取り出し、それを掲げる。

 瞬間、場に炎で創られた犬が出現。


「お、お姉様?」

「問答はここまで。貴方々にはここで果てていただきますわ」

「……なんか締まらないが、返り討ちにしてやるよ!」


 自然と俺達も構え、トワ達の攻撃に備える。

 辺りに糸が張り詰めたような沈黙が舞い降り、やがて獰猛な笑みを浮かべた男が脚を踏み抜く。


「行くぜオラァ!」

「ティア達はトワの相手を頼むぞ!」

「了承いたしました」

「……わかったのです。ココがお姉様を止めてやるのですっ!」


 トワの方へ駆けだす二人を尻目に、俺は男と戦闘を繰り広げるのだった。

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