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第六十八話 サクラの願い

 クリスティア達の元へと向かった俺達が見た光景は、辺り一面氷だらけの空間だった。

 床や壁、天井にまで氷が侵食しており、氷柱が造られている。

 そんな氷の世界の中央で、クリスティアとサクラが対峙していた。

 片目をやられたのかクリスティアは左眼を瞑っており、脚元がおぼつかない様子だ。

 対するサクラの方も右肘から先が氷に覆われ、辛そうに息を大きく乱している。


「ここまで苦戦するとは……少々、貴女の事を見くびっておりました」

「戯言はいいですわ。早く死になさい! むしろ私が殺しますッ!」


 ふらつく足取りでサクラへと飛び込み、クリスティアは左右のナイフを振るっていく。

 銀線の乱撃に、サクラは小太刀一本で対処していたが。少しづつ、彼女の身体が斬り裂かれてしまう。

 どうやら、クリスティア達の方も激戦だったようだな。

 壁に大きく走る亀裂や、床に散らばる飛び道具。

 これ等を見ているだけで、その戦闘内容がおのずと頭に浮かぶ。


 しかし、今からは俺達も加勢する。

 実質三対一になるので、クリスティアとほぼ互角に戦っていたサクラでは、勝利が遠のいてしまうだろう。

 まだ気は抜けないが、恐らく俺達の勝ちで幕を閉じる筈だ。


 再び両者が離れた所を見計らい、俺は声を張り上げる。


「ティア!」

「シュン様……シュン様!? その怪我は!?」

「傷は塞いだから問題ない。それより、ティアの方こそ大丈夫か?」

「私も平気です。ですから、そこをどいてください。私は、あの女を始末しなければならないのです」


 鋭い目つきでサクラを睨むクリスティア。

 今は俺が前にいるから抑えているようだが、いつ殺すために飛びだしてもおかしくはない。

 そんな俺達の様子を見たサクラは、静かに瞳を閉じて口を開く。


「なるほど。シオン達はやられてしまいましたか」

「ああ。一人だけになったお前はもう詰みだ。大人しく降参するんだな」

「そうなのです! お姉様の居場所を早く教えるのです!」

「……いいでしょう」


 瞳を閉じたまま頷き、胸元に左手を添えたサクラ。

 何かを確かめるように深呼吸していき、やがて目を開けて俺を見つめる。


「貴方々の勝利はもはや揺るがない。私がどう足掻こうが、時間稼ぎにすらならないでしょう。……ですので、次の一撃に総てを込めます。この一撃を防ぐ事ができたのなら、私は大人しく貴方々に当主様の居場所を教えましょう」

「それを俺達が受ける理由は? 無理矢理聞いてもいいし、なんならお前を置いて外に出てもいいんだぞ?」


 ある意味当然なその疑問に、サクラは首を横に振って。


「それはできません。私の許可がない限り、貴方々はここから外へ出る事ができないのです。ですから、貴方々に残された選択肢はただ一つ。私の一撃を防ぐ事だけです」

「……本当だろうな? 本当にお前の攻撃を防いだら、その当主の居場所を教えてくれるんだろうな?」

「この命に替えても」


 ジッとサクラの心を見透かそうと見つめるが、彼女の瞳の奥からは鮮烈な意志しか感じられなかった。

 だが、その揺るがない桃色の瞳。少なくとも、サクラが嘘を言っているようには思えない。

 真っ直ぐな忠義に、愚直な姿勢。まさに、忍者や騎士の鑑と言える立ち振る舞いだ。


 ……似ているな。

 前の世界で、一緒に戦場を駆け抜けた仲間達。

 その内の一人に、酷く真面目な騎士がいた。馬鹿正直に人の嘘を信じたり、息抜きを知らずにいつも固い雰囲気だったり。

 だけど、己の信念に関しては人一倍の自負を持ち、揺るぎない強烈な意思を瞳に秘めていた。

 今のサクラからは、あいつと同じような雰囲気を感じ取ってしまう。


「……わかった。お前の提案を受ける」

「深く、感謝いたします」

「シュン様!? あの女の言葉を真に受けるのですか!?」

「ティアだって、本当はわかってるんだろ? あいつの言っている事に偽りがないってのが」

「そ、それは……」


 愕然とした声を上げたクリスティアだったが、俺の言葉に気まずそうに目を逸らした。

 恐らく、サクラと戦っていたクリスティアが、彼女の気持ちが本当だと一番理解している筈だ。

 矛を交えて、その想いを肌で感じて。だからこそ、俺の言葉を切り捨てる事ができなかっのだろう。


 しかし、クリスティアは俺が斬られた事に激怒していた。

 自分で言うと恥ずかしいが、想い人を攻撃されて怒らない人はいないと思う。

 理性と感情がせめぎ合い、結果として今のように煮えきらない態度となる。


 クリスティアをどう説得しようか考えていると、ココが真面目な表情を浮かべて口を開く。


「ティアさん。サクラは嘘をつかないのです。だから、サクラの提案を受けるのが一番だと思うのです」

「ですが……」

「頼む、ティア」

「…………不本意ですが、了承しました」


 唇を噛み締めた後、クリスティアはゆっくりと頷いた。

 良かった。どうにか、クリスティアは納得してくれたらしい。

 問題は誰がサクラの攻撃を受けるかだが……あちらは俺をご所望のようだな。

 真っ直ぐに俺を射抜くサクラに、思わずため息をついて前に進みでる。


「シュン様! ここは私がやります!」

「いや。どうやら、あっちは俺に全力を受けてほしいようだぞ。だろ?」

「はい。貴方に私の全力を振るわせてください」

「だから、ティアはそこで待ってろ。大丈夫、しっかりと防いでやるからさ」

「……シュン様に何かがあったら、この命に替えても貴様を殺しますわ」


 鋭い殺気を込めた瞳で、クリスティアはサクラを睥睨した。

 その視線を受け止めたサクラは、懐から札を取り出して。


「それは彼次第です。私の全力が勝つのか、あるいは彼が防ぎきるのか。全ては天のみぞ知る、と言った所でしょうか」


 初めて見る暖かい微笑みを浮かべ、サクラは札を額の前に掲げる。

 対して、俺もベリシュヌを構え、ゆっくりとした足取りで近寄っていく。


《んふふ。中々として面白い展開になって来たのう》

『まあ、確かに。不謹慎だが、俺も少しワクワクしているしな』


 俺だって男の子だ。

 物語のようなワンシーンに立ち会えて、少々心が踊ってもおかしくはない。

 ……今までの体験の方が、これよりよっぽど物語らしいと言えばそうなのだが。

 ともかく、半身になってベリシュヌを構えた俺は、目を凝らしてサクラの一挙手一投足を探っていく。


「改めて、私に付き合っていただき、感謝いたします」

「気にするな。こっちにとっても都合が良かったってだけだ」


 予想以上に力を使ったからな。

 一撃で決まるこの勝負の方が、次の戦いに備えて体力を温存できる。

 そんな俺の思考を読んだ訳でもないだろうが。

 僅かに目を瞬かせた後、サクラは口許を不敵に歪める。


「〈火行ノ虎吾喰〉」

「……それが、お前の本気か?」


 サクラの背後に浮かび上がる炎虎。

 だがそれも数瞬の事で、直ぐにサクラへと吸い込まれた。

 凍りついていた右腕が溶け、サクラは自由になった両手で小太刀を構える。

 今行使した術の影響だろう。縦に開いた瞳孔で俺を見つめたサクラは、唇をチロリと舐めて牙を剥く。


「はい。正真正銘、これが私の全力です」

「……そうか」


 立ち昇る陽炎を身に纏い、炎虎を背負ったサクラ。

 辺りに緊迫感が舞い降り、緊張で額から汗が流れ落ちる。

 この場にはクリスティアの氷の影響が残っているのだが、何故か気温が非常に暑く感じられた。


 やがて、顎を伝って汗が落下した時。

 静かに、だがそれ以上に不思議とよく通る声で。


「キサラギ流終之太刀──」




 ──【煉獄華舞(ハザクラ)




「……」

「……」


 俺達は、先ほどは逆の立ち位置にいた。

 誰も言葉を発さず、辺りは静寂に包まれる。

 暫くすると、俺は口から血を噴きだし、全身から燃えるような激痛が走っていく。


「ぐぅぅっ!?」

「シュン様!?」


 崩れ落ちそうになるが、慌てた様子で駆け寄ってきたクリスティアに支えられる。

 彼女に肩を借りて脚で踏ん張り、後ろを振り向く。

 サクラは小太刀を振るった体勢で静止しており、微動だにしない。


「サ、サクラ? どうなったのです?」

「……ふ、ふふ。まさか、防ぐだけではなく、反撃してくるとは」


 不安げなココの問いかけにも答えず、サクラは淡々と言葉を紡ぐ。

 すると、宙を舞った小太刀の切っ先が、弧を描いて畳に突き刺さる。

 同時に、サクラの身体から満開の紅い桜が咲き誇った。


「サクラっ!」


 倒れ伏したサクラへとココが駆け寄り、彼女を抱き寄せた。

 ベリシュヌを鞘に納めた俺も、クリスティアと共に近づいていく。


「お見事です。この立ち合い、貴方の勝利です」

「約束通り、居場所を教えてくれるな?」

「はい。……ただ、厚かましいとは思いますが。どうか、私の願いを聞いていただけないでしょうか?」


 薄く目を開けたサクラが、ココに抱かれたままそう尋ねた。

 どうするか暫し悩み。話を聞くだけ聞いても良いかと考え、無言で頷く。

 それを見て、サクラは僅かに笑みを浮かべた後、辛そうに目を伏せた。


「感謝いたします。当主様がおられる場所は、虎家です」

「なんで、虎家なんかに?」

「その事も含めて、貴方に頼みがあるのです。……どうか、どうか当主様……トワ様を救ってください」


 声を震わせながら、サクラはハラリと涙を流した。

 その悲痛な表情に、俺達は自然と神妙な顔で話を詳しく聞く体勢になる。

 サクラの前で座り、クリスティア達の治療をしつつ、耳を傾けていく。


「お姉様を救ってくださいとはどういう意味なのですか?」

「トワ様には、あまり時間が残されていないのです」

「病気か何かなのか?」

「……トワ様が使おうとしている術には、自身の生命を削る副作用があるのです。ですから、その術を使ってトワ様の命が尽きる前に、トワ様の事を止めていただきたいのです」

「そん、な……」


 信じられないといった面立ちで、声を漏らしたココ。

 かく言う俺も、突然の重い話に内心で困惑していた。

 元々、俺達はココの姉であるトワのクーデターを止めるためにここに来た訳で。

 いきなり死ぬかもしれないと言われても実感が湧かないというか、特に悲しい気持ちにもならないというか。

 しかし、やはりと言うべきか。ココにとっては大層衝撃的な話だったらしい。


 ココは何度も首を横に振り、歯噛みしてサクラへと話しかけて。


「嘘なのですよね? お姉様が死ぬなんて嘘を言っているのですよね? ココは信じないのです。お姉様が死ぬなんて、お姉様が……お姉様が……」

「残念ながら、本当です。私も止めようとしたのですが、トワ様の決意は固く」

「なあ。そもそも、そのトワが反乱をする動機ってなんだ? お前の様子から、何か裏がありそうなんだけど」


 先ほどから気になっていた疑問を口にすると、サクラは申し訳なさそうに目を伏せた。


「私も詳しくは……ただ、狼族と手を組んだ事に理由があるそうです」

「なるほど。つまり、その虎家にトワ達狐族と狼族が向かっているって事なんだな?」

「いいえ。狐族はトワ様だけが向かっています。他の狐族達には、街の人々が虎家に向かわないように見張りをしろ、と命令していましたので」

「……益々意味がわからないな。ティアはどう思う?」

「私にはなんとも……」


 クリスティアに水を向けてみるも、良い返事は貰えず。

 一体、トワは何を考えているんだ?

 とりあえず、わかった事はと言えば。

 トワが何かを企んでいる。クーデターには裏がありそう。狼族と手を組んでいる。今は虎家に侵入している。

 ざっと考えて、これぐらいの内容を新しく知る事ができた。

 ……まずいな。ここで時間を食ってしまったし、早く虎家に行かなければ。


「おい。話はそれで全部か? だったら、俺達を早くここから出してくれ」

「それに関しては、既に。貴方々が入ってきた襖が虎家に通じるようになっていますので。ですから、あの襖を開ければ直ぐに虎家に行けます。……どうか、トワ様を助けてください」


 最後にそう告げた後、サクラは目を瞑って沈黙した。

 どうやら、体力の限界で意識を失ってしまったらしい。

 ちょうど応急手当も終わったので、俺はクリスティアから離れて立ち上がる。


「次に行く場所も決まった事だし、時間もないから早く行くぞ」

「了承いたしました」

「……わかったのです。ココがお姉様を止めてみせるのですっ!」


 優しい手つきでサクラを横たえさせたココは、瞳に強い意志を秘めて拳を握る。

 その決意に頷き、俺達は部屋の入り口に向かうのだった。


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