第六十七話 ミツハの切り札
クリスティア達の元へ駆け寄ったのだが、大きく動き回っているせいで、近づく事ができなかった。
代わりにココ達の方へ向かった俺が見た光景は、尾を拳に巻いて殴るココと、その打撃を錫杖で受け止めるミツハの姿。
「ハァッ!」
「くぅっ……痛いよ~」
辛そうに眉を寄せるミツハに、ココは一旦後退して札を投げる。
「〈火行ノ焔吾掴〉」
「〈水行ノ玉処飛〉」
出現して高速で飛んでくる水球の群れ。両掌に焔を宿したココは、身を屈めて躱していき。自身の尾を巻きつけ、茜色に輝く拳達を叩き込んでいく。
「【我流拳法──紅蓮乱舞】」
「わわわ!? 危ないよぉ~!」
機関銃の如く重低音が鳴り響き、ミツハが慌てた様子で防ぐ。
一息もつけないココの連撃に、俺は駆け寄りつつ目を見開く。
まさか、ココがあそこまで強かったとは。なんとなくある程度の強さがある事は察していたが、それでもここまで戦い慣れているとは予想以上だ。
しかし、ミツハを倒すほどの決定打とまでにはなっていない。やっぱりこいつも楽に倒せないという事だな。
ミツハが大きく退いたと同時にたどり着き、悔しそうに拳を合わせているココに声を掛ける。
「ココ!」
「流石ミツハなのです……あ、シュンさん! シュンさんの方こそ、シオンとはどうなったのですか?」
「なんとか倒してきた……安心しろ。殺してはない。だから、そんな不安そうな顔をするなって」
「あ、ごめんなさいなのです」
シュンと肩を落としたココだったが、彼女の気持ちもわからなくはない。
今は敵対しているとはいえ、元々は仲が良かったのだから。
俺から殺したと言われると、いくらなんでも目覚めが悪いと思うし。
まあココからすれば、敵を心配したと思われて申し訳ないと考えたのだろうが。
「うっそ~!? シオンがやられちゃったの~?」
「ああ。きっちりと始末してきたぞ」
「ちょ、ちょっとシュンさん。始末したってどういう意味なのですか?」
「いや。こう言えば逆上して隙ができるかと思ってな」
「な、なるほどなのです……」
ココに説明しながら、俺はミツハの様子を窺う。できれば怒って頭に血でも上ってくれれば良いんだけど。
しかし俺の予想に反して、彼女はコテリと首を傾げて顎に指を当てていた。
「あれれ~? 別にシオンは死んでないよね~?」
「……さぁ、どうだろうな」
「うふふ~。そうやってわたしが怒るとでも思ったんでしょ~? でも、わたしにはわかるから意味がないよ~」
流石にそこまで甘くなかったか。だったら、もう心理戦は終わりだ。
首を鳴らしてベリシュヌを抜き、切っ先をミツハへと向ける。
「お前が何を言っているか知らんが、戦闘を再開してもいいって事だな? まあ、お前の許可は貰わないが……な!」
《ふんっ! 槍なんかより、妾をもっと使うのじゃ! あんな木偶の坊より妾の美麗な刀身を輝かせるために、もっともっと死ぬほど敵を殺しまくるのじゃっ!》
「ココも行くのですっ!」
機嫌が悪そうなツバキの言葉に苦笑いしつつ、俺は回り込んでミツハへと斬り掛かった。
受け止められた錫杖ごと、へし折る勢いで体重をかけていく。
するとミツハの背後にココが現れ、淡く光る拳を叩きつけようとしている。
「【我流拳法──赤竜一撃】」
「〈木行ノ壁吾護〉」
「うきゃぁっ!?」
「逃がすかっ!」
ココの拳が背中に当たる直前、ミツハの脚元から畳がせり上がった。
その振動で吹っ飛ばされたココに、魔法を放つ俺。
しかしあっさりと防がれ、ミツハは壁に乗って上がっていく。
「も~危ないな~。当たったらどうしてくれるの~?」
「卑怯なのですっ! さっさとそこから降りてくるのですっ!」
「降りるのが嫌なら壁ごと斬ってやる!」
「うふふ~残念。時間切れ」
魔力を込めて一閃。傾いていく壁の上で、ミツハは大量の札をばら撒いた。
ヒラヒラと舞い降りるそれ等を尻目に、彼女は錫杖を一振り。辺りに清浄な音が鳴り響く。
「実はね~。シオンをやられてわたしも結構怒ってるんだよ~?」
「何をするつもりか知らんが、これで終わりだ!」
空中に身を投げだされたミツハ目掛けて、跳び上がる。
瞳に剣呑の色を宿して嗤うミツハへと、剣線を走らせようと──
「〈木行ノ龍吾使〉」
──瞬間、俺達の間で影が立ち昇った。
構わずベリシュヌを振るうのだが、硬い感触を受けて弾かれてしまう。
重力に従って着地し、急いでココの元へ駆け寄る。
にしても、なんなんだ今のは?
ミツハを攻撃する絶好のチャンスだったのだが、何かに邪魔されて失敗してしまった。
一体、ミツハはどんな術を使ったんだ?
ココの元へたどり着き、ポカンと口を半開きにしている彼女に声を掛ける。
「おい、どうした?」
「あ、あれを見てくださいなのです」
「あれって……なっ!」
呆然と示すココの指の先を追った俺は、予想外の光景に思わず目を丸くした。
頭に生えた威厳のある角。口許から覗く立派な牙。蛇のように細長い身体。不気味に光る鋭利な爪。俺達を睥睨する鋭い眼光。
ミツハを頭に乗せてとぐろを巻くそれは──
「龍……だと……!?」
──畳で創られた龍だった。
現在、俺達は目の前の光景に圧倒されていた。
フィクションでしか存在しないと思っていた、伝説の生き物。
強敵の代名詞と言っても過言ではないそれは、ドラゴンや龍と呼ばれている。
そんなまず目にかかる筈がない生物。頭にミツハを載せたそれが、俺達を睨みつけていたのだ。
「うふふ~。これがわたしの切り札。どう~? 大人しく降参しない~?」
胡座をかいて微笑むミツハ。
錫杖を向けて告げた言葉に、俺達は我に返って構える。
「降参なんかする訳ねぇなのです! ココがぶっ飛ばしてやるのです!」
「俺達には俺達の事情があるんだよ。この程度の事で諦めていられるか」
《よくぞ言った! 今回は無機物じゃがとても斬りがいがありそうじゃから、妾も一肌脱いでやるぞ!》
『お前は常に裸だろ』
《なんじゃとぉ!?》
愕然とした声を上げたツバキを尻目に、俺は高速で思考を巡らせていく。
全長は十メートルほどありそうで、とてもじゃないが正攻法で勝てそうにない。
畳からどうやってあんな存在になるか不思議だが、それより今はこいつの攻略法だ。
まず、ベリシュヌで斬っているだけでは時間がかかりすぎる。
かと言って、シオンの時のように氷槍を使っても、こいつとは相性が悪そうだし。
……結論としては、術者であるミツハを倒すしかない。
眉を潜めて考え込んでいると、ココが俺の方に目を向ける。
「シュンさん! ココに任せるのです!」
「任せろと言うけど、一体どうするんだよ?」
「とりあえず、シュンさんはあの龍の動きを止めてほしいのです!」
「……わかった」
「ココは精神統一をするので、暫くはシュンさん一人でお願いするのです」
力強い瞳のココを見て、俺は彼女の言う通りにする事にした。
どの道、龍の動きを止める事には異論がない。問題はどうやって龍の行動を阻害するかだが。
精神を研ぎ澄ますように目を瞑り、静かな佇まいで構えたココを尻目に、俺はミツハの前へと躍り出る。
「話し合いは終わった~?」
「ああ。お前を倒すって話に決まったぞ」
「ふ~ん……じゃあ、せいぜい頑張って死なないでね~」
目を細めたミツハが錫杖を振るうと、龍が勢いよくこちらへと向かってくる。
ココと別れて弾けるように回避。直後に腰を回してベリシュヌを唸らせ。龍の首目掛けて、風を切る。
が、爪で受け止められしまい、辺りに衝突音が木霊す。
「〈火行ノ玉処飛〉」
「くっ……ぐぁっ!?」
「うふふ~、後ろに注意だよ~」
飛んできた火球を避けた瞬間、背後に衝撃が走った。
畳を転がりながら脚に力を入れ、跳び上がって宙返り。
着地した俺が振り向くと、しなやかに尾を揺らす龍の姿が目に入る。
どうやら、あの尻尾で背中を攻撃されたらしい。
身体に響く痛みに顔を歪め、己の迂闊さに舌を打つ。
ミツハに集中しすぎたせいで、龍の全体にまで気が回らなかった。
こんな蛇のような敵と戦うのは初めてとはいえ、意識から外してしまったのは俺の失策だ。
ココの意を汲んで囮になろうとはしているが……正直、結構厳しい戦いになりそうだな。
《主君、大丈夫なのか?》
『問題ないとは思う。少し腰に痛みがあるが、骨に異常はないようだし』
《そうか。なら良いのじゃが》
ホッと安堵した様子で口を閉ざしたツバキ。
先ほどまであんなに醜態を晒していたのに、この変わりようは流石と言うべきか。
ともかく、ココの準備が整うまで、俺がする事は一つ。
更にベリシュヌに魔力を込め、地を蹴って龍へと斬り掛かる。
左右から襲いかかる爪を躱し、噛みつこうとする牙を弾く。
降り注ぐ術の群れも避け、至近距離で俺は龍と攻防を繰り広げる。
すると、徐々にだが龍の攻撃が読めるようになってきたのだ。
よく考えればわかる事だろう。
初めは龍というインパクトに押されたが、操っている術者はミツハ。
いくら龍そのものが強いとはいえ、彼女の思考を読めばおのずと龍の行動もわかる。
だから、さっきからミツハは焦ったような表情を浮かべているんだろうな。
それに比例して、龍の攻撃が大振りになってきているし。
「な、なんで~!? なんで殺せないの~!?」
「ふんっ。所詮、畳でできた龍だ。この程度で俺を倒そうなんて笑えるな」
「くっ……!」
よし、ミツハの意識を俺一人に向けさせられているぞ。
殺気立った目で睨んでくるミツハからは、ココの存在を忘れているように見える。
龍も俺一人にかかりっきりになっているし、作戦は上手くいっているようだ。
更に激しくなっていく波状攻撃に、俺は身体が傷つきながら防ぐ。
額からは血が流れ、体力が減っていっているのを実感する。
だが、この攻撃を耐え切られれば、ココがなんとかしてくれる。
不思議と、今の俺は彼女に全幅の信頼を置いていたのだ。
《しゅ、主君! これ以上はお主の身が持たんぞ!》
『大丈夫だ。俺が潜ってきた修羅場に比べたら、大した事がない』
《じゃが!》
ツバキが悲痛な声を上げるのもわからなくはない。
今の俺は全身血濡れで、とても無事とは言い難い姿なのだから。
しかし、ツバキに言った言葉も嘘ではない。
前の世界での戦争の方が、今より精神的にきつい場面が多かった。
その時に比べたら、今は頼りになる仲間に信頼の置ける相棒。
「これで負ける訳がないんだよなっ!」
「っ……!」
雄叫びを上げて、龍の牙を斬り飛ばす。
僅かにたじろぐ様子を見せるミツハに、俺は獰猛な笑みを浮かべ、もう一つの牙も斬り裂く。
そして、返す刃で剣線を走らせていく瞬間──
「シュンさん!」
「ココ様!? ……まさか、あなたは囮!?」
「『精霊よ、茨と成りて我の代わりに彼の者へ枷をはめ込め! ──血流の拘禁』」
「なっ!?」
いたる場所に散らばっている俺の血。
それ等が意思を持ったかのように蠢き、瞬く間に龍の元へと集い、身体を拘束した。
驚愕で目を大きく見開いたミツハに、俺は笑んで龍の頭にベリシュヌを突き立てる。
「やれ、ココ!」
「〈火行ノ耀吾纏〉」
「しまっ──」
──【我流拳法奥義──煌鳳閃脚】
「──きゃぁぁぁっ!?」
輝く焔の衣を纏ったココがミツハの前に現れ、回転しながら脚を振り下ろした。
錫杖ごとへし折ったその勢いのまま、ミツハを龍へと叩き込む。
辺りに大砲の如き轟音が鳴り響き、室内が揺れるような錯覚を感じた。
暫くすると龍が崩れ始め、やがて地に伏したミツハが場に残る。
「す、凄いな……」
「はぁ……はぁ……なんとか成功して良かったのです」
大きく肩を上下しているココ。
全力を出し切ったとわかるその姿に、俺は内心で頬を引き攣らせながら、ベリシュヌを鞘へと納める。
まさか、ここまでココの攻撃が強いは思っていなかった。
普通にミツハを殴り飛ばすだけかとおもっていたけど、こんな攻撃は予想外だな。凄い音も鳴っていたし。
「なんとか、倒せたな……ぐっ」
「あ、シュンさん! 囮ありがとうなのですって、血が沢山流れているのです!? は、早く治療を!」
「安心しろ。気休め程度だが治療できるから」
魔法で傷口を塞いでいくが、正直血を流しすぎた。
今も若干意識が朦朧としているし、いつもより身体に力が入らない。
……こんな所で苦戦してしまうとは。この後には本戦が待っているというのに。
「とりあえず、ココ達はティアさんと合流するのです」
「だな。こいつは……死んでないみたいだけど、流石にもう動けないだろ」
両腕が変な方向に曲がっているし。
あまりにもココの攻撃が強烈だったから、もしかしたら生きていないかと思っていたが。まあ、俺の杞憂だったな。
ともかく、気絶したミツハは置いておいて、俺達はクリスティアの元に急ごう。
激しくなる衝突音に、吹き暴れる冷気。まるで、背筋が縮み込んでしまうような気温だ。
クリスティアの様子が心配だ……大丈夫だろうか。
ココと顔を見合わせた後、俺達は氷上を踏みしめてクリスティア達の元へ向かうのだった。
おかげさまで、無事にブクマ300を超える事ができました。
これも皆様のお力添えがあったからこそです。
ブクマや評価、感想ありがとうございます。




