第六十六話 シオンとの決着
炎を纏う刀を構え、不敵な笑みを浮かべているシオン。
対して、俺は武器が火に包まれているという事に驚いていた。
「それって、付加魔法か?」
「ん? 違うよ、これはただの魔道具。ボクとこの魔道具は相性が良くてね……ま、君には関係ない話だよ」
銅色の短髪を揺らし、赤い瞳を細めてシオンは口角を上げた。
確かめるように何度か刀を振り、切っ先を畳へと向ける。
漂う焦げ付く臭いに、こちらまで伝わってくる熱気。
煌々と燃える火に照らされ、ここだけ真夏のようだ。じっとりとした汗が額に滲んでくる。
《むぅ……》
『どうした? 何か問題でもあったか?』
《いんや。ただ、あやつの武器を相手にするのは気が進まんくての。妾の流麗なぼでぃーが火傷してしまうのじゃ》
『俺だって、あんな面倒な武器とは戦いたくないわ』
現時点でさえ、あの炎のせいで暑いのだ。シオンと近接戦闘を繰り広げるならば、その暑さは耐え難いものとなってくるだろう。
だからと言ってこのまま手をこまねいている訳にもいかず、結局あの炎刀と剣戟を交わしていかなければならない。
「脚元ご注意、ですわ」
俺達の前を横切ったクリスティアは、左手で指を鳴らした。
すると、サクラの脚元を中心に、氷の薔薇が咲き誇る。だが彼女はすげなく回避。
「ご忠告感謝いたします。では、私からも。飛び道具にお気をつけて」
「はぁっ! ……はしたない淑女ですね」
「まあ、なんという事でしょうか。野蛮な方が寝言を呟いております。眠りながらでも私を倒せるという蛮勇。真面目に戦っている私は悲しゅうございます」
「うふふ。随分と虚言を吐くのがお好きなのですね。私の方こそ、貴女様のような頭がパッパラパーな方にそこまで仰られては黙っておられません」
意趣返しのつもりなのだろう。サクラが腕を振った瞬間、複数の手裏剣がクリスティアへと飛来する。
辺りを奏でる金属同士の舞踏。この部屋全体を使い、彼女達は攻防を繰り広げていた……口撃に関しては考えない事にした。
俺と同じようにサクラの姿を目で追っていたシオンは、呆れた表情で頭を掻いて。
「相変わらずサクラは怖いなぁ。君の仲間も大概だけど」
「それについては同意見だな──っと!」
呟くと同時に、俺は身を屈めて斬撃を躱す。こちらを見下ろす赤い瞳は爛々と輝き、口許を歪めながら炎刀を振り回していく。
「ふふふ! いいよいいよ! この程度の攻撃を避けてくれなきゃ、ボクもつまらないからね」
「知らんわ。大人しく俺にやられてくれ」
「だったら、行動で示してほしいな!」
高速で立ち位置を変えながら、俺達は応酬を繰り広げていた。
至近距離により漂う熱気により、身体全体から汗が噴きでる。
シオンの方は慣れているのか。涼しい顔つきで、俺へと炎刀を振るっている。
口内が渇き、頬を伝う汗が鬱陶しい。隙を見つけて蹴り、シオンを遠ざけてそれを拭う。
「ちっ……面倒な」
《どうするんじゃ?》
『今考えてる』
素早く目を走らせ、この状況を打破するものを探す。
ミツハと戦うココ達の姿。何度も視界に入るクリスティア達の影。辺りに散らばる飛び道具や氷──
「そうだ! ティア!」
脳内に一つの案が浮かび、声を張り上げてクリスティアを呼ぶ。
何度か激しい金属音が響き、畳を滑りながらクリスティアが現れた。
サクラもシオンの隣に戻ってきており、俺達は最初のように相対する形となる。
「申し訳ありません。彼女、私より強いかもしれません」
「いや、こっちも苦戦してる。すまない」
「いいえ。私が彼女を早急に倒す事ができれば、三対二の形になりました。……私の力が及ばず、申し訳ありません」
悔しそうに歯噛みしたクリスティアの全身には、多くの怪我を負っていた。
メイド服は所々切り裂かれており、その白い肌から赤い血が滲んでいる。
サクラの方に視線を転じるが、彼女はクリスティアほど傷は負っていない。
順手に構えている二本の小太刀を振るい、余裕そうな面立ちで血糊を落としていた。
立派な一尾を一回し。冷徹な眼差しを俺達に送って。
「お喋りとは余裕ですね。随分と舐められたものです」
「うふふ~。ココ様強くなりましたね~」
「今褒められても嬉しくないのですっ! あ、でもやっぱり少し嬉しいのです」
「ココ……」
「ココ様は変わらないね」
「ち、違うのですっ! 今のはココが認められたと思ったからで、だからその、えっと、なのです!」
ミツハ達もこちらと合流し、会話に混ざる。
アワアワと取り乱す様子のココに、サクラは一瞬目元を僅かに柔らかくした後。
直ぐに無表情に戻ってクルリと手元を回し。腰にある鞘に小太刀を納めた。
「全く……二人共。敵方の力量は掴みましたね? 後は、速やかに任を果たしなさい」
サクラが両腕を横に振るうと、袖の中から新たな小太刀達が顔を出す。
それ等を手に持ち、いつの間にか持っていた札を貼り付けた。
瞬間、サクラを中心に風が渦巻く。
「あ、あれは!?」
「ココ、知ってるのか?」
「はいなのです。サクラが使った札は、お姉様が特別に創った──」
──キサラギ流一之太刀【旋風刀舞】
「くっ、ぐぁぁっ!?」
「きゃっ……シュン様っ!?」
「へ? ……あわわ!? 大丈夫なのですか、シュンさん!」
頭で鳴り響く警告音に従い、咄嗟にクリスティアを突き飛ばした。
直後にサクラが目の前に現れ、俺は無数の斬撃を身に浴びる。
無理矢理動いて致命傷は避けたが、少なくないダメージを負ってしまう。
力任せに剣線を走らせた。が、サクラはあっさりと後退。
……くそ、油断したか。
「上手く回避しましたか。ですが、構いません。始末はシオン達に任せます。私はこのメイドを」
「…………ぃ」
慌てた様子で駆け寄るココを落ち着かせていると、クリスティアが俯いて何やら呟きを落とした。
僅かに肩を震わせ、握っているナイフからは嫌な音が響き渡る。
その異様な雰囲気に、この場の全員が自然と注目していく。
「ティア?」
「……さない」
「どうやら、彼女は動揺しているようですね。ミツハ、シオン。彼女は私に任せて、貴女達は早く行動に移しなさい」
無表情のサクラがそう告げた瞬間、辺りの温度が急激に下がった。
クリスティアの内から冷気が吹き荒れ、瞬く間に畳が氷結していく。
彼女の傷口が氷に覆われ、流れている血は凝結して砕け散った。
顔を上げたクリスティアは、暗く冷めた瞳に灼熱の焔を灯し、サクラを睥睨する。
「許さないッ! シュン様を……春斗様を傷つける存在は──私が許さないッ!」
脚で畳を踏み抜くと、氷が隆起して地割れが起こった。あちこちで鳴り響く氷が砕ける音。しかし、サクラは特に驚く様子も見せず。
「ミツハ、シオン! 早くなさい!」
「あ、は、は~い!」
「わ、わかった!」
「貴様を殺すッ!」
「やれるものならやってみなさい」
轟音を響かせながら、クリスティア達はこの場を離れていく。
あんなクリスティアの様子、今まで見た事がない。
思わず背筋が凍りそうになる雰囲気だ。
広がる氷の侵食を尻目に、俺達は再びシオン達と対峙する。
「う~ん。わたしは都合が悪いから、後ろに行ってるね~」
「わかったよ、ミツハ姉」
「ココはあのミツハって奴を任せてもいいか? 時間稼ぎするだけでいい」
「ふふん。ココがミツハを倒してやるのです! 期待していてくださいなのです!」
ドヤ顔で胸を張ってミツハを追いかけるココを見送った後、楽しげに口許を緩ませているシオンに声を掛ける。
「行かせて良かったのか?」
「問題ないよ。ミツハ姉ならココ様を倒してくれるし、何よりこの方が面白そうだしね」
「……そうか」
ココも心配だが、クリスティアの方が気になってしまう。
あの異様な雰囲気。どう見てもただ事ではない。早くこいつを倒して、クリスティアの様子を見にいかなければ。
それに、先ほどのサクラの斬撃。あの時の傷のせいで、あまり長く戦っている余裕がない。早く怪我を治したいところだ。
更に激しくなるクリスティア達の戦闘音を耳に入れながら、俺はシオンへと飛び込んでいくのだった。
「ちぃっ!」
頬を掠める熱気にひやりとしつつ、返す刃で切っ先を跳ね上げる。が、直ぐに戻された炎刀とかち合い、攻撃は通らない。
鍔迫り合いの中、急に手の力を抜いてシオンの重心を崩させ、膝蹴りを放つ。
「おおっと。やるね」
「流石にバレるか」
「全く、女の子を蹴ろうとするなんて酷い人だ」
「敵には容赦しないと決めているんでな」
俺の言葉に、後退したシオンは面白げに頬を緩めた。
何度か脚を踏み鳴らし、刀を錫杖へと納め。
警戒する俺へと、微笑みかける。
「それでこそ、斬りがいがあるよ。だから、ね──この攻撃で死なないでよ?」
「うぉっ!?」
ダンっと力強く踏み込み、こちらに飛び込むシオン。
ベリシュヌで対応しようとする俺を見て、彼女は炎熱の刃を煌めかせ。
「【岐れし灼熱の繚乱】」
「ぐぅぅぅ……!」
まるで、降り注ぐ雨のように。縦横無尽に襲いかかる朱色の斬撃を、俺はなんとか捌いていく。
だが、完全に防ぎ切れず。徐々に肌を掠める数は増えていき、やがて俺は大きく吹っ飛ばれてしまう。
手をついて飛び跳ね、空中で体勢を立て直して着地。
ひりつく痛みに顔が歪みながら、大きく息を吸って落ち着かせる。
《大丈夫か、主君?》
『問題ない……と、言いたい所だが。このままだとちょっときついな』
「いいねいいね! 君が頑張れば頑張るほど、ボクとしては楽しくなってくるよ!」
燦々とした瞳で笑うシオンを見て、俺は思わず呆れた表情を浮かべた。
こいつ、明らかに戦いを楽しんでいやがる……いや、戦いというより、刀を使う事だろうか。
どこか戦闘狂とは違うイメージを持つ。なんとなく、ただ刀を振るう事を嬉しがっているような。
「お前は、人を斬るのが好きなのか?」
「ん? まあ嫌いじゃないけど、ボクは自分が強くなっている実感を持つのが好きなだけだよ。この刀を通じて、ボクが成長しているって事がわかるからね」
我が子を愛おしむ手つきで刀身を撫でるシオン。
なるほど。つまり、こいつはただの鍛錬馬鹿か。
強くなるために戦い、強くなっている事を確かめるために斬る。ただ、それだけなのだろう。
痛む身体を叱咤して立ち上がると、シオンが顔を輝かせて。
「で、お喋りはおしまい? 早く君を斬らせてよ!」
「その言葉だけ聞くと危険だ、なっ!」
同時に駆けだしたシオン目掛けて、袈裟斬り。避けられたが、直ぐに戻して二撃、三撃と浴びせていく。
シオンの炎刀で気温が上がり、クリスティアの氷魔法で温度が下がる。
目まぐるしく変わっていく室内の変化に、内心で疲れつつ剣戟を交わす。
しかし、かすりはすれども、どちらも一撃を加える事はできない。
暫くした後、互いに下がって相対した。
「良いねー。中々倒せなくてボクは嬉しいよ」
「こっちとしてはしぶといって感想だけどな」
額から血を垂らしながら、笑みを浮かべるシオン。
対して、俺は口内から血を吐き捨てて頬の汗を拭う。
本当に、面倒な。シオンの剣術レベルの高さも厄介だが、一番嫌なのは彼女の戦闘方法だ。
もちろん、シオンも行動に支障が出るレベルの攻撃は避けている。しかし、それ以外の細かい攻撃は回避せず、むしろ嬉々として俺へと特攻してくる。
そんな恐れを知らない戦闘スタイル。はっきり言って、かなりやりにくい。
《どうするんじゃ?》
『はぁ……このままだとジリ貧だな』
何か良い方法でもないだろうか?
再び思案し、現状を打破する事ができないかチラリと辺りを見回す。
術のぶつけ合いをしているココ達。激しく斬り合うクリスティア達。部屋の半分ほどを占めている氷上──
「これは……よし、いける」
《何か良い考えでも浮かんだかの?》
『ああ。さっきは有耶無耶になってしまったが、クリスティアがあちこちで氷魔法を使ってくれたお蔭で、上手くいきそうだ』
「〈金行ノ修身直〉……全く、君の武器の切れ味は抜群だね。自慢の愛刀が刃こぼれしまくってるよ」
俺達が会話している間にも、シオンも準備を整えたらしい。
手元の札を投げ捨て、新品同様の輝きを放つようになった炎刀を構えた。
対して、俺はベリシュヌを一旦鞘に納める。……にしても、便利な札だな。
《ぬ? 一体何をするつもりじゃ?》
『悪いけど、ツバキはここまでだ』
《む。まあ、妾は別に構わんのじゃが》
「おろ? もしかして降参? だとしたら、かなり興醒めしちゃうんだけどなぁ」
「安心しろ。お前を倒すために札を一枚切らせてもらうだけだ」
正直、こんな所で使いたくなかったのだが。
しかし、シオンとの勝負に決着がつかない以上、そのような我が儘は言っていられない。
ため息を一つ。気持ちを切り替え、右手を床を侵食している氷上へと翳す。
「〈武装化・氷の槍〉」
瞬間、氷上が割れて形を変えていく。
瞬く間に一本の氷槍となったそれを持ち、軽く振り回す。
うん。久しぶりに手にしたけど、全く鈍っていないな。
驚いた様子で目を丸くしているシオンに、俺は笑みを浮かべて槍を突きつける。
「ほぇー。君って、槍も使えたんだ」
「というより、一番慣れている武器が槍ってだけだ」
もっと言えば、前の異世界で使っていたメイン武器が槍だったって事だが。
そんな事を知らないシオンは暫し唸っていたが、やがて頭を掻きながら笑んで。
「とりあえず、こっちの方が強いって事だよね? ならいいや。さっさと続きをやろうか」
「言われなくてもそうする……さっ!」
言葉を返すと同時に駆けだし、シオンへと三閃。
思わずといった様子でシオンが炎刀で受け止め、場に蒸発する音が鳴った。
気にせず繋げた動きで氷槍を振り回し、蒼い軌跡を描いていく。
炎刀とぶつかる度に氷槍は溶けてしまうが、魔力を込めれば氷上から新たな氷が補填される。
お蔭で武器の消耗を気にする事なく戦え、シオンに対して優勢な状況を運べていた。
暫く攻防を繰り広げていると、表情から余裕の色を消したシオンが。
「や、やるじゃん。ここまで変わるとは思ってなかったよ」
《どういう事じゃ!? 前の所では槍を使っておったのか!?》
「悪いがさっさと決めさせてもらう」
脳内を駆け抜けるツバキの悲痛な声を無視して、俺は確実にシオンの体力を奪う。
身体の所々に氷が張りつき、時折辛そうに顔を歪めるシオン。
やがて、彼女は一旦大きく跳び退いて息を吐く。
にしても、やはり槍はいい感じだ。
先ほどの剣戟が嘘だったかのように、シオンは俺相手に防戦一方。
ただ、流石に一筋縄ではいかず、このまま簡単に押し切れそうにもないが。
「強いね。……出し惜しみはしていられないって事かな」
「何を言ってる?」
俺の疑問には答えず、炎刀を錫杖に納めたシオンは目を瞑った。
腰に手を置き、深呼吸をして静かに闘争心を高めているようだ。
今までとは違うシオンの雰囲気を感じて、俺は思わず怪訝な表情を浮かべる。
……なんだ、何を狙っている?
しかし、このまま待っていてもどうしようもない。それに何より、ここまで来て引くわけにもいかないだろう。
自然と俺も構え、ゆっくりとシオンに近づいていく。
そして、俺がシオンの射程範囲に脚を踏み入れた瞬間、彼女は目を見開き──
──【纏いし焔の閃光】
冷え込む室内に、一際激しい金属音が轟く。
咄嗟に氷槍を振るったお蔭で、シオンの斬撃を受け止める事に成功。
今回の居合い切り。俺の目では追い切れなかった。勘が働いていなかったら、俺の首は胴体と永遠の別れをしていたかもしれない。
あの切り札を食らっていた時の事を思い、背筋から大量の冷や汗が流れていく。
しかし、今回は俺に運が味方したようだ。
大層自信があったのだろう。目を大きく見開くシオンに、氷槍が溶けてポタポタと垂れる水の音。
辺りの畳が濡れ、俺達の間で小さな水溜まりができる。
そしてこれこそが……俺が求めていた瞬間!
「止められた!?」
「『精霊よ、氷と成りて彼の者を拘束せよ! ──氷の首輪』」
「まさか──」
驚愕に顔を染めたシオンの脚元が、急激に冷え固まった水溜まりに捕まる。
慌てた様子で炎刀を振るおうとするが、バランスが取れず上手く力が伝わっていないらしい。
「咲かせろ、ツバキ」
「きゃぁっ!?」
氷槍から手を離して右手をベリシュヌの柄に置き。腰を落として魔力を込めながら一閃。
炎刀ごとシオンの身体を斬り裂き、紅い文様を咲かせる。
「俺の勝ち、だな」
「……負けちゃった、かぁ。もう少し戦いたかったなぁ──ごほっ!」
虚ろな目で俺を見つめた後、シオンはにっこりと微笑む。が、直後に口から血を噴きだし、ゆっくりと倒れ込んでいく。
拘束を解除して抱きとめ、彼女を畳の上に寝かせた。
満足げな表情で目を閉じているシオン。僅かに胸が上下している事から、まだ絶命していないのだろう。
どうするか数瞬悩み、死なない程度に最低限の治療を施す。
一文字に斬り裂かれたシオンの胸元の傷が、ゆっくりと塞がった。
そして、自身の傷も魔法で癒していく。
「始末しておけば良かったか……?」
これは勘なのだが。シオンを殺すとまずい事になる気がする。
どの道、今のままでは戦線に復帰できないと判断。だから、シオンを生かしたままでも問題ないと考えた。
……俺も甘くなったな。昔だったら問答無用で殺していたのに。
思わず自嘲の笑みを零しながら、俺は立ち上がってクリスティア達の方へと向かうのだった。




