第六十五話 三人の相対者
屋敷に侵入したのだが誰もおらず、俺達は肩透かしをくらった。
てっきり、相手が迎撃の構えを取っていると思っていたんだが。
「……どういう事だ?」
「私達に気づいてないのでしょうか?」
「それはないと思うのですけど」
そう告げるも、ココの表情は自信なさげだ。
まさかクリスティアの言葉の通り、俺達の存在を感知していないのか?
いや、あれだけ派手に暴れた以上、俺達の事はとっくにバレている筈。
思わず俺がココの探知機を壊してしまった時に、何かしらの方法でその事も感知した可能性もあるし。
「とにかく、いないのなら都合が良い。罠を警戒しながら進むぞ。お前の姉の部屋に案内してくれ」
「はいなのです! ココに付いてくるのです!」
頷いたココの案内に従い、俺達は日本風の屋敷を駆け抜けていく。
板張りの廊下から音が響いてしまうが、もはや気にしている余裕はない。
走りながら途中にある襖から敵が現れるか注意深く窺う。
だが、やはりと言うべきか。どの襖もぴったりと閉じられており、開かれる様子はない。
……本当に、不気味だ。俺達は泳がされているのか?
襲撃された時の敵の態度にも違和感を覚えたし、その思いはここに来てから徐々に膨らんでいっている。
仮に俺達が見逃されているとするならば、その理由はなんだ?
ここに来るのを待っているため? この先にとてつもない罠が仕掛けられているから? それとも、本当に何もする気がないから──
「着いたのです!」
ココの言葉で我に返り、目の前の襖に目を向ける。
桜色の文様が描かれたそれは流麗で、この屋敷で見た中で一番豪華だ。
……考えていても、仕方ないか。どちらにしろ、俺達がやるべき事は変わらない。
この先にいるであろうココの姉の企みを止め、リィオンダの昼寝スポ……平和を守る事だ。
「……はい、大丈夫です。特に異常は見当たりませんでした」
「なら、後は中に入るだけだな。よし、行くぞ──っ!」
罠がないか調べていたクリスティアが頷いたので、俺達は襖を開けて突入しようとした。
瞬間、目の前の襖が独りでに開かれ、部屋の内装が目に入る。
中は巨大な畳張りの部屋になっており、中央で三人の女性が正座していた。
その内、真ん中にいる巫女服を着ている狐族が三指を折り、ゆっくりと頭を下げて。
「お待ちしておりました、ココ様」
「……どうしてここに繋がっているのですか? 本来、ここはお姉様の執務室だった筈なのですが」
「詳しくは私達もご存知ありません。ただ、当主様がここで待てばココ様が訪れる、と」
警戒しながら中に足を踏み入れ、ココ達の会話に耳を傾けていく。
どうやら、俺達が行こうとしていた場所と違う場所になっていたらしい。
ココの口振りからすると、まるで部屋が入れ替わったような……入れ替わった?
待て。部屋の交換なんて高度な技術、この世界で聞いた事がない。
横目でクリスティアの様子を確認してみるが、やはり驚いているようだし。
つまり、この技術は相当珍しいものだという事だ。しかし実際には、俺の空間魔法と近い効果を起こしている。
いや、俺の空間魔法より高度な内容かもしれない。現時点の俺では、物体の交換という魔法は使えない。まして部屋という巨大な物体だとすれば、尚更。
内心で酷く驚愕している間にも、両者の会話は続いていく。
「お姉様はどこなのです!」
「当主様は所用でこの場にはおりません」
「だったら居場所を教えるのです! ココはお姉様の計画を止めにきたのです!」
ココがそう告げた瞬間、目の前の女性の肩が僅かに震えた。
だが直ぐに頭を上げると、瞳に冷徹な色を宿して。
「なりません。私達の役目は、ここでココ様を引き留める事。そして、ココ様の後ろにいるお二方を始末する事です」
「なんで、お前達はあの時に攻撃してこなかった? 俺達が気配に気づく前なら、襲撃に成功していたんじゃないか?」
「その質問にはお答えしかねます。……命は降されました。これ以上の問答は無用」
静かに目を閉じた彼女は、膝の上に両手を置く。
背後の二人は既に立ち上がっており、錫杖を俺達に突きつけていた。
対して、俺達も各々が武器を構え、戦闘態勢を整えていく。
「どうしても、教えてくれないのですね?」
「申し訳ありません。……ミツハとシオンはココ様と殿方を相手なさい。あちらのご婦人は、私が相手をします」
「は〜い、わかりました〜」
「もう、ミツハ姉は気が抜けるなぁ」
「では、後は任せましたよ──」
「──くぅっ!」
そう呟いた女性が姿勢を前に傾けた直後、一陣の風が横を駆け抜ける。
咄嗟にクリスティアの方に顔を向けると、彼女は女性の斬撃を受け止めていた。
「ティアっ!?」
「サクラは風を纏えるのです! だから、脚がとっても速いのです!」
「ちっ……忍者みたいな奴だな。急いで援護しにいきたい所なんだが」
「わたし達を無視するなよ〜」
「ボク達だって、それなりにやるんだからね?」
ゆるふわな雰囲気を漂わせているミツハと、ボーイッシュな感じを受けるシオン。
二人が俺達の前に立ち塞がっており、どうやらクリスティアの元に近づけないらしい。
「やるしかないか」
「ココも戦うのです。これはココとお姉様の戦いでもあるのですから」
「期待してるぞ、ココ」
「はいなのですっ!」
ココと数瞬目を交わした後、俺は駆けだしていくのだった。
「んふふー、そぉい!」
ミツハが気の抜けた声を上げ、錫杖を鳴らす。すると火の玉が出現し、俺目掛けて飛んでくる。
身を翻して躱し、脚を踏み込んでベリシュヌを振り抜く。
が、シオンの錫杖で受け止められ、鍔迫り合いになる。
「ミツハ姉はやらせないよ?」
「だったらお前から倒すまでだな」
「ふふふ、君にできるのかな?」
「それを今から証明してやるってんだ……よ!」
前蹴りを放ち、一度下がる。直後に駆け込んでベリシュヌを唸らせた。
風切り音を響かせ、シオンの頬を浅く斬り裂く。しかし錫杖で突かれ、こちらの頬も裂かれる。
「〈火行ノ玉処飛〉」
「やるな〜。〈水行ノ玉処飛〉」
俺達の横を通り過ぎた火の玉を見て、ミツハは懐から札を取り出して投げた。
すると水の玉が現れ、それ等が飛んでいく。
火と水がぶつかり、辺りが水蒸気に包まれる。
「そこっ!」
「ちっ! ならお返しだ!」
「おっと、危ないなぁ。当たったらどうしてくれるの?」
「大人しく当たれば苦しまないで済むぞ?」
「痛いのは嫌だからお断りしておくね」
煙の中で、俺達は攻撃を交えていく。
相手の様子は見えないが、恐らく俺と同程度の怪我を負っているだろう。
にしても、こいつ……かなり強い。
後衛をしているミツハもそうだが、二人からはまだ余裕を感じられる。
一応、こちら側も余力を残しているとはいえ、このままではジリ貧だ。
クリスティアの戦況も気になるし、早い所決着をつけたいのだが。
「くっ……やりますわね」
「そちらこそ。思っていたより素早いですね」
クリスティア達の戦闘音だろう。部屋中を駆け抜けている事から、どうやら激しく動き回っているらしい。
頻繁に鳴り響く金属音。暗殺者スタイルのクリスティアと、忍者スタイルのサクラ。反響する音は優雅な円舞曲のようにも聴こえた。
「んー、いいのかな?」
「……何がだ?」
「だって、ねぇ? ボク達は別に構わないんだけど、ね」
水蒸気が晴れた視界の中、シオンはそう呟いて肩を竦めた。
その仕草に思わず眉を潜めていると、隣にココが並び立つ。
「ごめんなさいなのです。ミツハが手強いのです」
「わ〜い、ココ様に褒められた〜」
「んもぅ、ミツハ姉は。……でもまぁ、身体が暖まってきたし、そろそろ本気を出そうかな」
嬉しそうな笑みを浮かべたミツハを一瞥した後、俺達を見据える目つきが変わったシオン。
手に持つ錫杖を回して一振り。腰に据えて、重心を落とす。
そのいで立ちは、まるで居合いをするような──
《来るぞ主君っ!》
「ぐぅっ!?」
「シュンさん!?」
咄嗟にベリシュヌを横に構え、後ろに跳ぶ。
瞬間、酷く重い手応えを感じ、勢いよく吹っ飛ばれてしまう。
空中で体勢を立て直して上手く着地すると、俺は頭を振って前を向く。
「まさか、これを防ぐとは思ってなかったよ」
恐らく、仕込み刀だろう。刃が剥きだしになった錫杖を振り上げた状態で、シオンは驚いたような表情を浮かべていた。
身に纏うローブが深く切り裂かれているのが目に入り、背筋に冷や汗をかく。
……こんな所で居合いを見るとは思わなかった。
今回はツバキが声を上げたお蔭で助かったが、下手すれば俺の身体が真っ二つになっていただろう。
『助かった、ツバキ。ありがとう』
《なんとか間に合って良かったのじゃ。……しかし、どうするんじゃ? 随分と苦戦しているようじゃが》
『本当にどうするか……』
「来ないの? 来ないなら、ボクの方から行かせてもらうよっ!」
『悪い、話は後だ!』
弾丸の如く飛び込んできたシオンの斬撃を、ベリシュヌで受け流す。
息もつかせない猛攻に、俺は手脚を交えて防ぐ。
シオンの刀捌きは、達人級と言っても過言ではない。
煌めく剣線が瞬きをする暇も与えず、連続して金属同士がぶつかる音が響く。
舞うように踊る刀を回避。直後の僅かな隙へと飛び込む。対して、シオンは柳の如く身を躱す。
それからも暫く剣戟を響かせていくのだが、どちらも有効打を与えられない。
「〈火行ノ雉処飛〉」
「させないよ〜〈木行ノ壁吾護〉」
ココの手元から放たれた炎の鳥が羽ばたき、ミツハの元へと向かう。
だが、彼女が札を翳すと畳がせり上がり、木の壁となって鳥の攻撃を拒む。
炎の鳥は木の壁を燃やしていくが、残念ながら突破はできなかった。
「余所見をしていていいのかな?」
「ふんっ。お前相手なら余裕だ」
「へぇ……そういう挑発をするんだね。いいよ。わかりやすいけど、その挑発に乗ってあげる」
ニタリと口許を歪ませたシオンは、俺から離れた。彼女は懐から札を取り出し、それを刃に貼りつける。
──瞬間、刃が炎で包まれた。
炎刀と化したそれを振るい、辺りに炎塵を撒いた後。
シオンは目を丸くした俺に微笑み。
「さ、第二回戦といこうか」
そう告げるのだった。




