第六十三話 放たれた刺客
ココ達と一緒に宿を出た俺達は、付近にある路地裏に身を沈めていた。
今の所、追っ手が俺達がいた宿屋に来ている気配はない。
街中で俺達を探している様子もないので、ひとまずは安心だろう。
「どういたしますか?」
「念のため、裏を取りたい。ココが見張られていたから、十中八九本当の事だと思うけどな」
「あ、あにょあにょ!」
「どうした?」
話を促すと、ココは何度か深呼吸をした後に、顔を強く引き締める。
「早くお姉様の所に行くのです!」
「とは言ってもな。今はどこが危険か正確に把握していないし、作戦とかを考えなきゃいけないだろ? さっきは無策でと言ったが、もちろん何か策があった方が良いし」
「むぅ……シュンさんの話が正しいのです」
「どうすっかなぁ」
時間がないとわかっていても、やはりどうしても悩んでしまう。
このまま獣人族に尋問をして情報の正確さを手に入れるのか、それともさっさと狐族の家に乗り込むのか。
……時間を掛ければ掛けるほど、ココの姉が対策を施してくるかもしれない。
「どうするのです?」
「仕方ない。とりあえず、狐族の家まで偵察しに行くか。狐族の動きがわかれば、何か対策を思いつく可能性があるし」
「別行動をしますか? 私が情報を集め、シュン様が見張りをするというのは?」
「いや、今の状況で単独行動は危険だろう。ティアの提案はありがたいが、やっぱり狐族の動きを見極めてからだ」
「了解いたしました」
「じゃあ、早速行くのです!」
ココの案内に従い、俺達は路地裏を駆け抜けていく。
素早く目配せをして気配を探りつつ、耳を澄ませて小さな物音も逃さず。
俺達を監視していないか、探る。
確認の意味を込めてクリスティアに目を向けると、どうやら彼女も監視の視線は感じなかったらしい。
「ここを右に曲がれば着く筈なのです!」
「……行き止まりになっているぞ?」
「あ、ありぇ? おかしいのです?」
自信満々な顔つきをしていたココだったが、直ぐに目を瞬かせて首を捻った。
そんな様子を、クリスティアはアホの子を見るように見つめている。
何度も目を擦ったり、耳をピクピク動かしたり、意味もなく地面を叩いてみたり。
一通り路地裏を調べ終わったココは、やがて俺達にドヤ顔を向けて指を突き立てる。
「わかったのです! つまり、ココ達は道に迷ったという事なのです!」
「あのさ、俺達は急いでいるんだよな? そんなにふざけている余裕ある?」
「ふ、ふざけていないのです! ココは真面目に迷ったと思ってるのです!」
「ココ様……」
「な、なんなのです。その残念な人を見るような目は」
「残念な人を見るようではありません。残念なのです」
首を横に振り、それはもう盛大にため息をついたクリスティア。
明らかに失望したとわかるその仕草に、ココは涙目になって何度も壁を叩く。
「し、仕方ないのですっ! ココだって迷うとは思ってなかったのですっ! このっ! この壁がおかしいのですっ! うぅ……うわーんっ!」
泣きながら掌に炎を宿したココは、大きく振りかぶって壁に打撃を放つ。
──瞬間、辺りの景色が歪んだ。
直後には元に戻ったが、俺は僅かに漏れた気配を見逃さなかった。
「上だ、ティア!」
「『精霊よ、氷と成りて我を守りたまえ! ──氷の壁』」
クリスティアに声を掛けつつ、せり上がる氷の壁を利用して屋根に跳び乗る。
そして、僅かに揺らぐ空間目掛けて、ベリシュヌを振り抜き一閃。
「はぁっ!」
「くっ……!」
布を斬り裂く感触を覚えると、その場にローブを纏った者が出現した。
背丈は俺の肩ほどであり、男か女のどちらかは窺えない。
感じられる気配は気薄で、その佇まいから只者ではないだろう。
「逃がさんっ!」
「──っ!」
後退していく奴に向け、跳び込んでベリシュヌを振り上げる。
だが、手応えを感じられない。
「……追手か?」
「シュン様!」
「大丈夫なのですか!?」
どうやら、クリスティア達も屋根の上に登ってきたらしい。
形勢はこれで三対一。俺達の方が有利になっただろう。
このタイミングで俺達が狙われた以上、こいつが少なくとも今回の事件に関係しているのは間違いない。
そして、ココの話の信憑性が増したという事も。
「俺は平気だから援護を頼む!」
「御意っ!」
「ココもやるのです!」
そう叫び、身を屈めたココと共に俺も駆けだす。
逃げるのを諦めたのかこちらに掌を翳した奴へと、ココが正拳突きを放つ。
「ていやー! ありぇ?」
「ふっ!」
ココの打撃を躱した奴は、俺に何かを投げつけてくる。
ベリシュヌで弾くと、どうやら投げナイフ……いや、これは手裏剣か?
思わず脚を止めるが、奴が追撃してくる様子はない。
「やぁっ! せいっ! なのですぅっ! ……なんで当たらないのです!?」
高速で拳や蹴りを浴びせていくココ。
しかし、その殴打の数々はかすりもせず、虚しい風切り音を響かせるのみ。
対して、何故か奴はココに反撃するような素振りを見せていない。
むしろ、肉弾戦をしてくるココに困っているような──
「そこですわ」
「っ!」
「今なので──ふぎゃっ!」
「ナイスフォローだ、ティア!」
その行動に疑問を覚えた時、クリスティアのナイフが奴の肩を掠め、体勢を崩させた。
直後、ココが背後に回り込もうとするが、途中で派手に転倒してしまう。
咄嗟に駆けだした俺は、奴の鳩尾にベリシュヌの柄を叩き込み、無事に敵を無力化させる事に成功。
「よし、これで情報源をゲットだな」
「お疲れ様です、シュン様」
「俺は特に問題ないんだが……」
言葉を止めてココの方に目を向けた。
彼女は転んだままグスグス泣いており、何度も目を擦っている。
……なんというか、気の毒としか言えない。
「う、うぅ……どうして転んじゃったのですかぁ。良い所で役に立てなかったのです……ぐすっ」
「いや、ココが敵を引きつけてくれたお蔭で倒せたんだ。だからそんなに泣くなよ、な?」
「ほ、本当ですかぁ?」
「ああ。ココがいてくれて助かったよ。ありがとう」
「えへへ……」
ポンポンと頭を撫でると、ココは上目遣いで窺ってきた。
それに頷きを返せば、破顔して泣き止んだ。
とりあえず、これでココに関しては大丈夫だろう。まさか、いきなり敵に突っ込みにいくとは思わなかったが。
ベリシュヌを鞘に納めつつ、俺は敵を縛っているクリスティアの元に近づく。
「ふむ、これも没収です」
「暗器が多いな。装備から暗殺者って所か」
「恐らくそうではないかと。……おお、この短剣はっ!」
懐をまさぐっていたクリスティアは、不意に歓喜の声を上げた。
彼女が手にしているのは、俗に言う小太刀だ。
どうやら、この刺客は俺達の世界で有名な忍者のようなものらしい。
クリスティアはうっとりと目を細めて小太刀を眺め、おもむろにメイド服へとしまい込む。
「ティア?」
「全く、このような素晴……物騒なものは危ないですね。これらは私がしっかりと管理しておきます。この格好良……危なそうな投げナイフ等も。これも良いですね──」
瞳を輝かせて奪った武器を鞄に詰めていくクリスティア。迷いのないその手際は、ただの強盗にしか見えない。
まあ、クリスティアの戦闘スタイルから忍者の武器は気に入りそうなのはわかる。
ともかく、まずはこの縛ら……ちょっと待て。
「なんでこんな変な縛り方をしているんだよ!?」
「何故と言いましても、メイドの必須スキルですが?」
「……ちなみに、この縛り方に名前とかあんのか?」
「いえ。ただ、ご主人様にお仕置きする時の縛り方と習いましたので。シュン様の故郷ではこの縛り方の名称があるのですか?」
クリスティアの言葉に、思わず頬を引き攣らせてしまった。
この忍者らしき人は腕を通して身体全体を縛られているのだが、どことなく脚が卑猥な感じに開かれている。
また、縄でやけに胸を強調──これで女だとわかった──されており、なんていうか非常に気の毒に感じてしまう。
「名前がないならいいんだ、ないなら。それより、さっさとこいつから話を──っ!」
「きゃっ!」
咄嗟にクリスティアを抱き寄せ、飛び退く。
直後、縛られていた忍者を中心に、炎陣が吹き上がる。
風に揺らめく焔。こちらまで熱気が伝わってくる。そしてすぐ側には、いつの間にか二人の黒ローブが佇んでいた。
「こ、これはっ!?」
「何か知ってるのか、ココ!」
「それは──」
隣で驚愕した声を上げるココ。
クリスティアを降ろした後、奴らから目を離さず尋ねるのだが。
どうやら、目の前の敵は俺達に話し合う時間をくれないらしい。
奴らは同時に手に持つ錫杖を掲げ、それを軽やかに振るう。
瞬間、辺りに小気味よい音色が響き、俺達の目の前に炎の壁が現れる。だが直ぐに消え失せ、忍者を含む奴らはいなくなっていた。
「ちっ……逃したか」
「どうやら、彼女を回収するのが目的だったようですね」
「警戒しすぎたのが仇となったな」
「どういたしますか?」
不用意に突っ込む事を躊躇してしまい、結果として奴らを見逃してしまった。
思わずため息をついた後、先ほどから考え込む様子を見せるココに目を向けて。
「で、お前は何を知っているんだ?」
そう尋ねると、ココは悲しみに帯びた表情で口を開く。
「あの人達は、お姉様の側近なのです。きっと、お姉様の指示でココ達を始末しに来たのです」
「……仲が良かったのか?」
「はいなのです。皆、ココに優しくしてくれたのです。暇な時に稽古をつけてくれたり、嫌な顔しないで本を読んでくれたり、笑顔でココと一緒に遊んでくれたり……」
途中で命を狙われた事を思い出したのか、ココは辛そうに俯いた。
震わせているその肩を抱き、頭を優しく撫でていく。
すると、ココは俺の胸に顔を押しつけ、嗚咽の声を漏らす。
「心配するな。多分、お前の考えているように命を狙われたわけじゃないと思うぞ」
「でも……」
「命を狙うにしては違和感があったからな。あいつらの目的は俺達の足止めだろう。だから、ココを殺しにきたわけじゃないと思う。とにかく、時間がないから早く行くぞ」
「わわっ!?」
「ふむ、これはナイフより使い心地が良さそうです。取り回しも良さそうですし」
「ほら、ティアもしっかりしろ!」
今度は乱暴に頭を撫でた後、ココを離した。
頬を緩めて苦無を眺めていたクリスティアを正気に戻し、周囲を見渡していく。見た感じ特に変わった所はなさそうなのだが。
クリスティアも同感なのか、俺の方に視線を向けてきた。
「ひとまず、一旦下に降りるのはどうでしょう? ここだと目立ちますし」
「そう、だな……ん? おい、あそこの壁がなくなっているぞ」
逃げた三人の誰かが壁を創っていたのだろう。先ほどまで行き止まりだった壁が消えており、道が続いている。
ここから見る限りだと、道の先はあの大きな屋敷に続いているらしい。
つまり、これで俺達を遮る障害物はなくなったというわけだ。
「やっぱり、ココは道に迷ってなかったのです! ココが迷子になるわけないのですからね。むふー」
「はいはい。さっさと降りるぞ」
「わっ、どこを持っているのです! ココをもっと優しく扱うのです!」
「では、お先に失礼いたします」
ドヤ顔をしているココの腰を抱え、クリスティアに氷の壁を創ってもらった。
ジタバタと暴れるココを抑えながら、先に降りていくクリスティアに続く。
「喋ると舌を噛むぞ」
「ま、待つのです! 一人で降りれるからそんな勢いよく降り──うきゃああああああ!?」
ココの悲鳴を尻目に、俺は内心で忍者という存在で心が踊っていた。
ココの服装が巫女服に似ていたからいる可能性はあったが、実際に見ると不謹慎ながら頬が緩んでしまう。
やはり、刀や忍者は男のロマンだからな。
その点、クリスティアはその辺の良さをわかっていて素晴らしい。
くノ一メイド、クリスティア。なんていうか、意外と似合うかも。
「よっと……」
「付近に怪しい者はいませんでした。ですので、このまま先に進んでも問題ないかと」
「ああ、調べてくれてありがとう。ほら、立てるか?」
「ふぅ……ふぅ……」
ココを降ろすと、彼女はプルプルと身体を震わせていた。
暫くするとガバリと顔を上げ、うがーっと腕を振り上げる。
「死ぬかと思ったのですっ! シュンさんはココを殺す気なのですか!?」
「いや、ちゃんと腰を持っていただろ?」
「それでも怖かったのです!」
「はいはい。文句は後で聞くから早く行くぞ」
「あ、待つのですぅ!」
涙目のココから目を逸らし、駆けていく。
背後から聴こえる抗議の声を無視して、俺はクリスティア達と共に先へ向かうのだった。




