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第六十二話 その策は誰が為に?

三人称視点です。

「──あら?」


 質実剛健な執務室。

 持ち主の真面目な性格が垣間見えるその部屋で、一人の女が声を上げた。

 椅子に座っていた彼女は、暫し目を瞑った後、クスリと微笑を零す。


「ふふっ、中々に優秀な協力者に逢えたようですわね」


 懐から取り出した扇で口許を覆い、女は緩やかに目を細めた。

 その瞳に宿っているのは、賞賛と僅かな安堵。

 だがそれも数瞬の事で、直ぐに瞳に映る感情が潜んだ。


「そろそろですわね……」


 そう呟いた瞬間、執務室の扉が荒々しく開かれた。

 一目で粗暴だとわかってしまう訪問の仕方に、眉を寄せる女。

 しかし、そんな女の事など気にしていないのか、灰色の耳が特徴的な男は、口の端を吊り上げて近づいてくる。


「おうおう、オレ様が来てやったぜ」

「丁寧に物を扱っていただけないかしら?」

「ああん? 丁寧だぁ? 別にいいだろ、どうせモノはいつか壊れるんだしよぉ」

「全く……これだから脳筋は」

「あ? なんか言ったか?」

「いえいえ、なんでもありませんわ」


 都合の良い事しか耳に入らない男に、女はにこやかに微笑んだ。

 どうやら、今のようなやり取りは頻繁に行われているらしい。

 扇で口許を隠し、目を伏せている女。

 対して、男はウズウズするように身体を震わせ、徐々に獰猛な笑みを浮かべていく。


「で、オレを呼んだってことはそういうことだよな? 部下どもには集まってもらってるぜ」

「ええ。準備も整いましたので、決行ですわ」

「クックックッ……クハハハハハハッ! ついに! ついにこの時が来たか!」


 爛々と瞳を輝かせ、男は尻尾を逆立たせた。

 何度も両手を握ったり閉じたりしており、よほど女の言葉を望んでいた事がわかる。

 そんな男を笑みを浮かべて眺める女は、不思議とよく通る声を響かせた。


「ふふふっ、そう力まなくてもいいのですよ。機はあちらから転がってくるのですから」

「そう連れないことを言うなよ! オマエだって、あいつをぶっ殺したいと思ってるんだろ? あんな権力しか取り柄がない堕ちた奴をよぉ」

「……わたくし達は裏方に徹しますので、貴方々に全てを任せますわ」

「オレたちが奴らを降し、リィオンダの新たな英雄となる! それで間違いないな?」


 愉快げに尋ねた男へと、女は満面の笑みを浮かべて頷く。


「ええ。わたくし達は貴方の影となり、今宵の公演では表に出ませんわ。ですから、貴方は思う存分主役を務めてくださいませ」

「ああ、任せろ。あいつをぶっ殺し、オレが創る新たなリィオンダ……クハハハハハハッ! 今から身体が疼きやがるぜっ!」


 哄笑を上げ、牙を剥いている男。

 彼が醸し出す威圧感は、確かに上に立つのに相応しいものであった。

 対して、女は男の覇気を意に介する事はないようで、笑みを浮かべたまま従者が用意した紅茶で喉を潤す。


「落ち着きましたか? 早速、貴方には行動していただきたいのですが」

「あん? オマエはどうすんだ?」

「わたくしにはやるべき事が残っているので、貴方に万事を任せますわ」

「……ちっ、つまんねぇな。今から歴史を創るってのによぉ」

「申し訳ありませんわ」


 男は興が削がれたように舌を打ち、女へと殺気が篭った目を向けた。

 その視線を正面から受け止めた女は、目を細めて扇で口許を隠す。

 暫しの間、両者は黙って見つめ合い、やがて男の方が目を逸らした。


「これだからお高く止まってるやつはよぉ。なんだってユリはこんなやつを──」

「〈火行ノ蒼処飛〉」


 不機嫌な様子で鼻を鳴らした男の頬を、火の玉が掠めた。

 それ等は壁に当たる直前で止まり、弧を描いて男の周囲まで戻ってくる。

 一つ、二つ、三つ……瞬く間に灼熱の炎は数を増していき、男を閉じ込める動きでゆらゆらと揺れていた。

 しかし、男は全てを浄化するように燃えている炎を気にした様子を見せず、女へと獰猛な笑みを向けている。


「──やるじゃえねか」

「発言には気を配る事ですわね。次はありませんわよ?」

「随分と物騒だねぇ……クククッ」

「貴方がそのつもりならば、仕方ありませんわ」


 鋭く目を細めた女は、男に扇を突きつけた。

 対して、男は愉悦を含んだ口許を開き、ギラギラと輝く牙を見せつける。


「おいおいおいっ! なんだよこの殺気! 面白くなってきたじゃねえか!」

「わたくしにも譲れないものがあるという事ですわ」

「クハッ! いいねぇいいねぇ! オマエは考えることしかできない腑抜けかと思っていたが、撤回してやる。オマエは獣人族足るに相応しい強さを持っているぜ、トワ」

「っ!」


 全身から闘気を噴き出している男を、女──トワは苦渋に満ちた表情で睨みつけた。

 黄金の瞳には灼熱の業火を灯し、同色の輝く金髪を波打たせ。

 全身から滲み出るのは、物理的な熱気を持つ威圧感。

 先ほど男が告げた通り、これだけで女の器量が計れるだろう。

 両者の殺気に耐え切れなくなったのか、執務室が悲鳴を上げ、窓には亀裂が走っていく。


「どうした? オレはここでオマエと殺り合ってもいいんだぜ?」

「……感情的になりましたわ」

「けっ、もうおしまいかよ」


 体勢を低くしていく男の姿を見て、トワはゆっくりと目を瞑る。

 数瞬して目を開けると、その瞳はいつもの何も映さない色に戻っていた。

 自身の周りにあった蒼い(・・)炎が消え失せ、戦闘が始まる気配はないと思ったのか。

 男は悪態をつき、つまらなそうに頭を掻いている。

 そんな言葉にもにこやかに返し、トワは穏やかな口調で口を開く。


「貴方々は、直ちに行動の開始を。街は既にわたくしが掌握しておりますので、全て事が上手く運ぶかと」

「お、それはありがてえ。てことは、オレらは好きに暴れていいんだな?」

「ええ。思う存分楽しんでくださいませ」

「クックック。今からが楽しみになってきたねぇ……クハハハハハハッ!」


 一頻り忍び笑いを漏らした後、男は意気揚々と退室していった。

 辺りには静寂が舞い降り、嫌な雰囲気が漂っている。


「……サクラ」

「ここに」


 扇を口許に添え、思案する仕草をするトワ。

 暫くして彼女が声を上げると、巫女服に身を包む女性が入ってきた。

 サクラと呼ばれた女性は、無表情でトワへと一枚の札を渡す。

 トワはそれを指の間に挟み、瞳を閉じて顔の前に掲げる。


「〈火行ノ形吾使〉」


 瞬間、トワの脚元に、紅い文様が浮かび上がった。

 複雑に絡み合った魔方陣とも違うそれ等は、鮮やかに輝き。

 それに呼応するように、札も淡く光り。

 やがて、どちらともなく輝きが消え失せた。


「これで我が策を──ごほっ!」

「トワ様っ!」


 懐に札を仕舞い込んだ瞬間、トワは目を大きく見開き、口許に手を当てる。

 サクラが慌てた様子で駆け寄ると、彼女の掌の間からは血が滴っていた。

 しかし、トワはサクラから受け取った布で血を拭い、何事もなかったかのように口を開く。


「問題ありませんわ」

「ですが!」

「この程度は覚悟していた事です。……さて、わたくしも向かいますわ」

「トワ様……」


 唇を噛み締めるサクラに、トワは優しい面立ちで微笑む。

 そんなトワの笑顔を見たからか、無表情ながら僅かに顔を歪めるサクラ。


「直ぐに戻ってきますわ。ですから、サクラはこの場で任を果たすのです」

「…………いつまでも、お待ちしております」

「ふふっ。わかりましたわ」


 クスリと微笑を零したトワは、サクラに見送られて執務室を後にした。

 自身の策の通り動いている部下達を眺めつつ、トワは足を進めていく。


「後は機が熟すのを待つだけですわね」


 立ち昇る陽炎を身に纏い、緩やかに己の尾共を揺らしながら。

 艶然と、トワは微笑むのだった。

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