第六十一話 露呈とココの覚悟
クリスティア達の前で醜態を晒してしまった後。
改めて、俺達は席に着いてココの話を聞く体勢を取った。
場の雰囲気が引き締まったのを鋭敏に感じたのか、クリスティア達も真面目な表情で背筋を伸ばす。
「じゃあ、話を聞かせてくれるか?」
「できる女である私……ふふふっ、シュン様に侍る私は良い女!」
「いい加減真剣になってくれよ!」
どうやら、いまだにクリスティアは先の出来事を引きずっているらしい。
ニヤニヤと口許を緩ませ、頬に手を当てて身体をくねらせている。
……安易にクリスティアを褒めた俺も悪いが、幾らなんでも影響を受けすぎだろう。
まあ、それほど嬉しかったのだと思えば、微妙に気恥ずかしい気持ちになるが。
思わず頬が熱くなった俺が言葉を返した瞬間、瞬く間にクリスティアの顔つきがキリッと鋭くなる。
「ココ様、どうぞ」
「切り替え早すぎだろ……」
「はいなのです! ……ココは、お姉様の反乱を止めたいのです」
「ふむ、反乱ですか」
「はいなのです。ココはある日、お姉様の話を聞いてしまったのです。『虎家』の主を殺すって」
「虎家の主を……」
「殺す理由とかは聞いたのか?」
「ごめんなさいなのです。そこまではわからなかったのです」
ココは耳を伏せ、申し訳なさそうに首を横に振った。
詳しくココの話を聞いてみると、どうやらココの姉は『狐家』の当主らしい。
そんな人が虎家の当主を殺したい、か。
「私の記憶にある限り、虎家は狐家と狼家より位が高いようですが」
「その通りなのです。同じ三家の中でも、虎家が一つ抜きん出ているのは間違いないのです」
「つまり、貴女の姉はその事が気に食わず、反乱を起こしたと?」
「ココもそう思ったのですが……」
「何か気になる事でもあるのか?」
言葉を濁らせるココ。
続きを話すように促すと、やがてココは膝の上で揃えている手を強く握る。
「お姉様は、そんなに短絡的な行動を取らないと思うのです」
「と、言うと?」
「……お姉様は、なんでもできるのです」
「なんでも?」
「まるで予言しているように、お姉様はいつも先の事を当てるのです」
少しだけ誇らしげに、そしてそれ以上に悲しげな笑みを浮かべたココ。
恐らく、自慢の姉がクーデターなんて事をしいるのが辛いのだろう。
現にココは僅かに肩を震わせ、尻尾がペタンと地に伏せている。
にしても、予言か。予言と聞いて直ぐに思いつくのは、俺達が召喚されたきっかけである星詠みの巫女だ。
あるいは、予言に近い事ができる『原始属性』か。
どちらにしても、それほどの事ができる強敵なのは間違いない。
俺がそんな事を考えていると、先ほどから考え込む素振りを見せていたクリスティアが、視線を険しくしてココを見つめる。
「ココ様。大まかな事情は理解しました」
「じゃ、じゃあ──」
「いいえ、私はココ様の手伝いをするのに反対です」
「──えっ?」
呆然とした声を上げたココを尻目に、クリスティアは俺に冷徹な表情を向けた。
「シュン様。彼女の話には不自然な点が多いです」
「まあ、それはな」
「街の雰囲気からは反乱の発端は窺えませんし、そもそも彼女の話は信用に値しません」
クリスティアが懸念している事もわかる。
ココの話が本当だという証拠はない。
俺達を騙すために嘘をついたかもしれないし、本当だとしても子供の戯言と取ってもおかしくないだろう。
「コ、ココは本当の事を言っているのです!」
「何故、貴女は無事にここまで逃げられたのですか?」
「それは、シュンさんに助けてもらったからなのです」
「どうして、貴女は姉の話を聞いてしまっても始末されなかったのですか?」
「そ、それはお姉様に見つからなかったからなのです!」
「貴女が予言とまで仰る姉が、貴女程度の存在を知見できないとでも?」
「それ、は……」
「そもそも、貴女は彼女にわざと泳がされている可能性があります。貴女の話の真偽はともかく、貴女はその姉に生かされたのではないですか?」
初めは勢いよく反論をしていたココだったが、矢継ぎ早に告げられるクリスティアの疑問に、言葉が尻すぼみになっていく。
対して、クリスティアは視線を険しくしたままココを見つめている。
クリスティアの懸念は正しい。
ココの言う通りの凄い姉だったとしたら、恐らく俺達の存在は露見されている。
しかし、今の所誰かが俺達の部屋に近づく様子はない。
これはココの話が嘘だからか、あるいは話の通り泳がされているか……
「ティア、それくらいにしとけ」
「ですが!」
「ココを囲ってしまった時点で、どの道俺達の存在は露呈されただろう。だから、今話すべき事は、これからどう動くかだ。ココの話の真偽を確認している時間はない」
「……ココのせいで迷惑を掛けたのです。本当にごめんなさいなのです」
「気にするな。お前を助けると決めた瞬間から、それはもう俺の責任だ」
手を振ってそう返すと、ココはぎこちなく笑みを浮かべた。
どうやら、自身を励ましていると思っているらしい……俺が告げた言葉は、本心なのだが。
俺がしたいからした。ココを助けた事に後悔はない。
だからこそ、その責任を果たすために、ココを守り通す。
「……これでは、意固地になっている私が馬鹿ではないですか」
「ティアはティアなりに俺を心配してくれたんだろ? 俺からすれば、むしろ感謝の念しか沸かないぞ」
「…………シュン様がそこまで仰るのなら、誠に遺憾ですが私も協力いたします」
「あ、ありがとうなのです!」
満面の笑みを浮かべて頭を下げたココ。
しかし、クリスティアは冷たい眼差しを崩さないまま。
クリスティアの事だから、俺の命令には従ってくれるだろう。
ただ、それは渋々なのであって、ココの言葉を心から信じている訳ではない。
……一度、裏を取る必要があるか。
「よし、他の獣人族から話を聞いてみよう」
「質問するのです?」
「まあ、そんな所だ。ティアもそれでいいよな?」
「……なるほど。私も参加いたします」
「いや、ティアにはここでココの護衛をして欲しかったんだが」
「シュン様の話が正しいのならば、ここにいる事自体が既に危険です。ここは、ココ様を連れて外に出るべきです」
確かに、いつ追手が俺達を襲撃してもおかしくはない。
となると、ココを連れて街中に紛れた方が無難だろう。
いや、慣れない街中では逆に追い詰められるのではないか?
クリスティアの言葉にも一理あるが、まだこの場を見つかっていない可能性もある訳で──
「見つかっていない?」
「シュン様、どうしました?」
「ココ。お前の姉は、予言に近い事ができるんだよな?」
「はいなのです。お姉様はとても凄い人なのです!」
ココが誇らしげに胸を張っているが、そんな事はどうでも良い。
そう、そうだ。何故、今までこんな単純な事に気が付かなかったのだろうか。
クリスティアも言っていたではないか。この場にいる事が危険だと。
そもそも、ココを泳がせているのなら、何かしらの手段で監視をしている筈。
俺が異世界転移初日で警戒していたように。
「おい! お前の姉から何か物を貰った事はないか!?」
「へ?」
「いいから答えろ!」
「あぅ……えぇと、ココの誕生日に貰ったペンダントがあるのです」
「貸せっ!」
恐る恐るといった様子で見せてきたペンダントを奪い取り、それに意識を集中させていく。
突然の事に目を白黒しているクリスティア達を尻目に、何か違和感がないか魔力等を調べる。
すると、よく観察しなければわからないほど小さく、僅かな魔力がペンダントから漂っているのを見つけてしまう。
「くそっ、やっぱりか!」
「もしかして、既に?」
「ああ、ティアの言う通りだった」
「ど、どうしたのです? そんなに怖い顔をして」
「お前のペンダントに、仕掛けが施されていたんだよ。だからもう、お前がこの場にいる事が露呈している」
「ろてい? ……まままままずいのでしゅ!? 早く逃げなきゃ敵がやって来るのでしゅ!?」
最初は、理解できなかったのだろう。
コテリと首を傾げていたココだったが、暫くして耳を逆立て、尻尾をグルグル振り回しながら、大慌てな様子で辺りを周りはじめた。
クリスティアも緊張した顔つきでナイフを取り出し、いつでも戦闘に入れる体勢を取っている。
対して、俺は敵の用意周到さに、思わずペンダントを握り潰してしまう。
どうする……どう行動するのが最前だ?
この場に止まるのは下策。
既にこの場を知られている以上、動かないのは愚者がする事だ。
街中に紛れるのは中策。
ここまで敵が用意周到な真似をするならば、この宿から俺達が逃れるルートを割り出しているだろう。
となると、残る手立ては……
「今すぐ準備を終わらせろ!」
「既に荷物は纏めておきました」
「ナイスだ、ティア!」
「乗り込むのですね?」
「ああ。こうなってしまった以上、俺達に残された道はそれしかない」
「の、乗り込むって。まさか、お姉様の所に!?」
「時間を掛ければ掛けるほどお前の姉にとって優位になる。だからこそ、俺達は無策のまま突っ込むしかない!」
愕然とした表情を向けたココに、俺はベリシュヌを装備しながら、そう返す。
あらかじめ用意しておいたローブをクリスティアに投げ渡し、自分もそれを着込む。
そして、いまだにオロオロと顔を動かしているココに言い放つ。
「ココも覚悟を決めろ! 今からお前の姉に挑む覚悟を」
「コ、ココは……」
「姉を止められるのは、妹である貴女だけですよ」
クリスティアの言葉を聞いて、ココはゆっくりと深呼吸を始めた。
一つ、二つ、三つ。瞳を閉じ、直ぐに開ける。
すると、先ほどまで不安げに揺れていた桃色の瞳は定まり、澄んだ湖底のように穏やかな色を宿していく。
いつの間にか、ココの周囲には妖艶な雰囲気が立ち昇っており、この場で桃色の旋風が巻き起こる。
「改めて、醜態を晒しましたわ。ですが、もう平気です」
「行けるんだな?」
「ええ。姉君には、その身を持って償っていただきますわ。──わたくしが、この反乱を止めてみせます」
「……良い目だ!」
静かであり、苛烈である。
両面性を灯しているココの眼差しに、俺達は破顔して頷く。
そして、渡したローブを身に纏ったココとクリスティアを引き連れ、俺達は窓から宿屋を脱出するのだった。




