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第五十八話 路地裏での出会い

「──ドロシー、か」


 あれから再び街をブラブラしていた俺は、先ほど会った少女の事を思い返していた。

 見た目上の歳は俺より幼く、肩まで伸びた水色の髪に、レモン色の瞳。

 性格は面倒臭がりやで、自分を自堕落な人間だと理解しているようだ。

 間延びした独特な口調に、時折見せる不気味な雰囲気。


「うーん、よくわからん」


 色々と考えた結果、やはり何を考えているのか読めない不思議ちゃん、という結論に落ち着いた。

 先ほどは高揚感等を持ってしまったが、改めて考えるとドロシーは警戒すべき対象だ。

 だが、ドロシーが俺にメリットのある情報──もちろん、正しい情報とは限らない──をくれたのも事実。

 ドロシーは一体何者なのか……それに、問題はそれだけではない。


「あいつが消える時の出来事」


 ドロシーを中心として、彼女の周囲を魔力が渦巻いていた。

 魔力量も膨大で感嘆に値するが、俺が目をつけたのはそこではなく、


「あれは『原始属性』だな」


 これは直ぐに確信できた。

 あのような人を消す魔法等、俺が知っている限りでは『空間魔法』しかない。

 それも、人を転移させるとならば上級魔法だろう。

 いや、俺が知っているのは魔術の方なので、この世界での空間魔法は転移が簡単なのかもしれないが。

 ともかく、ドロシーが消える直前、俺は確かにこの目で見たのだ。




 ──蒼い閃光が迸るのを。




「蒼い閃光ねぇ。普通なら『雷属性』と考えるのが妥当なのだが」


 俺の直感が、これはそんな生易しい魔法ではないと囁いてくる。

 さて、では蒼い閃光を使うような属性は他にあるだろうか?

 基本属性である『火』『水』『土』『風』は、唯一『水属性』がそれっぽいかもしれない。

 しかし、『水属性』にそのような鋭い光を迸らせる魔法等はない筈。

 だから、基本属性は選択肢から除外して良いだろう。


 対して、応用属性である『炎』『雷』『木』『氷』は、まあ『雷属性』が一番怪しい。色合いで言えば『氷属性』も充分に怪しいが。

 ただ、俺はどちらの属性も当てはまらないと見ている。

 つまり、ドロシーが使った魔法は『原始属性』という事になる訳だ。

 とまあ、長々と考えてみたが、結局それ以外の事は何もわからない。


「怪しかったんだよな、ドロシーって。だけど……」


 なんとなく、ドロシーとは長い付き合いになるような気がする。

 それが敵としてなのか、はたまた味方としてなのかはわからないが。

 この心がざわつくような気持ちの答えも、ドロシーと会えばわかるかもしれない。


「くぁぁ……あいつの事を考えたからか、急に眠くなってきたな」


 遠くからでも眠気を移すとは、ドロシー恐るべし。

 にしても、ドロシーとは結構話が合ったな。

 ドロシーも俺と同じで平穏を愛していそうだったし、味方だと確定したのなら二人で昼寝巡りするのも良さそうだ。

 まあ、その場合はクリスティアが血涙を流しながらドロシーを睨みそうなんだけど。

 こう、『春斗様と昼寝等……羨ましい! 私と変わりなさい、このクソニート!』って感じに。


「いや、流石にそれは俺の自意識過剰か」


 クリスティアが俺に好意を持っているとはいえ、いくらなんでも人に噛みつくような事はしない……いや、千秋に噛みついていたわ。

 駄目だ。クリスティアがいるとややこしい事になりかねない。

 それに、クリスティアはそこまで酷い言葉遣いをしない、筈。

 いかん。俺が横文字を教えたせいで、クリスティアが粗暴になる可能性が。

 とまあ益体もない事を考えつつ、街中に足を進めていく。


「ま、まあ、ティアはティアなりに楽しんでるから問題はないか……ん?」


 クリスティアの問題を先送り(意思を尊重)するという結論に至った所で、俺は慌てた足取りで路地裏へと入っていく少女の姿を見かけた。

 それだけでは気にならなかっただろう。

 しかし、続けて狼耳が着いた獣人達が路地裏に入り、何やら揉め事のような声が耳に入ってくる。


「これって、明らかに厄介事だよなあ」


 思わずぼやいてしまった俺は悪くない。

 どうしてこう、ゆっくりできる休日に限ってこんな面倒事を見つけてしまうのか。

 しかも、街の人達はこの喧騒に気が付かなかったようだし。


「面倒臭いし、行くのは止めようかな」


 だが、俺の脳裏に過ぎるドロシーの言葉のせいで、あっさりとこの厄介事を切り捨てる事ができなかった。


「この街で良くない事が起ころうとしている、か」


 ドロシーの忠告を戯言と考えるのは簡単だろう。

 仮に本当でも俺にこの街を救う義理等ないし、俺やクリスティア達が無事ならどうでもいい。


「そういやあいつが言った内容は、広場にいた子供達にも良くない事なのか?」


 つい先ほどまで俺が見ていた、広場を駆け回る子供達。

 輝かしい未来がある彼等が脅かされる可能性がある、か。

 ……はぁ、俺も甘くなったもんだな。


「全く、千秋のお人好しでも移ったか?」


 久しく会っていない幼馴染みの笑顔を思い出しつつ、俺は路地裏の方へと脚を踏み入れていく。

 そして俺の視界に入ったのは、陣形を組んで身構えている狼族の男達と。


「──へぇ、狐か」


 彼等に囲まれ、涙目で辺りを見回している一人の少女。

 歳のほどは俺より少し幼いぐらいだろう。

 ネリアとは違う黄色に近い金髪を肩の少し先まで伸ばしており、桃色の綺麗な瞳は恐れからか潤んでいる。

 だが、俺は何より少女のある部分に酷く目が惹かれていた。


「あ、貴方達には屈しないのでしゅ! あぅ、噛んじゃったのです」


 口許に手を添え、頬を赤らめる少女。

 どこか可愛らしい仕草をする少女の背後では、髪と同色の大きな尻尾()が不安げに揺れていた。






 ──そう。少女の尻尾は三本あったのだ。











 三人の狼族達に囲まれている三尾の少女。

 不安そうに縮こまっている少女に対して、狼族達は不敵な笑みを浮かべている。

 そして、状況を判断するために俺は隠れて彼女達の様子を窺っている。


「悪いけど、あんたをここで逃がす訳にはいないんでな」

「長から逃げ出したあんたが悪いんだからな」


 狼族達の言葉を聞いて、三尾の少女は目元を拭って瞳を閉じた。

 そんな少女の様子を見て諦めたと思ったのか、はたまた高みの見物をしようと思ったのか。

 狼族達は笑みを浮かべたまま静観の体勢を取るらしい。

 やがて、三尾の少女は瞳を開くと、口許に袖を添え、妖しげに微笑む。


「ふふふっ、今は貴方達に追い詰められているように見えるでしょうが、そんな事はありませんわ」

「あぁん?」

「何か策でもあるって言うのか?」


 訝しげに目を細める狼族達に、三尾の少女は妖しげに微笑んだまま、たおやかに頷く。


「もちろんですわ。これも、貴方達をおびき寄せるための、罠。貴方達は全て、わたくしの掌で踊っていたのですわ」

「な、なんだと!?」

「おい、聞いたかよ。こいつ、なんだか凄く強そうだぞ」

「ああ、今のうちに一斉攻撃した方がいいんじゃないか?」


 隣にいる仲間とヒソヒソと囁きあっている狼族達を尻目に、俺はチラリと三尾の少女の表情を盗み見た。

 三尾の少女は彼等の話し声が聞こえていたのか、頬を引き攣らせて今にも泣きそうになっている。

 ……うん、ハッタリだったんだな。


「ふ、ふふふっ。貴方達がわたくしに近づいたらしゃいご……」

「しゃいご? しゃいごってなんだ? 強いのか?」

「わからねえな。きっとこいつの切り札に違いねぇ」

「やっぱり全員で攻撃しようぜ」


 狼族達の言葉を聞く度に、少女の顔色がどんどん赤くなっていく。

 それより、狼族って……その、馬鹿なのだろうか?

 いや、彼等が狼族の平均だと思いたくないが、一様に首を傾げている姿を見るとどうしてもこう、狼族の今後が心配になってしまう。


「うぅ……また噛んじゃったのです」

「よし、行くぞお前ら! さっさとこいつを始末しなきゃ俺達が怒られちまう!」

「しゃいごって切り札は使わせねぇ!」

「わわわ! ま、まずいのです! 絶体絶命なのです! このままだと殺されちゃうのです!」


 アワアワと両手を振り回しながら、バッサバッサと尻尾も振り回す三尾の少女。

 対して、狼族達は摺り足でゆっくりと三尾の少女へと近づいていく。

 ……そろそろ、潮時か。


「行くぜお前らぐぁっ!」

「何が起こったぎゃいんっ!」

「しゃいごってなんだぐはぁっ!」


 右から順番に当て身を食らわせていき、狼族達を気絶させた。

 こちらに全く気を配っていなかったからか、どうやら上手く彼等へと奇襲する事に成功したらしい。

 さて、後はこいつ等を始末するかどうかだが……


「わわわ! 新手なのです! とてつもなく凶暴な人間なのです!」

「はぁ……」

「ため息をついたのです! そうやって油断させてココを始末するつもりなのです! 貴方にも屈しましぇん! あぅ、また噛んじゃった」

「…………はぁ」


 ちょっと助けるのを早まったかもしれない。

 怯えるように耳を伏せ、クリクリとした桃色の瞳でこちらを見つめる三尾の少女。

 失礼な物言いを告げた少女を尻目に、俺は今後の展開に頭が痛くなるのだった。


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