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第五十九話 三尾の少女

「それで、落ち着いたか?」

「はい、落ち着いたのです。助けてくれてありがとうなのです」


 俺が嘆息混じりに告げると、三尾の少女はおずおずといった様子で頭を下げた。

 あれから、尻尾を逆立ててこちらを威嚇していた三尾の少女だったが、暫く説得するとようやくこちらに悪意がない事を理解してくれたらしい。

 ともかくまず考えるべき事は、急いでこの場を離れるかこいつ等を始末するかなんだが……


「こいつ等は殺してもいいのか?」

「えぇと、ココにはよくわからないのですが、できれば殺さないでくれると嬉しいのです」

「まあ、姿を見られていないから俺にとって支障はないんだが」


 三尾の少女がそう言うのなら、こいつ等はこのまま放っておこう。

 さて、無事に三尾の少女を助けた事だし、俺はこのまま宿に帰るか。


「あ、あのあの!」

「じゃ、そういう事で。次は変な奴に絡まれないようにしろよ」

「わわわ! 待ってくださいなのです。ココの事を助けて欲しいのです!」


 背後から聴こえる声を無視して、路地裏を出ようと足を向ける。

 しかし、俺は三尾の少女に腰を掴まれ、その場に縫い止められてしまう。


「あー、あれだ。俺はこれから子供達を守るという重大な使命があるから、君に構っている暇はないの」

「ココを助ければその子供達に平和が訪れるのです! 大変な事件があるのです、ココを助けなければ大変な事が起こってしまうのです!」

「他の人を当たってくれ。俺はある事を確認しなければいけないんだから」

「むむむ……中々手強いのです」


 三尾の少女の腕を振りほどき、振り返ってそう告げた。

 すると、暫し唸り声を上げた後、三尾の少女は瞳を閉じる。

 やっと諦めてくれたかと俺が思った瞬間、三尾の少女が纏う雰囲気が激変していく。


「これは……?」


 子供らしい仕草や様子は消え失せ、三尾の少女を中心に妖艶な空気が漂いはじめる。

 そして、瞳を開いた三尾の少女は、懐から桃色の扇子を取り出し、それで妖しげに微笑む口許を覆う。


「──まずは、先ほどまでの無礼と感謝を。改めてわたくしを助けていただき、ありがとうございますわ」

「謝辞はもういい。それで、俺を引き留めてなんの用だ?」

「ふふふっ、そう焦らなくてもいいのですよ。ですが、わたくしに時間がない事も事実。できればもう少し貴方と親睦を深めたいのですが、ここは先に交渉をいたしましょう」

「交渉、だと?」


 眉を潜めて告げた俺の姿を見て、三尾の少女はゆったりと頷き、目を細める。


「そうですわ。わたくし、貴方と取引をしたいのです」

「……それを俺が受けて利があるのか? さっきのあんたの様子からして、このまま俺が立ち去られるのは困るんだろ? つまり、この時点であんたと俺の立場は対等ではない」

「ええ、存じておりますとも。貴方の方がわたくしより圧倒的に立場が上なのは自明の理。ですが、わたくしにその前提をひっくり返す話があるとするならば、どうでしょうか?」


 余裕の佇まいでそう返す三尾の少女。

 三尾の少女の真意を読もうと観察するのだが、彼女からは揺るぎない自信を感じる。

 これも、先ほど狼族達とやり合った時のようなハッタリだろうか?

 その可能性が高いのはわかっているが、万が一俺が不利になる情報を持っている可能性もある。

 ……この場でこいつを始末するか?

 いや、それは早計だ。この目の前の三尾の少女を殺した結果、今後俺が過ごしにくくなるかもしれない。


「はぁ、わかった。話を聞くだけ聞いてやる」

「ご理解が早くてなによりですわ。ではまず、貴方が先ほど申した子供達のためという発言。どうやら、貴方も知っているようですわね」

「……お前もこの街に良くない事が起きると知っているのか?」

「ええ、それはもうよく存じ上げておりますわ。何故なら、その騒動が起きるとするならば、原因はわたくしの姉にありますので」

「お前の姉、だと?」


 つまり、三尾の少女はその姉との間に何かがあった結果、目の前で気絶している狼族達に襲われたのか?

 いや、だったら三尾の少女と同じ狐族に襲撃されてなければおかしい筈。

 それに、その情報と俺が不利になるという話が噛み合っていない。


「先に結論を述べておきますわ。わたくしが貴方に求めている内容は、この街で起きりゅ……」

「……」


 大事な所で舌を噛んだ三尾の少女は、涙目になりつつ咳払いを落とす。


「コホン、失礼。わたくしは貴方に阻止して欲しいのです」

「何をだ?」


 俺の問いかけに、三尾の少女は悲しげに目を伏せて告げるのだった。







「──この街で起きる反乱を」











「反乱、だと?」


 思わず問い返した俺は悪くないと思う。

 前にこの世界について学んだ時、獣人族は結束が強いと教わった。

 だからこそ、獣人族が人間のように内乱をする事自体に違和感を抱く。

 そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、三尾の少女は残念そうに眉を寄せる。


「ええ、嘆かわしい事ですわ。貴方が知っている通り、獣人族は仲が良い事で有名です。ただ、何事にも例外があるという事ですわ」

「それが、お前の姉だと?」

「ええ。詳しい話は正式に貴方から協力を確約していただいてからになるでしょうが。……改めて、問いますわ。わたくしにご協力していただけないでしょうか?」


 パチンと扇子を閉じた後、三尾の少女は俺の方へと真剣な眼差しを送る。

 ……やられた。三尾の少女からクーデターなんて重要な単語を聞いてしまった。

 しかも、自分の姉がクーデターの首謀者という余計な情報まで。

 これで、俺がこの事を知ったと例の姉に知られてしまったら、俺達まで彼女に狙われてしまう。

 つまり、この時点で俺は目の前にいる少女を手伝うか、この場で彼女を始末するの二択しか方法がない事になる。


「わざとか?」

「はて? わたくしは今お話できる事を述べただけですわ」


 思わずジト目を向けると、三尾の少女は口許に閉じた扇子を添えたまま、こてりと首を傾げた。

 白を切るどこかあざとい三尾の少女の様子に、俺は大きなため息をついて頭を掻く。


「ここで俺がお前を始末するとは思わなかったのか?」

「その可能性もありますが、どの道わたくしに残された手段はありません。ですから、この目で見た貴方の強さと、わたくしを助けてくれた貴方の人となりに賭けただけですわ」

「だから命を賭けたと?」

「悪い賭けではありませんわ」


 平然と嘯く三尾の少女の姿を見て、俺はもう一度ため息を落とす。

 三尾の少女の話は、恐らく全て事実だろう。

 そんな雰囲気を、俺は三尾の少女から感じ取った。

 つまり、この街でクーデターが起きるのも本当で、三尾の少女の姉がクーデターの首謀者だというのも本当。


「仕方ない、か」

「どういたします? わたくしの手を取るか、それともわたくしの手を弾くか」


 焦れたように告げる三尾の少女に対して、俺は無言で近寄る事で応える。

 近づいてくる俺に、三尾の少女は額から汗を流しつつも目を逸らさない。

 やがて、三尾の少女のすぐ側までたどり着いた俺は、表情をこわばらせて身構えている彼女へと手を伸ばす。


「自分の命を賭けるその度胸が気に入った。俺の名前は、シュン。短い間だがよろしく」


 何度も交互に俺の顔と手を見つめていた三尾の少女。

 暫くしてこれが握手を示すと理解したのか、三尾の少女は安堵したように頬を綻ばせ、そのまま膝から崩れ落ちていく。


「はわぁー、良かったのです」

「やっぱりさっきのはハッタリだったか」

「怖かったのですぅ……ぐすっ」

「お、おい泣くなよ」

「ごめんなさいなのです。気が抜けたら涙が止まらなくて」


 ゴシゴシと袖で目元を拭っている三尾の少女からは、先ほどまでの妖艶な雰囲気を微塵も感じない。

 どうやら、俺が了承した事で緊張が解けてしまったようで、三尾の少女は腰が抜けてしまったらしい。


「とりあえず、話は俺が泊まっている宿で聞くぞ。他にも仲間がいるからな……ほら、立てるか?」

「ありがとうなのです。改めて、ココの名前はココ・カンナヅキと言うのです。ココのお願いを聞いてくれてありがとうなのです!」


 三尾の少女──ココの手を取って立たせてあげれば、彼女は満面の笑みを浮かべてそう告げるのだった。






「あ、そうそう。さっきの演技、全然似合ってなかったぞ」

「し、失礼しちゃうのでしゅ! あぅ、また噛んじゃったのです」

「……本当にクーデターを止められるのだろうか」




 ──これからの行く末が果てしなく不安だった。

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