第五十七話 謎の少女
──ロックゴーレムを討伐してから、幾日か時が流れ。
現在、俺は一人で街中を徘徊していた。
あれからも、目立たない程度にギルド依頼を完遂していった結果、無事にDへと俺達のギルドランクが昇格されたのだ。
これ以上は悪目立ちすると考えた俺は、ランク昇格記念も込めて、今日は休日にした。
その際、クリスティアも俺と一緒に過ごすかと思っていたのだが、俺の予想に反して何やら用事があったらしい。
何故かクリスティアは頭に鉢巻を着け、凄く気合いを入れた様子だったが、どこかで運動会でもするのだろうか?
……うん、『愛に生きる』という刺繍は見なかった事にしよう。
ともかく、宿で寛いでいるだけでは暇だったので、街中に躍り出たという訳だ。
「ふわぁ……いい天気だな」
心地よい陽射しに身を包まれ、思わず欠伸を漏らす。
今日は雲一つない快晴で、絶好の昼寝日和だろう。
このまま一眠りするのも良いな。どこかに昼寝スポットでもないだろうか。
人混みに紛れながらそんな事を考えていると、少し先に開けた場所を見つける。
「おー、中々良さげな広間じゃないか」
そこまで赴いてみた俺の視界に入ったのは、中央に生えている大きめの木だった。
ここは子供達の遊び場にでもなっているのか、小さな獣人達が駆けっこ等をしている。
無邪気な子供達に癒されつつ、俺は木まで近づいて跳び、手近な木の枝に掴まって腰掛ける。
「おぉ……いい景色だ」
やや高めから見えるリィオンダの街並み。
もう少し上から眺めれば更に良い景色を拝めるのだろうが、俺としてはここから見える光景だけで充分だ。
穏やかな風が肌を撫で、自然の優しい香りを感じる。
ザワザワと揺れる木の葉達に、下方で聴こえる子供達の無邪気な掛け声。
「平和だなぁ……」
今この瞬間、俺は心の奥底から充実していた。
クリスティアやツバキ達と面白おかしく過ごすのも楽しいが、やはり俺はまったりと平和に日々を過ごしたい。
これだよ……このザ・スローライフと言うような生活を求めていたのだよ。
ああ、俺は今世界で一番幸せだ。
「このまま世界が止まればいいのに──」
「ふーん。中々面白い事を言うねー」
「──ん?」
敵意を感じなかったから、俺の上にいる気配を放っておいていた。
だが、どうやら上にいる人は俺の言葉に興味を持ったらしい。
幹にもたれかかって脱力していた俺の目の前に、逆さまになった少女の顔が現れた。
……いや、ただ単に上の枝に脚を引っ掛けたまま、俺の方へと身体を倒したようだ。
「ここっていい場所だよねぇ。あたしのお気に入りなんだ」
「いつもここにいるのか?」
「そうそう、ここでいつも昼寝するのが至福なのさ……ふぁぁ」
口許に手を添え、欠伸を漏らす少女。
少女は気だるげにレモン色の瞳を細め、水色の髪を揺らしながら船を漕いでいる。
「寝る事が好きなのか?」
「それもあるけど、働きたくないって言うかー動きたくないって言うかー、そんな感じ」
「ああ、なんとなくわかるわ。他人に全部任せて自分はのんびり寛ぎたいよな」
「おぉー! わかってくれるか、同士よー」
眠そうな目つきのまま、少女は俺の方へと嬉しそうな笑みを向けた。
まあ俺の場合、クリスティアに面倒を掛けすぎる事に罪悪感を抱いているから、少女ほど自堕落に生きられないだろうが。
それより、少女の考えってニー……いや、これ以上考えるのは止めておこう。
「それで、どうして俺に声を掛けてきたんだ?」
「んー? なんか君とは気が合いそうって言うのかなぁ。なんていうか、あたしの頭にビビっと来たんだよね」
「ビ、ビビっと?」
「そうそう、君と仲良くなればあたしが楽をできそうだって」
「随分と直球だな……」
両手を広げ、少女は楽しそうに身体を揺らす。
対して、俺はこの不思議な雰囲気を持つ少女を測れないでいた。
一目では気が付かなかったが、よくよく観察すると少女がかなり強いという事がわかる。
この茫洋とした佇まいは擬態なのか、あるいは本当に堕落した人なのか……
「あたしって嘘をつくのが苦手だからねぇ。何事も正直に言おうと思って」
「それって嘘つくのが面倒臭いだけじゃないのか?」
「あったりー、そうとも言う」
「お前なぁ」
思わず呆れた眼差しを送った俺は悪くないと思う。
少女も今の言葉は酷いと自覚しているのか、能天気な笑い声を上げて頭を掻いている。
はぁ……なんだか身構えていたのが馬鹿らしく思えた。
どこか抜けている目の前の少女は、ただなんとなく俺に話しかけただけ──
「それで、あたしの見定めは終わった?」
「──っ!」
「おおぅ、そんな怖い顔しないでよー。初対面の人の強さを測る、基本でしょ?」
お気楽な口調とは裏腹に、少女の口端は不敵に吊り上がっていた。
いつから少女は気が付いていた?
いや、少女の言葉は常識だ。大なり小なり、誰しもが初対面の人を警戒するだろう。
しかし、俺はそれを悟られるような観察はしていない。
それはまだ良い。少女がカマをかけただけかもしれないから。
問題は、少女に探られた事に俺が気が付けなかった点だ。
ある程度探っていたのはわかる。
だが、明確に俺の強さを測ろうとしていた事まではわからなかった。
ただなんとなく、そこに俺がいたから声を掛けただけ……そんな雰囲気を少女はずっと漂わせていたのだ。
「なんでそれを俺に伝えた? 警戒度合いを上げるような言葉まで添えて」
「んー、なんとなくかなぁ。今ここで言っとけば、あたしが更に楽をできる気がして」
「……はぁ。結局、全部がそれになるのか」
「にひひ、これがあたしなもんで」
俺の隣に着地した後、笑みを落として木の枝に腰掛けた少女。
楽しそうに脚を揺らしながら、少女はリィオンダの街並みを眺める。
「どうした?」
「ねぇ……君は、この街が好き?」
「なんだよ藪から棒に」
「ちょっとあたしに教えてほしーなって思って」
チラリと横目でこちらを一瞥した少女は、それっきり黙り込んだ。
少女の問いに俺は適当に答えようかと思ったが、少女から真剣な雰囲気が漂っている事に気が付く。
だからだろうか。少女に本当の事を告げようと思ったのは。
「そう、だな。俺は好きだぞ、この街」
「どうして?」
「街の人達は皆優しいし、大きな犯罪とかも少ない。色々な獣人族を見られて面白いし、何よりこんな素晴らしい昼寝場所があるからな」
「……あはっ、あははははははっ!」
少女の隣に座ってそう答えると、彼女は心の底からおかしそうに笑いはじめた。
腹を抱え、涙を滲ませ、みっともなく大声で笑い声を上げる。
下の方にいる子供達がギョッとした顔でこちらに顔を向けていたが、少女はそんな事等全く気にする様子を見せない。
「何がおかしんだよ?」
「あはははははは……はぁ、ごめんごめん。まさか、あたしと全く同じ感想を持つとは思わなくてね」
「そんな変な感想だったか?」
「ううん、嬉しいんだ。この街を好きになってくれて」
嬉しそうに告げた少女の声色に反して、その表情は曇っていた。
何故、少女はそんなに残念そうな表情を浮かべているのだろうか?
少女にとって、素直に喜べない何かがこの街にあるのだろうか。
まあ、俺には関係のない話だ。
確かにこの街を好きだと思えたが、俺達はその内ここを発つのだから。
「お前が何を思っているのかは知らないが、まあそんなに色々と考えるなよ。会って間もない俺ですら、お前は自堕落な駄目人間ってわかったんだからな」
「……酷いなぁ。そんな事言われると、あたしでも傷つくよ?」
「でも否定しないんだろ?」
「まあ、ね。……よいしょっと」
「お、おい!」
突然倒れ込んだかと思えば、少女は俺の膝を枕にしてきた。
俺の膝に顔をすり寄せ、満足そうな表情を浮かべる少女。
慌てて少女をどかそうと手を動かしたが、そんな無垢な表情を見せられたからか、なんとなく彼女をどかす気になれなかった。
「うーん、やっぱり中々良い枕だなー」
「はぁ……なんでこいつには強く出られないんだろう」
「あたし達って相性がいいんだよー」
「俺はお前みたいな駄目人間になりたくないわ」
「ひっどーいなぁ」
「事実だろ?」
俺の言葉に楽しげな笑みを零した後、少女は真剣な表情で指を二本立てる。
「二つ。君には二つだけ忠告してあげる」
「忠告?」
「そ。あたしの忠告を信じるも信じないも君次第。どう、聞く?」
「聞くだけ聞いておくわ」
「にひひ、君ならそう言うと思ってたよ」
そう告げると、少女は俺の膝から起き上がり、眠たげな瞳でリィオンダの街並みを見渡す。
「一つ目は、この街で良くない事が起ころうしているって話」
「良くない事?」
「うん、そう。できれば起きてほしくなかったけど、まあある意味順当な結果かなぁ」
「……お前は何を知っている?」
徐々に、俺の中で再び警戒心が膨れ上がっていく。
普通なら知る筈のない内容を、何故か正確に目の前にいる少女は把握している。
明らかに、少女は自分を疑えと言っているようなものだ。
そんな俺の様子を楽しげに一瞥した後、少女は左右に身体を揺らしながら口を開く。
「さぁねー、あたしは知っている事を知っているだけだし」
「それを信じろと?」
「別に信じなくてもいいよ。これはあたしのお節介だからね。……二つ目は、ニーグロリアには行かない方がいいって事」
「ニーグロリアって言うと、人間至上主義を掲げる帝国だよな?」
「そうそう。あそこは今、世界でもかなり危険な場所だから」
帝国に関してはどうとも思っていないのか、少女は軽い口調で言葉を落とした。
それより、帝国といいリィオンダの事といい、この少女は一体何を知っている……この少女は、何者だ?
「何故それを俺に教えようと思った?」
「んー。一言でいうなら、君を気に入ったからかなー」
「気に入った?」
「そ。だから、死んで欲しくないって言うのかなぁ。簡単に言うとそんな感じ」
「……忠告はありがたく受け取る。が、お前には色々と聞きたい事ができた」
「えー、あたしはそろそろ帰りたいんだけど」
「それを俺が逃がすとでも?」
「逃がすさ──だって」
少女が微笑んだ瞬間、彼女を中心に魔力が渦巻く。
咄嗟に少女へと蹴りを放ったが、俺が攻撃に移る時には、既に少女の姿はどこにもなかった。
「どこに行った──」
『君と出会えて良かったよ。あたしの名前はドロシー』
「──ふっ!」
木の枝から飛び降り、辺りを見渡して少女を探していると、俺の背後から眠たげな声が聞こえてきた。
声がした瞬間に回し蹴りを放つも、手応えはなく、虚しい風切り音が鳴るだけ。
『にひひ、次は君の名前を聞きにくるから。じゃあねー』
「待てっ!」
再度背後から聞こえた声に、俺は素早く振り向く。
しかし、やはりと言うべきか少女は霧のように姿を消していた。
「逃がした、か」
少女──ドロシーにまんまと出し抜かれてしまったが、不思議と嫌な気持ちにはならない。
これは、ドロシーの性格をある程度知ったからか、はたまた素直に負けた事が嬉しかったからなのか。
「上には上がいるって事だな」
本気のドロシーと闘った場合、俺は勝てただろうか。
負けない自信はある。それだけの経験は積んできたつもりだ。
だが、それは切り札を含めた魔術を使った場合。
この世界の技術だけで闘うとしたら、厳しい戦闘になるだろう。
「そろそろ新しい戦闘スタイルを開発すべきか……」
次に会った時は、あの気だるげな瞳を驚愕色で染めたい。
久しく感じていなかった高揚感に思わず笑みが漏れつつ、俺はこの場を後にするのだった。




