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第四十九話 クリスティアと街デート

「──シュン様、今度はあちらへ行ってみましょう」

「どこだ?」

「あそこです」


 そう告げると、クリスティアは大きな看板が掲げられている雑貨屋を指で示した。

 確か、あの店は冒険者ギルドが経営している店だった筈だ。現に冒険者の格好をした人達が頻繁に出入りしているし。


 冒険者ギルドに依頼完了の報告をしに戻った時に聞いた話なのだが、どうやらギルドは雑貨屋等も経営しているらしい。

 なんでも、未来ある冒険者達の少しでも助けになりたいとか。

 しかし、俺はその言葉を信じない……いや、信じられなかった。

 それを言った時のアイリーンの優しげな表情とは裏腹に、瞳の奥は獲物を見つけた蜘蛛のような色をしていたからな。

 まあ、商品の品質は高水準なので特に問題はないのだが。


 冒険者ギルドの新たな黒い一面に内心でげんなりしつつ、こちらを黙って見つめてくるクリスティアに返事をするために口を開く。


「あそこになんの用があるんだ?」

「今後の旅に良い商品が売っているのか気になりまして」

「確認するのは構わないが、街デートはもういいのか?」


 そう。あれから、依頼もある程度こなして資金にも余裕ができたので、俺達はクリスティアの希望で街の散策をしていたのだ。

 ちなみに、冒険者ランクは一つ上がってEランク。ランク的には新人を脱出したと言った所か。

 本当はこのままDランクまで上げる予定だったが、これ以上のペースだと俺達が悪目立ちしてしまう。

 だから、冒険稼業の休憩の意味を込めてクリスティアと街を巡っているのだ……まあ、大して疲れていないけど。

 そんな事を考えつつ問いを投げかければ、クリスティアは微笑を浮かべて頷く。


「はい、もう充分楽しめましたので。それに」

「それに?」


 俺の疑問には答えず、クリスティアは自然な動作で俺の左腕を抱く。

 左腕に伝わる柔らかな感触に、思わず俺は表情を動かしてしまう。

 そして、ポーカーフェイスが崩れた俺の様子を見たクリスティアは、艶然と微笑む。


「これならば、いつまでもシュン様とデート気分を味わえます」

「そ、そうか。でも、わざわざ腕を組まなくてもいいんだぞ?」

「私がしたいから良いのです」


 いや、俺が落ち着かないのだが。

 クリスティアのような美人と腕を組めるのは嬉しいが、するならせめて場所を選んでくれ。

 俺達がイチャイチャしていると思ったのか、付近にいる男達が凄い形相で睨みつけてくるし。

 それに対して、周りにいる女性達は微笑ましい顔で俺達を眺めているけど。

 現実逃避気味にそんな事を考えていると、クリスティアは顔をゆっくりと俺の耳元に近づける。


「ティア?」

「──私の胸がお気に召したならば、今から宿に戻って堪能してもいいのですよ」


 耳にかかるクリスティアの熱い吐息に、至近距離だからか鼻腔をつく清涼な香り。

 そんなクリスティアから漂ってくる色気を感じた俺は、思わずゾクリと背筋を震わせてしまう。

 クリスティアは一体どうやってこんな技を身につけたんだ。

 俺の知る限りでは、クリスティアがこのような技術を手に入れた等と聞いた事もなかったのだが。

 ……よし、やられたままなのも癪なので、クリスティアに仕返しをしよう。

 そんな事を考えつつ、俺は期待の眼差しを送ってくるクリスティアへと目を向ける。


「ティア」

「ついにシュン様の心に火が──」

「早く店に行くぞ」

「──はい! 直ちに宿へと……店?」

「どうした? 商品を確認するんだろ?」

「ええ、まあ初めはそのつもりでしたが」


 俺が心底不思議に思っている表情を浮かべれば、クリスティアは腑に落ちない様子で頷く。

 それに俺も頷きを返し、さり気なくクリスティアと腕をほどいて店に足を進めていく。


「じゃあ行こうか」

「……はい」


 どうやら無反応は相当堪えたらしい。

 背後からクリスティアの元気のない声が聞こえてきた。

 いやまぁ、確かにクリスティアの胸が気にならないと言ったら嘘になるが、こんななし崩し的に手を出したくないのだ。

 それに、まだクリスティアの事を恋愛的な意味で好きだと断言できないので、軽い気持ちで雰囲気に乗って彼女を傷つけたくないという気持ちもある。


「いらっしゃいませ!」


 落ち込む様子を見せるクリスティアを連れて店の中に入ると、男性の店員が元気な声を上げてこちらへと駆け寄ってくる。

 そして、俺達の元までたどり着いた店員は、見事な営業スマイルを浮かべて頭を下げた。


「ふむ、なるほど」


 店員が近づく事でクリスティアは気持ちを切り替えたのか、瞳に真剣な色を宿して素早く店内を見回しはじめた。


「何をお求めでしょうか?」

「そうですね……」


 顎に指を添えて悩む素振りを見せるクリスティア。

 店員の言葉にもおざなりに答えたクリスティアは、やがてゆっくりとした足取りで携帯食コーナーへと向かっていく。

 とりあえず、クリスティアにも考えがあるみたいだしここは任せよう。

 そんな風に考えながら、俺と店員もクリスティアの後を追う。

 近づくとクリスティアは携帯食を一つ手に取っており、それを見た店員が笑顔になって口を開く。


「それは最近発売した携帯食です。その携帯食は冒険者達の間で人気でありまして、今までより格段に味が美味しくなったと評判なのです! その代わり従来の商品より少々値が張りますが──」


 身振り手振りを交えて伝える店員等眼中にないのか、クリスティアは携帯食を鼻に近づけて匂いを嗅いだりしている。

 いや、店員の話を聞かなくてもいいのだろうか。自分の話を聞いてない事に気が付いた店員が、クリスティアの事を不安そうな顔で見つめているけど。


「ティア?」

「どうかいたしましたか、シュン様」


 試しに俺が声を掛けてみれば、クリスティアは素早く振り向き首を傾げた。

 いや、俺だけじゃなくて店員の言葉にも反応しろよ。店員がショックを受けたような表情を浮かべているぞ。


「いや、さっきから何をしているのか気になってな」

「ああ、その事ですか。この携帯食は中々のものだと思いまして、つい長々と眺めてしまいました」

「そうでしょうそうでしょう! そこに目を付けるとは流石ですお客様! この携帯食を開発するのに──」


 再び顔を輝かかせて商品説明を始めた店員を無視して、クリスティアは店内を見渡している。

 さ、流石に店員が不憫に思えてきた。今回は自分の世界に入りすぎたのか、クリスティアの様子に気が付いてないみたいだが。

 ともかく、素早い動作で周囲へと視線を巡らせているクリスティアに、俺もなんとなく店内を見ながら声を掛ける。


「それで、今度は何をしているんだ?」

「いえ、店内の商品を観察していました」

「観察?」

「はい、観察です」


 いや、真顔で頷かれても困る。

 商品を観察する事になんの意味があるのだろうか?

 目に入る商品は、普通に携帯食やテントや回復ポーションだけなんだが。

 速効性ではない回復ポーション等はクリスティアも使わないだろうし。

 はっきり言って、クリスティアがわざわざ観察するほどのものはない。

 まあ、量産品としては良いものが多いのは事実だが。


「それで、観察して何かわかったのか?」

「はい、色々と理解する事ができました……少しいいでしょうか」

「──よって、私が店長の秘密を楯に脅迫した経緯でこの携帯食が完成した……はい?」

「これと、これ。後はこれを買います」

「お買い上げありがとうございます!」


 携帯食を含む幾つかの商品を指してクリスティアが告げると、店員は満面の笑みを浮かべてそれ等をカウンターへと持っていく。

 それより、今店員から割と酷い話を聞いたような気がする。主に店長に合掌したくなるような。


「全部で幾らですか?」

「少々お待ちを……はい、全てお買い上げで四千五百スードとなります」

「ふむ……」

「どうかいたしましたか、お客様?」


 商品を並べてそう答えた店員に対して、クリスティアは顎に手を当てて呟きを漏らす。

 うん? 欲しいならそのまま買えばいいんじゃないのか?

 しかし、俺の予想に反してクリスティアは店員の方へと目を向ける。


「そういえば、貴方はもしやキールという名前ではないでしょうか?」

「え!? 確かに私はキールですが名前を言いましたか?」

「いえ、少々街で小耳に挟んだので」

「は、はあ……」


 要領の得ないクリスティアの言葉に、曖昧な声を上げる店員──キール。

 まあ、気持ちはわからないでもない。突然客が自分の名前を言ったんだからな。

 そのまま戸惑い気味な表情を浮かべるキールを見たクリスティアは、にこやかに微笑んで驚くべき事を告げる。


「キールさん。商品を値引きしてください」

「そ、それは困りますよお客様! 私達は決められた規定に沿った値段を──」

「『草木の憩い』」


 厳しい顔つきで返事をするキールの言葉を遮り、クリスティアは俺達が泊まっている宿屋の名前を呟いた。

 その瞬間、キールは不自然な動きで肩を震わせ、笑顔が固まる。

 そんなキールの動揺したような姿を見て、クリスティアは益々笑みを深めていく。


「そ、その宿がどうかいたしましたか?」

「受付のリナさんの好み、知りたくありませんか?」

「それはっ!」


 思わずといった様子でキールは目を見開き、クリスティアを凝視した。

 それに対して、クリスティアは口許に手を当てて微笑を零す。


「実は、リナさんの好みを知る事ができたのです。そして、キールさんがリナさんを好いているという情報も」

「わ、私は別に──」

「このままだと、リナさんを他の人に盗られますよ? 彼女、街で非常に人気のようですし」

「──っ!」

「商品を少々値引きするだけで好敵手を出し抜ける、簡単な話です」

「それは……でも」


 クリスティアの言葉を聞いても、店員としてのプライドが勝ったのか、キールの表情は優れない。

 そんな逡巡しているキールの様子を見たクリスティアは、彼の耳に染み渡せるように声量を落とす。


「これは正当な取り引きです。貴方が気に病む必要はありません」

「……四千スード」

「二千スードで」

「それはいくらなんでも!?」


 反射的といった様子で否定の声を上げたキール。

 しかし、クリスティアがキールの耳元に顔を近づけて何かを囁くと、途端にキールは頬を赤らめる。

 そして、今度は顔色を真っ青にしてがっくりと項垂れた。


「二千スードでお願いします」

「はい……」

「いかがでしたか、シュン様?」


 代金を渡して商品を受け取ったクリスティアは、俺の方へと振り向いてドヤ顔を向けた。

 いや、いかがでしたかって言われても。酷いものを見たとしか。

 クリスティアが何をするのか興味があって黙って見ていたのだが、まさかこうなるとは……


「それにしても、一体何を囁いたんだ?」

「リナさんの胸の大きさを教えたのです」

「なんでそんな情報をティアが知っているんだよ」


 クリスティアをジト目で見つめてしまった俺は悪くないと思う。

 それでキールは顔を赤くしていたのか。

 あれ、じゃあなんでキールはその後に顔色を真っ青にしたんだ?

 そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、クリスティアはにっこりと微笑む。


「キールさんが自分の胸の大きさを知った。その事をリナさんに伝えるとどうなるのでしょう、とキールさんに囁いたのです」

「脅しだよな、それ」

「脅しだなんてとんでもない! キールさんに有力な情報を教えた見返りに、商品を少々値引きして貰っただけですよ?」

「値段が半額以下になってる俺の気のせいなのか?」

「……気のせいです」

「おい、目を逸らすな」


 全く、とんでもない事をするな。

 いや、別にクリスティアの手腕を責めている訳ではない。

 いつの間にそんな情報を手に入れたのか知らないが、街の情報を集めてそれを実際に活用する手際は見事だ。

 しかし、流石にこれはキールが可哀想に思えてくる。

 まあ、俺に大して害がないから別にいいか。


 そんな風に考えている間にクリスティアはキールから商品を受け取り、自前の鞄に買ったものを詰めていく。

 その様子をなんとも言えない表情で見つめるキール。


「では、行きましょうか」

「あ、ありがとうございました……」


 入店する時とは打って変わって、キールは元気のない声を上げて俺達を見送った。

 まあ、気持ちはわからないでもない。

 いきなり店の客が自分の情報を語りはじめたかと思えば、プライベートな情報にまで精通しているんだもんな。

 俺だったらそんな怪しい客の素性を疑うだろうな。


「とりあえず、店で買ったものを宿に置きにいくか」

「そうですね。このままだと荷物になりますし」


 そのままクリスティアを連れて宿の方へと足を進めようとした瞬間、どこからともなく鐘の音が鳴り響く。

 その音を聞いて暫し悩む仕草をするクリスティアだったが、やがて何かに思い至ったのか真剣な面立ちに変わる。


「これってギルドの説明にあった」

「はい。緊急依頼の合図ですね」

「だよな。となると、何かが起きたって事か?」

「だと思います。街の方々も店を閉めたりしたいますし」


 そう呟いて辺りを見渡していくクリスティア。

 そんなクリスティアの視線を追ってみれば、確かに街の住人達はどこか不安げな表情で忙しなく動き回っていた。

 やはり、この様子からしてただ事ではないのだろう。

 しかし、この緊急依頼がなんの意図で発令されたのかがわからない。

 ……今後の指針を決めるために、まずは情報が欲しいな。

 そう考えた俺は、背筋を伸ばしてこちらの指示を待つ体勢を取るクリスティアへと目を向ける。


「よし、さっさと宿に荷物を置いてギルドに向かうぞ」

「──承知いたしました」


 恭しく頭を下げるクリスティアを連れて、俺は急ぎ足で宿へと戻るのだった。


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