第五十話 初クエスト・緊急依頼編
荷物を宿屋に置いて……というより、〈異次元容器〉に収納してから装備を整え、俺達は冒険者ギルドに向かった。
ギルド内に入ると、周囲の冒険者達がチラリとこちらに目を向ける。
しかし、彼等は直ぐに受付カウンター前にいる受付嬢へと視線を戻した。
そんな冒険者達の様子を尻目に、受付嬢は高らかに声を響かせていく。
「今回皆様にお集まりいただいた理由は、アッサムに侵攻してきている魔物の群れの討伐です」
「魔物の群れ!?」
「規模は?」
「推定数百体ほどだと思われます」
「群れの種類は?」
「ゴブリンやオーク等が主ですが、狼型の魔物を見たという報告もあります」
戸惑った様子を見せたのも数瞬の事で、冒険者達は直ぐに真剣な顔になると受付嬢へと情報の確認を始めた。
それに受付嬢が的確に返答していき、辺りにどこか緊迫感が漂いだす。
「シュン様、どういたしますか?」
「そうだな……とりあえず、まだ様子見だな」
「かしこまりました」
そっと耳元で囁いてくるクリスティアに、顎に手を当てながらそう返す。
そして、その返事に了承の意を示したクリスティアを尻目に、俺は考えを巡らせていく。
今回、俺達冒険者が呼ばれたのはアッサムの防衛と魔物の群れの討伐。
その事に関しては特に問題ない。目立たないように動けばいいんだからな。
問題は、俺達が配置される場所か。
俺達の現在のランクはE。
客観的に見て、作戦の要として俺達を使う事はできないだろう。
つまり、ここで俺達が任されるであろう場所は……
「──では、Dランク以上の冒険者は魔物の討伐を、それ未満の方々は街の防衛をお願いします」
そんな俺の思考を読み取ったかのように、受付嬢はそう告げてカウンターへと戻っていった。
受付嬢がいなくなった事で辺りが騒がしくなり、冒険者達は各々が準備を始める。
その様子を尻目に、俺はクリスティアを連れて冒険者ギルドを後にする。
「良いのですか? 他の方々と連携を取らないで」
「ああ。下手に話しかけると目をつけられるかもしれないからな」
「シュン様が?」
「いや、ティアが」
「……何故?」
不思議そうに小首を傾げているが、クリスティアは理解しているのだろうか。
そのクールな美貌に抜群のスタイルが、男の劣情を誘うという事が。
いや、わかっていないんだろうな。
クリスティアって、自分の事は割かし無頓着な傾向があるし。
「ティアは美人だからな。冒険者達に絡まれるかもしれないだろ?」
「そんな、美人だなんて」
「……どうして俺を宿に連れていこうとするんだ?」
「この身を焦がすような衝動を宿で伝えようと思いまして」
熱っぽい眼差しを送りつつ、俺を引っ張っていくクリスティア。
いやいや、俺達はこれから街の防衛をするんだぞ。
さあ、今から宿屋で楽しみましょうみたいな顔をされてもな。
……クリスティアって、こんなに色ボケな性格だっただろうか?
なんていうか、段々と残念美人のようになっている気がする。
ともかく、俺はクリスティアを逆に引っ張り返していき、人の気配がないかつ魔物に攻められやすそうな場所へと赴く。
「さて、一応場所に着いたわけだが」
「そういえば、シュン様」
「どうした?」
「他の冒険者の方々と会わないと、私達が緊急依頼を怠けていたと思われますよ」
「あー、それなんだが。大丈夫だと思うぞ」
「何故でしょうか?」
小首を傾げているクリスティアに、俺は肩を竦める事で返す。
まあ、クリスティアが危惧しているのもわからなくはない。
戦闘時にはどこにもいなかったのに、いざ戦闘が終わりとノコノコと出てくる。
冒険者達から離れた場所に行くという事は、つまり真面目に防衛していたか誰にもわからないという事でもある。
そうなれば、冒険者達は俺達へと疑念の念を抱く。
しかし、それは俺達がしっかりと防衛をしたという証拠があれば問題ない訳で……
「恐らく、この辺りにも魔物が来るぞ」
「……ここは魔物の報告があった方角とは逆ですね。もしや、あちらは囮でこちらが本命という事ですか?」
「その可能性もあるな。そもそも、複数の魔物が共同で街を襲うという事自体がおかしい」
そう。俺はそこに引っかかっているのだ。
前に城の図書館にあった資料で読んだのだが、異なる種族の魔物が群れになる事は殆どないらしい。
だが、今回は魔物が徒党を組んでこのアッサムに攻め込む。
明らかに、今回の魔物の襲撃には何かがある。
考えられる可能性は、パッと思いつくので二つ。
一つ目はフェンリルをけしかけた魔族が、アッサムを滅ぼすために魔物を操作した。
もう一つは、魔物達を纏めあげる有能なボスが現れたという可能性。
まあ、どちらにしても俺達がやる事は変わらないのだが。
「シュン様の仰りたい事は理解しましたが、それとここにいるのにどのような関係が? 私達だけがこの場所で防衛をしたとなると、逆に目立つ形になってしまいますが」
「いや、ここにも冒険者達は来る筈だ……ほら、あっちを見てみろ」
そう告げて遠くの方を指差し、クリスティアへと示す。
その指が差した場所を追ったクリスティアは、そこで防衛の準備をしている冒険者達を見つけたようだ。
その冒険者達は土魔法で即席のバリケードを創っており、街の外で土の壁がせり上がっていく。
「確かにここにも冒険者が来ましたが、これから私達はどのような行動をするのです?」
「まず、冒険者達は魔物が攻めてくる前に門を一時的に開けて、バリケードの前に陣取る筈だ。その時に俺達もこっそりと付いていき、バリケードの陰に隠れる」
「ふむ。つまり、戦闘時はそのバリケードの死角を利用して私達が闘っている現場を見られないようにする、という訳ですか」
「その通り」
察しの良いクリスティアに頷きを返せば、そこで彼女は不思議そうに首を傾げる。
「ですが、それは土の壁ができるという前提ですよね。もしここに冒険者達が現れなかったり、土の壁を創らなかったとしたらどうしていたのですか?」
「……ま、まあ結果オーライだろ?」
「シュン様……」
そ、そんな呆れたような目を向けないでくれ。
うん、クリスティアの言った通り俺の策──そう呼べるほど上等なものではないが──は穴だらけだったな。
いや、冒険者達がいないなら実力を隠す必要もないし、バリケードがなかったら他の壁で代用できるだろう。
ただ、即興で計画性がない駄目な策だという事は否定できない。
「とりあえず、バリケードも確認したから一旦降りるぞ」
「抜けているシュン様はやはり素敵ですね」
「いいから降りるぞティア!」
「了承いたしました」
ともかく、何故か俺をうっとりと見はじめたクリスティアを正気に戻してから、俺達は防壁の上から飛び降りた。
足音を立てずに着地し、他の冒険者達に見つからない内に路地裏に身を潜める。
「よし、上手く気づかれないで隠れられたな」
「他の方々が動きはじめるまで待機ですか?」
「そうだな。もう少し門に近づいてから待機しよう」
クリスティアにそう返しつつ、俺達は足音を殺して駆けだす。
そのまま建物の陰から陰へと素早く移動していき、無事に門のすぐ側までたどり着く事ができた。
「ふむ。冒険者の数が少ないですね」
「どちらが本命かわからない以上、報告がされている向こうの方をメインに守っているんだろうな」
「つまり、こちら側は魔物が来るとしても予備部隊だと考えた訳ですね」
「だろうな……お、門が開くぞ」
クリスティアが納得したように頷いた直後、重厚な音を立てて門が開きはじめる。
それを見て、冒険者達は各々がその門へと身を滑らせていく。
それに俺達もこっそりと続き、やがて門は再び閉められた。
「やはりここにいるのは前衛だけですね」
「まあ、弓等の後衛は門の上から狙えばいいしな」
「それもそうですね。では、私達も準備をしましょう」
そう告げると、懐から複数のナイフを取り出すクリスティア。
全ての指の間にナイフを挟むクリスティアの姿は、その雰囲気と相まってどこか冷徹な印象を与える。
これでいつものメイド服を着ていたら、殺人メイドという言葉にピッタリだっただろうな。
ともかく、俺も腰に靡いていたベリシュヌを抜き、ツバキに声を掛ける。
「今まで黙ってもらってて悪いな、ツバキ」
《特に問題はないのじゃ。それより主君、妾は血を沢山吸えるのかの?》
「どうだろうな。あまりやると目立つだろうし、ほどほどになるんじゃないか」
《なんじゃと!? また妾は活躍できないのか!?》
愕然とした声を上げるツバキに、俺は苦笑いを返す。
「できるだけツバキを使うようにするから、そんなに落ち込むな」
《ぬ、ぬぅ……》
「シュン様、魔物が来ます」
「ああ、わかってる」
静かな面立ちで告げるクリスティアの視線の先を追うと、遠くの方から魔物の影らしき集団がこちらへ近づいてきていた。
ふと冒険者達の方へと視線を転じてみれば、彼等は一様に顔を引き締めて身構えている。
しかし、何人かの冒険者は脚が震えていたり、顔色も真っ青で良くない。
《あやつ等は放っておいて良いのか?》
「特に仲が良いわけでもないしな」
《ふぅむ? そういうものかのう?》
「そういえば、シュン様。今度は変装をしなくていいのですか?」
「仮面にマント姿の方が余計に目立つだろ。……雑談はこれぐらいにして、気を引き締めろよ!」
「御意」
《宴じゃー!》
クリスティア達が声を上げたと同時に、外壁の上から冒険者達が矢を放つ。
それを合図に冒険者達は雄叫びを上げ、魔物の群れへと突っ込んでいく。
その様子を尻目に、俺達もバリケードの陰を伝いながら魔物達へと駆けだすのだった。




