閑話 第四話 クリスティア・後編
城で使用人として働きはじめたクリスティアは、その無表情さから同僚からも敬遠されていた。
家にいたほど露骨に嫌悪の眼差しを送られる事はなかったが、どこか腫れものを扱うかのようにクリスティアを見ていたのだ。
そんなクリスティアにとってはいつも通りに過ごしていたある日の事。
魔王に対抗するために行った勇者召喚が成功した、という知らせを聞いたのだ。
そして、その勇者達をクリスティアが世話をする事に決まったという命令も。
その命令に従い勇者達の世話をしていたクリスティアだったが、彼女にとって予想外だったのは春斗の存在だろう。
勇者達と事務的な距離感を保っていたクリスティアは、春斗が毎日話しかけてくるのに初めは不気味に思っていた。
しかし、根気よく話しかけてくる春斗の姿に、クリスティアは段々と幼少の頃を思い出していたのだ。
マリレーヌと過ごした笑顔の日々や、新たな知識を求めて悩む出来事。
一度思い出すとあの時の大切な思い出が忘れられず、クリスティアは気が付けば春斗と話すのが楽しみになっていた。
──そんな時に訪れたのが、クリスティアの暗殺事件。
その日、マリレーヌの母親の遣いというメイドに呼び止められたクリスティアは、街へ買いだしに行くように彼女に命じられた。
唐突なその言葉に違和感を覚えていたが、マリレーヌの母親の命令に逆らえる筈もなく、クリスティアは命じられるまま街へ出向く。
暫く言われた通りに街で買い物をしている間に、クリスティアは辺りに人気がない事に気が付く。
すると、辺りを見渡していたクリスティアの周囲に、黒ローブの集団がどこからともなく出現したのだ。
「……お前がクリスティアだな」
「貴方は?」
「悪いが、死んでもらう」
「っ!」
突然周囲に現れた黒ローブの人達にクリスティアは警戒していると、彼等は各々が声を上げて武器を構えた。
自分を殺すと宣言した暗殺者達に対して、クリスティアは一瞬息を呑むが直ぐに立ち直り、おもむろに懐から小振りのナイフを取り出す。
「無駄な抵抗を──っ!」
「お目汚し申し訳ありません」
襲いかかろうと下半身に力を入れた暗殺者達の機先を制して、クリスティアは地面を蹴り上げて砂埃を舞い散らす。
突如舞った砂埃に一瞬怯んだ暗殺者達の隙をつき、クリスティアはすれ違いざまにナイフを振るいながら駆け抜けていく。
「くっ……こいつ同業者か!」
「メイドの嗜みですわ」
自分の仲間が数人殺された事に暗殺者は声を上げ、それにクリスティアはメイド服の裾を摘んで礼をした後で、身を翻して逃げ出していく。
暗殺者達は離れていくクリスティアの背中を追いかけつつ、懐から投げナイフを取り出して投擲する。
「しつこい男性は魅力がありませんわ」
「……!」
「本当にしつこ──っ!」
路地裏を駆け抜けながらクリスティアは背後に向かって挑発の声を上げるも、暗殺者達は黙って投げナイフを投擲するのみ。
暗殺者達が反応しない事にクリスティアは残念そうにするが、自分の頬を掠めた投げナイフに目つきを険しくしていく。
「……行き止まりだな」
「くっ……せめて一死報いて」
やがて、路地裏の袋小路に追い詰められてしまい、クリスティアは振り向き暗殺者達と相対する。
先手必勝とばかりにクリスティアが駆け出していくが、不意に全身から力が抜けて途中で膝をついてしまう。
「どうやら効いてきたようだな」
「……毒ですか」
「さあ、大人しくしてもらおうか」
「……抵抗させていただきます」
「無駄だと思うがな」
麻痺毒で震える身体に叱咤を入れて立ち上がったクリスティアは、四方八方からくる暗殺者達の攻撃をなんとか捌いていく。
しかし、やはり攻撃を捌ききれなくなっていき、クリスティアの身体の傷は段々と増えている。
それでも辛うじて均衡が保たれているのは、暗殺者達の質がさほど高くない事もあるが、クリスティアの身体捌きが優秀なのも原因だろう。
「はぁ……はぁ……」
「よく持った方だな。そろそろ死んでもらおうか」
全身で息をして肩を上下させているクリスティアに対して、暗殺者達は余裕の姿でナイフを手の中で弄んでいた。
全身に麻痺毒が蔓延して満足に身体も動かせず、クリスティアは暗殺者達を睨みつける事しかできない。
静かににじり寄ってくる暗殺者達を尻目に、クリスティアは今までの出来事を振り返っていた。
殆どの時はクリスティアにとって辛い思い出ばかりであったが、楽しい思い出も確かにあったのだ。
特に最近では、春斗達と会話をするのがクリスティアの密かな楽しみであり、それができなくなると思うとやるせない気持ちになってしまう。
「……にたくない」
「うん? 遂に諦めたか?」
俯いたまま何かを呟いたクリスティアを見て、暗殺者達は諦めたと思ったのか嘲笑の笑みを浮かべていた。
暫くして俯いていた顔を上げたクリスティアは、いつの間にか流れていた頬を伝う涙を拭い、毅然とした態度で暗殺者達を睨みつける。
「死にたくないっ! 貴方達になんかに殺されたくないっ! 私は、生きたい!」
「生きたい、か。残念ながら無理だな」
「それでも、私は最後まで諦めないっ!」
「はっ。まあ、お前の人生はここで──なっなんだ?」
歯を食いしばって叫んだクリスティアの言葉に、暗殺者達は鼻で笑いつつ近づいてくる。
震える手を掲げてナイフを構えてクリスティアは攻撃に備えるのだが、暗殺者達は不意に立ち止まりどこからともなく飛んできた石を避ける。
「えっ?」
「何が起こっているんだ!?」
「増援か!」
〈──君の覚悟は受け取った。後は僕達に任せて〉
「──っ! 今、頭の中で声が……」
突如頭で響いた声に驚き、クリスティアは辺りを見渡すが暗殺者達以外姿は見えない。
つむじ風や飛んでくる石に悪戦苦闘している暗殺者達に対して、クリスティアは何故かその言葉に凄く安心していた。
腰が抜けそうになる身体に叱咤を入れて、クリスティアがなんとはなしに空を見上げると、なんと上空から春斗が降ってきたのだ。
地面に綺麗に着地した春斗は、そのまま暗殺者の首を折ってから近づいてくる。
心配そうな表情を浮かべて駆け寄ってくる春斗を見て、クリスティアは静かに胸を高鳴らせながら自然と安堵するのだった。
あの後無事に春斗に助けられたクリスティアは、部屋の中で今日の出来事を思い返していた。
マリレーヌとも無事に仲直りする事ができて、クリスティアはベッドに腰掛けつつ嬉しそうに目を細める。
「春斗様……」
熱が篭った言葉を漏らして、クリスティアはドキドキと高鳴る胸に手を置く。
今まで、クリスティアは誰かに助けられたという事がなかった。
実は、蔭でマリレーヌがそれとなく助けていたのだが、それに気が付いていないクリスティアにとって、初めて助けてくれたのは春斗という事になる。
誰かに心配そうに声を掛けられ、安堵の表情を向けられる。
その事はクリスティアに大きな衝撃を与えていたのだ。
「……ふふふ」
無表情が崩れてうっとりとしていたクリスティアは、やがて口許に手を当て小さな笑いを零した。
暫しの間、クリスティアは春斗へと想いを馳せていき、やがておもむろに立ち上がると身体を伸ばしていく。
そして、そのままクリスティアはベッドの中に入り、部屋の灯りを消す。
「初めてです、こんな気持ち。……明日が待ち遠しい」
暗くなった天井を見上げつつ、クリスティアは抑えられないこの熱い気持ちに身を委ねていく。
クリスティアはこの想いが恋だと気づいていると同時に、依存の気持ちが混ざっているとも理解していた。
春斗が偶然クリスティアを見つけたから助けてくれて、余裕があったから心配してくれる。
そうクリスティアは考えており、しかしその事がとても嬉しかったのだ。
これは鳥の雛が初めてみた者を親と思うのと同じ習性だろう。
それでも、クリスティアにとってはそれが全てであり、春斗に全部を捧げるのになんら躊躇いのない事でもあった。
「明日はどんな挨拶をしましょうか……」
まずは名前呼びで挨拶をしてみようと考えたクリスティアは、明日からの事に心を弾ませている内に、疲れからかいつの間にか意識を手放していくのだった。
──これは、孤独に生きていたクリスティアの今までの軌跡と、恋のお話。




