第四十話 クリスティアの実力
第四章開始です。
現在、とりあえず冒険者登録をするために、俺達は近くの街へ向かっていた。
早く獣人の国に行ってみたいが、まずは偽装した姿の身分を手に入れたい。
クリスティアの身分も必要だし、今後の方針も腰を据えて話したいと思っているのだ。
《はぁー、風が気持ちいいのじゃぁ……》
「ツバキは風も感じられるのか」
「無駄に高性能な魔剣ですね」
《な、なんじゃと!》
「はいはい、喧嘩しない」
「かしこまりました」
《ぬ、ぬう……主君がそう言うなら》
手を叩いて注意した俺の言葉に、クリスティア達は騒いでいた口を閉ざした。
まあ、確かにクリスティアの告げた通り、ツバキが風を感じるのは無駄に高性能だと俺も思うが。
それに、俺達の顔を認識していたり、どこからともなく声を出したりしているので、今更といえば今更だけど。
「それにしても……」
「ん? どうした、クリスティア?」
「春斗様は機嫌が良さそうですね」
《おお、それは妾も気になっておったぞ!》
首を傾げてクリスティアが尋ねてきて、その言葉にツバキが乗っかり声を上げた。
疑問の篭った眼差しを送ってくるクリスティアを尻目に、俺は青空を仰いで清々しい気持ちで両手を広げる。
「俺ってさ、前にも異世界召喚された事があるんだよね」
「そ、そうなのですか?」
「ああ、詳しくは後で話すよ。……それで、その世界ではあまり良い思い出がなかったんだ」
《ほう……》
「だから、この世界では自分のやりたいように過ごして、まったりとぶらり旅でもしたいと思っているという訳」
それに、これ以上勇者の真似事をしているのにも疲れてきてしまい、このままだとスローライフを送れないと思ったからな。
千秋達には悪いと思っているが、俺の中でスローライフは一番の優先事項だ。
余裕があったら蔭から魔物を討伐して、千秋達の負担を減らそうと考えている。
まあ、千秋達は俺が死んだと思っているだろう。
広げていた両腕を降ろしつつ告げた俺の言葉に、クリスティアは暫し悩むように顎に手を当てている。
《やはり主君は面白いの。その傲慢さは妾にとっても好ましいのじゃ》
「傲慢か……俺としては怠惰になりたいな。楽をしたいし」
《ほっほぉ、怠惰のう。なら妾は色欲じゃな!》
「はぁ? ツバキに色欲は最も遠いだろ。ツバキはあれだ、暴食だな。食い意地張ってそうだし」
《そ、それはあんまりなのじゃぁ……》
「……わかりました」
ツバキと雑談を交わしている間に結論を出したのか、クリスティアは俯いた顔を上げて俺を見つめてきた。
納得したように頷いているその姿に首を傾げている俺に、クリスティアは薄く笑みを浮かべて口を開く。
「私が春斗様の御世話をさせていただきます。おはようからお休みまで」
「ありがとう……ん?」
「食事の世話からお風呂の世話まで──」
「い、いや! そこまでしなくていいから!」
「──そうですか」
クリスティアが胸の前で拳を握ってとんでもない事を告げてくるので、それに慌てて俺が首を横に振ると残念そうに眉を下げた。
楽をしたいとは思っているけど、そこまでして欲しいとは考えていない。
そもそも、そこまで世話をされたらただの介護になってしまう。
いやまぁ、クリスティアが俺の世話をするが好きなのは、城の時から身にしみてわかっているが。
《くくく……中々して愉快な旅になりそうじゃの》
「ツバキも言うなあ。そんな事を言う奴はこうだっ!」
《な、何をするの……ま、待つのじゃっ! 妾を腰から外して何を考えているのじゃ! や、止めるのじゃあっ! 妾を振り回さないでほしいのじゃぁ!》
ツバキに笑われっぱなしというのも癪なので、俺は腰からベリシュヌを取り外して上空に掲げた。
俺が何をしようか検討がついたツバキが声を上げるが、それに構わずベリシュヌを勢いよく振り回していく。
ベリシュヌが大きな風切り音を響かせていき、それにツバキが涙声で止めるよう懇願してくるが、その言葉に俺は笑みを浮かべて返事をする。
《楽しそうな笑顔をしないでたもう! ……お、お主も主君を止めて欲しいのじゃー!》
「ああ、春斗様があんなに楽しそう」
《妾の話を聞くのじゃぁっ! うっ……気持ち悪く》
ツバキが助けを求めてクリスティアに声を掛けるも、当の本人はうっとりと俺を見つめて話を聞いていない様子だ。
頬に手を当てて熱っぽい瞳をしているクリスティアに、振り回し過ぎて嘔吐の声を漏らすツバキ。
ツバキを振り回した俺が言うのもなんだけど、割と酷い事になっている……正直、やり過ぎたと思う。
「はしゃぎ過ぎたな、すまんすまん──ん?」
《おぇっ……全くだのう! 吐いたらどうするつもりだったのじゃ!》
「無機物が嘔吐するのですか?」
《妾も立派な女子じゃからな!》
「……おなご?」
《な、なんじゃその可哀想なものを見る目は。妾を馬鹿にしているのじゃろう!》
「お前達言い合いは後だ。敵が来るぞ」
仲良くじゃれ合っている二人に声を掛け、俺は街道脇にある森に顔を向ける。
その言葉と視線の意味に気が付いたクリスティアは、薄い笑みから真面目な表情に変わると懐からナイフを取り出す。
《おぉ! 血を妾に! 血を吸わせてたもう!》
「わかったから暴れるなって──」
歓喜するようにベリシュヌを震わせているツバキを尻目に、俺は森の一角に目を向けたまま鞘から刀身を抜いていく。
陽の光が刀身に当たりベリシュヌが光輝いた直後、森の中から魔物が姿を現すのだった。
「ブモオオォォォ!」
「おー、こいつは『激昂猪』だな」
《むっふっふー、美味しそうな血だの!》
「臭そうですね」
森から飛び出したアングリーボアを見て、俺達は各々が感想を漏らした。
アングリーボアの体長はおよそ四メートルほどあり、顔に生えている立派な牙と相まって迫力がある。
それに、名前を表すかのように毛皮の色が真っ赤なので、見た目でいうと先ほど戦った『回忌日蝕』ともいい勝負をしていると思う。
まあ、強さはスコルの方が圧倒的に強いのだが。
俺達を見つけたアングリーボアは、目に殺気を宿してこちらへ突進してくる。
「そうだな……よし、クリスティア」
「どうかしましたか?」
「クリスティアが一人であいつと戦ってみろ」
《なんじゃとぉっ! 妾も戦いたいのじゃ! いやなのじゃー戦いたいのじゃー血を吸いたいのじゃー──》
「できるな、クリスティア?」
「──承りました」
瞳に信頼を乗せて告げた俺の言葉に、クリスティアは頬を綻ばせて優雅に頭を下げた。
そして、いまだに駄々をこねているツバキを尻目に、クリスティアは両手にナイフを構えて勢いよくアングリーボアへ駆け寄っていく。
「ブモオォッ!」
「猪突猛進ですね。隙だらけですわ」
近づいているクリスティアを見て、アングリーボアが涎を垂らして走る速さを上げだす。
それに気が付いたクリスティアが跳び上がり、空中で身体を逆さまにするとアングリーボアの頭に手を乗せる。
その瞬間、クリスティアは頭に乗せたのとは別の手で、アングリーボアの右眼をナイフで斬り裂く。
そして、クリスティアは斬り裂いた勢いに逆らわず、アングリーボアから飛び退いた。
「ブモオオォォォォォォォォ!」
「こちらですよ、お馬鹿な猪さん」
右眼を斬り裂された事に怒りの咆哮を上げているアングリーボアを尻目に、クリスティアはメイド服の皺を整えながら挑発している。
そんなどこか余裕なクリスティアの姿に、アングリーボアは殺気を滲ませて駆け出していくが、途中で何かに躓いたように転倒してしまう。
転倒したアングリーボアの脚元をよく見てみると、何やら氷で創られた虎バサミのようなものに挟まれているのを見つけた。
それにしても、クリスティアは身軽だな……曲芸師なのか?
いや、クリスティアの職業がメイドなのはわかっているけど、あそこまでの身軽さは予想外だったな。
「私が仕掛けた罠にも気が付かない哀れな魔物」
「ブモオオォォォッ!」
「春斗様の糧になりなさい『精霊よ、雪の精と成りて我が手に加護を授けたまえ! ──雪精の気紛れ』」
冷たい眼差しをしているクリスティアがそう唱えた瞬間、クリスティアの右手から白い霜が現れはじめる。
その霜に覆われた手をアングリーボアの頭に乗せると、瞬く間にクリスティアが手を乗せた所から氷結していく。
「ブモォ……」
「どうでしたか、春斗様?」
断末魔を残して事切れたアングリーボアを暫し眺めた後、クリスティアは俺の方へと振り返り首を傾げて尋ねてきた。
その問いかけに俺が頷きを返すと、クリスティアは嬉しげに頬を緩めて頭を下げる。
「アングリーボア相手に余裕だったな、クリスティア」
「恐縮です」
「本当なら初級冒険者の手に負えない魔物な筈なんだけどな」
このアングリーボアは、その硬い毛皮とどこまでも追いかけてくる執念さから、初級冒険者では倒せないらしい。
中堅冒険者ともなれば簡単とはいかないが倒せるようだが、それでもソロで倒すのは難しいだろう。
クリスティアが使っていた武器の強さもあるけど、少なくともアングリーボアを倒せるレベルの強さがあるという事だな。
「さて、じゃあこいつは持ち帰るか」
「切り分けますか?」
「いや、これでいい〈異次元容器〉」
「それは……?」
「まあ、どこでも使える鞄みたいなものだな」
アングリーボアの死体が黒い渦に吸い込まれる光景を見て、目を丸くして尋ねてくるクリスティアにそう言葉を返す。
やがて、先ほどまであったアングリーボアの死体は消え失せ、クリスティアが斬り裂いた時に飛んだ血痕が残るのみになった。
本当にこの〈異次元容器〉は便利でいい。時間も止まっているから腐らないし。
前の世界では、主に補給物資や予備の武器を運ぶ時に重宝したからな。
まあ、この空間属性の便利さのせいで国王にこき使われた事を考えると、素直に喜べないというか。
「よし、じゃあさっさと進もうか」
「ところで、春斗様?」
「ん? どうした、クリスティア」
「いえ、ツバキが先ほどから静かなのが……」
疑問の眼差しを送ってくるクリスティアを尻目に、俺は腰に靡いているベリシュヌに目を向けた。
確かに、先ほどまで五月蝿いくらいに叫んでいたのに、今は大人しい事に疑問を感じてしまう。
「何かあったのかツバキ?」
《…………じゃ》
「よく聞こえない。なんだっ──」
《狡いのじゃああああああああ!》
「──うるさ!」
「耳が痛いです……」
思わず耳を抑えた俺や、顔を不愉快そうに歪めているクリスティアを気にせず、ツバキは街道中に響かせる勢いで叫びはじめる。
《狡いのじゃ狡いのじゃ狡いのじゃああああ! 妾も戦いたいのじゃ血を吸いたいのじゃ肉を斬り裂きたいのじゃあぁぁぁっ!》
「わかったわかったから! 次はツバキも使うから機嫌を治してくれ!」
《ほ、本当かの!? 後でやっぱり嘘でしたばーかなんて意地悪言わぬか?》
「言わない言わない」
正直、街に入ってからツバキを使う機会を減らそうと思っていたが、この調子だとむくれて面倒くさい事になりそうだ。
ツバキの見た目が目立つからあまり使いたくなかったんだけどな……なんとか目立たない方法を探すか。
《やったのじゃ! これで妾がもっと強くなれるのじゃ! 楽しみなのじゃー早く獲物が来ないかのう》
「──我が儘な武器ですね」
《な、なんじゃと!? 何か文句があるなら聞いてやるのじゃ!》
目を細めて呟いたクリスティアの言葉に、ツバキは素っ頓狂な声を上げていた。
そのまま唸り声を上げているツバキに対して、クリスティアは冷たい瞳で吐き捨てるように口を開く。
「他人の迷惑を考えないその利己的な考え……不愉快です」
「うぐっ……!」
《な、何を言うのじゃ! それを言うならお主も世話になった人達を裏切って主君の元へ来たではないか!》
「ぐはっ……」
「私は良いのです、愛ですから!」
《それは狡いのじゃっ! 妾だって──》
「それなら私も──」
そのまま言い合いを始めたクリスティア達を尻目に、俺は間接的に刺さる言葉に思わず胸を抑えてしまう。
た、確かに俺は自分が良ければいいと思っているし、実際に千秋達を裏切った事になった。
いやまぁ、召喚初日からこの目的はぶれていないので、計画通りといえば計画通りだろうけど。
千秋達に手紙でも残しておくべきだったかな……いや、あのタイミングだと残すのは難しいか。
街道のど真ん中で口論をしているクリスティア達を見つつ、俺は空を仰ぎ見て刺さった言葉から逃げるために現実逃避をするのだった。




