閑話 第三話 龍牙と初恋・後編
あれから、龍牙達に気が付かれないように尾行していた俺達は、特に何事もなくその様子を観察する事ができた。
結局、龍牙が最後に何を言ったのかわからなかったが、どうやらアリアちゃんを納得させる事ができたらしい。
先ほど別れる時に、アリアちゃんが「大きくなって龍牙様のお嫁さんになります! 待っていてください龍牙様!」と宣言し、晴れやかな表情で去っていったからな。
その言葉に曖昧な表情を浮かべていた龍牙の姿が印象的だった。
「このままゴールインしないのですか。つまらないですぅ」
「良かった……龍牙君は普通の恋愛観を持っていたんだね」
不満そうに口を尖らせている冬海に対して、千秋はようやく誤解が解けたのかほっと胸を撫で下ろしていた。
まあ俺としても、龍牙の行動はただの紳士的だったので、冬海がつまらないと思う気持ちもわかるが。
「あら? 何をしているのですか、峯岸 春斗」
「ん? ああ、マリレーヌか」
廊下の陰に隠れて龍牙を観察していた俺達の背後から、どこかで聞き覚えのある声を掛けられた。
その勝気そうな声にある人物を思い浮かべつつ振り向くと、案の定マリレーヌが扇子を広げて俺達を見ていたのだ。
「春斗さん、この方は?」
「ああ、こいつは──」
「あたくしはマリレーヌ・ベリティエ。由緒正しきベリティエ家の才子ですわっ! あたくしに出会えた幸運を噛み締めるが良いですわ。おーほっほっほ」
「──こんなやつだ」
「リアルお嬢様、ですと……! しかもツンデレっぽいですね!」
俺の言葉を遮ったマリレーヌが高らかに声を張り上げ、その様子を見た冬海が興奮したように頬を赤らめていく。
確かに、冬海が好きそうな属性が沢山詰まっていると思っていたし、出会ったらこうなるとわかっていたが……実際に見ると、少し引く。
それにしても、あの時から会うのは久しぶりだが、マリレーヌの自信が過剰になっていないか?
まあ、前よりは刺々しさがなくなっているから、取っつきやすくはなっていそうだけど。
「ほぇー、なんか凄そうな人だね」
「そちらの勇者様は中々見る目がありますわ! あたくしをもっと崇めなさい! おーほっほっほ」
「勝気ツンデレお嬢様……素晴らしい!」
「冬海は相変わらずだな──」
「そんな所でどうしたんだい?」
「──あ、見つかった」
目を輝かせてマリレーヌの事を見ている冬海に呆れていると、背後から龍牙の声が聞こえてきた。
背後を振り向いた俺達を見て、龍牙は不思議そうに首を傾げている。
「おーほっほっほ……あら? そちらの方も勇者様でしたわね」
「ええ、そうです……けど……」
高笑いを響かせていたマリレーヌが龍牙に気が付き、扇子を閉じながら目を向けた。
マリレーヌの言葉に龍牙は返事をしたのだが、何やら様子が可笑しい。
マリレーヌの顔を見たまま硬直しているし、間抜けな表情で口を半開きにしている。
「……? まあ、いいですわ。改めてましてご機嫌用、勇者様方。以後よしなに」
「おお……リアルお嬢様の礼ですね」
「綺麗なお辞儀だね」
龍牙の様子に首を傾げていたマリレーヌは、気を取り直してドレスの端を摘み優雅な礼を見せる。
その見事な挨拶に感嘆の声を上げて顔を見合わせる千秋達に対して、龍牙は硬直したまま微動だにしない。
明らかに不自然なその様子に自然と俺達の視線が集まっていき、やがて龍牙は我を取り戻して何故かうっとりと目を細めて口を開く。
「──美しい」
「は?」
「えっと……?」
「こ、これはっ!」
龍牙の口から出た言葉に俺と千秋は戸惑い、冬海は何かに気が付いたのかにやけた表情を浮かばせはじめた。
唐突に告げられた直球な賛辞にマリレーヌも、戸惑いがちに首を傾げて困っている様子だ。
「は、はぁ……? あたくしが美しい事は当たり前ですが、いきなりなんですの?」
「その強い意思を秘めた宝石のような輝いた瞳に、自信に満ち溢れた表情。最高級の絹のようなサラサラした紅髪……ああ、美しい」
「な、なんですのこの方は? 目つきが可笑しいですわっ!」
「困っている貴女の表情も素敵だ」
「ひっ!」
熱に浮かされたような表情で告げる龍牙の様子に、マリレーヌは怯えた声を漏らす。
しかし、怯えた声を漏らすマリレーヌを見ても、龍牙は熱い視線を送っているのみ。
いや、俺も龍牙の変貌に驚いて何も言えない。
今まで龍牙と過ごした中でも、ここまで変わった姿を見るのは初めてだ。
これは、龍牙がマリレーヌに一目惚れしたという事で良いのだろうか?
一目惚れにしては、龍牙の様子が危ない人のように見えてしまうが。
「修羅場っ! 修羅場ですぅ! アリアちゃんを入れて三角関係になるですぅ!」
「龍牙君気持ち悪い……」
今後の展開に思いを馳せて頬を紅潮していく冬海に対して、千秋はドン引きした表情を浮かべて龍牙に冷たい眼差しを送っている。
まあ、正直俺もこれはどうかと思う……龍牙って意外に情熱的だったんだな。
俺も恋をしたらここまで変わってしまうのか?
あそこまで変貌するなら、一生恋愛しなくても良いか。
「よければ君の名前を教えてくれないかい?」
「い、嫌ですわっ! そ、そんな気色悪い笑みを浮かべている殿方に等──」
「そんなつれない事を言わないで」
「──ひっ、こっちへ来ないで! いやぁぁぁぁぁぁぁ……!」
「待って行かないでぇぇぇぇぇ……!」
その問いかけに毅然とした態度でマリレーヌが拒否し、そのまま力強い瞳で龍牙を睨みつける。
しかし、龍牙は全く堪えていない様子で笑みを浮かべて近づいていき、それにマリレーヌが怯えた声を上げて後ずさっていく。
やがて、耐えきれなくなったのかマリレーヌが背を向けて逃げ去っていき、龍牙は悲しげな表情を浮かべてあとを追っていった。
「行っちゃったな……」
「行っちゃったね……」
「ふぉぉぉっ! 燃えてきましたぁっ!」
消え去った龍牙達をなんともいえない表情で見送った俺達に対して、冬海は鼻息を荒くして腕を振り上げるとそのまま小躍りをはじめた。
今後の事を思うと、俺はマリレーヌに同情してしまう。
あの様子では、龍牙はマリレーヌ事を諦めそうにない。
まあ、龍牙に惚れられたのが運のつきだったという事で……うん、次にあったら相談に乗ってやろう。
「アリアちゃんが可哀想だな」
「そうだね。アリアちゃん、幻滅しなければいいけど……」
「マリレーヌさんに惚れている龍牙さんを見て身を引こうと考えるアリアちゃん。しかし、やはり諦めきれないのかアリアちゃんが参戦を決意し、そして恋愛模様は泥沼へ……ああ、最高ですぅ」
『はぁ……』
うっとりと危ない発言をして妄想に耽る冬海の様子に、俺と千秋はアリアちゃんの不憫さに同情しつつ揃ってため息をついてしまうのだった。
ちなみに、これは余談だが。
龍牙の変貌に初めは愕然としていたアリアちゃんだったが、愛の力は偉大と言うべきかどうやらマリレーヌに宣戦布告をしたらしい。
この事を聞いた冬海が興奮し過ぎて鼻血を吹き出したのだが……まあ、これも余談だろう。




