閑話 第三話 龍牙と初恋・前編
「──はぁ、訓練疲れたー」
「と言っても、千秋は魔法を撃っただけだろ?」
「……貧弱ですね」
「い、言うじゃない、クリスティアちゃん」
無表情でしれっと毒づいてきたクリスティアに、千秋は頬を引き攣らせつつ目を向けた。
目を合わせて見えない火花を散らせている二人を尻目に、俺は訓練後の疲れを癒すための風呂を楽しみしつつ鼻歌を歌っていた。
現在俺達は、クリスティアの案内に従い風呂へ向かっている所だ。
クリスティアの暗殺問題が無事に終わってから、どこへ行くのにも積極的に案内してくれて助かっているのだが……こう、何かある度に千秋に突っかかるのはやめて欲しい。
いやまぁ、これがクリスティアなりのコミュニケーションだとわかっているし、千秋も無意識にそう感じているから剣呑な雰囲気になっていないのだろう。これで俺を巻き込まなければ文句はないんだが。
「ま、まあ? クリスティアちゃんなら訓練すらまともにできなさそうだよね」
「自分を良く見せるために他人を下げる言動……ふっ」
「い、言いたい事があるなら聞くよ?」
「いえ……ただ、見苦しいなと」
「むきーっ!」
……とまぁ、大体千秋がクリスティアにあしらわれるのが通例だ。
頬を赤く染めて地団駄を踏んでいる千秋を見て、クリスティアは勝ち誇ったような表情を浮かべ、ある意味いつも通りなその姿に冬海達も苦笑いしている。
暫くクリスティアを言い負かそうと悩みはじめた千秋を見ていた俺は、ふと廊下の先に誰かがいる事に気が付く。
「うん? 誰かいるぞ」
「あ、本当です……こっちに来ますね」
俺が思わずそう呟きを漏らすと、冬海が目を前へ向けて首を傾げた。
見覚えのない人影に冬海と顔を見合わせている間に、その人がこちらまで軽快な足取りでやって来る。
緊張しているのか顔がこわばっているその女性──近くで見て性別がわかった──が、龍牙の前で立ち止まるとそのまま深呼吸をしている。
「すぅ……はぁ……あ、あの!」
「ん? どうしたんだい?」
若干上擦りながら告げたその言葉に、龍牙が優しい笑顔を浮かべて促す。
龍牙に笑顔を向けられて益々顔を赤らめた女性は、胸の前で両手を握り潤んだ瞳で見つめていく。
「わ、わたし、龍牙様をお慕い申していますっ! わたしと結婚してくだしゃい!」
「……えっ?」
「し、しちゅれいしましゅた!」
女性に告げられた内容に龍牙が笑顔のまま固まり、そのまま女性は舌を噛みながら一方的に叫ぶと走り去ってしまった。
女性……いや、小さい女の子の発言を皮切りに辺りになんとも言えない空気が流れはじめ、その爆弾発言を聞いた俺達は思わずお互いの顔を見合わす。
「勇者様は幼い女の子に欲情するのですね……軽蔑しました」
「ま、待って! 僕はロリコンじゃないから! 誤解しないで!」
「ロリコンとは何かがわかりませんが、私は誤解していません」
「してるって! クリスティアが考えているような事では決してないから! ……僕はロリコンじゃないよね!?」
冷ややかな眼差しを送っているクリスティアに、龍牙は顔を青ざめて必死に弁明していた。
しかし、クリスティアの視線は依然として冷たいままであり、龍牙はこのままでは埒が開かないと思ったのか俺達へ顔を向けて同意を求めてくる。
まあ、状況的に龍牙は無実なんだが……それでは面白くないな。
「ロリコン勇者か……流行るな」
「春斗は何を言っているんだい!?」
「うーん、ロリコン属性の勇者ですか。流行りますかね?」
「冬海も僕をロリコン前提で話すのは止めてくれないかい!」
俺の言葉に腕を組み考え込む素振りを見せる冬海に、龍牙は冷や汗をかきながら必死に懇願の声を上げていた。
まあ、冬海の口許をよく見ると僅かに痙攣しているのがわかるので、俺の言葉に乗って龍牙をからかっているのだろう。
ロリコン認定されるのは龍牙にとって死活問題だろうが、俺達にとっては旨い飯のおかずになるしな。
そんな龍牙の慌てている様子を楽しんでいる俺達に対して、千秋は悲しげな表情を浮かべて目を伏せる。
「龍牙君は幼い女の子が好きだったんだね……気が付かなくてごめんね」
「千秋も誤解しているよ!」
「ううん、私が龍牙君をもっと見ておけばこんな事には……!」
「酷い勇者様ですね、信じられません」
「元はと言えばクリスティアが変な事を言い出したからだよ!」
肩を上下させつつ叫ぶ龍牙の言葉に、クリスティアはさっと視線を逸らして知らない振りをしている。
場を掻き回すだけ掻き回しておいて後は傍観する体勢に入っているその姿を見て、龍牙は頬を引き攣らせてクリスティアを睨みつけていた。
まあ俺としては、クリスティアの毒舌ぶりによく笑わせてもらっている。
何故か俺には毒舌をあまり言わないので、他人に毒を吐いているクリスティアを安心して見ていられるのだ。
まあ、主に千秋が毒舌の餌食になっているのだが。
「それより追いかけなくていいのか? あのままだとロリコンが広まるぞ?」
「はっ! そうだった、急がなければ!」
すでに豆粒にしか見えない女の子を眺めながらそう告げると、龍牙は慌てたように振り向き彼女を追いかけていった。
怒涛の勢いで走り去る龍牙を眺めている俺を、千秋は深刻そうな表情を浮かべて見つめてくる。
「ねぇ、春斗。龍牙君をどうすれば元に戻せるかな? もう手遅れなの?」
「千秋さん」
「冬海ちゃん……」
涙目でそう告げるその姿に冬海が声を掛け、振り向いた千秋が悲しげに眉を下げた。
そのまま近づいた冬海が千秋の肩に手を置いて首を横に振ると、千秋は両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。
いや、千秋が勘違いしてるはわかるが、冬海のはどう見てもわざとだろ。
現に千秋の見えない所で静かに笑っているし。
まあ、俺に特に実害がないから、冬海の言葉は指摘しないが。
結局、龍牙が再び戻ってきて誤解を解くまで、冬海の言葉を千秋は間に受けているのだった。
「──り、龍牙様! 私あちらへ行ってみたいですっ!」
「そうだね、行ってみようか」
「はいっ!」
その言葉を聞いた女の子は、嬉しそうに微笑み龍牙の手を引っ張っていく。
それに龍牙も笑みを返して付いていき、近くの店に入っていった。
「洋服屋に入ったな」
「そうですね、龍牙さんに色仕掛けをするのでしょうか?」
「うーん、普通に服を見てもらいたかったんじゃない?」
千秋の最もな内容に、冬海は変装用の帽子を被り直してから頷く。
そう。街へデートをしている龍牙達の様子を、俺達は遠くから尾行しながら観察しているのだ。
話は少し遡り、龍牙に結婚を申し込んだ女の子──アリアちゃんの強い希望で、龍牙は街デートをする事になったらしい。
そして、今日がその日な事をクリスティアから聞いた俺達は、龍牙に気が付かれないように尾行しているという訳だ。
何故クリスティアが知っていたといえば、どうやら俺がこの事に興味を持つと思ったようだ。
相変わらずなクリスティアの有能さに、俺が感心したのは記憶に新しい。
とまぁ、そんな事があって現在俺達は変装をして、近くの店に入って龍牙達の様子を伺っている。
「それにしても、アリアちゃんは可愛らしいですね」
「そうだな。将来は美人になるだろうな」
柔らかな印象を与える茶髪に、同色の瞳。
顔つきはいまだにあどけなさを残しているが、将来は滅多にお目にかからない美人となるだろう。
まあ、それも今はただの美幼女といった所だけど。
「あ、出てきたよ? アリアちゃん嬉しそう」
「手になにか持っているな。これは龍牙が服を買ったのか?」
「むむ、やりますね。流石はギャルゲーみたいな主人公というべきですか」
「お前ギャルゲーにまで手を出していたのか……」
「当然ですっ!」
得意げに胸を張っているのはわかるので、冬海はもう少し声を抑えてほしい。
変装している俺達の様子を、店員さんや客が不審そうな目つきで見ているから。
あ、店員さんが衛兵を呼ぼうとしている。
「ほら、俺達もあとを追うぞ!」
「あ、待ってよ春斗!」
「──ギャルゲーといえばなんと言っても魅力的なヒロイン達ですよね様々な属性を兼ね揃えてツンデレからお姉さん系まで豊富なぐぇっ!」
龍牙達のあとを追うために店を出ていく俺を見て、千秋も慌てて立ち上がり独り言を呟いている冬海の首根っこを掴んで追いかけてくる。
冷たい眼差しを送ってくる店員さんへ多めに金を払い、俺達は遠ざかる龍牙達のあとを急いで追うのだった。




