閑話 第二話 冬海式命名術
「──ふぇぇぇぇん!」
「いきなりどうした、冬海?」
初めての実戦からある程度経ったある日。
俺達が訓練後の後片付けをしていた時、唐突に冬海が頭を抱えて奇声を発しはじめた。
後片付けの手を止めた俺が代表して声を掛けると、冬海はガバリとすごい勢いでこちらへ頭を向ける。
「決まらないんですよぉっ!」
「決まるって何が?」
「何って、技名に決まっているではないですかっ!」
「技名? 冬海ちゃんのって……」
そのまま苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる冬海を尻目に、千秋は首を傾げてその言葉の意味を考える素振りを見せる。
冬海の技名というと、恐らくあの弓術の事だろう。
前に『付加魔法』でいいのではないか、と俺が提案した事があったな。
結局、冬海の強い否定の言葉に俺の案はお蔵入りになってしまったが。
それに、『付加魔法』は龍牙の使う槍術で使われたし……。
「こう、ババーンっと格好良さげな名前にしたいのですが……思いつかないのですっ!」
「わ、わかったから落ち着けって……」
鼻息荒くにじり寄ってくる冬海に、俺は手を前に突き出して宥めていく。
普段はやたら厨二を全面に押し出しているが、どうやら冬海は名称を考えるのが苦手らしい。
そういえば中学生の時、クラスにいたグッピーに『お魚さん』なんて名前を着けていたな……うん、冬海にネーミングセンスを期待しては駄目だ。
「ちなみに、どんな名前を思いついたんだ?」
「え? えっと、『林檎アタック』ですかね。最初に閃いた時は中々だと思ったのですが、いまいちピンとこなくて」
「ふ、冬海ちゃん……!」
「どうしました千秋さん? お腹を抱えて」
真面目な表情で告げる冬海の様子に、千秋はしゃがみ込んで漏れそうになる笑いを抑えているようだ。
かく言う俺も冬海から顔を背けて、にやけた表情を見せないようにするのに必死だった。
これは余談だが、冬海の【雷の霰】等の技は、主に龍牙が名前を考えている。
技名を考える度に辛そうに胃を抑えている龍牙に、厨二の渾名を考えて伝えるのが凄く楽しかった。
そして、俺の行動が無事に実を結び、王城の中で『龍槍の勇者』や『命の堕慧児』等の渾名が密かに広がっているらしい。
そんな龍牙の最近の事情は置いといて、俺は不思議そうに首を傾げている冬海へ背けていた顔を戻す。
「ほ、他にはあるのか?」
「うーん……後は『嗚呼、世界に終焉を与える内なる眷族よ。煉獄の如き灼熱地獄に絶対零度に勝る氷獄の焔を──』」
「待て待て待て! 何だそれは?」
「──えっ? 技名ですが」
「長いわ!」
俺の当然な叫びに対して、冬海は理解できないのか眉をひそめている。
いつの間にか復活した千秋も、俺の言葉に同意するように何度も頷いており、その様子に冬海は益々首を傾げていく。
冬海のは矢に魔力を込めるのがベースになっているのだが、今のは明らかにその要素は微塵もない。
しかも、長いだけではなくネーミングセンスもないとくれば、冬海が命名するのは止めた方がいいというのも納得できる。
まあ、冬海に偉そうに言っている俺も、ネーミングセンスがあるかといえば首を横に振ってしまうが。
「うーん……やっぱりロドリグさんには『白龍の穿通』はあまり通じませんね」
「アテナルに魔力を込めているのがひと目でわかるのもあるが、その技はまだ未完成で使いこなせていないからな。流石にそれにやられるほどオレも甘くない」
「ですよね……」
「──いいか、せめてあれぐらいコンパクトでわかりやすい名前にするんだ」
「くっ……龍牙さんが憎たらしいですぅ」
訓練後にロドリグに積極的に質問している龍牙を指さし、冬海へわかりやすい命名の見本を示した。
その言葉を聞いた冬海は、瞳に嫉妬の色を宿して龍牙を睨みつけはじめる。
低い声で唸りながら睨みつける冬海の姿に、龍牙はどこか居心地が悪そうに肩をこわばらせていた。
「もう普通に弓術でいいんじゃない?」
「何を言うのですか千秋さんっ!」
「うひゃっ!」
「また始まった……」
首を傾げて千秋がそう呟いた瞬間、勢いよく振り向いた冬海が大きな声を上げた。
その大声に驚き身を竦めた千秋に対して、俺は冬海のスイッチが入った事に気が付き内心で苦笑いしてしまう。
そんな俺達の様子を尻目に、冬海は興奮で頬を染めつつ大袈裟な身振りを交えて口を開く。
「いいですか? 技名というのはその人を表すとても重要な役割があってですね、その技名一つで私達は大いに刺激されるのですよ! 格好良い魔法名に心を踊らせ、痺れる技名にうっとりと想像を膨らませる……それぐらい重要なのですっ! 技名でその人の強さが決まるといっても過言ではありませんっ! いいですね、千秋さん!」
「う、うん……わかった、よ?」
「なんですかそのやる気のない返事はっ! わかりましたかっ!?」
「は、はいっ! わかりましたっ!」
半分以上何を言っているのかわからない冬海の言葉に、首を傾げていた千秋は目を瞬かせて返事をしていた。
しかし、その疑問符が篭った返事が気に食わないのか、冬海は眉尻を上げて千秋へ指を突き出して再度確認の言葉を告げる。
そんな妙な威圧感が漂う冬海の言葉を聞いて、千秋は涙目になりつつ敬語で返事をして敬礼した。
いやまぁ、俺も冬海の言葉は殆ど理解できなかったし、正直千秋には同情してしまう。
無駄にどうでもいい事を無駄に熱を込めて無駄に伝える冬海。うん、凄くどうでもいいな。
「春斗さんもわかりましたか?」
「うん、俺はわかってるよ」
「本当ですか……?」
暫く納得した千秋を見て満足そうにしていた冬海は、次に俺に顔を向けて尋ねてきた。
その言葉が来るとわかっていたので、あらかじめ作っておいた真面目な表情で頷くと、冬海は疑わしそうに俺を黙って見つめてくる。
やがて、一頻り見つめて納得したのか冬海は視線を和らげ、俺達を見回しながら顎に手を当てる。
「まあ、いいでしょう。春斗さんは厨二仲間ですからね!」
「おい、俺をお前の仲間に入れるなよ……」
俺は冬海ほどはっちゃけたつもりはない。
確かに、気持ちが昂ると変な事を口走ったりするが、流石に厨二魔法やファンタジー生物に思いを馳せて妄想したりはしてない筈。
「まあ、それは置いといて」
「置いとくなよ!」
「それよりもっ! 私の技名を考えましょう! やはりここは先ほどの『林檎アタック』を」
「そういえば、なんで林檎なの?」
俺の抗議を無視した冬海は、笑みを浮かべてそう告げた。
その言葉に千秋は思い出したように首を傾げて尋ねると、冬海はキョトンとした顔になった後になんでもない事のように口を開く。
「なんでとは、林檎が好きだからですが」
「え、そんな理由なの? てっきり冬海ちゃんの家が八百屋さんだからだと思ってた」
「それはそれでどうかと思うが……」
好きな食べ物で技名を決める冬海も冬海だが、どこか微妙にズレている千秋も大概だと思う。
何故食べ物関連なのかとか、せめて弓に関連する名前にしようとか……。
まあ、千秋らしいといえば千秋らしいのか?
そんな事を内心で思いつつ、俺は冬海と千秋のやり取りを黙って静観していた。
そして、冬海の技名が決まらないまま時間が過ぎていき、結局技名を決めるのは保留する事となった。
名前が決まらなかった事に悔しそうにしている冬海を尻目に、この調子だとまた龍牙の力を借りそうだと俺は思わず笑みが浮かぶのだった。
なお、これも余談だが。
この日から数日間、城内の各所で胃を抑えている龍牙の姿が見つかったとか……。




