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第三十八話 千秋の決意

三人称視点です。

 ──春斗がクリスティアと共に近くの街へ向かっている頃。






  その日、ローザイト王国ではロドリグ達の帰還を皮切りに、瞬く間に混乱の渦に巻き込まれた。

 魔人族が現れたというまさに青天の霹靂の報告を受け、ローザイト王国は上から下まで騒然としていたのだ。

 意識を失った千秋達は直ぐに医務室へ運ばれ、その中で比較的軽症だったロドリグがオーギュストに呼ばれたのだった。






「──突然呼び出して悪いな」

「いえ! 私の事はお気になさらず」

「そう言ってもらえると助かる。それで、魔人族が出現したと聞いたが?」

「はい。奴はバルドゥイノと名乗り、『回忌日蝕(スコル)』を使役していました」

「スコルだと……? それは本当かロドリグ?」

「はい、私もこの目で確かに見ました。大きさは文献に残っているのより小さかったですが、間違いないかと」


 ロドリグが告げた内容に、オーギュストは顎に手を当てて暫し悩む素振りを見せる。

 跪いてその様子を眺めていたロドリグは、表情に悲痛な色を宿しつつ静かにオーギュストの言葉を待っていた。


「なるほど……周囲の警戒を強めておこう。それで、勇者達の様子は?」

「千秋以外は医務室で意識を失ったままです」

「千秋は意識を戻したのか?」

「ええ……」


 勇者が意識を戻したのは喜ばしい事なのだが、それに反してロドリグの顔色は晴れない。

 それもそうだろう。千秋以外は現在も意識を失ったままであり、冬海に至っては命に関わる酷い重体なのだ。

 それに、ロドリグの顔色が優れないのはもう一つの理由がある。


「春斗の事か?」

「っ! は、はい。部下達に森を捜索するように伝えていますが」

「望み薄か」

「はい……私が不甲斐ないばかりに」

「いや。ロドリグの判断は間違ってはいない」

「オーギュスト様……」


 その言葉にロドリグは弾けるように顔を上げ、目を見開いてオーギュストを真っ直ぐ見つめた。

 その視線を受け止めたオーギュストは、先ほどの表情とは変わって、国王としての冷酷な表情を浮かべていく。


「魔王を倒すためには光属性の魔法が必要だ。それに対して春斗の適性は珍しいが、我が国にも替えはいる」

「しかしっ!」

「ロドリグ! ……あの場面では我が国一の騎士であるお前と龍牙を生き残らせる最善の選択だった筈だ。俺の考えは間違っているか?」

「……申し訳ありません」

「よい。お前も疲れているだろう。もう休め」

「……失礼いたしました」


 最後にオーギュストに敬礼した後、ロドリグは沈んだ表情を浮かべながら退室していった。

 ロドリグがいなくなった事で部屋が静寂に包まれ、やがてオーギュストはおもむろに肘掛けに腕を置いて頬杖を着く。


「自分が犠牲に……か。何を考えている?」


 ぼんやりとオーギュストは暫しの間虚空を眺めていたが、頭の中で何か結論を出したのかゆっくりと口角が吊り上がっていく。


「なるほどな……暫くはお前の茶番劇に付き合ってやるよ」


 そう呟きを漏らしたオーギュストは、席を立ち上がって政務の続きに戻るのだった。











 一方その頃。意識を取り戻した千秋は、怪我の有無を確認した後に部屋に戻ってきたのだ。

 どこか焦点の合わない瞳で千秋は視線をさまよませ、ぼーっとしたまま部屋を見渡していた。


「春斗……春斗……」


 暫く魂がない抜け殻のようになっていたのだが、不意に異世界召喚された日の事が千秋の頭を過ぎった。


「うぅ……どうしてこんな事に……なんで私達がこんな目に……家に帰りたい……帰りたいよぉ……春斗ぉ……!」


 今までできるだけ考えないようにしていた前の世界の事を、春斗がいなくなったのを切っ掛けに千秋は思い出してしまったのだ。

 世界の理不尽さに嘆きながら、千秋はベッドの上で泣き崩れてしまう。

 長い間、千秋の泣き声が部屋中に木霊していたが、ある時を境にピタリと声が止まり静かになった。


「春斗……春斗は生きてるよね……? ……春斗は前にも勇者をしてたんだし……勇者……?」


 自分が漏らした呟きに引っかかったのか、千秋はベッドから起き上がると瞳を閉じて深く考え込む素振りを見せる。

 やがて、千秋は弾けるように俯いていた顔を上げると、絶望の表情に希望の色を宿していく。


「春斗は生きてる……!」


 そのまま転がり落ちるようにベッドから飛び降り、千秋は部屋を勢いよく飛び出した。

 大きな音を立てて開いた扉に、驚いたように付近のメイド達が振り向くが、千秋はそんな事等気にせずロドリグの元へ駆け出そうとする。


「ロドリグさんなら春斗の事を何か……あ、ロドリグさんの部屋を知らない。そ、そうだ! ネリアちゃんならっ」


 宛もなく走っていた方向をネリアの元へ変えた千秋は、もつれそうになる脚を懸命に動かしてネリアの部屋へ向かっていく。

 千秋は部屋にたどり着くまでの間に、自分の考えが間違っていないか口に出して確認する。


「春斗が前にも勇者をしていたなら、凄く強い筈」


 そう。千秋は以前に春斗から聞いた話を思い出し、ロドリグなら何かわかるのではないかと考えたのだ。

 そもそも、春斗が自分から殿をする事を立候補したのが、どうしても千秋の頭の中で引っかかっていた。

 意識を目覚めた直後は酷く取り乱していた千秋は、暫く経ってある程度冷静になった頭で、春斗が生きているという可能性を考える……いや、そう思いたいのだ。


「ネリアちゃんっ! 大事な話があるの、開けて!」


 もしかしたら春斗が死んだという最悪の考えが頭を過ぎってしまうが、その事をできるだけ考えないようにしつつ、ネリアの部屋の前にたどり着いた千秋は勢いよく扉を叩きはじめる。

 扉を叩くのと一緒に千秋が叫んでいると、ゆっくりと扉が開き中から瞳を真っ赤に腫らしたネリアが顔を出す。


「……千秋?」

「大事な話があるの。中に入ってもいい?」

「……どうぞ」


 涙の痕が残る表情を無理矢理笑みに変えるネリアの姿に、千秋は辛そうに視線を逸らしながら部屋の中に入る。

 ネリアの案内に従い向かい合ってソファに座り、改めて千秋の話を聞く体勢が整った。


「それで話とは?」

「うん。本当はロドリグさんにも話したいんだけど……」

「ロドリグに……?」

「えっとね……実は春斗の事──」

「やめてくださいっ!」

「──えっ?」


 そのまま春斗の事を話そうとした千秋だったが、大声を上げたネリアに話を遮られてしまった。

 驚愕したように目を瞬かせている千秋に対して、ネリアは表情を悲しげに歪めていく。


「……すみません、少し取り乱しました。……今はお兄様の話はしないでください」

「ネリアちゃんっ……」

「申し訳ないですが、お引き取りを」


 そう呟きを漏らしたネリアは、顔を俯かせたまま微動だにしなくなった。

 自分が告げる内容が何か誤解されていると千秋は気が付き、それに慌てた様子で立ち上がって口を開く。


「ね、ネリアちゃんは勘違いしてるよっ! 実は、春斗が生きているかもしれないの!」

「お兄様がっ!? ……嘘です」

「嘘じゃないよ、ネリアちゃん」

「嘘ですっ! お兄様は皆様を逃がすために自らが囮になって……! うぅ……憎いです……魔族が憎い……!」


 ネリアは瞳に憎悪の色を宿して表情を醜く歪ませていたが、やがて空虚な瞳に変わると涙を流していく。

 頬を伝った涙が服に染みを作っていくのにも気が付かない様子で、ネリアは人形のようにそのまま動かなくなった。


「最後まで聞いてネリアちゃん! あのね、前に春斗から聞いた事があるの」

「…………お兄様から?」

「そう! 本当は秘密にしてって言われてたんだけど、春斗は前にも異世界に召喚された事があるんだって!」

「……異世界に」

「だから、春斗ならそのまま助かってるかもしれない!」


 ネリアの元へ近づき手を握った千秋は、ゆっくりと理解できるように言葉を紡ぐ。

 それに対して、ネリアは握られた手を弱々しく握り返していたが、千秋の言葉を聞いていく内に焦点の合わない瞳が段々と定まっていく。


「……でも」

「ネリアちゃんっ! ネリアちゃんの中で、春斗はどんな人?」

「……お兄様はとっても強くて……優しくて……いつも皆様の事を見守ってくれる素敵な人です」

「そう、春斗は凄く強いの! ネリアちゃんも訓練の時は見てたでしょ?」


 そう問いかけた千秋の脳裏を過ぎるのは、訓練でいつも飄々としていた春斗の姿。

 最初は疑問に思っていなかったが、訓練をしていく内に千秋は疑問に思っていたのだ。

 自分や冬海達は毎回動けなくなるほど疲れるのに対して、春斗は汗をかく事はあっても特に疲労した様子は見られなかった。

 それに、指揮をする時の春斗は本当に的確であり、一朝一夕で身につかないその技術を既に使いこなしているのも千秋が春斗の生存を信じている理由だ。


「なら、お兄様は……!」

「うんっ、春斗ならきっとどこかで生きている筈。もしかしたら、もう騎士の人達と合流しているかもしれない」

「そう、ですね……そうですね。お兄様なら、スコルも倒しているかもしれません」


 千秋が春斗の事を考えている間に結論が出たのか、ネリアの顔に少しだが笑みが浮かんでいく。

 明らかに痩せ我慢だとわかる笑みだったが、それでもネリアの心が少し晴れたのは事実で顔色も良くなっている。


「それに、私の勘が言ってるんだ」

「勘、ですか?」

「そう。春斗は生きてるって……」

「千秋……」


 ネリアから手を離した千秋が胸の前に手を持っていくと、そう呟きを漏らしてそっと瞳を閉じる。

 闇夜を照らす蒼い月から送られている光と相まって、その幻想的な光景にネリアは見惚れたように千秋を黙って見つめていた。


「それに、春斗はお城に戻ってこない気がするんだ」

「え……?」

「多分、春斗にとってここは窮屈だったんじゃないかな」

「そう、なんですか」


 暫くして瞳を開けた千秋が告げた内容に、ネリアは悲しげに眉を下げて視線を俯かせた。

 そのまま泣き出しそうになっているネリアを見て、千秋は慌てたように両手を横に振る。


「違うよネリアちゃん。ネリアちゃんとの出来事は楽しかったと思うよ」

「そうなのでしょうか?」

「うん、そうだよ。ただ、春斗は旅をしたかったんじゃないかな?」

「旅、ですか?」


 首を傾げて疑問に思っているネリアに対して、千秋は頷きを返すと楽しげな笑みを浮かべて口を開く。


「そう、旅。春斗が前の世界の旅を話す時、凄く楽しそうだったんだ。だから、多分春斗はこの世界の旅をしたいんだと思うよ」

「なるほど……」


 その言葉に納得したように何度も頷いているネリアに、千秋は笑みを真面目な表情に変えて真っ直ぐ見つめる。

 その雰囲気を変わった事を感じ取ったネリアは、背筋を伸ばして千秋の言葉の続きを待つ体勢を取る。


「それで私思ったの。なんで、春斗が一緒に連れてってくれなかったのか」

「旅にですか?」

「そう。春斗にとって私達は足でまといだから旅に連れてってくれなかったんじゃないかな?」

「それは考えすぎでは?」

「ううん。少なくとも、スコルの時は足でまといだった」


 そう告げると、千秋はあの時の事を思い出したのか悔しそうに唇を噛む。


 スコルを見て無様に腰を抜かしたばかりではなく、足でまといだと春斗に切り捨てられて氷に閉じ込められた時。

 氷の中から春斗が戦っている姿を眺める事しかできなかった自分に、千秋は内心で激しい自己嫌悪を感じていたのだ。

 そして、春斗の魔法が解除された直後にロドリグから当て身を喰らわされ、薄れゆく意識の中で見た春斗の背中。

 意識を失う直前に千秋が思った事は、足でまといになった自分への憎悪と、もう化け物から戦わなくて良いという安堵だった。

 目を覚ました後に自分が思った醜い感情に、千秋は愕然すると同時に自己嫌悪の思いが強くなっていたのだ。


 あの時の事を思い出した千秋が唇を一層強く噛み、そのまま流れだす一筋の血を見たネリアが慌てて立ち上がろうとする。

 しかし、その事に千秋がネリアを手で制して、席に座り直したのを確認した後に口許を手で拭う。


「だから、次に春斗に会う時までに私は強くなりたいんだ」

「千秋……」

「これはその決意表明。今度は春斗に背中を預けてもらえるように修行をする」


 そう告げると、瞳に決然とした色を宿した千秋。

 拳を握って気合いを入れている千秋を見て、ネリアは暫く考え込む素振りをしていたが、やがて一つ頷くと真面目な表情を作って口を開く。


「──決めました。私も、修行します」

「ネリアちゃんが?」

「はい。私、お兄様……いいえ、千秋達が大変な目にあった時、何もできませんでした。その時思ったのです、私も皆様の力になりたい、と」

「ネリアちゃん……!」


 その強い意志が篭った瞳に、千秋は感動したようにネリアの手を取る。

 お互いの想いの強さを感じ取った事で、千秋達はどちらともなく笑みを浮かべていく。


「ネリアちゃん、一緒に頑張ろうね!」

「はいっ! 魔法しか使えませんが、私も頑張ります!」

「うんっ! ──待っててね、春斗」


 そう告げると鼻息荒くしているネリアを尻目に、千秋は窓の外にある蒼月に目を向ける。

 そして、目を細めつつ自分の決意を再確認した千秋は、空の向こうにいるであろう春斗に想いを募らせていくのだった。


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