第三十七話 追跡に命名
《──なるほどのぅ。お主も中々数奇な人生を歩んでいるようじゃな》
「俺としてはまったりスローライフを送りたかったんだよなあ」
《これもまた運命なのじゃ。素直に諦めて妾をもっと使ってたもう!》
相変わらず覚醒しても自己主張が激しいその姿に、呆れを通り越して感心してしまう。
あれから森の中を駆け抜けながら、俺は今までの事を掻い摘んで話していたのだ。
俺が異世界から召喚された事や、前にも召喚された事がある等を話すと、ベリシュヌは大層興味深そうな声を上げていた。
まあ、自分でもここまで奇妙な人生を送っているのはあまりいないと思うし、もし実際にいたら興味が出るのは仕方がない。当事者からすればたまったものじゃないが。
「どうせこの後は好き勝手できるから、お前を使う時は増えるだろうな」
《お、おお! やはりお主はわかっているのじゃ! 妾のこの美しい刀身を使わない等勿体ないからの!》
嬉しそうに声を弾ませているベリシュヌを尻目に、俺はそっと視線を逸らして内心で苦笑いしていた。
確かに、ベリシュヌを使う機会は沢山訪れるだろうが、この剣は残念な事にもの凄く目立つ。
普通の長剣とは違いすぎる水晶のような透き通った紅色の刀身。
もちろん、長く使っていると愛着が湧いてくるので、これはこれでとても気に入っている。
しかし、他の国まで行ければ使ってもいいと思うけど、少なくともこのローザイト国内ではあまり使う気が起きない。
恐らく、適当に量産品の長剣を見繕って使う事になるだろう。
「まぁ、他国でも使わないかもしれないけど」
《ぬ? 何か言ったかの?》
「いや、なんでもない……おっ。そろそろ出口だな」
視界の先で木々が開いており、光差し込んでいるのが目に入る。
無事に森を抜けられそうな事に自然と心を弾ませつつ、俺は走るスピードを上げていく。
《あれから敵が出てこなくて退屈なのじゃ……》
「俺からすればありがたい事なんだ──これは?」
《どうしたの……おお、敵かの!》
そのままの勢いで森を抜けようとしたのだが、前方で気配を感じて咄嗟に足を止める。
俺に数瞬遅れてベリシュヌも気配に気が付き、戦闘ができるのではと楽しそうな雰囲気を滲ませはじめた。
感じた気配は一つで、気配の大きさから人間がいるとわかる……わかるのだが。
「もしかして……あいつか?」
《むむ? お主の知り合いかの?》
「ああ、知っている気配だな。それにしても、なんでこんな所に」
《むう……敵ではなくて残念なのじゃ》
「流石に敵じゃないと思いたいが、な」
戦えない事に大層残念な声を上げるベリシュヌを尻目に、俺はいつでも攻撃に移れるように警戒しつつ、ゆっくりと森の外へ向かっていく。
やがて、森の外へ出た俺の目に入った光景は、二つの大きな鞄に頭を下げている女性だった。
「なんでお前がここにいるんだ──」
「──お待ちしておりました、春斗様」
「──クリスティア」
自然と険しい目つきで問いただす俺に対して、クリスティアは頭を上げると薄らと微笑を浮かべるのだった。
笑みを浮かべたまま静かに佇んでいるクリスティアの様子に、俺はいつでも攻撃できるように腰に靡いているベリシュヌに手を置く。
辺りに緊迫感が漂う空気が流れはじめ、その雰囲気を読んだのかベリシュヌは静かに静観するようだ。
念のため他に伏兵が潜んでいないかさり気なく目配せをするも、見晴らしの良い草原だからか他の人の姿が見えない。
気配も念入りに調べて、やはりこの場にはクリスティアしかいないという結論が出る。
それに、気になったのはクリスティアの傍にある二つの鞄。
どう見てもあの鞄は、旅用に使う丈夫そうなものだ。
それが二つあるという事は……
「まさか、城を抜け出したのか?」
「はい。本日付けでメイドは退職いたしました」
「やめた……? メイドを?」
「はい」
クリスティアから告げられた衝撃的な内容に、俺が思わず問い返すも迷いなく頷くのみ。
城に働いているメイドは沢山いるから直ぐにはバレなさそうだが、クリスティアがいないと気が付かれるのも時間の問題だろう。
いや、クリスティアを探す時に使用人達に聞き回った時、クリスティアの事を知っている人があまりいなかったな。
ならバレるのも時間が掛かる……って話が逸れた。
そもそも、何故クリスティアが城を抜け出したんだ?
確か、クリスティアは命を狙われた時の事情聴取がまだ終わっていない筈だし、仮に終わっていたとしてもわざわざ城を抜け出す必要はないと思う。
いやまぁ、クリスティアがこんな事をした検討は一応ついているけど、それを認めたくないというか、認めたら俺に責任が来そうというか……。
「一応聞くが……なんでメイドを辞めたんだ?」
「春斗様の元へ行くためです」
「いや、この事思いついたのついさっきなんだけど」
「勘です」
「勘かよ……」
「失礼、間違えました。愛です!」
その言葉に思わず肩を落としている俺に対して、何故かクリスティアは訂正するとよくわからない事を誇らしげに告げた。
胸を張って自信満々に宣言したクリスティアの姿に、もはや呆れを通り越して感心してしまう。
確かに、勘や直感等の感覚は馬鹿にでないけど、流石に愛と言われても困るのが俺の正直な感想だ。
告白された時は状況もあって見くびっていたが、どうやら俺はクリスティアの想いを甘く見ていたらしい。
「はぁ……まあ、それはいいや。クリスティアってまだあの時の話終わってなかっただろ?」
「いえ、春斗様に追いつくためにすでに終わらせました」
「何その有能さ。マリレーヌが泣くぞ」
「大丈夫です。彼女には手紙をしたためましたから」
「嫌な予感しかしないわ……」
クリスティアの事だから『春斗様と愛の逃避行をするために従者を退職させていただきます。探さないでください』みたいな明らかに馬鹿にしている内容になっていそうだ。
ああ。マリレーヌが地団駄を踏んで俺に向かって罵詈雑言を叫んでいる姿が目に浮かぶ。
「なあ。その手紙俺の事とか愛の事とか書いてないよな?」
「…………はい、かいていません」
「おいまてなんだその間は! しかも片言になっているぞ。目を逸らすな俺の目を見ろ」
「……っぽ」
「いや、なんでわざわざ口に出したんだよ……」
頬を染めながらも巫山戯ている相変わらずなその様子に、突っ込む気力も失せた俺はクリスティアから視線を外してため息をついてしまった。
先ほどのクリスティアの様子から、マリレーヌに余計な事を書いた手紙を渡したのだろう。
俺を探すための捜索隊に追加して、クリスティアを探す隊もできそうだ。
「過ぎた事は仕方ない、か。それにしても、よく俺だとわかったな?」
「確かに髪色は変わっていますが、私が春斗様を間違える筈がありません」
「そ、そうか。そう言われると照れるな」
真っ直ぐ見つめられて告げられた言葉に、俺は思わず頬を掻いて視線を泳がせてしまう。
そんな俺の様子を見たクリスティアは、腰に靡いているベリシュヌに目を向けながら口を開く。
「それに、その武器が目印になりましたので」
「……ベリシュヌ使うのやめようかな」
《な、なんじゃと!? それだけは止めてたもう!》
その言葉に今まで黙っていたベリシュヌが、思わずといった様子で声を上げる。
懇願するように頼み込んでくるその様子に、俺は優しくベリシュヌを撫でていく。
「冗談だって。お前には期待しているからな」
《任せてくれなのじゃ!》
誇らしげに告げるベリシュヌの頼もしい声に笑みが浮かびつつ、ふとクリスティアが静かになった事が気になり視線を移す。
そこでは、目を大きく見開いて驚愕を表情に浮かばせ、固まったまま動かないクリスティアの姿が目に入った。
そういえば、ベリシュヌが話はじめた……というか、覚醒したのはつい先ほどの事だったな。
文献で言い伝えとして残されてはいたが、確かな実例として武器が話すのは聞いた事がなかったので、クリスティアが驚くのも無理はない。
まあ、ベリシュヌ以外で話す武器等ありそうもないから、実際に目にするのは殆どないと思うけど。
「クリスティア?」
「っは! 今のはそちらが……?」
「バレちゃったし紹介しようか。こいつは、先ほど眠りから目覚めたベリシュヌだ」
《よろしくなのじゃ!》
「は、はあ……」
武器に挨拶されるという前代未聞な出来事に、目を白黒させているクリスティアに対して、俺はベリシュヌを紹介した時にある事を感じた。
ベリシュヌはそのまま武器の名前として使われているのだが、武器に宿っている人格というものの名前とは別物ではないかと考えたのだ。
先ほど話を聞いた限りだと、先代の遣い手達は全員ベリシュヌと呼んでいたらしいが。
「よし、ベリシュヌの名前をつける事にしよう」
《むむ? 名前じゃと?》
「ベリシュヌではないのですか?」
「それはこの武器の名前だろ。ベリシュヌの本体としての名前をつけようと思ってな」
「なるほど……」
納得したように頷いているクリスティアを尻目に、俺は顎に手を当ててベリシュヌの名前を考えていく。
まず、ベリシュヌの話し方から和風な名前がいいと思い、見た目から関連する名前を口に出す事にする。
「ベリシュヌ……紅……水晶……風鈴のような音……紅だと安直だしなあ」
《楽しみなのじゃ……!》
「うーむ……おっ!」
《決まったかの!?》
鞘を震わせて楽しそうに声を上げているベリシュヌに、自然と笑みが浮かびつつ俺は思いついた名前を告げるべく口を開く。
「お前の名前は『椿』……ツバキだ」
《ツバキ……》
「何故そのような名前に?」
刻み込むように自分の名前を反芻させ始めたベリシュヌ──ツバキに代わり、クリスティアが首を傾げて俺に尋ねてきた。
ツバキも名前の由来は気になるのか、呟いていた口を閉じて押し黙る。
「えっとな。俺の世界には花言葉っていう花に意味が込められた言葉があるんだけど。花によって込められた意味が違うんだ」
「ツバキという名前にも?」
「ああ。椿は確か……『誇り』とかそんな意味だったと思う」
《誇り……ま、まあ当然じゃな! 妾は素晴らしい魔剣じゃからのう》
本当は謙虚な美徳等といった控えめになって欲しい意味でもつけたのだが、ツバキが凄く嬉しそうに喜んでいるので言わないでおこう。
まあ、ツバキを使ってて頼りになったという意味で、誇りの花言葉を送ったのは間違いないけど。
「なるほど、詩的な表現にも通じているとは……流石春斗様です!」
「いや、俺が考えたわけではないし」
「それでもです!」
「そ、そうか……」
《流石じゃなお主は! いや、ここは主君と呼ばせて貰うのじゃ!》
「ツバキ様……春斗様の素晴らしさに気が付くとは。流石です」
《クリスティアと言ったかの? お主も中々わかっておるのじゃ!》
何故か急に仲良くなっていく二人の様子に、俺は思わず遠い目をしてしまった。
仲良くなるのは全然構わないのだが……よりにもよって俺の事が切っ掛けで仲良くなるとは。
全肯定をしそうな雰囲気のクリスティアだけでも大変なのに、これでツバキも加わってしまったら先が思いやられる。
このままではいつまでも話していそうな雰囲気だったので、俺は手を叩いてクリスティア達の注目を集めていく。
「はいはい、話は後でな。……もうここまでクリスティアが来てしまったし、俺達の旅に同行するのも仕方ない、か」
「そ、それでは!」
「ああ、クリスティアも一緒に来るか? いや、できれば来て欲しい。身の回りの事とか助かるから」
「──はい!」
期待したように目を輝かせていたクリスティアは、俺の言葉を聞いて満面の笑みを浮かべて頷いた。
そして、俺達はクリスティアが持ち出した鞄を手に取り、視界に入った街道沿いに歩きだす。
「ところで、春斗様?」
「どうしたクリスティア?」
「どこへ向かわれているのですか?」
「まあ、とりあえずは近場の街にかな」
「その後は?」
俺の斜め後ろへ着いたクリスティアが首を傾げて尋ねてきて、その様子に俺は自然と楽しげな笑みを浮かべてしまう。
「俺達がまず目指す場所は──獣人の国だ」
俺の口から告げられた内容に、クリスティアは驚いたように目を瞬かせるのだった。




