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第三十六話 覚醒と逃亡

「お前それはっ!」


 俺が告げた内容にロドリグは思わずといった様子で、素早く振り向くと驚愕した表情を浮かべた。


 正直、俺は皆ほど切羽詰まっていないので余裕があり、この時が城から出るのに最適だと考えたのだ。流石に罪悪感はあるけど。

 このままスコルに手古摺る(てこずる)っているのはまずいし、ついでに俺の目的も達成できて一石二鳥だと思う。

 それに、この時を逃すと勇者達の安全により気を配りそうだから、俺がスローライフを送るのが難しそうだというのもある。


「いいですか? 魔王討伐には勇者が必要です。そして、勇者の中でも光属性の適性がある龍牙が特に重要です」

「それと春斗が囮になる理由は関係ないだろ!」


 そんな本音を伝える訳には当然いかないので、それらしい建前を告げるとロドリグは否定の声を上げた。

 こんな俺を心配してくれているその姿に、内心で苦笑いしつつ深刻そうな表情を作る。


「いえ、あります。見ての通り、千秋達は全員満身創痍です。千秋も魔力がないので、戦闘はできないでしょう」

「だったらオレが囮に!」

「ロドリグさんだって、本当はわかっていますよね?」

「それは……」


 その言葉にロドリグは目を逸らし、畳み掛けるのは今だと感じ取った俺は立て続けに口を開く。


「俺の『氷の城壁』ももう少しで解けてしまいますし……決断してください、ロドリグさん」

「……くっ!」


 やがて、ロドリグは腹を括ったのか、悔しそうに顔を歪めると唇を強く噛み締めた。

 最後に俺を歯痒そうに一瞥した後、ロドリグは千秋達の方へ向かっていく。

 ロドリグの背中を見るのと同時に俺が『氷の城壁』を解除すると、千秋が突然氷の壁がなくなった事にキョトンとしている。


「あっ、壁が。ロドリグさん! 春斗を──」

「すまんな、眠っていてくれ」

「──どう、して……」


 近づいてくるロドリグに千秋が駆け寄っていくが、当て身を食らわされて意識が朦朧としているようだ。

 俺へと手を伸ばしながら意識を失った千秋を抱え、ロドリグはこちらへ真剣な表情を向けた。


「必ず後で助けにいくから、それまで生き残ってくれっ! ……すまないっ!」


 千秋達三人を上手く抱えたロドリグが悲痛な声を上げ、そのまま振り返ると森の入口へ向けて走り去っていった。


「期待しないでおきますよ。……さて、と」

「グルルッ」


 そのやり取りをどこか余裕そうに静観していたスコルに、俺は無意識に不敵な笑みを浮かべてしまう。

 チビスコル達が俺を囲うように陣形を組んでいき、各々が身体に力を入れる素振りを見せる。


「ロドリグさん達を追わないのか?」

「グルルッ」


 俺の言葉を理解したのか知らないが、スコルは傲慢そうに鼻を鳴らしていた。

 どうやら、一人になった俺から始末するために、わざわざ全員で残ったようだ。


「なるほどね。まあとりあえず──第二戦開始といきますかっ!」


 全員が残った理由を理解した俺は、そう呟きを漏らして魔力を高めていくのだった。











「まずはっと……〈自戒の鎖(シールチェイン)〉」

「グルルッ!?」


 高まっていく魔力に警戒する様子を見せるスコル達に、俺は笑みを浮かべながら自分に掛けていた封印を解くためのキーワードを唱えた。

 その瞬間、俺の身体に魔力で創られた数多の鎖が浮かび上がり、やがてそれ等にヒビが入ると砕け散って魔力の粒子となって辺りへ舞う。

 唐突な俺の変化に驚きの声を上げているスコル達を尻目に、俺は身体を伸ばして調子を確かめていく。


 修行用に身体能力を制限するための魔術が、この〈自戒の鎖〉の本来の使い方なのだ。

 それを、俺は自分の身体能力の高さを隠蔽する事にこれを使ったという訳だ。


「うん。やっぱり身体が軽くなるな」

「グルルルゥ……」


 ベリシュヌを適当に振り上げたりしてみると、やはり風を切る音が先ほどとは断然違う。

 暫くベリシュヌを振り回して身体に馴染ませた後、俺は低く唸りながらこちらを注意深く観察してくるスコル達へ目を向ける。


「今の内に攻撃しなかった事を後悔するなよ? ──ふっ」


 いまだに攻撃する素振りを見せないスコル達に自然と口角が上がり、そのまま俺は右側にいるチビスコルへ跳び込んで、首を断ち斬る。

 その勢いのまま俺は近くの木へ駆け寄り、宙返りして脚を乗せる。

 そして膝に力を入れて、スコルへ跳びついた。


「グル……?」

「グルルッ!?」


 俺が木を蹴った音が鳴った瞬間、チビスコルの首が落ちていく。

 そこで初めて自分の元へ来ている事に気が付いたスコルが、驚愕したような声を上げている。

 すでに自分の懐まで入られた事に気が付いたスコルは、俺の斬撃に対して前脚を振り上げて爪で受け止める。


「『精霊よ、氷と成りて彼の者を切り裂け! ──氷の刃(アイスカッター)』」

「グルウアアッ!?」


 千秋が使った『白夜之世界』のお蔭で氷魔法の発動がスムーズになり、その結果スコルは俺に鼻先を深く切り裂かれる。


「よっと。うん、魔法の調子も良し」

「グルルルア!」


 瞳に殺意の色を宿して、俺を睨んでくるスコル。

 その様子をスコルから飛び退きながら観察しつつ、そろそろ本格的に動くために俺は地面に手を置く。


「さて、と。『精霊よ、百合と成りて彼の者に最期の憩いを与えたまえ! ──百合の永眠(リリーレスト)』」

「グルルウッ!」

「グルアッ!?」

「グルルル……!」


 俺の手から青白い魔力が地面に浸透していき、やがて地面から氷で創られた数多の百合の花が周囲に咲き誇る。

『百合の永眠』の効果に勘づいたのか、仲間に警告するように声を上げて跳ぶスコル。

 しかし、チビスコル達が逃げる事は叶わなく、脚元に百合の花が咲いていく。


「そらっ! もういっちょ──」

「グルルルァ!」

「──っと、危ない危ない」


 脚元が氷の花に捕らわれて戸惑っているチビスコル達に、俺は高速で駆け寄り首を断ち切る。そしてそのまま身を翻して飛び退く。

 その直後、上空から強襲してきたスコルが爪を振り下ろす。

 地面が深く抉れ氷が砕け散り、辺りに欠片が舞う。


「さて、ここからどうするかな……ん?」


 このままスコルを始末するかどうか内心で悩むのと同時に、ベリシュヌに着いた血糊を振り払う。

 その時、俺はベリシュヌの様子が可笑しいのに気が付き、目を向ける。

 そこには、刀身を紅く光り輝かせて脈動するように震わせているベリシュヌの姿が目に入ったのだ。


「グルルルウッ!」

「うーん、なんだ? 覚醒でもするのか?」


 身体に魔力を込めて飛び掛かってくるスコルに、初級魔法を牽制に放ちながら暫くベリシュヌに意識を傾けていく。

 やがて、ベリシュヌの輝きが一際増したかと思えば、まるで幻だったかのように光が消え失せた。


「おいおい、なんだっ──」

《うーん……よく寝たのじゃー!》

「──たって。このタイミングでかよ……」


 何も起こらなかった事に俺が眉をひそめていると、ベリシュヌから女性の声が聞こえてきた。

 そのどこか和風な話し方をする声を聞いた俺は、スコルの攻撃を避けながら思わず遠い目をしてしまうのだった。











《久々に血を沢山吸えて気分がいいのじゃ! ぬ、お主が今代の(わらわ)の遣い手かの?》

「グルルアァァァッ!」

「せいっ! ……ふう。お前が言う遣い手がベリシュヌを指すならそうだな」

《おお。お主中々やるではないか! ……ふむ、今代の遣い手は優秀であるの》


 一通り叫んで満足したのかベリシュヌが機嫌良さそうな声で尋ねてきた。

 その言葉に、スコルが飛ばした衝撃波を斬り裂きながら頷く。

 衝撃波を斬った事に声を弾ませていたベリシュヌは、暫し悩むように間を開けてから楽しそうな声を上げる。


 どうやって俺の行動を見ているのかは置いといて、どうやらベリシュヌに意識が宿っているというのは本当のようだ。

 まあ、初めてロドリグの話を聞いた時から自己主張が激しかったので、ベリシュヌに意識があるとは前から思っていたが。

 ベリシュヌの発言から推測をすると、意識が蘇ったのは血を沢山吸わせたからだろうか?


「グルルルル……!」

「っと、考え事をしている場合じゃないな」

《お困りかの? それなら妾の出番なのじゃ!》

「出番ねえ……何ができんの?」

《妾に魔力を流してみるのじゃ》

「どれどれ……おっ?」


 お互い距離を離して梱着状態になった俺を見て、ベリシュヌがワクワクした雰囲気を滲ませて自信満々に声を上げた。

 その言葉に内心で訝しみつつベリシュヌの指示に従い魔力を流してみると、刀身が紅い魔力で覆われて思わず目を見開く。


 ベリシュヌが覚醒──意識が蘇ったから覚醒とする──するまで魔力を込める事ができなかったのだが、どうやらただの魔力なら込められるようになったようだ。

 まあ、龍牙の『付与魔法』を見てしまったので、これを見てもただの劣化にしか見えないけど。


《ふふん、凄いじゃろ? これを使えばあんな犬っころ等瞬殺なのじゃ!》

「いや、これ何ができるんだよ」

《おお! そういえば、説明がまだだったの。魔力を込めた状態で敵を斬ると、斬った敵の血を吸う事ができるのじゃ!》

「それは凄いけどなあ……」


 どう考えても龍牙の槍と内容が少し被っている。

 いや、確かに血を吸うのは便利だろう。

 敵の血を吸えばそれだけ弱らせる事ができるし、生物には例外なく──ゾンビ等の死者は除く──血が流れているので効果はある筈。

 しかし、あれだけ覚醒するための過程があった割には、なんていうか物足りなく感じてしまう。


《ほれほれ! 妾の能力を使ってあの犬っころをやっつけるのじゃ!》

「ああ、言い忘れてたけどあいつは殺さないから」

《な、何故じゃ! そこは妾の華麗な能力を使って褒め称える場面じゃろ!?》

「いやさ、この戦闘も見張られている可能性があるから、できるだけ俺が劣勢に見てるようにしたいんだよね」

《ぬ、ぬう……》


 スコルからの攻撃を段々と捌けなくなったように見せかけ、少しづつ攻撃に当たりつつベリシュヌの不満そうな声に答えていく。

 その言葉にベリシュヌは大層不満そうに唸っていたが、俺が簡潔に今までの状況を説明すると渋々とだが納得してくれた。


「って事で、そろそろ動くかね……ぐっ!」

「グルウアアッ!」

《つまらないのぅ……あんな犬っころに逃げる等屈辱なのじゃ!》

「すまんな、これも未来のためなんだ」

《……妾は武器じゃから持ち主の指示に従うまでじゃ》

「ありがとな、ベリシュヌ」

《ぬ、ぬう。そこまで真っ直ぐお礼を言われると照れるの》


 若干声が上擦っているベリシュヌを尻目に、俺は上手くスコルの攻撃を受け流して森の奥へ飛ばされる事に成功した。

 空中で身体を捻って勢いを殺してから着地をする。

 そのまま周囲を素早く目配せして無事に安全を確認した俺は、気配を辺りに溶け込ませつつある方向へ走っていく。


「グルウウアァァァッ!」

「ちっ、鼻を潰したが攻撃が足りなかったか」

《ところでどこへ向かっているのじゃ?》

「ああ、それは川だよ」

《川? そこになにかあるのかのう……》

「まあ、そこは着いてからのお楽しみだな」


 背後から近づいてくるスコルの気配を感じながら、ベリシュヌと言葉を交わしている間に俺達は無事に川にたどり着いた。

 川の深さを確かめた後振り向き、追い詰めたと思ったのかゆっくりと歩み寄るスコルに目を向ける。


「グルゥ……」

《むむっ! 今あやつ妾を馬鹿にしたのじゃ! 許せぬ、あやつの血を吸いつくしてやらぬか!》

「落ち着けベリシュヌ。はぁっ!」


 瞳に侮蔑の色を宿して声を上げたスコルに、ベリシュヌが興奮した様子で早口でまくし立てはじめた。

 その言葉を表すように震えるベリシュヌに声を掛けつつ、俺はスコルへ駆け寄り斬撃を繰り出す。


「グルルルァッ!」

《これ! もっとしっかり反撃せぬか!》

「無茶を言うなって! はあっ!」

「グルウアアッ!」

「ぐっ……!」

《何故そんな──ま、まさか! や、止めるのじゃっ! このままだと妾が錆びて──》


 わざとスコルの攻撃を受けた俺は、派手に血飛沫を散らしながら吹っ飛ばされてしまう。

 そして、そのまま衝撃を殺してから川へ飛び込み、川の流れに逆らわず泳いでいく。

 川の底から背後の様子を窺うために振り向けば、水面にスコルが鼻を近づけて臭いを嗅いでいるのが目に入る。

しかし、川から中々俺が出てこないので、死んだと思ったのか身を翻して森の中へ消えていった。


《なんて事をしてくれたのだお主は!? このままだと妾の美麗な刀身が錆びてしまうのじゃ!》


 怪我をした所を治療しつつ無事に逃げられた事に笑みを浮かべていると、俺の頭の中にベリシュヌの声が響いた。

 いや、説明しなかった事は悪いと思っているけど、俺もさっき思いついた策とも言えない作戦だったし。

 その怒気が伝わる激しい口調に苦笑いしている俺の様子に、ベリシュヌは一旦落ち着いたのかゆっくりと深呼吸──剣に呼吸等あるのだろうか──をしていく。


《すぅ……すまんの、落ち着いたのじゃ。……ぬ? もしや、話し方がわからぬのか? ならば、伝えたい言葉を魔力に乗せて妾に流してみるのじゃ》

『……こう、か?』

《おお、初めてでできるとはお主は優秀だの》

『それはどーも。いきなり川に飛び込んで悪いな』

《もういいのじゃ。お主の目的もわかった事だしの》

『そう言ってくれると助かる……そろそろいいかな』


 暫くベリシュヌと話している間に結構川に流されたので、俺は頃合いを見計らって水面に上昇していく。

 水面に顔を出して周囲を素早く見渡し、近くに気配がない事を確認してから川から上がる。


「ふぅ……水を吸って気持ち悪いな」

《あの犬っころから逃げる事が目的だったようじゃが、これからどうするのじゃ?》

「それはこれから説明するよ。お前とは長い付き合いになりそうだからな」

《当然じゃ! お主は妾に選ばれたのじゃからの!》

「はいはい……〈異次元容器(ボイドコンテナ)〉」

《むむ……?》


 ベリシュヌを地面に突き刺した後に、俺は空中に手を向け呪文を唱えた。

 その瞬間、空中に魔方陣が出現したかと思えば、直ぐに黒い渦へと姿を変えていく。

 目の前で起きた不可思議な現象に興味深そうなベリシュヌを尻目に、俺は黒い渦の中に腕を突っ込み目的のものを取り出す。


「これとこれ……あとはこんなものか」

《お主は何者なのじゃ?》

「それも後で話す」


 ベリシュヌの問い掛けにおざなりに対応しながら、俺は手早く着替えを済ませて着ていた服はとりあえず黒い渦の中へ放り込む。

 指を鳴らして〈異次元容器〉を解除した俺は、収縮していく黒い渦を視界に入れつつ左手首に金色の腕輪を身につけた。


《むむ? お主の髪色が変わったの》

「その様子を見る限り無事に発動したようだな」

《その腕輪の効果じゃろうな》


 ベリシュヌが推測した通りこの【偽装の腕輪】は、装備者の髪色と目の色を変える事ができる魔道具なのだ。

 前の世界で自分の正体を隠すために、この魔道具を特注で作ってもらって多用していた。

 恐らく、傍から見たら今の俺の姿は、金髪に茶色の瞳というこの世界で珍しくない姿になっているだろう。

 この世界を調べていてわかった事なのだが、どうやら黒髪はここでは目立つようなので、この【偽装の腕輪】を使おうと思い立った訳だ。


「さて、さっさとここを脱出しますか」

《むう……色々と聞きたい事はあるのじゃが、確かにお主の言う通りだのう》

「俺も聞きたい事はあるしな……よし、じゃあ行きますか!」

《うむ!》


 元気な声を上げて震えるベリシュヌに苦笑いしながら、俺は森の出口を目指して走りはじめるのだった。

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