第三十一話 森林戦
「これが……オーガ」
思わずといった様子で漏らした千秋の呟きが、辺りに響き渡った。
オーガの背丈はゴブリンとは比べものにならない。
ゴブリンは俺の腰辺りまでしか背丈がなかったが、オーガの場合見上げなければならない大きさで、ざっと見た所で三メートルぐらいありそうだ。
肌の色は本に書いてあった通りの赤色で、額に生えている一本の角に厳つい顔付きと相まって、威圧感を感じられる姿になっている。
数は三体でそれぞれ手に武器をもっており、棍棒が二体に剣──人間サイズでいえば大剣──が一体。
とりあえず、わかりやすいように剣を持っている方を『大鬼剣士』と呼ぶ事にした。
何故かオーガにはゴブリン達みたいな区別はないようで、どの武器を持っていても一括りにされているらしい。
「そうだ、これがオーガ。見てわかるように力強いのが特徴だな」
「そして、その巨体からは想像できない機敏な動作もしますね」
「今回は全員前衛で、魔法を使う後衛がいなくて良かったよ」
千秋達も各々がオーガの感想を零して警戒した様子を見せている。
「そうだな。後はいつも通りお前達だけで戦ってみてくれ」
「ガァァァ!」
「では、まずは私の矢で……ふっ!」
ロドリグがそう告げて後ろへ下がった事が合図だったように、オーガが再び雄叫びを上げてこちらへ駆け出してきた。
オーガの動きに反応した俺達は散開し、後ろへ下がりつつ振り向いた冬海が、ひとまず小手調べに矢を一本放つ。
「ガァ?」
「うーん、やはり何もしないと矢が刺さりませんか」
「私もやってみるよ! 『精霊よ、風と成りて彼の者を切り裂け! ──風の刃』」
適当に狙ったからかオーガの肩に当たった矢は、ゴブリンと違い分厚い肌に阻まれ弾かれてしまった。
矢が刺さらなかった事に残念そうな表情を浮かべた冬海を尻目に、今度は千秋が杖を掲げて『風の刃』を唱える。
その瞬間、複数の鎌鼬が出現すると高速でオーガ達の元へ襲いかかった。
「ガァ!」
「俺達もいくぞ、龍牙!」
「任せて!」
「ガァァァ!」
千秋が呪文を唱えるのと同時に俺達も駆け出していき、鎌鼬に薄く肌が切り裂かれたオーガにベリシュヌを抜き放って斬りかかる。
「はっ!」
「ガァッ!」
戦闘の気配を感じて歓喜に震えるベリシュヌに内心で苦笑いしつつ、俺が振り下ろすとオーガはそれに気が付き、巨体に似合わない機敏な動きで防いできた。
「おらっ!」
「ガァァァ!?」
棍棒と鍔迫り合いになる直前に上手く受け流し、それにより体勢を崩したオーガの横を駆け抜ける。
その時すれ違いざまに、左手首の腱を斬り裂く。
「このままこいつを──っち」
「ガァァ!」
手首を斬られた痛みで叫び声を上げたオーガに追撃しようとするも、もう一体がこちらに向かってくる気配を感じて飛び退く。
「今度はこれで。『精霊よ、妖精と成りて我に代わり彼の者に祝福を与えたまえ! ──妖精の靴』」
「サンキュー、千秋!」
「魔力充填──【魔力の矢・散】」
千秋がそう唱えた瞬間、風が吹くと俺の脚に纏わりはじめた。
機敏性が上がる魔法を使ってくれた千秋に感謝している間に、冬海がウルテルスに番えた矢に魔力を込めて射ち放つ。
「ガァァァ!」
「ガァァ!?」
上空に放った魔力が込められた矢が途中で弾け飛ぶと、そのまま矢の雨となりオーガ達へ降り注ぐ。
攻撃力はそこまでない牽制技だった筈なのだが、それなりに痛みはあるらしくオーガ達は嫌そうに武器で矢を振り払っている。
「ガァ?」
「よし、今の内に! 『付加魔法・光』」
仲間が攻撃されている姿を見て、龍牙と斬り結んでいたオーガソードマンの注意が逸れ、その隙を見計らい龍牙が呪文を唱える。
その瞬間、アテナルが白く光輝きはじめ、やがて光が龍の形に変わっていき、それを龍牙が構え直す。
「悪いけど、そろそろ決めさせてもらうよ。『白龍の──』」
「ガァァァッ……!」
「『──穿通』」
龍牙は白い軌跡を描きつつオーガソードマンの横を駆け抜け、アテナルを振り払う。
すると、オーガソードマンの腹に大きな風穴が開き、苦悶の声を上げながら後ずさった後、そのまま倒れ伏して事切れてしまった。
「おー、流石龍牙だな。ふっ!」
「ガァ!」
「ガァァァ!」
「『精霊よ、火と成りて彼の者を惑わせ! ──火の蝶』……冬海ちゃんまだー?」
「もう少し……いけます!」
『妖精の靴』でより機敏になった動きでオーガ達の注意を錯乱しつつ、見事にオーガソードマンを倒しきった龍牙の姿を見て笑みを浮かべる。
脚元を適度に斬って機動力を奪っていく俺に対して、千秋は『火の蝶』をオーガの顔に飛ばして彼等の行動を阻害している。
冬海の技を放つための時間稼ぎも無事に終わったので、そろそろ俺達も決着を着ける事にする。
「よし、サポートは任せろ。『精霊よ、氷と成りて彼の者を拘束したまえ! ──氷の首輪』」
「ガァ!?」
「ガァァァッ!」
苛立ちからか大振りになった振り下ろしを躱して呪文を唱えると、オーガ達の脚元が氷で創られた首輪に覆われだす。
突然脚元が凍った事にオーガ達は驚き脚を動かそうとするが、地面にまで侵食された氷によって動けないようだ。
「魔力は多めに入れたがあまり持たないぞ」
「いや、もう準備が終わったから大丈夫。『精霊よ、羊と成りて我が障害を焼き尽くせ! ──雷の羊』」
「魔力充填──【魔力の矢・貫】」
俺の言葉に軽く返した千秋が呪文を唱えた瞬間、雷でできた羊が出現して辺りを跳ね回りはじめた。
それと同時に、矢に魔力を込め終わった冬海が俺達に合図を送る。
「いけー羊ちゃん!」
「──射る」
「ガァァ……」
杖をオーガへ突きつける千秋の動作に併せて、羊が緩い顔をしたままオーガへ突っ込んでいき、冬海も魔力を込めた矢を射ち放つ。
雷のくせにやけに遅い羊を追い抜いた矢がオーガの目に突き刺さり、そのまま後頭部を貫通すると森の奥へ飛んでいった。
短い断末魔を上げてオーガが倒れた直後、羊の速度が急に上がったかと思えば残りの方へ体当たりする。
「ガァァァァァァッ!」
雷の体毛に包まれ全身を丸焦げにされたオーガは絶叫をしながら辺りを転げ回るが、動きが段々と弱々しくなっていきやがて動かなくなった。
「お疲れ、春斗達も大丈夫だったみたいだね」
「そっちもな。龍牙の方も平気だったようだし」
「ふぃー、お疲れー」
「もう少しオーガの闘い振りを見ていたかったですぅ!」
オーガが完全に死んだ事を確認した後、俺達の戦いを眺めていた龍牙がこちらへ近づき声を掛けてきた。
その言葉に返事をしている俺達の元へ千秋達も近づき、それぞれ労いの声を投げかける。
まあ、オーガをあまり堪能できなかった事が、冬海にとって不満だったようだが。
「初のオーガだったが、特に問題ないようだな」
「そうですね、危ない場面もありせんでしたし……ロドリグさん?」
難しい顔を作っているロドリグの姿に、龍牙は疑問に思ったのか言葉の途中で疑問の声を上げる。
千秋達と共に戦闘の後始末をしていた俺も、そのロドリグの表情には思わず納得してしまった。
確かに、今回は特に問題もなくオーガを倒せたし、千秋達も怪我どころか結果的に無傷で勝つ事ができた。
しかし、今起きている森の異変と合わせて考えても、このまま無事に城へ帰られるとは全く思っていない。
「とりあえず、オーガ達も問題ない事がわかったからさ。後始末が終わったら一旦城へ帰ろうか?」
「そうだな、オレも春斗の意見に賛成だ」
内心の不安を隠しつつ告げた俺の言葉に、ロドリグは直ぐに頷き賛成の意を示したが、それに対して千秋達は渋い顔を作る。
「うーん……僕は春斗の意見に賛成かな」
「えー、まだ一回しか戦っていないよ? 流石に早すぎると思うよ?」
「そうですよ、もっとオーガと戦って経験を積まなければ魔王を倒せませんよ!」
「冬海の場合はオーガを見たいだけだろ」
「そ、そんな事ないですよ?」
冬海がファンタジー好きなのは知っていたので、もっと戦いたいと俺の意見に反対する事は想定内だ。
しかし、あれだけ戦闘を嫌がっていた千秋まで反対するとは思わず、少なからず驚いてしまう。
「はぁ、いいか? 今この森の様子が──ってまじかよ。ロドリグさん!」
「ああ、わかっている。……お前達、構えろ!」
「え、え?」
千秋達にこの森の異変を伝えようとした矢先に新たな気配を感じ、俺はロドリグへ目を向けて確認を取る。
ロドリグもこの強大な気配を感じたようで、表情を先ほどより険しくすると背中の大剣を抜き放っていく。
「慌てている暇はないぞ、千秋。次の奴は大物だ……まずいな」
「え、大物……?」
「こ、これは! 遂に来ましたか!」
何が近づいてきてるか検討が着いた冬海が目を輝かせはじめ、こんな時にも変わらないその様子に思わず苦笑いを浮かべる。
俺が感じ取った気配は複数ではなく一体だが、その気配の強大さは先ほどのオーガとは比べものにならない。
「はぁ……今回は千秋達の死線になるかもれないな」
「どういう事、春斗?」
「その答えがもう直ぐで来るぞ──」
「グガァァァァァァ!」
やがて、俺達の前に姿を現したオーガを見て、千秋は唖然とした表情で口を開く。
「何……あれ?」
「ゴブリン達の群れにゴブリンリーダーがいるように、オーガ達のリーダーと呼べるべき存在がいます」
「それが、あれ?」
「そう、彼がオーガ達のリーダーである──『大鬼将軍』です……いやー、鉄板ですね!」
「グガァァァァァァ!」
満面の笑みを浮かべて告げた冬海の言葉に、オーガジェネラルは威嚇するように再度雄叫びを上げるのだった。




