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第三十話 森の異変

「──本当に行くのですか、お兄様」

「そりゃ、そういう予定だったからな」

「うぅ……でも」


 服の裾を掴んで離してくれないネリアの姿に、俺は内心で思わずため息をついてしまった。


 あれから千秋達の悪ノリを止めた後は特に事件等もなく、とうとう俺達が鬼の森の奥へ向かう日になった。

 最近はネリアも見送りをしていなかったのだが、今回は何やら嫌な予感がすると俺達を行かせないように止めてくるのだ。

 恐らく、今回は俺達が森の奥地に初めて行くから不安になっているのだと思うのだが。


「大丈夫だよネリアちゃん! いつも通りの実戦訓練するだけだよ」

「私達が力を合わせればオーガなんて余裕です!」

「それに、ロドリグさんもいるし大丈夫だよ」

「皆様……」


 安心させるように笑顔と共に告げた千秋達の言葉に、いまだに不安を隠せないようだがネリアは少し落ち着いたようだ。

 オーガは今までのゴブリン達とは違い、数が多いと中堅冒険者も手こずるレベルの強さなので、やはり俺達が怪我をしないか心配なのだろう。


 ──それにしても……。


 俺の気のせいであれば良いのだが、千秋達の言動から僅かに過剰な自信が滲み出ている気がするのだ。

 確かに、初の実戦から見違えるほど千秋達も強くなったと実感している。

 しかし、自信と慢心は違う。そこを履き違えると、必ず手痛いしっぺ返しをくらい後悔をする筈。

 実際に、俺も慢心して仲間達を危機に陥らせて、一歩間違えれば全滅してしまう出来事を経験した。

 あの時は運が味方したのと、仲間達のフォローのお蔭もあって大事には至らなかったが……。当然、仲間達からはこっぴどく怒られたな。


 内心で千秋達の慢心に危機を感じつつ周囲を見回すと、俺と同じ結論を出したのかロドリグも難しい表情を浮かべていた。


「ロドリグさん」

「ああ、わかってる」


 俺が念のために確認の声を掛けるも、やはりロドリグには必要なかったようだ。

 流石騎士団を率いているリーダーだけあり、千秋達の慢心を的確に読み取っている。

 本当は千秋達の気を引き締めるために、慢心している事を告げた方が良いのだろう。

 しかし、こういう過信や慢心等は人から指摘されてもわからないもので、最悪の場合にはこちらの言葉を信用せずに疑い、そのまま仲間割れを引き起こしてしまうかもしれない。

 まあ、オーガと言ってもロドリグがいればそこまで危険ではないと思い、実際に千秋達に体感して貰った方が早いと思ったという事が主な理由なのだが。


 ロドリグもその意見については俺と同じのようで、オーガを前に余裕を無くさせその自信を打ち砕く事にしたらしい。


「よし、そろそろ森へ向かうぞ」

「あ、はい……皆様お気をつけて」


 僅かな不安を心の中で感じながら、心配そうな表情を浮かべているネリアに見送られた俺達は鬼の森へ向かうのだった。











 ネリアに見送られた俺達は、いつも使っている道を伝って鬼の森へ入った。

 現在、周囲を警戒しながら森の奥地へ向かっているのだが、あまりにも森が静かすぎる。

 魔物達の気配はもちろん、小動物や虫の息遣いも気のせいか普段より小さく聞こえるのだ。


「妙だな……」

「そうですか? 私はいつも通りだと思うけど」

「確かにゴブリン達も見当たりませんが、そこまで警戒するほどでは」

「うーん、ロドリグさんは気にしすぎだと思いますよ」


 俺だけではなくロドリグもこの森の異変に気が付いたようで、訝しげな表情を浮かべて辺りを見渡している。

 いつもより警戒する仕草を見せるロドリグに対して、千秋達は危機感を感じていないのかのほほんとしていた。


「ロドリグさん、ちょっと木の上で遠くを見てきてもいいですか?」

「ああ、頼む。下はオレが見張っておくから」

「お願いします。『精霊よ、水と成りて彼の者を拘束せよ! ──水の鞭(ウォーターウィップ)』」


 木に登る事をロドリグから許可を貰った後、俺は右手に『水の鞭』を創り出して近くの木の枝に巻き付けた。

 そして、助走をつけて跳び上がるのと同時に、『水の鞭』の長さを縮めて上手く枝へ掴まる。

 暫く枝に渡るのを繰り返していき、やがてこの辺りで一番高い枝へ掴まるとそのまま枝の上へ登った。


「ふぅ……ここならよく見える」


 下を覗けば千秋達の姿が小さくなっており、こちらへ手を振っているのがなんとなくわかる。

 千秋達に手を振り返しつつ目を凝らして辺りの様子を探るも、やはり鳥どころか空を飛んでいる影すら見えない。

 まあ、比較的開けているとはいえ森の中なので、俺が見逃している可能性もあるが。

 上空から遠くを見渡してもゴブリン達の姿が見えず、明らかにこの森に異変が起きている事がわかり思わず眉をひそめてしまう。


「何かが起きている事は確実か……」


 生き物がこの辺にいない理由は、少し考えるだけでも幾つか思いつく。


 一つ、この森では元々こういう事がある。

 これは、恐らく殆どありえないだろう。

 ロドリグが知らなかっただけという可能性もあるが、この異常な静けさを偶然等と片付けるにはいささか腑に落ちない。


 二つ、森の生き物が全てこの辺りから逃げ出した。

 これは可能性としてはある程度考えられる。

 しかし、となるとこの森の生物は()から逃げたのかが非常に重要になってしまう。

 大量の数に押されて逃げたのか、あるいは強大な敵から逃げ出したのか……。


「そして三つ目。生き物が殺されて全滅したか……か」


 この可能性が二つ目と殆ど同じに感じるが、先ほどとは違うのはその何かが好戦的という事だ。

 餌が欲しくて殺しただけならまだいい。問題なのは、その何かが殺す事が目的だった場合。

 その場合にその何か──敵と出会ってしまうと、俺達は逃げる事もできず自ずと戦闘する事になるだろう。

 隙をついて逃げられればいいのだが、そう上手くいくか不安に思う。

 もちろん、敵を殺す事ができるならそれが最上なのだが。


「はぁ、俺一人で考えても仕方ないか……っと」

『おぉ……!』


 内心で色々考えつつ注意深く調べていたが、やはり生物の姿も気配も感じられなかったので、それをロドリグに伝えるために降りる事にした。

 枝から枝へ飛び渡っていき、ある程度地面に近づいたらそのまま飛び降りて着地する。

 綺麗に着地した俺の姿を見て、千秋達が感心したような声を上げて拍手してきた。


「駄目でした。遠くを見ても何もいませんでした」

「そうか……」


 そんなある意味呑気な千秋達に呆れつつ結果を告げると、ロドリグは難しい表情で眉間に(しわ)を寄せていく。

 恐らく、ロドリグも俺と同じような結論を出して、このまま森の奥へ向かうか悩んでいるのだろう。


「ロドリグさん、今回は──っ!」

「あぁ、そうだ……む?」


 経験から基づいた俺の勘も嫌な感じを告げてくるので、それもふまえて今回は帰ろうとロドリグに提案しようとした。

 その瞬間、森の奥地から気配が近づいてるのを感じ、俺に数瞬遅れて気が付いたロドリグも同じ方向へ目を向ける。


「二人とも森の奥を見てどうしたの?」

「さあ、私にもさっぱり……いえ、これは」

「どうやらお出ましのようだね」


 敵に備えて自然と身構えていた俺達の姿に、千秋が首を傾げて尋ねてきた。

 また、冬海も不思議そうな表情を浮かべていたが、流石弓職といった所か近づく気配に気が付いたようで、視線を鋭くすると弓を取り出し矢を番えていく。

 冬海の戦闘体勢に入った様子を見て、龍牙も真剣な顔になるとアテナルを構える。


「千秋構えろ……来るぞ」

「へ、何が? ……あ」


 いまだに杖を構えていない千秋に警告を発すると、その真剣な言葉にとりあえず頷き戦闘準備を始めたようだ。

 千秋がやっと気配に気が付くとの同時に、遂に茂みの中から敵が姿を現す。

 まあ、背丈の大きさから割と初めの方から姿は見えていたのだが。


「実物を見るのは初めてだろう。こいつが、今回お前達が戦う──」

「ガァァァァ!」

「──オーガだ」


 ロドリグがそう告げると、オーガは雄叫びを上げるのだった。


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