第三十二話 大鬼将軍
「いやー、かっこいいですね!」
オーガジェネラルを見られて満足げに呟く冬海に対して、いまだに衝撃が抜けきらないのか千秋は口を半開きにして呆然としていた。
まあ、千秋が驚くのも無理はないと思う。
先ほど戦ったオーガ達も俺達からすればかなりの大きさであったが、このオーガジェネラルはそれ以上の背丈である。
全体的な見た目はあまり変わらず、違いといえば肌の色が少し濃くなっているぐらい。
オーガより二回りほど大きな背丈になっており、身につけている鎧や手に持つ大剣と相まって、威圧感が先ほどより感じてしまう。
「まさか、オーガジェネラルがこの辺りまで来るとは……。今回はオレも参加するか」
「待ってくださいロドリグさん! 今回も私達だけで戦います!」
「それは……いや、わかった。危なくなったら直ぐにオレも戦うからな」
その傲慢な提案にロドリグは何かを告げようとするが、結局冬海の勢いに折れてとりあえず静観の姿勢をとる事にしたようだ。
どうやら、ギリギリまで見守って冬海の慢心をここで打ち砕く事にしたらしい。
そんなロドリグの黒い考えに内心で苦笑いしていると、オーガジェネラルが脚に力を込めているのに気が付く。
「はい! さぁ、ここから私の華麗な──」
「馬鹿冬海! 敵の前でよそ見しやがって!」
「グガァ!」
「ぐっ……!」
「──は、春斗さん!?」
ロドリグの方へ目を向けて隙だらけな冬海の様子に、オーガジェネラルが声を上げて駆け出していく。
それに気が付いた俺が、間一髪冬海とオーガジェネラルの間に割り込み、ベリシュヌを抜き放って受け止める。
「グガァッ!」
「こ、こいつ剣の扱いが……!」
ベリシュヌで攻撃を受け流そうとするも、オーガジェネラルが巧みに大剣を使い対抗してくる。
その事に動揺した俺の一瞬の隙を着いて、オーガジェネラルが大剣から片手を離して拳を振りかぶる。
「っが!」
「グガガ!」
「春斗! 治療するから時間稼ぎをお願い龍牙君!」
「了解!」
なんとか後ろへ飛んで衝撃をある程度緩和したが、予想以上に強く殴られ勢いよく吹っ飛ばされてしまった。
俺が吹っ飛ぶ姿を見て我に返った千秋が、龍牙に指示を送りながらこちらへ駆け寄ってくる。
「っち、油断したか……いつっ!」
「動かないで春斗、今治すから。『精霊よ、水と成りて彼の者を癒したまえ! ──水の治癒』」
「ありがと千秋」
口の中を切ったのか血が溜まっていたので、それを吐きながら身体を動かすとあばらに鋭い痛みが走ってしまう。
その痛みに思わず顔を歪めている間に千秋が近づき、俺の胸に手を当てて『水の治癒』を唱えた。
その事に礼を告げつつ、俺はオーガジェネラルの方へ注意深く視線を送る。
「グガァァ!」
「ふっ! ……強いな」
「オーガジェネラル硬すぎです! これでは上手く援護できません!」
オーガジェネラルと剣戟を交わしている龍牙の援護に冬海が鎧の隙間に矢を放っているが、オーガ以上の肌の硬さにやはり上手く刺さらないようだ。
オーガジェネラルが薙ぎ払いを繰り出し、姿勢を低くして躱した龍牙がアテナルを突き放つ。
「グガガッ!」
「甘いっ! せいっ!」
「グガッ!」
姿勢を低くしたままの龍牙へオーガジェネラルが蹴りを放ち、その攻撃を龍牙は紙一重で避けてつつ右へ駆け抜けた。
そして、龍牙は駆け抜ける間にアテナルを振り回し、数度オーガジェネラルを切り裂いていく。
「ガァ!?」
「魔力の回復がいつもより多いね」
「はい、終わったよ春斗」
魔力を吸われて戸惑っている様子を見せるオーガジェネラルを尻目に、龍牙はアテナルに着いた血を振り払って落としている。
オーガジェネラルが怒りを顕に龍牙へ目を向けた所で、千秋の治癒が終わり俺に声を掛けてきた。
「サンキュー……冬海!」
「あ、春斗さん! すみません先ほどは……」
「それは後でいい。冬海は近くの木の枝に登ってそこから狙撃してくれないか?」
「なるほど……わかりました!」
再び剣戟を交わしはじめた龍牙達を見ながら、俺は矢を放って援護している冬海の元へ急いで向かう。
俺に気が付いた冬海が申し訳なさそうな表情を浮かべるが、俺が指示を送ると頭を切り替えて大人しく従ってくれた。
「グガァァァァァァッ!」
「ぐはっ!」
オーガジェネラルが咆哮を上げると龍牙が僅かに怯み、その隙を着いて大剣で袈裟斬りを繰り出す。
それに対してなんとかアテナルを間に割り込ませるが、龍牙はそのまま勢いよく地面に叩きつけられ転がされてしまった。
「っち、今度は俺が相手だ!」
「グガッ!」
龍牙へ攻撃した事で背中を向けていたオーガジェネラルに、俺は駆け出していきベリシュヌを斬り上げる。
その斬撃に気が付いたオーガジェネラルが驚くほど素早く振り返ると、その勢いで大剣を斜めに構えてベリシュヌを受け流していく。
「しまっ!」
「グガガガッ!」
「『精霊よ、火と成りて彼の者を貫け! ──火の槍』」
「グガァッ」
ベリシュヌを受け流され体制を崩した俺目掛けて、オーガジェネラルが大剣を振り下ろそうとする。
しかし、その直後に千秋が複数の『火の槍』を撃ち放ってくれたお蔭で、それにオーガジェネラルが対処している間になんとか逃げ出す事に成功した。
「『精霊よ、水と成りて彼の者を切り裂け! ──水の刃』……はっ!」
「グガァァァ!?」
「『精霊よ、土と成りて彼の者を拘束せよ! ──砂の鞭』」
『火の槍』を大剣で振り払った隙を着いて、俺は『水の刃』を牽制に撃つのと一緒に再びオーガジェネラルへ駆け出す。
俺が近づいてくるのにオーガジェネラルが対処しようとするが、千秋が脚元を『砂の鞭』で覆った事により思うように動けないようだ。
「グガァッ!」
「『精霊よ、女神と成りて我に代わり彼の者へ安らぎを与えたまえ! ──女神の吐息』……治るまでもう少し時間が掛かるよ」
「ありがとう、千秋」
「お返しだ、そらっ!」
「グガァ!?」
背後で龍牙の治療をしている千秋の声を聞きつつ、俺は砂の拘束に手こずっているオーガジェネラルへ斬りかかった。
オーガジェネラルは手の動きだけで大剣を動かし俺の斬撃を上手く捌くも、やはり無理があるのか段々と肌を斬り裂かれていく。
「グガッ!」
「これも防がれるか、って。お? ……よし。ほら、こっちだ!」
「グガァァァァ!」
やがて拘束から抜け出したオーガジェネラルが逆袈裟斬りを繰り出し、それを身体を逸らす事で躱してからベリシュヌで腕目掛けて斬り上げる。
俺の斬撃を大剣で防いだオーガジェネラルと鍔迫り合いになった時、木の枝に登った冬海の姿が視界の端へ入った。
それに気が付いた俺は、ベリシュヌで細かく攻撃してオーガジェネラルの注意を集める。
「『火の矢』充填完了──【火の燕】」
「ガァッ!」
「なんですと!?」
枝の上で姿勢を整えた後、冬海が火属性の魔力を込めて矢を射ち放つ。
放たれた矢は途中で火の燕へと変化すると、オーガジェネラルの元へ一直線に飛んでいく。
しかし、オーガジェネラルはそれを大剣で斬り払ってしまい、その事に冬海は愕然とした声を上げていた。
「まじかよっと!」
「グガッ!」
「このままだとっ! ジリ貧だぞっ! はっ!」
「待って! もう少しで龍牙君の治療が終わるから!」
袈裟斬りを半身になって躱してから返す刃で突きを右手首に向かって放つが、その攻撃は手首を返したオーガジェネラルに防がれてしまう。
龍牙の治療がもう少し掛かるらしいので、時間稼ぎと並行しつつオーガジェネラルをできるだけ弱らせる事にする。
「援護を頼む、冬海!」
「ふぇっ!? あ、は、はい! ──秘技・なんちゃって乱れ射ち!」
「グガッ!」
自信があった攻撃を防がれ呆然としている冬海へ叫び、その声に我に返った様子を見てからオーガジェネラルに狙撃していく。
適当な掛け声とは裏腹に的確な冬海の狙撃に、オーガジェネラルは鬱陶しそうに矢を振り払い、その隙に俺はベリシュヌを縦に構える。
「ふぅ……喰らえ、ベリシュヌ」
「……グガァ?」
「──納刀」
限りなく気配を殺してから静かに近づていき、オーガジェネラルを斬り裂きつつ横を駆け抜ける。
血糊を振り払ったベリシュヌを鞘に納めて風鈴のような音が鳴り響いた瞬間、オーガジェネラルの左腕がゆっくりとずれていきそのまま地面へ落ちていく。
「グガァァァァァァッ!?」
切れ味が良すぎる故に斬られた事に気が付かなかったオーガジェネラルは、数瞬キョトンとした後に絶叫の声を上げながら斬られた左腕を抑えていた。
「【血染めの斬撃】って所かな……」
「うほぉぉぉ!? かっこ良すぎますぅ、春斗さん!」
「グガァァァァァァァァッ!」
「興奮しながら矢を放つなんて冬海は器用だな……はぁ」
痛みで腕を抑えて隙を晒しているオーガジェネラルの様子に、冬海は目を輝かせて俺を見つめるのと同時に、的確に鎧の隙間へ矢を射っている。
今度は魔力を込めていたのか面白いように突き刺さり、オーガジェネラルが瞬く間にハリネズミのようになっていく。
「治療が終わったんだけど……」
「僕達は必要あったの、かな?」
「よし、来たか二人共。これから止めを指すから千秋は上級魔法の準備を!」
「あ、うんわかった!」
「いくぞ、龍牙!」
「了解!」
こちらへ近づいてくる千秋達に指示を送り、俺はオーガジェネラルへ駆け寄るのと一緒に再びベリシュヌを抜いていく。
「グガァァァァァァァァァァァァッ!」
「せいやっ! いや、まさかこれは──」
「大変です! オーガの増援です!」
駆け寄ってくる俺達の姿を見たオーガジェネラルは、先ほどとは明らかに違う咆哮をした。
その雄叫びに思わず顔を顰めながらベリシュヌを振り下ろし、オーガジェネラルと剣戟を交わしていく。
暫くオーガジェネラルと攻防を繰り広げていると、こちらへ近づいてくる複数の気配を感じ、それと同時に周囲を見渡していた冬海が叫び声を上げる。
「なんだって!?」
「増援の相手は龍牙がしてくれ! はっ!」
「グガァァァッ!」
「りょ、了解!」
「冬海もできる時に龍牙の援護を!」
「わかりましたっ!」
「ほら、お前はこっちだ!」
右腕だけで斬り上げてくる攻撃に半歩下がり躱し、お返しにベリシュヌで脚元を狙い斬りつけるが避けられてしまう。
オーガジェネラルと少し距離が離れた間に龍牙達へ指示を送った後、俺は挑発をしながら徐々に後退していく。
「グガッ!」
「おっと、そっちは通行止めだ!」
「グガァァァァっ!」
「──春斗!」
瞳を閉じて杖を掲げながら静かに魔力を高めている千秋の様子に、オーガジェネラルが気が付いて近づこうとするも、俺が前に立ち塞がり邪魔をするので苛立っているようだ。
暫くオーガジェネラルをその場所に釘付けにしてる内に、準備が整ったのか千秋が俺に声を掛けてくる。
「はぁっ!」
「グガッ!?」
「いまだ千秋!」
大剣をかち上げてオーガジェネラルのたたらを踏ませ、その隙に俺は千秋に合図を送る。
「見せてあげる、私の切り札──『白夜之世界』を」
俺の掛け声を聞いた千秋は瞳を開き、珍しく不敵な笑みを浮かべるとそう告げるのだった。




