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第二十七話 食堂での修羅場

「──おはようございます、春斗様」

「お、おう? おはよう、クリスティア」


 クリスティアが暗殺されかけた次の日。

 いつも通り部屋で支度を整えて外へ出ると、何故か目の前にクリスティアが頭を下げて待機していたのだ。

 今日は俺が一番早く起きていたらしく、珍しく千秋達はまだ廊下にいなかった。

 千秋達の部屋の前に待機して、俺の時のように挨拶をするのかと思ったのだが、クリスティアは俺の斜め後ろに静かに佇んでいる様子。


「千秋達には挨拶をしないのか?」

「……? ええ、挨拶はいたしますが」

「うん? 俺の時みたいに扉の前で待機しないのか?」

「……何故?」


 クリスティアの方へ顔を向けて尋ねる俺の言葉に、心底意味がわからないのか不思議そうに彼女は首を傾げていた。

 その様子に首を傾げている間に扉を開けて千秋達が出てきており、俺達の姿を見つけて笑顔で近づいてくる。


「おはよー、春斗! 今日は早いんだねー、クリスティアちゃんもおはよー」

「まあな、今日はなんだか目覚めが良くてな」


 千秋が笑顔のまま俺に飛びついてきたので、それを受けとめつつ疑問に答えていく。


「おはよう春斗、クリスティアさん。いつも迎えに来てくれてありがとう」

「いえ、これが私の仕事ですので」

「それでも、だよ」

「……勿体ない御言葉です」


 じゃれ合っている俺達の様子を尻目に、龍牙はクリスティアへ声を掛けて日頃の感謝を告げていた。

 その言葉に初めは謙遜していたクリスティアだったが、龍牙に再度感謝されて澄ました顔で短く頭を下げる。


「おはよぉーございますぅー……」

「おはよう、ってどうした冬海? 凄く眠そうだぞ?」

「ありゃー春斗しゃんではないですかー……とりゃあー」

「おっと……どうした?」


 最後に遅れて部屋から出てきた冬海は、頻りに目を擦りながらフラフラとした足どりでこちらへ近づいてくる。

 明らかに寝不足な様子に心配になり声を掛けると、冬海は呂律が回っていない声のまま俺の元へ勢いよく飛び込んできたのだ。

 いまだに抱き着いたままの千秋を左手で抱え直してから、咄嗟に右腕で冬海を受けとめる。


「冬海ちゃんは昨日図書室で本を読みすぎて寝不足なんだよ」

「あー、冬海らしいな……ん?」


 胸の中から見上げて千秋が告げた内容に、冬海の読書好きを思い出して自然と納得してしまう。

 夜更かしをして寝不足になっている姿に内心で呆れていると、なにやら冬海の様子が可笑しい事に気が付く。


「ふぇへへへ……春斗しゃんの匂い……厨二の香りがしますぅ……くんくん」

「ばっ! こいつ俺の匂い嗅いでるぞ!? くそ、離れろ!」

「いやぁー! この温もりは離しませんですぅっ!」

「冬海ちゃん……」


 だらしなく頬を緩ませて一生懸命匂いを嗅いでいるその姿に、俺は鳥肌が立ちながら慌てて冬海を引きはがそうとするも、どこから湧いてくるのかといわんばかりに強くしがみつかれて引き離せない。

 そんな俺の必死な様子に対して、いつの間にか少し離れた場所にいた千秋は、冬海の変態性にショックを受けたようで悲痛な表情を浮かべていた。


「ふへへ……春斗しゃん気持ちいいですぅ」

「匂いか……私も後で嗅いでみようかな?」

「おい、涎垂らしてるぞ! くぅ、誰でもいいから助けてくれぇ!」


 結局、冬海が匂いを嗅ぐのを止めて背中にしがみつくまで、俺は暫しの間悪戦苦闘を繰り広げるのだった。




「ク、クリスティアさん……? そのナイフはなんでしょうか?」

「これはペーパーナイフです」

「い、いやどう見ても実用性の高い切れ味が良さそうな──」

「ペーパーナイフです」

「でも──」

「ペーパーナイフです」

「は、はい……怖いよこの人」


 ……背後でのやり取りは全力で知らない振りをした。











「──どうぞ、春斗様」

「あ、ありがとう……あのさ」

「こちらも美味ですよ、春斗様」

「お、おう。美味しそうだな……クリス──」

「口許が汚れています、失礼いたします」

「──クリスティア!」

「はい。何か御用でしょうか、春斗様」

「いや、周りを見てくれ」


 疲れたように漏らした俺の言葉に、クリスティアは首を傾げながらも室内を見渡した。

 龍牙は目を合わせないように遠くを眺めているが、千秋は歯ぎしりをしてそうな表情で俺達を凝視している。

 冬海はいまだ眠いのか半ば瞳を閉じたまま食事をしており、その代わりに室内にいる従者達が好奇心を宿した眼差しをこちらへ送っていた。


「……特に異常は見当たりませんが」

「……はぁ」


 全員の顔を見渡したのに全く気にしていないクリスティアの様子に、俺は自然とため息を零してしまった。






 そもそも、事の発端は俺達が食事をしに食堂へ入った所まで遡る。


 あのまま背中で眠ってしまった冬海を食堂の椅子に降ろし、俺達も各々がいつもの席に座った。

 食事が運ばれるまでの暇つぶしに何気なく室内を見渡していると、クリスティアがいつもの場所にいない事に気が付く。

 普段は壁の前で俺達が食べ終わるまで静かに待機しているのだが、今回クリスティアは何故か忙しそうに配膳を手伝っていたのだ。


 配膳をしているその様子を暫く見つめていると、不意にクリスティアは普通に配膳をしていない事を発見した。

 確かに、クリスティアも他の人と一緒に配膳をしているも、明らかに配っていく場所に偏りがある。

 具体的には、俺の所が八割で残りが二割……露骨過ぎないか?

 やがて、食事の準備が整いさあ食べようとなった時、クリスティアが静かに俺のすぐ側まで寄ってきた。


「ク、クリスティア?」

「まずはこれから食べるのがよろしいかと」

「へー、そうなんだ……クリスティア?」

「私が取り寄せますので、春斗様は少々お待ちを──」






 ──等といったやり取りを初めとして、クリスティアに甲斐甲斐しく世話をされて現在に至る。




「──もう、我慢できないっ!」


 クリスティアの押しにもう諦めかけてた矢先に、突然千秋がそう叫ぶと机を強く叩いて勢いよく立ち上がった。

 座っていた椅子が倒れた音に目を覚ましたのか、冬海は目を丸くさせながら辺りを見渡しだす。


「何を我慢できないのでしょうか?」

「なんでクリスティアちゃんが春斗のお世話をしているのっ!?」


 そのまま睨みつけられたクリスティアが首を傾げて尋ねると、千秋はビシッと指をこちらへ突きつけて皆が気になっていたであろう疑問を言葉にした。

 その問いかけにクリスティアは顎に手を当て考え込む仕草を見せ、暫くしてから考えが纏まったのか千秋と視線を合わせる。


「何故、とは……私が春斗様の御世話をしたいからですが?」


 心なしかドヤ顔しながら告げたクリスティアの言葉に、千秋は金魚のように口をパクパクさせ言葉も出ないようだ。

 やがて、クリスティアへ突きつけた指が震えはじめ、それに比例して千秋の顔が段々と赤く染まっていく。


「な、なななな……! クリスティアちゃんは春斗のメイドさんじゃないよ!?」

「私の中では春斗様の従者です」


 興奮で赤くなった顔で千秋が吃りながらも告げると、クリスティアは誇らしげに胸を張って堂々と訳がわからない事をのたまった。

 クリスティアが胸を張った事でメイド服を押し上げている豊かな象徴が強調され、それを見た千秋の顔が急速に険しくなっていく。


「その胸で春斗を誘惑するつもりなんでしょっ!?」

「春斗様が望むなら……頑張ります!」

「って、おい! 誰もそんな事頼んでないだろ!?」


 何度も机を叩くのと同時に険しい表情で告げる千秋の言葉に若干視線を泳がせた後、クリスティアは頬を紅潮させてからとんでもない事を決心していた。

 その頑張らなくていい内容に思わず講義の声を上げるも、千秋達は眼中にないのか俺の事を見向きもしない。


「春斗はそんな胸なんかに騙されないんだからっ!」

「確かに、勇者様も年頃にしては大きいですが……それでも、私には勝てません」

「くぅぅっ! 胸の大きさで春斗は人を見ないんだからっ!」

「お、俺を引き合いに胸で争うなよ! もうこうなったら実力行使で……っ!」


 千秋達はどうでもいい事で胸を張り合っていて、自然と強調される象徴に若干目を逸らしながら再び講義の声を上げるが、やはり二人の耳に入っていないようだ。

 このままでは不本意な評価をされそうだと立ち上がろうとした瞬間、突如背筋に悪寒が走り咄嗟に身構えてしまう。

 何が起こったのか殺気の元へ目を向けると、そこには俯いている冬海の姿が目に入ったのだ。


「ふ、ふふ……」

「ふ、冬海さん……?」


 俯いているのでよく見えない冬海の顔に恐れつつ、恐る恐る俺が声を掛けると冬海は俯いたまま静かに立ち上がった。

 そのあまりの不気味さに言い争っていた千秋達の注目が集まり、自然と食堂中の視線が冬海へ向かっていく。


「ふ、冬海ちゃん……?」

「…………か」

「へ? なんて言ったの冬海ちゃ──」

「そんなに胸を見せびらかして自慢ですかぁっ!?」

「うっきゃあ!?」


 どこか千秋が心配そうに冬海の顔を覗き込もうとした。

 その瞬間、突然冬海は顔を上げると叫び食事中に声を響き渡らせたのだ。

 耳元で叫ばれた千秋は耳を抑え、鼓膜に響いたのか涙目になっている。


「どいつもこいつも胸の自慢をしやがって……私への当てつけですかぁっ!?」

「冬海ちゃん!? 口調が乱れてるよぉ!?」

「なんですかぁっ!?」

「ひぃっ! 冬海ちゃんが怖い!」


 髪を振り乱して叫ぶその姿に落ち着かせようと千秋は声を掛けるが、冬海に据わった目で睨まれ怯えながら後ずさっていた。

 頭を抱えて怖がっている千秋の様子を尻目に、クリスティアが優雅に冬海の元へ近づいていく。

 今のクリスティアが冬海の元へ向かう事に、俺は嫌な予感がして頬が引きつってしまう。


「なんですかぁ?」

「どれ……ああ、ご臨終様です。はっ」

「ひぇ……」


 近づいてくるその様子に、殺意の篭った視線──正確にはクリスティアの胸にだが──を向けていた冬海を気にせず、クリスティアはたどり着くとやはり爆弾を落とした。

 最後に鼻で笑われて告げられた言葉に冬海は固まり、これからの惨劇を想像したのか千秋は怯えた声を漏らす。


 ──流石にそれは……。


 よりによって冬海の神経を逆なでする行動に、もはや呆れを通り越して感心の想いが募る。

 そんな内心でクリスティアを賞賛していた間に、告げられた事を脳が理解したのか冬海の頬が痙攣し始めた。


「ク、クリスティアさん……今なんと?」

「いえ。ただ、あちらの勇者様と比べても随分貧相だな、と」

「へぇ……私が貧相、と」

「はい、ないに等しいかと」

「なるほど……ないに等しい、と」

「クリスティアちゃんもうやめてぇ!」


 何度も言葉の確認をしてくる冬海に対して、クリスティアはその度に静かに毒を吐いていく。

 その言葉に額に青筋が浮かびだす冬海に、頭を抱えたままクリスティアに挑発を止めるよう叫んでいる千秋。

 いい加減クリスティアを止めようと俺が近づいている内に、冬海は一度冷静になるためか深呼吸をしている。

 そして、冬海は腕を組み仁王立ちをして高らかに声を響かせた。


「──甘いっ! クリスティアさんは全然わかっていません!」

「何を……?」


 クリスティアの首を傾げて告げる問いかけに、冬海は呆れたように首を横に振ると嘲笑の笑みを浮かべる。


「はぁ……いいですか? 確かにクリスティアさんは無駄に贅肉が着いています」

「ぜ、贅肉……」

「しかーし! 私のは掌に収まるちょうどいい大きさなのですっ! 美乳と言うものなのですっ! 男性はこう言う方が好きなのですよ! ですよね、春斗さんっ!?」

「うぉっ!」


 クリスティアの胸を無駄と切って捨て自信満々に告げると、冬海はグルンと顔を俺へ向けて答えづらい事を尋ねてきた。

 なんて答えようかと言葉に詰まっている俺の姿に、冬海の瞳孔が徐々に開いていくと音を立てずに口許が動いている事に気が付く。

 何を言っているのか気になり、俺は冬海の声なき言葉を告げる口許を見る……見てしまう。


 ──えーと……『頷かなければモギます』か……は?


 口パクで告げられた言葉に思わず目を向けると、冬海は満面の笑みで右手で何かを握りつぶす動作を繰り返していた。

 瞳孔が開ききっている事と相まって、その不気味な姿に内心で酷く怯えながら俺は何度も頷く。


「あ、ああ……冬海ぐらいの大きさが好きな人もいるんじゃないか?」

「ですよねっ! ほら、私の言った通り春斗さんも美乳派なんですよ!」

「そ、そんな……春斗様は、貧相な身体が好みだったとは」


 必死な俺の言葉に冬海は満面の笑みのまま振り向き、クリスティアへ勝ち誇った顔を向けている。

 俺が認めた事がショックだったのか顔色を絶望に染めると、そのままクリスティアは座り込んでしまった。


「いや俺はむしろ巨──」

「何か言いました?」

「──いやー! 美乳最高だよな!」


 あまりにもクリスティアがショックを受けていたので、本当の好きなものを伝えようとした瞬間、再び冬海が気持ち悪い動きで俺の方を向いて尋ねてきた。

 目が笑っていない笑みを浮かべた冬海の姿に、身震いしながら前言を撤回すると満足したのかクリスティアの方へ向き直った。


「いや、やっぱり春斗は巨乳好きだよ! 無理矢理言わせるのはよくないよ冬海ちゃんっ!」

「何を言っているのかわかりませんね、千秋さん。先ほど、春斗さんの口から美乳好きだと結論が出たじゃないですか」

「っく……私とした事が。貧相な勇者様の策略に乗せられてしまいました」

「だ、誰が貧相ですかぁ!?」

「ですから先ほどから──!」

「それを言うなら贅肉なんて──!」

「春斗は巨乳好き──!」


 冬海の追求がなくなった事に内心で安堵の息を零している間に、いつの間にか復活した千秋がクリスティア達の会話に混じりだし、三人の言い争いが激しくなっていく。


「はぁ……寝よ」


 それを見ていると疲れを感じた俺は椅子に座り、言い争いが終わるまで机へ突っ伏して眠る事にするのだった。




「ふぅ……ご馳走様でした。美味しかったですよ」

「あ、あの勇者様。彼女達を止めなくても良いのでしょうか……?」

「え? ああ、いつもの事ですので放って置いていいですよ……僕には関係ないですし」

「は、はあ……そうですか」


 眠る直前に、龍牙の声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

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