第二十八話 告白
「──んあ? 終わった?」
暫く微睡んでいると食堂が静かになった事に気が付き、目を擦りながら起き上がり辺りを見回す。
話に決着が着いたのか先ほどとは打って変わって、千秋達は穏やかに談笑を交わしていた。
俺が起きた姿を見た千秋達は話すの止めて、こちらの方へ皆で近づいてくる。
「おはよう、春斗」
「ああ、おはよう。んで、話は着いたのか?」
「んふふー、まあねー」
挨拶をしてきた千秋に早速気になった事を尋ねるも、不気味な笑い声を零しながらはぐらかされてしまった。
話が終わったのなら良いか、と伸びをしながら立ち上がり、こちらへ近づいてくるクリスティアに顔を向けて声を掛ける。
「じゃあ俺達は訓練に行くから、また後でな」
「……承知しました」
「──それで、春斗がねっ痛。何するの春斗?」
「メイドさんと話してないで訓練に行くぞ」
「あ、うん、わかった。じゃあまあ今度ね」
「行ってらっしゃいませ」
クリスティアが返事をするのに少し間があった気がしたが、いつもの無表情なのでよくわからなかった。
俺達の事を放って他のメイドと談笑していた龍牙の頭を叩いて意識を向けさせ、頭を下げて見送ってくるクリスティアを尻目に訓練所へ向かうのだった。
「──どうぞ、春斗様」
「あ、ありがとう。クリスティア」
「恐縮です」
タオルを受け取ってから告げた俺のお礼の言葉に、澄ました顔で頭を下げるクリスティア。
クリスティアの見事な瀟洒な対応に、俺は思わず尻尾を振る忠犬を思い浮かべてしまう。
その想像を頭を振って追い出している俺の様子を、クリスティアは不思議そうに首を傾げて見つめている。
──クリスティアの印象がかなり変わったなあ。
昨日の事を通してクリスティアは無表情ではなく、ただ感情を表に出すのが苦手だと気が付き、改めてよく観察すると意外と表情がわかりやすかったのだ。
まさに目は口ほどにいうというべきか、瞳を見るだけである程度の事は直ぐに理解できる。
今の感情を表情で表すと、照れと喜びが半々だろうか……いや、殆ど喜びか?
「どうかいたしましたか、春斗様? そこまで私を見つめて……心の準備はまだですが、春斗様のためならば……!」
「待て! クリスティアは勘違いをしている!」
「……? 私を弄ぶために品定めをしていたのでは?」
「違うわ! ただ、クリスティアの事を考えていただけだ! ……あっ」
「わ、私を? そんな、春斗様……恥ずかしいです」
流石にクリスティアを犬に見立ててた等と言えないので咄嗟に言い繕うとしたのだが、何かとんでもない事を言ってしまった気がする。
俺の言葉にクリスティアは薄らと頬を赤く染めると、恥ずかしそうに身じろぎして落ち着かない様子を見せていた。
──なんだこの青春真っ只中の会話みたいなのは!? これじゃあ俺がクリスティアをいつも考えていたみたいじゃないか!
今の俺の言葉をそのままの意味で受け取ると、なんだか告白しているみたいに感じてしまう。
実際にクリスティアも視線を泳がせつつもチラチラと俺に視線を送っており、俺と目が合うとさり気なく視線を逸らしてまた暫くすると目を向けてくる。
「い、いや今のは言葉の綾と言うか──」
「……はるとぉぉぉ! とりゃーっ!」
「──うぐっ、どうした千秋」
このままだと変な勘違いをされそうだと誤解を解こうとした時、背中に勢いよく千秋が抱き着きその衝撃に思わず俺はたたらを踏む。
背中に目を向けると千秋は機嫌良さそうに顔を擦りつけていて、それに内心で呆れると同時に引き剥がそうと千秋の背中に指を這わせる。
「くんくん……本当にいい匂いがうひゃあっ! 何するの春斗!?」
「それはこっちのセリフだよ全く……で、どうした千秋?」
「いやー、なんとなく春斗に──って! なんでここにいるのクリスティアちゃん!?」
「春斗様がいるからですが?」
俺の呆れ混じりの言葉に頭を掻いて千秋は愛想笑いをするも、この場にクリスティアがいるのに気が付くと驚愕した表情を浮かべた。
そして、その俺の疑問でもある事を千秋が指摘すると、クリスティアは首を傾げこいつ何を言っているのかという目をしながら返答をする。
俺がいる事は関係ないと思うのだが、クリスティアにとってはそうではないらしい。
「春斗は関係ないじゃない! それに、クリスティアちゃんお仕事は?」
「春斗様のために急いで終わらせました」
「へ? 早くない?」
「は? あの量をか?」
その視線に気が付いた千秋は頬を膨らませて抗議の声を上げ、ついでにクリスティアに仕事の事を尋ねた。
しかし、クリスティアが俺のために仕事を速攻で終わらせたと知ると、千秋は目を丸くしてキョトンとしている。
その言葉には俺も驚き再度確認してみるも、クリスティアが平然と頷いた事からどうやら本当のようだ。
そういえば、俺がマリレーヌが来ないかクリスティアの仕事ぶりを見張っていた時、基本的に一日中仕事をしていたので凄く大変そうだったと記憶している。
その膨大な量の仕事をクリスティアは午前中に片付け、俺達の訓練が一段落ついた時を見計らいタオルを届けに来る。
しかも、それが俺のためにしたと知れば流石に照れを感じるが、それと同等以上にクリスティアの心遣いに嬉しい気持ちを感じた。
「その、クリスティア……改めてこのタオル、ありがとうな」
「いえ、私がしたかった事ですから」
自然と頬が緩みながら告げた俺のお礼の言葉に、クリスティアは当然だと澄ました顔で返答をするが、その僅かに綻んだ口許と嬉しそうに若干細めた瞳を隠しきれていない。
もしクリスティアが獣人だったなら、ピンと尖った凛々しい耳がふにゃりと垂れて、それと同時に激しく尻尾が左右に振られている事だろう。
ある意味千秋以上に豊かな表現力をするクリスティアを、俺は今度は彼女を弄って色々な表情を引き出してやろうと自然と笑みを深めた。
「む、むー!」
「おっと、どうした千秋?」
「別にー」
そんな可愛い仕草をするクリスティアを微笑ましく眺めていると、千秋が勢いよく俺の左腕に抱き着き唸り声を上げはじめた。
何か言いたい事でもあるのかと千秋に声を掛けるも、そっぽを向いて俺の事を見ようとしていない。
「ふっ……」
「なっ!? い、今鼻で笑ったでしょクリスティアちゃん!」
「お前ら、そんなに張り合うなよ……クリスティアも千秋を挑発するなって」
「だって、春斗──」
「あの!」
「──うん?」
俺達をクリスティアが黙って見つめていたかと思えば、唐突に口許に弧を描くと千秋の事を鼻で笑った。
その勝ち誇るようなドヤ顔に数瞬固まった後、千秋は眉尻を上げて怒りを顕にしている。
流石に今の行動は目に余るので俺が二人を注意すると、千秋は何か言いたそうに口許を動かしていたが、クリスティアは何故か力強い瞳でこちらを見返してきた。
「どうしたクリスティア? そんなに真剣な顔をして」
「クリスティアちゃん?」
その何かを決意した瞳に思わず惹きつけられていた俺を見て、クリスティアは僅かに頬を紅潮させながら口を開く。
「春斗様……私は貴方様をお慕い申しております」
「……は?」
「……へ?」
そう告げるとクリスティアは薄く笑みを浮かべ、その言葉に俺達は揃って素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。




