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第二十六話 氷解

「──私は今日、同僚に命じられて城下町へ買いだしに行っていたのです」

「同僚にだと? それは本当なのか、クリスティア?」

「え、ええ……間違いないですが」

「妙だな……」


 クリスティアが告げた内容に違和感を感じとり、首を傾げて疑問符を浮かべている彼女を尻目に、城内での出来事を思い返していく。

 クリスティアを探す時にメイド達に尋ねたのだが、城にいた人達には全員声を掛けた筈だ。

 しかし、クリスティアは同僚のメイドに命じられた、と。


「そういえば。命じられた時、見た事のない顔の人だったかもしれません」

「その人だな。クリスティアをここに誘い込んだのは」

「ぁ……私……先ほどまで殺されかけたのですよね……」


 怪我を『水の治癒』で治しながら考えていると、クリスティアが何かに気が付き俯いていた顔を俺へ向けて口を開いた。

 恐らくその人が犯人だろうとクリスティアに頷きを返した直後、先ほどまで暗殺者に狙われた事を思い出したようで、クリスティアは思わずといった様子で目を見開く。

 そして、今まで考えないようにしていた恐怖も蘇ったのか、目が潤んでいき泣き出してしまった。


「ほら、もう大丈夫だから。安心しな」

「う、うぅ……すみません……もう少しこのまま……」

「大丈夫だから、もうクリスティアを狙う人はいないから」


 泣きはじめたクリスティアを抱き締め背中を叩きながらあやしていると、俺の胸に顔を埋めたままクリスティアは嗚咽を漏らす。

 その迷子の子供のような姿に自然と笑みを浮かべつつ、俺は空いてる右手でクリスティアの頭を優しく撫でていく。


「私……」

「ん?」


 暫くクリスティアの頭を撫でていると、おずおずと上目遣いで俺を見つめて呟きを落とした。

 周囲を見回して警戒していた俺はその言葉に目を向け、それを見たクリスティアが自嘲的な笑みを浮かべる。


「私は今まで家族から邪険にされてきましたが、いままで命を狙われる事はありませんでした……」


 そう告げると腰が抜けたのか座り込み始めてしまい、俺も釣られてクリスティアを抱き締めたまま腰を落としていく。

 身体が恐怖で震えているクリスティアの背中をリズム良く叩いている内に、落ち着いてきたのが身体の震えが収まってきた。


「あ、ありがとうございます……マリレーヌ様から嫌われているのは知っていますが、死んで欲しいほど私の事を憎んでいたのですね」

「ああ、それなんだがな──」

「──クリスティア!」


 クリスティアの間違いを正そうと俺が口を開いた瞬間、路地裏へ勢いよくマリレーヌが飛び込んできたのだ。

 いつも気にしている優雅さ等を微塵もない乱れた髪や額に滲ませている汗、そして顔には焦りの色が浮かんでいる。

 初めは余裕のない表情をしていたマリレーヌだが、クリスティアが無事だった事に気が付くと安堵の表情を浮かべるも、早々にいつもの勝気な表情に戻ると乱れた髪を整えはじめた。


「ふ、ふん。どうやら悪運だけは強いようですわ!」

「マ、マリレーヌ様……」

「あ……」


 一通り身だしなみを整え終えた後、マリレーヌが扇子を広げてこちらへ足を進めるが、クリスティアは怯えた表情で俺から離れると尻餅を着いて後ずさる。

 マリレーヌは自分を殺すように提案した人だと思っているので、クリスティアが逃げるのも無理はないと思う。

 クリスティアが自分から逃げた事に一瞬悲しげに眉を下げるも、マリレーヌは何事もなかったようにこちら近づいてきた。


「クリスティア、今回の首謀者はマリレーヌじゃないぞ」

「え……?」

「むしろマリレーヌはクリスティアを助けようと──」

「み、峯岸 春斗!? 貴方は突然何を!」


 このままだとマリレーヌがあまりにも可哀想なので、俺がクリスティアにマリレーヌの本音を教えようとした。

 しかし、マリレーヌが大声で叫んで俺の言葉を遮ってしまい、クリスティアに伝える事ができなかった。

 何故止めるのかとマリレーヌへ目を向けた瞬間、おぞましい形相で睨みつけられ俺は咄嗟に視線を逸らす。

 視線で人を殺せるのではないかというぐらい強く俺を睨みつけていたが、やがてため息を零すとマリレーヌはクリスティアへ目を向けた。


「ひっ……い、いや! 殺さないで! 燃やさないで! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」

「クリスティア!? ……お前本当に何をしたんだよ」

「うっ……」


 マリレーヌへの恐怖が限界を越えたのか、クリスティアは涙を流して頭を抱えると、いやいやと頭を横に振りはじめた。

 明らかにトラウマになっているクリスティアの姿に、俺がジト目を向けると今度はマリレーヌがサッと目を逸らす。


「ほーら、クリスティアー。燃やされないよー、マリレーヌちゃんは怖くないよー」

「ちゃ、ちゃんですって……!」

「──ごめんなさいごめんなさい、う?」


 マリレーヌに呆れながらクリスティアに近づき、再度抱き締めて落ち着かせていく。

 暫く経って少し冷静になったクリスティアは、頬を赤く染めて俺の胸の中で恥ずかしそうに縮こまっていた。

 離さないように服を強く握りしめてくる姿に自然と苦笑いを浮かべて頬を掻いていると、恐る恐るといった様子でクリスティアが俺の身体越しにマリレーヌへ目を向ける。


「あ、あの……本当に私を殺そうとしたのではないのでしょうか?」

「も、もちろんですの! あたくしはそのような陰湿な手に頼りませんわ!」

「マリレーヌって本当はクリスティアが好きなんだよ、でもあいつは不器用だから素直になれない訳」

「み、峯岸 春斗っ! そ、そ、そのような訳ではありましぇんでしゅの!」


 半ば怯えながら尋ねたクリスティアの問いに、マリレーヌは優雅に髪を払うと扇子で口許を隠して高らかに声を上げる。

 しかし、俺が笑いながらマリレーヌの本音を告げた瞬間には、顔を紅潮して怒りで肩を震わせつつ地団駄を踏みはじめた。

 噛みながらの説得力皆無な否定のせいで、自分で俺の言葉を認めているようなものなのだが、肝心のマリレーヌ本人がそれに気が付く様子はない。


「マリレーヌ様、今の話は本当なのでしょうか?」

「きーっ! 峯岸 春斗がまたあたくしに恥をかかせましたわ! こうなれば峯岸 春斗を燃やし尽くして……はっ! あれは峯岸 春斗の嘘ですわ!」


 恐らく初めて見ただろうマリレーヌの取り乱した姿に、目を丸くしながらクリスティアが尋ねた。

 その言葉にマリレーヌは我を取り戻したのか、扇子を閉じて勢いよくクリスティアへ突きだして否定してくる。

 その勢いにクリスティアは若干たじろぐも、瞳に真剣な色を宿すとジッとマリレーヌの心を見透かすように見つめはじめた。


「……」

「な、なんですの……?」


 暫くはクリスティアと目を合わせていたのだが、やがて耐えきれなくなったようでマリレーヌは視線を泳がせていく。

 その様子から先ほどの言葉を確信したようで、クリスティアは俺からそっと離れるとマリレーヌへ近づいていった。


「マリレーヌ様」

「先ほどのは峯岸 春斗の策略であたくしはクリスティアの事を何も──」

「駄目なお姉ちゃんでごめんなさい……マリレーヌ様。いえ、マリレーヌにも沢山迷惑をかけたよね」

「──えっ?」


 いまだに恐怖が抜けきっていない震える身体を叱咤して、クリスティアはマリレーヌをしっかり抱き締める。

 突然抱き締められて目を白黒しているマリレーヌを尻目に、クリスティアは髪を優しく撫でながら自分の想いを伝えていく。


「あ、あたくし……皆から期待されて」

「うん」

「お姉様の分までしっかりしなきゃって」

「うん、うん」

「だ、だから……あたくし!」

「うん……!」

「うわぁぁぁぁぁん!」

「ごめんねマリレーヌ……!」


 初めは戸惑う様子を見せていたマリレーヌだったが、少しずつ自分の心情を吐露していくと同時に目が潤み、やがてクリスティアの胸に縋りつくと号泣を始めてしまった。

 マリレーヌの子供のように泣いている姿に釣られて、クリスティアも瞳から大粒の涙の雫を落としながら嗚咽を漏らす。




 ──まあ、誤解が解けて良かったかな?


 暫しの間、堰を切って漏れだす二人分の泣き声が辺りに鳴り響き、その音に耳を傾けつつ俺は静かにクリスティア達を見守るのだった。











『大丈夫かお前……達……?』


 あれから二人が泣いている間にロドリグがやってきて、クリスティア達と俺を見回して首を傾げていた。


『あ、ロドリグさん。実は──』


 クリスティア達の代わりに俺が事の顛末を説明して、それを聞いたロドリグは連れてきた部下に命じて気絶した暗殺者と死体を持っていかせる。


『ふむ……春斗、平気か?』

『え? え、ええ、まあ』

『そうか……』


 ロドリグが部下達が運ぶ暗殺者の死体を見た後、俺に真剣な顔を向けてよくわからない事を尋ねてきた。

 その曖昧な問いかけに内心で首を傾げつつ頷きを返すと、ロドリグは暫し眉をひそめてから俺の肩を軽く叩いてくる。


『もし辛く感じたらオレの所へ来い。愚痴ぐらいなら聞いてやるから』

『は、はあ……』

『よし、とりあえず城に戻るか』


 その唐突な言葉の意味を考えている内に、ロドリグは部下達に声を掛けてから俺達に笑顔を向ける。

 そして、俺はいまだに泣いているクリスティア達を連れて、ロドリグ達と共に城へ戻ったのだった。











「──本日は助けていただきありがとうございました」

「ふ、ふん! 今回はあたくしからも礼を言わせて貰いますわ! か、か、感謝いたしますの!」


 目の前で頭を下げてお礼の言葉を告げるクリスティアと、相変わらずふんぞり返って吃りながら感謝してくるマリレーヌの声に俺は現実へ意識を戻した。

 ロドリグの意味深な態度の意味が先ほどわかってしまい、それにどう対応するか頭を悩ませていたのだが、とりあえずその事を今考えるのを止めにした。


「もうお礼の言葉は聞いたからいいって。それより、二人共もう遅いし部屋で休みな」

「はい、御言葉に甘えさせていただきます」

「次こそはその顔を屈辱に染めて見せますわ! おーほっほっほ……!」


 何度も言われたお礼に照れて頬を掻くのと共に告げた言葉に、クリスティアはもう一度頭を下げてから踵を返す。

 それに対して、手に持つ扇子を俺に突きつけた後にそのまま広げると、マリレーヌは高笑いを響かせながらさっさと去っていってしまった。


「はぁ……マリレーヌの相手は疲れる」

「そうですね、ふふっ」

「ん? 今、クリスティア──」


 遠ざかっていくマリレーヌの背中を眺めいるとため息を零してしまい、そんな俺の様子にクリスティアは口許に手を当てて小さく笑いを漏らす。

 初めて聞いたクリスティアの笑い声に思わず目を向けた俺に、彼女は口許に当てた手を腹の前で礼儀正しく組み直すと真っ直ぐ俺の瞳を見つめ──


「──良い夢を、春斗様」

「っ!」


 ──穏やかな笑顔と共にそう告げた。


 そして、クリスティアはそのまま振り向く事なく軽やかな足どりで立ち去っていった。

 小さくなっていくクリスティアの姿を黙って見送っていた俺は、いまだに先ほどの衝撃から立ち直る事ができないでいる。


 ──あの笑顔は卑怯過ぎる……!


 いつも冷たい印象を与える無表情だったからか、先ほど見たクリスティアの笑みはギャップもあり破壊力抜群だったのだ。

 今までクリスティアが何かと気になっていた事も相まって、思わずその笑みに目を奪われて見惚れてしまっていた。


「はぁ……なんか色々疲れたな。ま、クリスティアが無事だったのは良かったが」


 肉体的にはまだまだ元気だが精神的にはかなり疲労を感じて身体の伸びをするも、クリスティアを無事に助けられた事に自然と頬を緩めてしまう。

 今回の俺の行動はクリスティアを助けたいという想いももちろんあったが、自分本位の気持ちがあった事も事実。

 しかし、先ほどのクリスティアの笑みを見る限り、少なくとも悪い結果になっていないと個人的に思えて救われた気持ちになった。


「まあ、アフターフォローは明日においおい、かな? ……なんか忘れてるような。うーん、まあいいか」


 部屋に入りベッドの上に横たわるのと同時に、俺は明日からどうするか考えていく。

 何か大切な事を忘れている気がするのだが、その内思い出すだろうとその事を思考から追い出して俺は意識を手放していくのだった。




〈おーい、春斗ー? ご褒美はまだー? あれ、もしかして寝ちゃったの!? ご褒美がまだなんだけど! え、待って魔力ないから顕現が切れ──〉

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