第二十四話 〈妖精の囁き〉
マリレーヌから言質をしっかり取れなかった事に気を落としつつ、そのまま部屋に戻って眠った次の日。
現在、俺は仕事をしているクリスティアを隠れながら監視をしていた。
何故監視をしているのかというと、昨日の怪我の事とまたマリレーヌがクリスティアにちょっかいをかけないか心配なのだ。
そんな内心で自己弁護をすると同時に、俺はクリスティアの仕事ぶりの観察を続ける。
「うーん、怪我が残っている様子はないな。後はマリレーヌが来なければいいが……」
「誰が来なければいいんですか?」
「ん? ああ、冬海か。ちょっとな」
窓を吹いているクリスティアを廊下の角から観察していたら、後ろからやってきた冬海に声を掛けられた。
クリスティア達の問題を正直に話す訳にもいかないので、目を向けるだけで適当に濁しておく。
俺のおざなりな対応に疑問を感じたのか、冬海は下から顔を出して廊下を覗き込んできた。
「よっと……あれは、クリスティアさんですね。……え? 春斗さんはクリスティアさんを見ていたのですか?」
「ああ、そうだが」
「春斗さん……」
顔をこちらに向けた冬海の問い掛けに素直に頷いた瞬間、冬海の眼差しが瞬く間に冷たいものに変わっていく。
その様子に何か盛大に勘違いされている気がして、それに慌てて俺は冬海へ弁明する。
「いや、あのな! クリスティアは昨日怪我をしてたから、ちゃんと治ってるか心配だったんだ!」
「……そうなのですか?」
「そうそう! 決して疚しい気持ちなんてないから!」
「……まあ、春斗さんならそうでしょうね」
俺の必死な様子に納得してくれたようで、暫し俺を見つめていた冬海はやがて一つ頷く。
冬海の誤解が解けてホッと安堵の息を漏らしながら、改めてクリスティアの監視を再開した。
「じゃあ、俺はクリスティアの観察を続けるから」
「監視なんてしないで直接確認すればいいじゃないですか」
「……あ」
再びクリスティアに目を向けようとした俺に、冬海は首を傾げて疑問の声を上げる。
その言葉に少しの間考え、別に直接クリスティアに尋ねても問題ない事に気が付く。
そもそも、マリレーヌの事はともかく怪我の内容なら聞いても全く不自然ではない。
思わず声を上げた俺を冬海はどこか呆れた目で見ており、首を横に振るとそのままため息を漏らして口を開く。
「春斗さんってたまに抜けていますよね」
「そ、そんな事ないと思うぞ?」
「はぁ……学校の家庭科の授業で調味料を持ってくる時に、春斗さんは何故か新品をわざわざ買ってきて持ってきたじゃないですか」
「そ、それは……」
「しかも、持ってくるのを砂糖と間違えて小麦粉を持ってきますし。百歩譲って塩ならわかります。でも、流石に小麦粉とは間違えませんよ……」
「い、いやー……は、はは」
冬海の言葉を否定するも学校の出来事を実際に挙げられ、愛想笑いを返す事しかできない。
あの時は、小麦粉の特売日だったから砂糖の事を忘れてつい買ってしまったんだよな。
そのまま気分良く帰り砂糖の事をすっかり忘れてしまい、学校で冬海に指摘されて初めて思い出したのだ。
「他にも持ってくる教科書が違う事も多かったですし、酷い時には寝惚けて女子トイレに入ろうと──」
「あ、あー! 認めます! 俺が抜けているのは認めるからもうやめて!」
「わかってくれたのならいいのです」
指を折って俺の抜けている事例を挙げていく冬海の姿に、耳を塞いで首を振り回しながら事実を認める。
その様子に冬海は満足したようで、腕を組むと偉そうに何度も頷いていた。
「何をなされているのですか?」
いつか絶対に冬海の顔を屈辱で染めてやると決意していると、不意に背後から声を掛けられ慌てて振り向く。
そこでは、掃除道具を持ったクリスティアが小首を傾げて無表情で俺達を見つめていたのだ。
「い、いやなんでも──」
「クリスティアさんの怪我が心配だったらしいですよ」
「──ふ、冬海!?」
咄嗟に誤魔化そうとした俺に対して、冬海はそのままクリスティアへ暴露してしまう。
冬海の告げた内容にクリスティアは暫し首を傾げたままだったが、やがて昨日の事に思い立ったのか俺へ目を向けた。
「昨日の事でしたら、私は大丈夫です。勇者様の御手を煩わせて申し訳ありせん」
「い、いや。治ったなら良かったよ、ははは」
「はい、それでは失礼します」
そう告げると掃除の続きをしに戻ったクリスティア。
その背中を見送りながら俺はマリレーヌが周囲にいないか確認するも、見当たらないので少し安心した。
マリレーヌの性格から直ぐに行動に移すかと思ったのだが、いまだにクリスティアの所へ姿を現さない事から暫くはちょっかいを出さないだろう。
「それでは、私もこの辺りで」
「ああ、またな冬海」
「はい、また明日」
俺と一緒にクリスティアを見送っていた冬海もそう告げると、にこやかに手を振りながら立ち去っていく。
冬海もいなくなり一人になった事で、俺は思わず大きなため息を零してしまう。
「はぁ……今日はもう寝よう」
今日はなんだか疲れたので大人しく眠ろうと思い、俺は重い足取りで部屋へ戻るのだった。
あれから数日間、訓練の合間にさりげなくクリスティアを観察していたが、相変わらずマリレーヌが動く気配が全くなかった。
あまりのマリレーヌの動かなさに拍子抜けしつつ、何もなかった事に安堵して観察を止めようか思っていたある日。
──遂に、事態が動いてしまったのだ。
その日、俺はいつもの訓練を終えた後にこれからの事について悩みながら歩いていた。
「うーん……クリスティアに付きっきりと言う訳にもいかないしなあ。マリレーヌが見つかればどう動くか確かめられるのに……っと噂をすれば」
クリスティアの代わりに監視すればどう動くかわかりやすいので、マリレーヌが近くにいないかと自然とぼやいていてしまう。
ままならない現状にため息を零して視線を上げた直後、運良く前方を歩いているマリレーヌの姿を発見した。
「おおっ! これはラッキー。後はバレないように……」
マリレーヌを見つけた事に思わず喜ぶも、直ぐに我に返ると周囲を見渡して誰もいない事を確認した後、近くの壺の陰に隠れながらマリレーヌの監視を始める。
幸いな事にマリレーヌも俺に気が付く様子はなく、優雅なポーズ──と本人は思っている──を取りながら廊下の角を曲がっていく。
「おっと、急がないと見失ってしまうな」
マリレーヌの姿が見えなくなったので壺の陰から飛び出し、音を立てないように早足で俺は後を追いかける。
廊下の角に差しかかる手前の壁に身体を貼りつけ、ゆっくりと顔だけ出してマリレーヌの様子を窺う。
角を曲がった先は階段の踊り場になっており、そこにはマリレーヌともう一人の女性がいる事に気が付く。
どうやら、二人は何やら話し合っているようで、こちらからではマリレーヌ達の声が聞こえないが、二人の間の剣呑な雰囲気から雑談等ではない事がわかってしまう。
ここからだと二人の会話が良く聞こえないので、俺はある魔術を使う事にした。
「よし、この場合は。〈妖精の囁き〉」
手の中に魔方陣を創りだし俺がそう唱えた瞬間、魔方陣が輝くと二人の小さな妖精の姿へ変わっていく。
体長は十センチほどで、緑の簡素な服を着て茶色のつばの広い帽子を被っている。
妖精達は俺に気が付くと掌の上で敬礼をし、それに苦笑いを返すと笑みを浮かべてふわりと空中へ躍り出る。
妖精の片方が俺にサムズアップをした直後には、みるみる内に身体が半透明になっていく。
やがて、後ろの景色を映しだすほどの透明度になると、背中に生えた二対の羽を動かしてマリレーヌ達の方へ向かっていった。
もう片方の妖精は俺の右肩に飛び移り、耳元へ近づくと術者本人にしか聞き取れない声を発しはじめる。
この〈妖精の囁き〉は風の上級魔術で、簡潔に表すと妖精の携帯電話のようなものだ。
片方の妖精が指定した場所へ近づき音を拾い、もう片方の妖精が拾った音を術者へ届けるという便利な魔術で、戦争等の敵地ではとても重宝した。
また、〈妖精の囁き〉は俺の愛用の魔術でもあり、妖精も可愛いのでかなり気に入っている。
閑話 休題
妖精のお蔭でマリレーヌ達の声が聞こえてきたので、それに俺は耳を済ませていく。
「──ですから! どうしてあたくしに何も告げずにしましたの!?」
「何故と言われてもねえ、害虫駆除に理由はいるのかしら?」
「が、害虫駆除っ!? 本気で言っておりますの、お母様!?」
「当たり前じゃない、マリレーヌこそ何をそんなに興奮しているの?」
どうやらもう一人の女性はマリレーヌの母親のようで、マリレーヌの詰め寄ってくる姿に困ったように微笑んでいる。
確かに、遠目からでも顔付きが似ているし、髪は薄い赤色をしているがマリレーヌと並ぶと姉妹に見えるだろう。
話題は害虫駆除を勝手に決めた母親にマリレーヌが怒っているように聞こえるのだが、二人の会話を聞いていると段階と嫌な予感がしてくるのだ。
いいようのない違和感に眉をひそめている間に、二人の会話が激しくなっていく。
「当たり前ではないですの! 確かにベリティエ家には必要のない存在ですが、それでもクリスティアは本妻の子供ですわ!」
「はぁ……マリレーヌはわかっていないわね」
「な、何を──」
マリレーヌの叫びに母親は呆れたように首を横に振った後、頬に手を当てると慈愛の笑みをマリレーヌに向けた。
「マリレーヌが当主になるのに、あの無能は邪魔なの。私はマリレーヌのためを思ってしたのだから、愛しい貴女のために」
「──っ!?」
「では私はもう行くわね。愛してるわ、マリレーヌ」
最後にマリレーヌの頭を優しく撫でると母親は去っていき、その後ろ姿をマリレーヌは呆然と見送る。
やがて、母親の姿が完全に見えなくなると、マリレーヌはへなへなとその場に座り込んでしまった。
マリレーヌの様子も気になるが、そんな事より俺は先ほど母親が告げた言葉に衝撃を受けていた。
──このままではクリスティアが危ない!
数瞬頭が真っ白になるも、直ぐに意識を取り戻すと勢いよくマリレーヌへ近づいていく。
突然動いた事で肩から転がり落ちる妖精の姿が視界に入り、それに内心で謝罪しつつマリレーヌの元へたどり着くとそのまま声を掛ける。
「おい! クリスティアを駆除ってどういう事だ!?」
「み、峯岸 春斗! 貴方話を聞いていましたの!?」
「そんな事はどうでもいい! クリスティアはどこにいるんだ、言え!」
座り込んだまま俺を睨みつけてくるマリレーヌの事を気にせず、クリスティアの場所を聞きだそうと胸倉を掴みこちらへ引きよせた。
「ぐっ……! あ、あたくしだって今初めて知りましたわ! クリスティアの場所等知りません!」
「ちっ! 知らないのかよ……クリスティアはメイドだったな」
「な、何をするつもりですの……?」
クリスティアの居場所を知らないマリレーヌから手を離して、俺はクリスティアが行きそうな場所を素早く思考していく。
手を離された事で床に尻餅を着いたマリレーヌが俺を見上げ、どこか虚ろな瞳のまま疑問の声を上げる。
前回会った時とは全く違う情けないマリレーヌの姿に、俺は我慢できなくなりもう一度胸倉を掴みなおした。
「おいっ! お前はこのまま何もしないつもりなのかよ!」
「あ、あたくしは……」
「お前はクリスティアが大切じゃないのかよ!? クリスティアを見捨てる気か!」
「それは……」
顔を近づけてマリレーヌに問いただすも、俺と視線を合わせず俯いたままだ。
その姿にマリレーヌへの興味が急速に薄れていき、そのまま彼女を乱暴に投げ捨てる。
「あ、貴方ねっ……!」
「もういい、お前のクリスティアへの想いはその程度だったって事だろ。俺の見込み違いだった。 お前はここで勝手に項垂れてろ」
「──っ!」
再び尻餅をついたマリレーヌは俺に抗議の声を上げるが、俺の冷たい視線に二の句を告げないでいる。
マリレーヌへの興味がなくなったので、改めてクリスティアが行きそうな場所を考えていく。
暫し思考を続けていると、やはり同僚に聞きだすのが一番だと思って従者のいそうな場所へ走りはじめる。
「ま、待ちなさいっ! ……ああ、もうっ!」
背後から〈妖精の囁き〉に拾われたマリレーヌの声が聞こえるも、俺はそれを無視して駆け出していく。
俺の肩に再び降り立った妖精が不機嫌そうに耳を引っ張ってきて、その態度に先ほど落とした事を思い出した。
「す、すまん! 後でたっぷりと魔力をあげるからもう少しだけ付き合ってくれ!」
俺の言葉に機嫌を直したのか、妖精達は満面の笑みを浮かべて肩の上で器用に踊りはじめた。
その姿に内心で癒されるのと一緒にクリスティアの無事を祈り、はやる気持ちを抑えて走る速度を上げていくのだった。




