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第二十三話 クリスティアとマリレーヌ

 クリスティアの事を尋ねようと、俺はネリアの部屋へ訪れていた。

 ノックした暫く後に扉が開くと中からネリアが顔を出し、訪問者が俺だと知ると瞳を輝かせて笑みを浮かべる。


「お兄様! 何か御用ですか?」

「ああ、ネリアに聞きたい事があってな、部屋に入ってもいいか?」

「もちろんです!」


 俺の言葉に笑顔のまま頷き、ネリアは俺を部屋に招き入れてくれた。

 ネリアに続いて部屋に入ると、俺達の部屋とは段違いの豪華な家具が目に入る。

 ソファやベッド、タンス等も一目でわかる高価な雰囲気を感じられ、思わず俺は感嘆の息を漏らしてしまう。


 部屋の内装を見渡しながらネリアの案内に従い、俺とネリアは向かい合ってソファに座る。


「では早速ですが、何を聞きたいのでしょうか?」

「ああ、実はクリスティアの事について知りたいんだ」

「クリスティアの事……ですか」


 正直に知りたい事を告げるも、ネリアはどこか歯切れ悪く返答を濁してきた。

 その様子に眉をひそめて無言で続きを促すが、俺と視線を合わせないでネリアは俯いてしまう。


 ──なんだ? 言えないような事なのか?


 明らかに普通ではないネリアの様子に、俺は内心で疑惑の思いが膨れ上がっていく。

 あの女性のやり過ぎな仕打ちはもちろん、クリスティアの頑なに医務室へ行きたがらない態度も不可解だ。


「そこまで言いづらい事なのか? クリスティアは怪我をしたんだぞ!」

「え……?」


 中々教えてくれないネリアに思わず立ち上がりながら怪我の事を告げると、その事を知らなかったのかネリアは目を瞬かせて衝撃を受けたように固まった。

 やがて、我に返ると慌てて立ち上がり部屋を出ようとしたので、咄嗟にネリアの手を掴み引き留める。


「待て、クリスティアはもう手当てしたからとりあえずは大丈夫だ。それより、何があったのか教えてくれないか?」

「……そう、ですね。わかりました、私が知っている事は全てお話します」


 俺の言葉にネリアは暫しの間目線を泳がせた後、諦めたように席に戻り話してくれる体勢になった。

 俺も席に座り直して、改めてネリアの言葉に耳を傾けるのだった。











「──まずは、クリスティアの家名から教える必要があるでしょう」

「クリスティアは貴族だったのか?」


 ソファに座り直した後にネリアから告げられた新事実に、俺は驚きを露にしてしまう。

 全く知らなかった事に動揺している俺を尻目に、ネリアは真剣な顔で頷き口を開く。


「はい、クリスティアは事情があって従者をしています。彼女の正式の名前は『クリスティア・ベリティエ』と言い、ベリティエ家の長女になります」

「ベリティエ家……長女……」

「元々、ベリティエ家の人達は炎属性の適性が強い由緒正しい家系なのですが……クリスティアにはそれが受け継がれなかったのです」


 ネリアの言葉に俺は思わず目を見開き、今の話を整理するために素早く思考をする。


 ──クリスティアには発現しなかった炎と彼女を攻撃した紅髪の女性……まさか。


 俺の表情から大体の経緯を察したのか、ネリアは沈んだ表情を浮かべると悩ましげにため息を零す。


「お兄様も会ったのですね、マリレーヌに」

「マリレーヌと言うと……あの紅髪の女性だよな?」

「はい、マリレーヌはベリティエ家の次女でクリスティアの実の妹になります」

「姉妹だったのか!」


 マリレーヌがクリスティアの妹だと知り俺は愕然としてしまうが、二人の顔を思い返すと輪郭や顔付きがどことなく似ている事に気が付き自然と納得した。

 俺が内心でクリスティア達の事を考えている内に、ネリアは暫し視線を遠くに向けたかと思えば、こちらに視線を戻して悲しげに眉を下げる。


「ええ、クリスティアが本妻の長女でマリレーヌが側室の次女。という事を以前にクリスティア本人から聞きました。……恐らく、マリレーヌは本妻の子供なのに炎属性に適性がなかったクリスティアが許せないのでしょう。氷属性の適性とそれを表すかのような藍色の髪や瞳にも大層不満でしたね」

「そうなのか……うん? なんでネリアがそんな事を知っているんだ?」


 マリレーヌの事情を聞いていると、まるで本人から聞いたような情報もある事に気が付く。

 その事について尋ねると、ネリアは俺と目を合わせたまま曖昧な笑みを浮かべる。


「それは私がマリレーヌと何回か話す機会があったからですね。……確かにマリレーヌは少々過剰な所もありますが、根は優しい子なのですよ。クリスティアについては素直になれないだけで」

「そうは言ってもな……あれは過剰だったぞ」


 ネリアはそう告げるが、実際にクリスティアの怪我を見た俺からすればあれは明らかにやり過ぎている。

 幸い後遺症が残るほどではなかったが、俺が途中で現れなかったらクリスティアはもっと酷い怪我をしていたかもしれない。

 今日見たクリスティアの怪我の状態を伝えると、ネリアは表情を曇らせて頬に手を当てつつため息を漏らした。


「実は、マリレーヌは勇者召喚する事を快く思っていなかったようなのです」

「俺達を?」

「はい、『あたくし達の問題に余所者の力を借りる等ありえませんわ!』等と否定していたらしく」

「それはまた……」

「もしかしたら、そのせいでクリスティアにいつも以上に辛く当たっていたのかもしれません」


ネリアの憂鬱混じりの言葉に、俺は内心で唸ってしまう。

 確かに、マリレーヌの言葉にも一理あるものの、この世界の人達ではどうしようもないから俺達を呼び出した訳で。

 だから、あの時も俺に怒りを抱いていたり、侮蔑の眼差しを送ってきたのかと納得した。


 クリスティア達の根が深い問題に俺も釣られてため息を漏らし、その後もネリアから様々な情報を聞きだすのだった。











 心配そうな表情を浮かべるネリアに見送られ、俺はこれからどう行動するか歩きながら考えていく。


 ──とりあえず、大まかな関係は理解できたが……これは二人の気持ちの問題だからなあ。


 クリスティアからして見ればマリレーヌは単純に虐めてくる敵となり、マリレーヌからして見れば自分より無能な本妻の娘。

 ネリアから聞いた話によると、マリレーヌはクリスティアがいる事で跡継ぎに選ばれないらしい。

 何故なのか詳しく尋ねてみれば、どうやらベリティエ家は完全な年功序列に決まっているようで、おまけに側室の子供であるマリレーヌでは当主になる可能性は絶望的との事。

 せめて、マリレーヌが本妻の子供なら跡継ぎになれる可能性もあったようだが……その事で余計にクリスティアに対して素直になれないのだろう。


「はぁ、ままならないものだな……あっ」


 どう問題を解決するか内心で頭を悩ませていると、前からマリレーヌが歩いてくる姿が目に入る。

 俺と視線が合ったマリレーヌは一瞬顔を歪めるも、その直後には笑顔を浮かべて俺へ声を掛けてきた。……目は笑っていなかったが。


「あら、先ほどの勇者様ではありませんか」

「ええ、まあ。……私の名前は峯岸 春斗と申します。失礼ですが、貴女様は?」

「あらいけない、あたくしとした事が。……では改めて」


 俺の問い掛けに自分が自己紹介してない事に思い立ったようで、マリレーヌは口許に扇子を当てて微笑を浮かべた後、髪と同じ紅いドレスの裾を摘みつつ優雅に一礼をする。


「──ベリティエ家、第二子女のマリレーヌ・ベリティエと申します。勇者様に拝聴していただき光栄の極み」


 そう告げるとマリレーヌは顔を上げて貼りつけた笑みを俺へ向けた。

 その笑みに笑顔を返しながら、マリレーヌから話を聞こうかと逡巡してしまう。

 ネリアから話を聞いて色眼鏡なしでマリレーヌを観察すると、その瞳の奥に憤怒や侮蔑の他に自責の色を見つけてしまったのだ。

 あの瞳を向けられていい気分はしないが、それでもマリレーヌの内心が気になるのも事実。


 暫しどうするかを考えた後でやはり話を聞こうと思い、この場を離れようとしているマリレーヌへ声を掛ける。


「あの、少し私と話しませんか?」

「……ええ、勇者様となら喜んで」


 俺の言葉にマリレーヌは眉を若干動かすも、直ぐに表情を取り繕って笑顔で了承した。

 断られなかった事に内心で安堵しつつ、話に良い場所があると案内してくれるマリレーヌの後を付いていくのだった。











「──こちらなら、お話するのに最適ですわ」

「これは……凄いな」


 マリレーヌに連れてこられた場所の景色に、俺は思わず目を奪われてしまう。


 現在、俺達がいる場所は吹き抜けのテラスになっており、外へ目を向ければ中庭の景色が一望できる。

 初日にネリアが告げた通りに季節事に花が区分けされていて、様々な色の花が咲き誇り綺麗に彩っている。


 ──そういや、千秋は花を見にいっていないな。


 訓練やこの世界の事で忙しく結局中庭に行っていない千秋の事を思い出しながら、マリレーヌに案内されてテラスに設置されていた白いデッキチェアへ座る。


「それで、勇者様はあたくしに何が聞きたいのでして?」

「それは……どうして、あそこまでクリスティアを追いつめるのですか?」


 暫しの間マリレーヌと世間話を交わした後、会話に一段落着いた瞬間を見計らいマリレーヌが本題を尋ねてきた。

 マリレーヌの問い掛けになんて答えようか数瞬悩み、やはり直球で聞く事にしてそのままクリスティアの事を告げる。

 俺がクリスティアの名前を出した瞬間からマリレーヌの眉が明らかに歪んでいき、やがてため息を零すと扇子を閉じて口を開く。


「勇者様はプルネリア様から大まかな事情を聞いているのでしょうね……そう、クリスティアはあたくしの姉ですわ。本妻の子供ですのに炎属性を持っていない無能の……」


 そこで言葉を区切ると、マリレーヌは扇子を握っている手の力を強めていく。

 扇子から嫌な音が鳴っている事にも気が付かず、段々と表情を怒りに染めあげつつマリレーヌは忌々しそうに虚空を睨みつける。


「クリスティアは無能な自分を受け入れて足掻こうともしない! 馬鹿にされている家臣達にやり返そうともしない! いつも何を考えているかわからない人形のような表情をして、涙一つ零さない! どうして、どうしてクリスティアはあたくしに復讐しないですの! ベリティエ家の長女なら実力を示して欲しいですわ! 大体忌々しい氷属性があるのですからそれを家臣達に使えば──」

「マ、マリレーヌさん! とりあえず落ち着きましょう!」

「──あ、あら。あたくしとした事が。おほほほほ」


 よほど鬱憤が溜まっていたのか、怒涛の勢いでクリスティアの不満をぶちまけていくマリレーヌに、俺は面食らいながらも冷静になるように声を掛ける。

 俺の言葉に我を取り戻したようで、マリレーヌは扇子で口許を隠して乾いた笑い声を上げだす。

 なんとか落ち着いた姿に内心でホッとしながら、マリレーヌの言葉に俺は思わず脱力していた。


 ──つまり、クリスティアにもっとしっかりして欲しいって事だろ……。


 家臣や親からも見放されたクリスティアを見ていられず、マリレーヌは自分がクリスティアの壁となるように立ち振舞っていたのだ。

 ネリアから聞いた話によると、クリスティアへの陰湿な虐め等はマリレーヌが事前に止めていたようだ。

それに、この城の従者にしたのも家にいると殺されてしまうから、クリスティアを従者に推薦して避難させようと考えたらしい。


 確かに、クリスティアへの仕打ちはやり過ぎだったが、あれはマリレーヌなりの不器用な愛情なのだろう。

 しかも、クリスティアも大概不器用なのが話をややこしくしている。

 クリスティアは無能な自分がいけないと黙って攻撃を受け入れ、それを見たマリレーヌが怒って攻撃が更に苛烈になる悪循環。


 この二人のすれ違いを直すのは骨が折れそうだと思いながら、視線を逸らして照れているマリレーヌへ俺は声を掛ける。


「マリレーヌさんはもっと素直になればいいのではないでしょうか?」

「あ、あたくしがいつクリスティアが好きだとおっしゃりましたの!?」


 俺の言葉にマリレーヌは怒りで眉を吊り上げると、机を強く叩いて詰め寄ってくる。

 誰もクリスティアの事だといっていないのだが、盛大に自爆しているマリレーヌに内心で苦笑いしてしまう。


「ほら、ネリアにも聞きましたよ。マリレーヌさんが家でも庇っていたと」

「そ、それは陰湿なやり方が気に食わなかっただけですわ! 貴族なら正々堂々と正面から叩き潰さなければいけませんわ!」

「そ、そうなのですか」

「そうですわ! 貴族とは常に優雅にするべきですのよ! おーほっほっほ!」


 随分な脳筋な考えに引いている俺に気が付かず、マリレーヌは髪を払うと扇子を広げて高笑いを始めた。

 全く優雅ではない考えなのにやたら様になっている仕草に納得がいかないが、これは使えると思いそのまま腰に手を当ててポーズを取っているマリレーヌへ声を掛ける。


「マリレーヌさんは優雅な貴族なんですね」

「そうですわ! 勇者様もあたくしのように優雅になりなさいな!」

「優雅なマリレーヌさんはクリスティアにも素直になれますよね?」

「もちろんですわ! あたくしにかかればクリスティアに素直になるのは簡単です……わ?」

「いやー、良かった。これで二人は仲直りできますね!」


 マリレーヌを褒めた勢いで問い掛けをすると、俺の言葉を疑う事なく彼女は肯定の返事をする。

 自分が何をいってしまったのか気が付いたマリレーヌを尻目に、俺は清々しい笑顔を彼女へ向ける。


「は、嵌めましたわね! な、なんて下劣なやり方なのですの!?」

「貴族なら一度言った事に従いますよね?」

「っく! ……すぅ……はぁ……」


 俺に言質を取られた事にマリレーヌは顔を怒りで真っ赤に染め、扇子を勢いよく突きつけ抗議の声を上げた。

 しかし、首を傾げて追撃をする俺の姿に悔しそうに歯ぎしりをした後、マリレーヌは頭を落ち着かせたいのか深呼吸をしていく。


「ふ、ふん! 今回はあたくしの負けを認めますわ! 勇者……いいえ、峯岸 春斗! 次はあたくしがその不愉快な顔を屈辱に染めてみせますわ! それでは、ごきげんよう。おーほっほっほ…………」


 深呼吸して冷静になった様子のマリレーヌは髪を払うと扇子を広げ、俺の顔を睨みつけてから踵を返して高笑いを残しながら去っていった。

 嵐のようなマリレーヌがいなくなるのを見送り、完全に見えなくなると疲れからテーブルに身体を投げだす。


「あー疲れたー……どっちも不器用過ぎるんだよなぁー……あっ!」


 暫く机に伏せていた顔を横に向けて庭園を眺めていたが、不意にある事に思い立ってしまい思わず立ち上がる。


「あいつ逃げやがった……!」


 どさくさに紛れて逃げだしたマリレーヌにどこが優雅だよ、と思いながら俺は項垂れてしまうのだった。


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