第二十話 蠢く悪意と白銀の消失
三人称視点です。
春斗達が初めての実戦を経験した頃、ある場所では密かに事態が動きはじめていたのだった。
──そこには、一つの机を囲む形で六つの椅子が設置されていた。
その中で一際豪華な椅子座っている人物以外誰もいない。
代わりに机の上に透明な水晶が置かれていて、それぞれの姿が映し出されている。
《ねー、そろそろなんでボク達を呼びだしたのか教えてよー》
《そ、そうですよ。ぼ、僕もこれからが、いい所だったのですから、ふひ》
水晶に映っている緑髪の少年が不満そうにぼやくと、それに続いて白い長髪の三十代頃の男性が不気味な笑いを零しながら追随する。
白髪の男性の言葉に先ほどの少年が顔に軽薄な笑みを浮かべ、見下すような目で口を開く。
《おじさんはそんなに人形遊びが好きなのー? ボクも流石に引いちゃうなー》
《だ、黙れ! き、君みたいな子供に僕の素晴らしい成果はわからないだろうな! ぼ、僕はな──》
《まーた自慢が始まっちゃったよ。ねえ、ファリアスはどう思う?》
突然叫んだかと思えば自慢話を始めた白髪の男性を無視した少年は、知的な印象を受ける暗い紫髪の男性に話を振る。
《そうですね……私は魔法以外にさほど興味はないので》
《だよねー、知ってた!》
ファリアスと呼ばれた男は読んでいた本を閉じると同時に、フレームのない眼鏡を押し上げながら淡々と答えた。
ファリアスの予想通りの回答に少年は楽しそうにケラケラ笑っていると、ピンク色の髪を腰まで伸ばしている妖艶な雰囲気を纏う女性が困ったように頬に手を当てる。
《あらあら、バルちゃん駄目でしょ? ファリアスちゃんを困らせちゃ》
《ちぇー、ルシアが言うなら止めるよ。それに、ボクにはバルドゥイノってちゃんとした名前があるの!》
《バルちゃんは元気ねぇ……やっぱり子供は元気が一番よね》
《話を聞いてよー!》
少年──バルドゥイノの訴えに全く耳を傾けずにルシアはにこやかに微笑んだままで、それを見てバルドゥイノは手を振り上げて地団駄を踏んでいる。
バルドゥイノのこういう直情的な行動がルシアに子供扱いされている主な原因なのだが、その事に彼は気が付く様子は全くない。
《どうでもいいんだけどさ、眠いからもうあたし帰っていい?》
《もう少し待ってましょうね、ドロシアちゃん》
ドロシアと呼ばれた水色の髪の少女は、気怠げな表情で面倒臭そうに呟くが、ルシアに窘められて渋々と帰る事を諦めたようだ。
しかし、ドロシアの眠たげな瞳が徐々に閉じられようとしている事から、このままではそう遠くない内に眠ってしまうだろう。
ドロシアが眠ったとしてもわざわざ起こしてくれる人等はルシアぐらいなのだが。
そんな各々が好き勝手にしている現状を、どこか愉快そうに肘掛けに頬杖をつきながら眺めていた男性は、そのまま愉しそうに目を細めると口を開く。
「──勇者が現れたようだ」
ざわり、と先ほどまでの騒然さが嘘のように辺りが静寂に包まれた。
勇者。それは彼等にとっては最重要の存在である。
彼等が掲げている目標を達成するにあたって、勇者は必ず道に立ち塞がり邪魔をしてくると確信しているからだ。
それだけ重要な案件に、全員にあった先ほどまでの緩い雰囲気はなく緊張の糸が張り詰められているようだ。
《どうするのー? 今の内に始末しちゃう?》
《ふ、ふひひ。僕の魔法を使えば一瞬ですよ》
《私は魔法の研究に集中したいのですが……厄介な芽は早めに摘んだ方が良いですね》
《あらあら、皆張り切ってるわねぇ》
《あたしは面倒いから止めとくー》
バルドゥイノが疑問を呟くと白髪の男性が自信満々に立候補し、ファリアスは眼鏡に手を当てながら積極的に始末する事を提案する。
しかし、反対に女性陣は乗り気ではないようで、ルシアは微笑みを浮かべて静観の体制を見せ、ドロシアに至っては既に顔を伏せてやる気なさげに手をぷらぷらと振っている。
それから各々が様々な意見──主にバルドゥイノやルシアだが──を交わし、やがてある程度の方針が決まった所で全員の視線が、あれから脚を組んだまま一言も発していない男性へ向けられる。
《それで、結局どうするのですか? セベリアノ》
ファリアスの問い掛けに男性──セベリアノは、暫し悩む素振りを見せるとバルドゥイノへ目を向ける。
「そうだな……勇者の小手調べには、バルドゥイノ。貴様の部下を使え」
《ボク? 部下っていうか、友達なんだけどねー、わかった》
《セ、セベリアノ!? 何故僕じゃなくてバルドゥイノに任せるんだ! 僕なら素早く──》
「──我の決定に不服なのか、カリスト?」
《──っ! そ、それは……》
セベリアノの決定に白髪の男性──カリストが声を荒げるが、セベリアノに朱色の目を細めて尋ねられると言葉に詰まってしまった。
静かに威圧しながらセベリアノは全員を見回すも、他には否定の声が上がらずそれに満足したように椅子に座り直した。
あちこちで安堵の息が漏れている事など気にせず、セベリアノは光を吸い込みそうな漆黒の髪を楽しげに揺らすと口を開く。
「勇者はバルドゥイノに任せる。これで潰れるならそれまでの存在という事だ」
《生き残ったらどうするのー?》
バルドゥイノの疑問にセベリアノは獰猛な笑みを浮かべ、
「その時は我の糧にしてくれる」
《おおぅ……セベリアノ、顔顔》
「ふむ……似合っておらぬか?」
《お似合いですよ、セベリアノちゃん》
セベリアノの笑みに引いているバルドゥイノの指摘にセベリアノは顔に手を当てて首を傾げるも、ルシアの肯定の言葉に問題はないと思ったようだ。
《なー、話が終わったなら帰っていいか?》
「そうだな……各自は勇者の動向に目を向けるように──解散」
凄く眠そうに口を開いたドロシアの呟きに、セベリアノは気を取り直して号令を掛けると各々が返事をした後、全員の水晶の映像が消え失せていった。
「我の為に足掻け、勇者よ……クハハ!」
それから暫くの間、誰もいなくなり静寂に包まれた部屋で笑い声が響き渡るのだった。
──時は春斗達が異世界アルヴァニオンへ召喚された日まで遡る。
────見渡す限りの草原。
そこには、一面緑の絨毯が敷き詰められているような景色が広がっており、雲一つない青空で輝く太陽が草原を照らしている。
そんな昼寝には最適な場所で、一人の女性が腕を組み仁王立ちしていた。
歳は二十歳頃だろうか。
ポニーテールにしている神秘的な白銀の髪が風に吹かれて靡き、陽の光に照らされてそこに妖精が現れたような錯覚を感じさせる。
瞼は閉じられていてその瞳を見る事は叶わないが、顔立ちは誰が見てもわかるほど整っている。
髪と同じ白銀の鎧に身を包み、腰に長剣を装備している事からこの女性はどこかの国の騎士であることが予想できる。
やがて、女性──騎士はゆっくりと瞼を開き、その紫水晶のような綺麗な瞳に物憂げな色を宿すと口を開く。
「──来ないな」
そう呟くと白魚のような指を形の良い顎に当てて悩むような素振りを見せる。
どうやら、この騎士はここで誰かを待っていたようだ。
しかし、待ち合わせの時刻が過ぎてもその待ち人が現れず、騎士にとってその事がとても心配なのか先ほどから頻りにうんうん唸っている。
「主は今まで約束を破る事はしなかった。つまり、こちらへこれない事情ができたのか──あるいは事件に巻き込まれた、か」
草原のど真ん中でうんうん悩みながら独り言を呟く騎士の格好をした女性の姿は中々にシュールな光景であった。
「事件に巻き込まれたとしても主なら大丈夫だろうが……連絡できないほどの緊急なのだろうか……ん?」
暫しの間俯いて考え込んでいた騎士だったが、不意に顔を上げると何かに気が付いたように背後を振り返る。
すると、そこにはいつの間にか修道服を着ている女性が、呆れたような顔で騎士を見つめていたのだ。
「なんだ、お前か」
「なんだではありませんわよ……全く」
女性を見て拍子抜けした顔をする騎士に、彼女はピンク色の瞳を細めると諦めたように首を横に振る。
女性を一瞥した後直ぐに前へ向き直った騎士を見て、疑問に思ったのか不思議そうに首を傾げて辺りを見回している。
「ところで、彼はまだこちらへ来ていないですの?」
「ああ、来てないな」
「そうですの……久しぶりに会えると楽しみでしたのに……それで、何をしていらっしゃるのですか?」
女性の問い掛けに対し、今度は騎士の方が呆れたような表情を浮かべて振り返る。
「何を言っているのだ? 主を待っているのに決まっているだろう」
「…………はぁ、って主?」
騎士の言葉に女性は疲れたように深く息を吐くが、その中に聞き慣れない単語がある事に気が付き、思わずといった様子で騎士に目を向けた。
それに対して騎士は誇らしげに胸を張ると、真剣な顔をする。
「仲が良い異性を主と仰ぐと本に書いてあったのでな。私もそれに習ってみたのだ」
「……ちなみに、誰の本ですの?」
「いつも通りあいつのだが」
「…………もういいですわ」
騎士の言葉に女性は守銭奴の宮廷魔導師の姿が頭を過ぎり、もう手遅れだと諦めたように項垂れるとこの話題を打ちきった。
女性の姿に納得したと思ったのか、騎士は満足げに頷いてまた前へ向き直る。
どうやら、その主がくるまでいつまでも待つ事にするらしい。
もう付き合いきれないと女性が騎士を置いて戻ろうとした瞬間、騎士の周囲に幾何学的な魔方陣が出現する。
「こ、これはなんですの!?」
「くっ! 破壊するか?」
「どうして魔方陣を剣で壊せるのですか!? それに、今破壊すると何が起こるかわかりませんわ!」
自分の周りに現れた魔方陣に騎士は腰の長剣を抜こうとするも、女性の突っ込み混じりの叫びに舌打ちをしつつ思いとどまる。
騎士達が言葉を交わしている間に魔方陣は輝きを増していき、やがてお互いの顔すらも光で見えなくなっていく。
「時間もなさそうだな……私がいない間、部下達を頼むぞ」
「あ、貴女は落ち着き過ぎですわ!?」
「この魔方陣は私にとって良い事だと勘が告げているからな!」
「あぁ……貴女はそういう人でしたわね」
顔を見なくてもわかるドヤ顔をしているだろう騎士の言葉に、自分だけ慌てているのも馬鹿らしくなったのか、女性は冷静になったようで一息つくと頬に手を当て悩ましげにため息を漏らした。
やがて、魔方陣が一際輝くと一瞬の内に消え去り、そこには先ほどまでいた騎士の跡形等何もなかった。
「行ってしまわれましたわね……あれはなんだったのでしょうか?」
女性は唐突に現れた魔方陣について考察しつつ、振り向くと帰路につこうと一歩踏み出した瞬間、何かを思い出したのか表情がこわばり始める。
「部下達になんて説明しましょうか……ああ、また後始末ですわ」
そう呟くと女性はこれからの面倒事に憂いて、がっくりと項垂れるのだった。




