第40話 第七話?「お菓子な子どもと遭遇 ルクス、新たなる力」③
ゴールデンウィーク最終日。
午後1時。
初夏を思わせる日差しに、肌がわずかに汗ばむ。
私は駅前の時計台の下に立っている。
アンナさんとリンリンが先ほど到着して、今は葵さんを待っているところだ。
「葵さーん! こっちです!」
駅の構内から出てきた葵さんを見つけ、私は両手を振って彼女を呼んだ。
「こんにちは。待たせたかしら?」
「そんなことないですよ。アンナさんもさっき来たばかりですし」
私の言葉にアンナさんも頷いて口を開いた。
「そうだね。体感ではものの数分だったよ―――」
「……おお!」
アンナさんが気遣いできてる! この前は何分待ったとか言っていたのに!
私が内心感動していると、アンナさんはそのまま喋りだした。
「正確に言えないこともないが、こんな話で天丼をしても意味はないからね」
「それは結局、何分待ったか数えてたと言ってるようなものリリよ」
アンナさんは、やっぱりアンナさんだった。
皆で軽く雑談しながら、ショッピングモール行きのバス停へ移動する。
「いざ、ケーキバイキングララよ!」
鞄の中でランランが叫んでいるが、私は気づかなかったふりをして、葵さんたちとの会話に勤しむ。
私は月さんのことや昨日、元看板娘扱いされたことなどを喋る。葵さんはピアノコンクールが近いのでその練習に力を入れている話をしてくれて、アンナさんは何故か新種のミジンコの話を披露してくれた。
ショッピングモール前には、15分ほどで到着した。
私たちはバスから降り、ショッピングモールの駐車場を渡ってモール内を目指す。その道中で、私は意外な人物と再会した。
「え、月さん?」
「―――、アカリちゃん。久しぶり」
駐車場の片隅で、交通誘導員の格好をした月さんに出くわしたのだ。赤い誘導棒を持っている月さんと目が合う。
「こんなところで奇遇だね。今日はお友だちとお買い物?」
「そうです。月さんは、お仕事、ですか?」
「うん、臨時のアルバイトだよ」
私が月さんと軽く会話していると、横にいたアンナさんが口を開いた。
「この人がさっきアカリ君が言っていた人かい?」
アンナさんの質問に首肯し、私は月さんに分かるようにアンナさんと葵さんを手で示す。
「月さん、こちら友だちのアンナさんと葵さんです」
「光ヶ丘アンナです。お噂はかねがね、という程でもないですが伺っております。以後お見知りおきを」
「日森葵です。お仕事お疲れ様です」
「暗井月です。よろしくね」
2人と月さんは軽く握手を交わし、4人で少しばかり会話した。あまり邪魔をしてもいけないと思ったので、名残惜しいとは思いつつも、私たちは目的であるモールへと向かうことにする。
「楽しんできてね」
「月さんもお仕事頑張って下さい!」
月さんに会えた私は、上機嫌で手を振った。
◯◯◯
Side:ルナーラ
……いやあ―――っ!!
私は心の中で叫びながら、ラブティアたちを笑顔で見送った。
……早く行ってええ!!
まさかこんなところで彼女たちと出くわすとは思ってもみなかった。仮面もケモミミもない状態とはいえ、声や背格好は同じだ。至近距離だと正体がバレかねない。
顔に笑顔を張り付けた私は、気づかないでと祈りながら、ラブティアたちと挨拶を交わしたのだ。
……ラブティアたちの本名が知れたのは収穫だけど、寿命が縮むかと思ったよ。
ショッピングモールに彼女たちが入っていったのを確認して、私は肩の力を抜き、大きく吐息した。
「……瑠璃子さんたちの娘さんがラブティアだったのもびっくりだったけど、まさか今度は3人同時に来るなんて」
この前も今日も突然目の前にいるのだから心臓に悪い。笑顔が引きつるほど緊張した。
こわばった顔をマッサージしてほぐす。
気を取り直して、私は来場する車たちをあっちにこっちに流していく。
「……せっかく日給2万円のバイトなんだし、しっかりやらないと」
新規オープンで初の大型連休ということもあって、普段より給料が増額された条件で募集があったのだ。
……あと2時間で2万円だ。
私がウキウキで仕事をしていると、ふと視界の端に人影が映った。
来場客の中に、見慣れた子どもの姿がいた。あれは、
「イエチェーとウーヤ! なんでこんなところにいるの!」
家で留守番をしているはずの2人が、何故かそこにいた。
2人はキョロキョロと何かを探す仕草をしながらも、不意に私の方向に顔を向けた。2人も私に気づいたようだ。
キッと私が睨むと、2人はあからさまに慌てた顔をして、逃げるようにモールの中へ入って行った。いや帰れよ。
「あと2時間もあるのにい! 私の2万円があ!」
今すぐ追いかけたいが、バイト中に持ち場を離れるわけにはいかないのだ。
◯◯◯
Side:日森葵
私とアンナさんは、アカリさんの着せ替え人形になっていた。特にアンナさんが。
最初のお店に入ってからすでに1時間。アカリさんは、ひたすら服を吟味している。
「葵さん。これなんかどうですか?」
フリルのついた白のブラウスと、青みがかったワイドパンツ。私はアカリさんに渡されたものを見て、素直に褒める。
「うん、かわいいわね。試着して、良かったらこれにしようかしら」
今日は夏物を数着買って、あとは皆でお茶をするくらいだと思っていた。まさか1着も買わずに1時間が過ぎるとは思わなかった。
流石にこれ以上長居するのも悪いので、私はアカリさんが選んでくれた服をそのまま購入することにする。
「ここのお店は結構見ちゃいましたし、次のお店に行きましょうか」
アカリさんの台詞に苦笑する。この調子だと、本当に服選びだけで今日は終わってしまいそうだ。
「アカリ君。丁度いい時間だし、少し休憩してはどうかな?」
アンナさんが助け舟を出してくれる。気遣い、と言うよりかは単にアンナさんも休憩したいのだろう。
……アンナさんが一番色々着せられてたものね。
本人の日本人離れした容姿と線の細さも相まって、アカリさんは大喜びで試着服を何着も渡していた。
似合ってはいたけど、一旦休みたくなる気持ちは分かる。
アンナさんの提案にアカリさんは素直に応じる。
「じゃあ休憩にしますか。あそこの珈琲チェーンにしましょう。クーポン持ってるんです」
アカリさんはそう言うと、近くにあった珈琲ショップを指さした。
「……ランランのケーキバイキングは!?」
鞄の中からランランの叫びが聞こえる。アカリさんの耳には届いていないようだけど。
私もこの際休めるのならどこでもいい気分だったので、ランランの悲痛な声はそっと聞き流した。
皆で珈琲ショップに移動する。道中、2階フロアの渡り廊下で私は、よそ見をして走っていた子ども2人とぶつかってしまった。
「――ったぁ」
「大丈夫ですか葵さん!」
「ええ、私はなんともないわ。君たち、人ごみの中で走るなんて危ないわ。怪我はない?」
私は尻もちをついている子どもたちの前にしゃがみ込んで、2人の顔を覗く。まだ小学校にも入ってなさそうな、小さな子どもだった。その時だ。
「てぃあ―――!?」
「おいバカ!」
片方の、少しやんちゃそうな顔をした子どもが、何故か私の顔を見るなり、何かを叫ぼうとした。だが、横にいた少し目つきの悪い子どもが彼の口を咄嗟に押さえつけて、それを止めさせる。
口を押さえられた子どもはモゴモゴと叫び続けて、終いには息苦しくなったのか無理やり手を跳ね除けて、押さえていた子を叩いた。
「ちょっと喧嘩はいけないわ!」
『……ご、ごめんなさい』
急に暴れだすものだから少し声を荒げてしまった。
しかし、怒ったおかげか2人も落ち着いたようで、素直に謝って、立ち上がった。怪我はなさそうだ。
「2人だけ? パパかママは一緒じゃないの?」
アカリさんが子どもに優しく声をかける。
「今はいない」
アンナさんが小さく頷く。
「なるほど、迷子か」
「別に迷子じゃない」
「でも、近くに親御さんがいないなら大変だわ。何かあってからで遅いし」
「近くには、いるから大丈夫」
さっきと言っていることが違う。これは困った。無理やり迷子センターに連れて行くのは避けたいが、このまま放置するわけにもいかない。
「俺たち用事があるから、もう行くから」
そう言って逃げようとした2人を、私とアカリさんで何とか引き止める。
色々ごねられたが、時間をかけてその用事とやらを聞き出した。
子どもたちは、どうやらケーキを買いに来たようだった。保護者も近くにはいるみたいだが、おつかいに出したと言うよりかは2人が勝手に抜け出してきたという印象だ。
……ケーキを食べたいんじゃなくて、欲しいのね。
誰かにあげるつもりなのかもしれない。だとしたら、無理に保護者の居場所を聞くのはさけるべきか。変に勘繰られて、意固地になられても困る。
「どうしましょう?」
アカリさんが困った口調で喋り、私たちに視線を向ける。
「この際、ケーキを買わせてから迷子センターにでも連れて行くのがいいだろう」
「そうね。勝手に逃げ出して、次こそ怪我でもしたら大ごとだわ」
目的を達成できたら、子どもたちも素直に従ってくれるはずだ。
私たちは、子どもたちにケーキを買わせてから、しかるべき対応をとることに決めた。
そうとなればケーキを買う場所だが、この施設でケーキを売っていそうな店と言えば、
「ケーキバイキングララっ!!」
ひときわ大きい声が、辺りに響く。
周囲の視線が、一斉に私たちへ集中する。
「あ、あはは。うん、ケーキバイキング。そう、ケーキバイキングがいいねって! いざ、ケーキバイキングへ!」
アカリさんが誤魔化そうと必死に捲し立てている。だが、これでは余計目立つだけだ。
これ以上ここで騒いでも仕方ない。
私たちはひとまずケーキバイキングのお店がある場所へと移動することにした。ケーキの持ち帰り販売もしているといいのだけど。
「……おい。どうするよウーヤ」
「……名前で呼ぶなっ。うまいことケーキだけ買って、すぐ帰るぞ」
子どもたちが何やら喋った気がする。
「2人とも、どうかしたかしら?」
「なんでもねえ!」「なんでもない!」
何とも不思議な子たちだった。




