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第36話 休日する女幹部


 桜の花びらが散り、瑞々しい若葉が萌ゆる季節。


 温かな陽気の昼下がり。人通りの多い路地を、私は1人の子どもを連れて歩いていた。買い物バッグを肩にかけ、空いた手で子どもと手を繋いでいる。


「ぼくな、たこさんウインナーが食べたいねん!」


「ほんとにタコさんウインナーだけでいいの?」


 私の問いかけに、ツルツル顔のオッソは、うんと頷いた。

 可愛い小熊さんフェイスは、どこにもない。オッソは完全な人間の子どもの姿になっていた。



 ウーヤが大怪我をしてから1週間。

 ウーヤの体調もほぼ回復し、私はいつもの日常を取り戻していた。


 いや、一つだけ変化があるか。


 オッソたちが、新しい魔法を得たのだ。その名もニンゲン化魔法である。


 単純にケモ要素を失うだけの魔法だが、これによってオッソたちの行動範囲が限りなく広がった。ダークネスはこんなものが妖精集めの役に立つのかと訝しんでいたけど、ダークネスの目は節穴らしい。


 私が妖精を捕まえた成功報酬として得た魔法。これさえあれば、子どもたちを色んな所に連れて行ってあげられるのだ。


「スーパー行ってみたかったねん! お昼のな、テレビでな、なんかな、テレビの人がスーパーで色々すんねん!」


 スーパーでこんなにはしゃいでくれるんだから、私としても大満足である。そのうち、お金が貯まったら遊園地や海水浴、旅行もできるかもしれない。


 もちろん妖精捕獲は大事だ。けど、闇の戦士たちにも休養は必要なのだ!


 そのためにも、いっぱいアルバイトして、なるべく節約して、たくさん貯金しないとね!


「……にしし、今日は機嫌良さそうやしお菓子いっぱい入れちゃお」


「? 何か言った?」


「ううん、なんも言うてへんよ」


 なんか悪巧みをしている顔に見えるけど、気にするほどでもないか。

 私たちは他愛もない会話をしながらスーパーに向かった。


    ◯◯◯


 スーパーに到着した私は、入り口そばの買い物カートに手をかけて引き寄せる。


「オッソ、そこのカゴを取ってくれる?」


「うん、これ?」


 灰色の買い物カゴをオッソから受け取り、カートに載せる。これでよし。


「これ下のとこ空いてるけど乗っていい?」


 いいわけあるか!


 ええ、と抗議の声をあげるオッソ。そんなことを言うんだったらタコさんウインナー焼いてあげないぞ。


「ケチンボ!」


「ケチでけっこう!」


 言い合いをしていると、周りからクスクスと笑い声が聞こえてきた。買い物客たちに笑われているのだ。


 恥ずかしさで、一気に顔が熱くなる。


 オッソの首根っこを掴み、私はそそくさと店内の奥へ進んだ。


 とりあえず先にタコさんウインナー用のウインナーをカゴに入れ、後はぶらぶらと店内をうろついて必要なものをカゴに突っ込んでいく。

 

 ……今日は野菜が少し高めだなぁ。次来た時に買い足そうかな? 最近お肉多めだったし今日は魚にして、おやつ用にチーズも買っとかないと。


 頭の中で色々考え、売り場をさまよっていると、妙にカートの重量が増えていることに気がついた。


「オッソ、何してるの?」


「……なにも」


 いや、おかしいよ!? カゴの中がお菓子だらけなんですけど!? 逆になんでこれでイケると思ったんだ!


「ああ!」


 私が問答無用で全てのお菓子を棚に戻すと、オッソは情けない声を出して残念がる。しかし、思ったより無抵抗だった。

 私は直感でまだ何かあると思い、カゴの中身を注意深く観察する。そして、ウインナーのパックが私が入れた数より多いことに気がついた。


 ……お菓子は見せ玉か!?


 なんという策士だ。会計の時に絶対気が付くので無意味だけど、これをやる度胸だけは認めるしかない。

 だが、これも問答無用で返却だ。


「ちぇっ」

 

 オッソのテンションがあからさまに下がる。


 変な冒険はほどほどにしてほしい。買わない商品は、あまりベタベタ触るもんじゃないんだよ。




『ただいま、野菜コーナーでタイムセール開始でございます! キャベツ一玉80エン、80エンでございます!』




 その店内放送が流れた瞬間、店内中にいた主婦たちの空気が変わった。まずい!


「オッソ! 行くよっ!」


「え、なに? どうしたん急に?」


 私はオッソの腕を掴み、急いで野菜コーナーに向かう。今いるのは食肉コーナー。少し遠い。


「くそ! 遅かったか!」


 野菜コーナーはすでに主婦たちの戦場と化していた。負けられない!


「オッソ! あとは任せた!」


「あ、うん」


 カートをオッソに預け、キャベツに群がる主婦たちの荒波に飛び込んだ。が、しかし、


「く、崩せない!?」


 私は主婦の壁を越えられずにいた。


 ……まさか!? 人間の姿とはいえ達人級(マスタークラス)のこの私が押し負けるなんて!?


 主婦。恐るべし!


 その後も主婦たちを掻い潜ろうと悪戦苦闘したものの、結局私が野菜コーナーに辿り着けた時には、特売のキャベツは綺麗さっぱり無くなっていた。


「く、完敗だ……っ!」

 

「おかえりルナーラ」


 愕然と膝をつくが、目の前のオッソは特に興味もなさそうに声をかけてきた。


 仕方ない。今日は野菜は諦めよう。家にまだ残っているし、数日くらいは持つはずだ。


 オッソを連れ、敗戦の将となった私は再びカートに手をかけて店内を回った。

 買い忘れがないかだけ確認し、もう大丈夫かと思った私は、横のオッソに声をかけようと視線を向ける。

 しかし、そこにオッソの姿はなかった。


「え、うそ。どこに行ったの?」


 オッソが迷子になった。


 やってしまった。

 特売で負けたせいで完全に上の空だった。急いでオッソがいそうなお菓子コーナーや食肉コーナーを見て回るが、どこにもオッソの姿はない。


「まさか誘拐……? いやいや、流石にそんなことはないはず」


 もしかして飽きて外に出たのかもしれない。私は一旦確認しようと出入り口の方に移動した。


 出入り口のそばで、私はオッソを見付けた。


 オッソは、出入り口の横に設置されたガチャガチャのコーナーを食い入るように見詰めていたのだ。


「そういえば、入る時にチラ見してたっけ」


 私はカートを邪魔にならない位置に置いてから、オッソを回収しようと近寄る。


「ルナーラ! これやりたい!」


 私の気配に気づいたオッソは開口一番そう叫んだ。私はため息をはいた。


「ダメ」


「ええ、なんで! やりたい!」


 ガチャガチャなんて大したものもでないじゃん。ちゃちい景品ばっかで、すぐ失くすか壊れるだけだ。


 それに一回させたら、今度はイエチェーやウーヤにもさせないといけなくなる。際限なしだ。

 

 オッソのおねだりに、私がなおもノーを突きつけると、オッソはなんと、いきなり床に寝っ転がって駄々をこねはじめた。


「やりたい! やりたい! やりたい!」


 突然の駄々っ子攻撃に私はたじろぐ。すぐさま周囲を確認すると、すでにご婦人方に微笑ましい顔で笑われていた。まただよ!


「分かった。分かったからそれやめて!」


 観念して私が降参の声を上げると、オッソは何事もなかったように立ち上がった。


「やったあ!」


 本当、どこでそんな技を覚えたんだ。


 私はケロッとした顔でガチャガチャを吟味するオッソをジト目で睨む。やがてオッソは、1つのガチャガチャを選んで私に示した。


「ルナーラ! これ! たこやきさんやる!」


「げっ、これ300円もするじゃん。最近のガチャガチャってそんなにするの!?」


「ダメなん?」


 オッソは可愛い顔で腰を落としている。いつでも駄々っ子攻撃を再開する準備は万端のようだ。


「分かったよ。1回だけだからね。欲しいヤツが出なくても、もうしないからね?」


 何度も念押しして、私は財布から100円玉を3枚オッソに渡す。


 オッソはすぐそれをガチャガチャに入れ、ハンドルを回した。出てきたカプセルを取り出して、開け、中身を確認すると、オッソは嬉しそうに破顔した。


「ルナーラやったあ! これ、たこやきさんや!」


 どうやら欲しいヤツが出てきたようだ。

 しかし、また妙なフォルムのフィギュアだ。たこ焼きにタコの顔と足がついていて、なかなかキモカワいい見た目をしている。

 ガチャガチャの表示を見ると、どうやら他の景品は中の具が違うらしい。どういう差別化だ。


 まあいいか。これでオッソの気も済んだろうし、さっさと会計をして帰ろう。

 私はオッソにそろそろ帰ろうと声をかけた。だが、何故かオッソは応じず、じっとスーパーの外を見ているだけだった。


「ルナーラ、あれ」


 オッソの指さした方向を私も見ると、そこには見覚えのある少女が私服姿で立っていた。あれは、


「ティアルクスの子がいる」


 赤みの強い茶髪のショートヘア。血色のよい肌と快活な表情を浮かべる少女。変身前のティアルクス本人がそこにいた。

 同じ町に住んでいるんだし、そんな日もあるだろう。私は特段動揺することもなく、相槌をうった。


「ああ、確かにそうだね。じゃあ、会計しようか。オッソ行くよ」


 私は見なかったことにして、早々にその場を立ち去ろうとする。しかし、オッソはゴソゴソとズボンのポケットを探ったかと思うと、中からマブイナーの種を出した。


「ちょ、嘘でしょ? ここでやるつもりなの? 本気?」


「ルナーラ! いい作戦を思いついた!」


 オッソは悪い笑みを浮かべていた。

 

 絶対、碌なことじゃないよ。





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