第35話 保護する女幹部
額に、ほのかに温かな感覚が広がる。
ズキズキとした痛みが和らいで、徐々に呼吸が楽になった。
おぼろげながら目が醒める。まぶたを開けて最初に見えたのは、黒い毛玉だった。
「……クーすけ?」
クー助は俺の額に触れ、心配げな表情で俺の顔を覗いている。
そして、視界の端にはもう一人の顔が見えた。
「……るなーら」
そうだ。思い出した。
……俺、まけたんだ。
1人で妖精を捕まえるために勝手に飛び出して、調子に乗って負けて、ここで気絶した。
「ルナーラ、おれ―――」
きっと、クー助がルナーラを呼んできてくれたんだ。
「無理して喋らなくていいよ。ウーヤ、今は休みなさい。もう大丈夫だから」
ルナーラは俺のそばに寄ると、優しく頭を撫でてくれた。
また負けてしまった。そして、またルナーラに迷惑をかけてしまった。
そんな悲しそうな顔をさせたかったわけじゃないのに。
「……ぉ」
意識がまた遠のく。情けなくも、俺はルナーラの顔を見て安心してしまった。
俺はただ、ルナーラに妖精を渡したかっただけなのに。何もできずに負けて、手間をかけさせて。
「ごめん……」
喜んでほしかっただけなのに。
妖精、とってあげられなくて、ごめんね。
俺は薄れる意識の中で、ルナーラの悲しい顔を思い出して、ひたすら謝った。
◯◯◯
Side:ルナーラ
「――ごめん、か」
ウーヤはうわ言のようにそう呟くと、また眠ってしまった。何を謝っていたのかはよく分からない。
私はその傷だらけの寝顔を見て、無事だった安堵で息を吐く。
食堂のアルバイトから帰った私は、オッソたちからウーヤがどこかへ行って帰ってこないと聞き、焦った。どこかで遊んでいるならいい。だが、私が帰ってくる時間に戻ってきていないのは異常だった。
急いで後を追おうとしたけど、ウーヤの匂いは空で途切れており、とてもじゃないが追跡はできなかった。
焦りだけが募り、手をこまねいて立ち尽くす私の前に、クーちゃんが帰ってきたのは、そんなタイミングだった。
クーちゃんは慌てており、必死に私に向けて何かを伝えようと手足を動かしたけど、用件はすぐに分かった。クーちゃんは虫かごの紐を体に巻き付けていた。その虫かごは、ウーヤたちがよく使っているものだった。
クーちゃんはウーヤと一緒にいた。でも、帰ってきたのはクーちゃんだけ。
クーちゃんを伴い、私は狼の姿となって全速力で街を走った。
クーちゃんの指示を頼りに駆ける。太陽が沈むより早く、ただひたすらに奔った。
博物館の近く。警察や消防の回転灯がいくつも見える。少し離れた茂みを、クーちゃんは必死に指さした。
茂みの中には、うつ伏せの状態で動かないボロボロのウーヤがいた。
人間体に戻って駆け寄り、ウーヤの体に手を伸ばすが、私は一瞬、ウーヤに触れるのを躊躇った。
――もし、冷たくなっていたら。
数秒、自分の呼吸すら忘れて私は硬直する。最悪の想像が頭の中を駆け巡る。
――もし、ウーヤがこのまま起きなかったら、私は―――。
「……ぅ」
その時だった。ウーヤが、苦しそうに息を漏らしたのだ。
「ウーヤ!」
悪い妄想を振り切って、私はすぐさまウーヤを介抱した。怪我の具合を確認し、クーちゃんを呼ぶ。
クーちゃんに大半の治癒を任せつつ、自分も負傷した部位に気力を流し込んで手伝う。
戦闘用の荒々しい力ではない。優しく穏やかで沈むように、ウーヤの体に流れる気を補う。
数分で、ウーヤの応急処置は済んだ。完治にはまだ遠いが、これ以上の無理な治癒は体にも負担がかかる。
治療が終わった私は、大事にならずに済んだと思い、緊張の糸が解けてへたり込んでしまった。
ウーヤが目覚めたのは、その更に数分後だった。
そして、再び眠ったウーヤを撫で、クーちゃんにウーヤを見ておくよう頼んでから、私は茂みを這い出た。
何があったかを確かめるためだ。
ウーヤが戦ったのは、きっとあの博物館だろう。警察や消防が大量に来ているのに、妙に静かだったからだ。
近くの通行人や住民たちの話を聞く限りでは、お昼すぎに“博物館にカイブツが現れた”と通報があったらしい。でも、見知らぬ少女たちがすぐ退治して、その少女たちもすぐどこかへ消えてしまったとのことだった。
目撃者は沢山いる。だが怪我人もおらず、事件のあった博物館も無傷で、やってきた警察官たちも困り果てているらしい。
私は聞きたいことは聞けたと判断して、すぐウーヤの元に戻った。
ウーヤもかなり落ち着いたようで、呼吸も安定し、すやすやと眠っていた。これなら動かしても大丈夫そうだ。
「ありがとう。クーちゃんのおかげで助かったよ。そろそろ帰ろうか」
私はウーヤに上着を被せてから、おんぶした。
『……くう』
クーちゃんがウーヤの顔を見て、悲しそうな声を出す。私は歩きながら、クーちゃんに聞いた。
「ウーヤと一緒に妖精を探しに行ったの?」
『くぅ』
「ウーヤたちも弱いわけじゃないけど、私ほど強いわけでもないんだよ?」
クーちゃんはきっと、私がラブティア3人を軽くあしらったのを見て油断していたのだろう。
具体的に何をしていたかは分からないけど、クーちゃんにだって、ウーヤを止める瞬間はあったはずだ。
『……クぅ』
クーちゃんが肩を落とし、シュンとする。クーちゃんはちゃんと反省しているようだ。
「私も、反省しないとね」
自分もウーヤがあそこまで妖精を捕まえたがっていたのは予想外だった。もっと注意するか、クーちゃんにも何かしら言い含めることができたはずだ。
……ちゃんと見てあげられてなかったんだ。
肩越しに、小さく寝息を立てるウーヤを見る。
ごめんと言われた。
でも、私にはその意味がよく分からなかった。勝手なことをしたのを謝ったのか、それとも妖精を取り損ねたことを謝ったのか。
もっとちゃんと見てあげていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
私が外で働いている間も、ウーヤたちは屋敷にずっといる。もう少し、外に出て行く機会があっていいだろう。
妖精も大事だけど、ここでしか味わえない楽しさもあるはずなのだ。
業腹だが、ダークネスにウーヤたちを人間に近づける魔法を作れないか相談するのも手かもしれない。本当に業腹だが。
……でも今は、ウーヤが無事だったことがなによりだよ。
本当に、それだけは良かった。
作者の矢成です。
『ニチアサ転生!』もとうとう10万文字の大台に乗りました。ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
是非これからも応援よろしくお願いします。




