第34話 がんばれ、カラス怪人ウーヤさま
今回長めです。
温かな日差しの中、俺はコンクリートの街並みを眼下に収めて飛ぶ。
『くーく!』
「あそこか!」
クー助の案内の末に着いた場所は、“はくぶつかん”という大きな建物だった。
小さな羽を振って、屋上に着地する。
「は、は。――よし。クー助、ここに妖精がいるんだな?」
長距離飛行で乱れた呼吸を整える。
『く!』
「よし。クー助はここで待っててくれ。それと、この虫かごも持ってて。壊すなよ、捕まえた妖精を入れるんだからな?」
『くー』
クー助に邪魔な虫かごを預けて、さっそく俺は屋上の扉から建物の中に入る。
最初に見えたのは、白壁の無機質な階段だった。
誰かに見つかり、騒ぎになったら妖精どころじゃなくなる。なるべく気配を消して、慎重に進んだ。
階段を降り、幾つかの角を曲がった末に辿り着いたのは、摩訶不思議な空間だった。
星や星空の絵、何かの機械の模型などが、空間いっぱいに置かれていたのだ。初めて見る光景に、俺は思わず口を開けて見入ってしまう。
「……何なんだこれ」
呆けていると遠くから物音がした。慌てて物陰に隠れ、頭だけ小さく出して辺りを確認する。
音の正体は、人間の親子だった。
親子は、置いてある模型や絵たちを物珍しげに眺めて回っている。
……はくぶつかんって、飾り物を見る場所なのか?
よく分からない。こういう時、ルナーラがいたらすぐ教えてくれるのに。
しかし、一体何でこんなのを飾っているのだろうか。星や機械を見て何になるんだ。
近くにある飾りを幾つか見てみる。が、
「いやいや、俺は妖精を捕まえに来たんだ。遊びに来たんじゃない」
俺は頭を振って、妖精探しを再開した。
平日の昼間のおかげか人間の数も少なく、隠れる時間が少なくて助かった。何度か見つかりそうになって危なかったけど、妖精の光は見逃さないよう俺は歩きながら辺りを見回す。
道中、いんせきという石を見付けた。人間は空から落ちてきた石を集めるみたいだ。
別の場所では、変な形をした生物模型や大きな骨があった。すごくデカい角を持った骨だ。昔の生き物らしい。
そして、ひときわ大きなフロアに出た。
そのフロア中央に置かれた模型を見て、俺は声を漏らす。
「わあ……!」
とても巨大な、二本足で立つトカゲだった。
人影がいないのを確認し、駆け足で近寄る。
「てぃらのさうるす」
展示板に書いてある名前を読む。漢字はまだ全然読めないので飛ばし飛ばしだが、昔存在した巨大生物らしい。
「……大昔の、鳥のなかま」
末尾の説明を見た俺は、再びティラノサウルスの模型を見上げた。力強い佇まい、太く長い尾と大きな顎から覗く牙が恐ろしい。
「俺も大きくなったら、こんな強そうな感じになれるかな?」
これだけ大きかったら、ルナーラにも勝てるかも。
ルナーラにギャフンと言わせる想像をした俺は、少し頬を緩める。ルナーラなら、たぶんこの大きさでも転がしてきそうだと思ったのだ。
しばらくティラノサウルスに夢中になってしまった。しかし、人間の一団がやってきたことに気が付き、俺は急いで白い通路の方に戻った。危なかった。
……みんな、同じ服を着てたけど、どこかで見た気がする。
若い人間たちだった。俺は思い出そうと頭の中を探るが、一向に思い出せない。
「……まあいいや。とにかく妖精探しだ」
人が増えたせいで、あの飾りがいっぱいのところでは探しづらい。先にこっちの白い通路を探そう。こっちに人影は全然見えない。
“職員専用通路・関係者以外立入禁止”
……これなんて書いてあるんだ?
まあ見つからなければいいかと思い、俺はその通路を歩き回った。
そして、見付けた。
「……あれは!」
ポヤポヤと光りながら漂う小さな生き物。間違いない、妖精だ。
妖精が角を曲がって通路の奥へと飛んで行く。俺は見失わないよう急いで走った。
「――っ!?」
視界の端に映った人影を見て、俺は急停止した。目を見開いて、その影を直視する。
3人組が通路を歩いていた。真ん中にいる人間には見覚えがある。あれは、
「ティアルクス!」
学校の図書館で俺の腹を抉ったラブティアだ。
……そうか。あの服、ラブティアが着てた服だ!
先ほど見た一団を思い出して、俺は歯噛みする。もっと早く気づくべきだった。これでは、またラブティアに先を越されてしまう。
「そうだ。マブイナーでラブティアを誘き出そう! その隙に妖精を捕まえたらいいんだ!」
妙案を思いつき、俺はすぐポケットに仕舞っていたマブイナーの種を取り出した。どれをマブイナーにしようか。あの飾っていた物のどれかでいいか。いや、
「……あのティラノサウルスにしよう」
あの大きくて強そうな見た目。きっとラブティアも苦戦するはずだ。
俺はあの広いフロアに戻るため、今来た道を引き返した。
……これで妖精は俺のものだ!
◯◯◯
Side:乙女川アカリ
「葵さん。ここの博物館、プラネタリウムもあるらしいですよ! 集合時間までに見る時間ありますかね?」
今日、私たちは遠足で市内にある総合科学博物館に来ていた。
集合時間までは自由に見て回っていいので、私はせっかくだからとクラスの友だちではなく、葵さんとアンナさんを誘って3人で展示品を見て回っていた。
「ふふ、そうらしいわね。でも遠足の予定表にプラネタリウムも書いてあるから、ちゃんと見る時間はあるわよ?」
「午前は自由時間、昼食後にプラネタリウムだ。バスで説明もあったはずだぞアカリ君?」
そうだったんだ。予定表も説明も全然知らなかった。私は、恥ずかしさで顔が熱くなる。
私は何とかこの羞恥心を誤魔化そうと近くの展示品を指差して口を開いた。
「この亀と蛇が合体した変な像、変で面白いですね! って、――あれ?」
視界の奥。私は光を見た。あれは、
「……葵さん、アンナさん! 妖精がいます!」
私の言葉に、2人が表情を変える。まさか、こんな場所で妖精を見つけることになるなんて。
「2人ともこっちです」
私は急いで、光が潜り込んで行った通路まで2人を案内する。
「アカリさん。この先は職員用の通路よ?」
「間違って入って迷ったと言えばいいんだろう?」
「それで行きましょう!」
「本当に大丈夫かしら?」
私たちは言い訳を決めて、すぐ通路に忍び込んだ。
無機質な通路。昼光色のライトが照らす中で、私たちは迷わず奥へと突き進む。途中、
「アカリ君。コフレは?」
「念のためいつも持っておくようにしたんです。また妖精を奪われるわけにはいかないですから!」
アンナさんと会話していると、葵さんが声をあげた。
「2人とも、あれだわ。妖精よ!」
私がさっき見つけた光と同じ輝きが、通路の端で揺らめいていた。小走りで近づき、手を伸ばす。
『げー?』
妖精は、カモノハシに似た姿だった。
妖精は逃げることもなく、私の手に収まってくれる。温かく、柔らかな感触が伝わってきた。
「こうもあっさりと妖精を回収できるとは、今日はついているようだ。気分がいいね」
アンナさんの台詞に私と葵さんも頷く。しかし、
『――――!』
遠くから聞こえる悲鳴と、直後に館内に響き渡った警報音に、私たち3人は顔を見合わせる。
「どうやら、そうもいかないようだね?」
「急いで戻りましょう!」
コフレに妖精を仕舞い、私たちは元いた展示場に走った。
◯◯◯
Side:ウーヤ
「いない!?」
人が多くいたせいで、ティラノサウルスの模型へ辿り着くのに時間がかかってしまった。
目覚めたマブイナーに“とにかくラブティアを誘き出せ。他に手は出さなくていい”と命じ、急いで引き返してきた。
だが、戻ってきた時には、すでに妖精の姿はどこにもなかった。
確かに、妖精はこの辺りにいたはずなのに。
遠くから、何かと何かがぶつかる音が聞こえる。きっと、ラブティアとマブイナーが戦っているのだ。
……遅かったのか。
俺がティラノサウルスにこだわったせいで、妖精はきっとラブティアたちに奪われてしまったんだ。
「くそ!」
冷たい床を蹴りつける。また失敗してしまった。
「ここまで来たのに。やっと妖精を見つけたのに! あとちょっとだったのに!」
俺の妖精なのに。絶対、取り返してやる!
「そうだ。あのマブイナーもいるんだ。絶対取り返せるはず!」
興奮して息が荒くなった俺は、一度だけ大きく息を吸って、吐いた。そして、
「――待ってろラブティア!」
俺は人影が見えなくなった建物の中を駆け出した。もう人目を気にする必要もない。
◯◯◯
ラブティアとマブイナーが戦っていたのは、吹き抜けになった1階のエントランスホールだった。
ガラス張りの壁面から差す外光で、ラブティアたちの戦いがよく見える。
マブイナーは尻尾を振り回し、顎で噛み付き、その巨体を存分に使ってラブティアたちを威圧していた。
オトナ化の魔法で怪人となった吾輩は、2階の渡り廊下から彼女たちを見下ろして、高らかに声を上げる。
「苦戦しているようだな、ラブティア!」
「あなたは! 闇の戦士の、たしか、――ジーヤ!」
「ウーヤだっ! 人の名前を間違えるな!」
ティアルクスの声に思わず反応してしまった。
「クソ。まあいい。さあ、怪我をしたくなければ、大人しく捕まえた妖精を渡せ!」
「いやだ! 妖精は光の国のものなんだから!」
「いいや、妖精は闇のものだ! 渡さないなら、力ずくで奪うだけだ! いけっ、マブイナー!」
『マブイナー!!』
全身をツタで覆われたティラノサウルスが咆哮をあげた。そのまま、巨体を振り回し、ラブティアたちを薙ぎ払う。
「みんな、行くよ!」
ラブティアたちはマブイナーの攻撃を即座に回避した。マブイナーとラブティアの攻防が始まり、吾輩も戦いの渦中に飛び込む。
「喰らえ!」
「きゃあ!」
マブイナーの攻撃を避けたルクスを蹴りつける。直撃だ。
やはり、この巨体相手、周りに意識を割くほどまだ慣れていないらしい。
だが、追撃はしない。すぐさま翼をはためかせ、吾輩は宙に上がって距離をとる。
その後もマブイナーに気を取られたラブティアへ一撃を加えては離れる。それを繰り返した。
……攻撃だけじゃダメっていうのはこういうことなのかルナーラ?
確かに有効そうだ。ラブティアたちは防戦一方で、反撃する暇もない。いけるぞ!
戦闘中、大きな隙を見せたキャンデラ。吾輩は急降下して、自慢の鍵爪で蹴りつける。が、
「かかったね!」
「何!?」
吾輩の蹴りを受け止めたキャンデラが、そのまま吾輩を振り回しコンクリートの壁へ向けて投げた。
「小癪な!」
激突寸前、ぎりぎりで身体を捻って着地する。膝で衝撃を吸収し、吾輩はキャンデラ目掛けて跳んだ。
「喰らえ!」
身構えるキャンデラの懐に飛び込む。
右拳を突き出し、引いた腕でひじ打ち、そこから体重を乗せて肩からぶつかった。
キャンデラの身体がよろける。
「これは……!?」
流れるような連撃。意識して動いたわけではない。
だが、これは、この動きはルナーラに散々やらされた変な体操そのものだった。
身体が勝手に動く。
力強く踏み込み、腰を据え、背中から腕へと力を伝え、一気に拳を突く。
吾輩の拳一つで、キャンデラは壁に激突した。
「……力を繋げるってこういうことなのか、ルナーラ!」
いける。吾輩は確信した。このままキャンデラを追撃しようとする。だが、
「キャンデラ!」
視界の端に空色が映った。次の瞬間、
「ぐはっ!?」
ルーメンの回し蹴りが脇腹にクリーンヒットした。
クソ。上手く動けたせいで無意味に追撃してしまった。夢中になる余り、後方の警戒が疎かになっていた。
キャンデラを庇いながら構えるルーメンを一瞥した吾輩は、やむなく距離をとった。
脇腹の痛みに耐え、翼を振るい、ルクスを追いかけていたマブイナーの背中に飛び移る。
「マブイナー! 連携だ! 一緒に動けば勝てる!」
『マブイナー!』
吾輩の叫びにマブイナーが応じる。マブイナーは全身を覆うツタや尻尾、そして顎までも使って、集合し直したラブティア目掛けて突撃して行った。
「よし。隙を見せろラブティア!」
上空に飛び、身構えた吾輩に対して、ラブティアたちがとった行動は意外なものだった。
「何!?」
突撃してきたのだ。マブイナーの攻撃を避けて、そのまま吾輩目掛けて突っ込んでくる。
三方からの攻撃。必死に捌こうとするが、ほとんど防御できなかった。翼を動かす余裕もなく、地面に落とされる。
「クソ! マブイナー! 引き剥がせ!」
苦し紛れに叫ぶ。マブイナーの再突撃にルクスとルーメンだけが動いた。
……よし! 1人相手ならさっきのをもう一度やればまだ勝ち目はある!
吾輩は身構えたキャンデラに対して、もう一度ルナーラに教わった動きを再現する。
しかし、
「続けて2度も同じのは食らわないよ? 君たちはワンパターンすぎる」
吾輩が突き出した右腕を、キャンデラは半身で交わした。キャンデラの鋭いカウンターが、吾輩の腹に突き刺さる。
身体がくの字に折れ曲がった。
「ぐ、が、は―――ッ!?」
キャンデラは吹っ飛ばない程度の連打で、吾輩をその場に縫い付ける。何度も吾輩の身体を拳で撃ち抜いた。
『マブイナー!』
殴られ続ける視界の端でマブイナーが叫んでいた。ルーメンに尻尾を受け止められ、掴まれて体勢を崩されている。
どうやらあの2人もマブイナーの動きに慣れていたらしい。
「何度も同じ戦法をされたら、そりゃあ慣れるさ」
マブイナーはルーメンによって投げられ、待ち構えていたルクスに蹴り飛ばされた。あの巨体が、まるで玩具のようだった。
負ける。
このままじゃ、負けてしまう。
嫌だ。このまま、負けて、
「負けて、――たまるかーァ!!!」
吾輩、――俺はキャンデラの拳を弾き、最後の力を振り絞って全力の拳を放った。
そして、反撃は空振りに終わった。
キャンデラは身をかわし、拳を引き絞っていた。
「くそ……」
一瞬で殴り飛ばされる。
吹っ飛んだ先にいたのはマブイナーだった。
マブイナーはルクスに蹴り飛ばされ、すでに動けなくなって倒れ込んでいる。
そのマブイナーの腹に、俺は激突した。
「ぐっ!」
衝撃で意識が飛びそうになる。
ぼやけた視界の先に、3色が揃って見えた。
「――ラブティアの美しき光が!」
まずい。
「――邪悪な心を打ち払う!」
よけないと。
「――今こそ真なる姿で照らし出せ!」
でも、足に力がはいらない。
『――ラブティア!!』
震える身体を懸命に起こし、立ち上がる。しかし足が言うことを聞かない。動けない。
だめだ、このままじゃ、しんじゃ―――、
『――フォトンレイ・トライノヴァ!!!』
視界の全てを、神々しい光が埋め尽くす。
……ルナーラ、おれ―――。
その瞬間だった。
俺の身体を、横から強い衝撃が襲った。ツタと鱗で覆われた太い尾が、俺を外へと弾き飛ばす。
「……マブイナー!?」
咄嗟にマブイナーに目をやる。だが、すでに俺のいた場所もろとも、そこは浄化の光に飲み込まれていた。
何も見えない。何が起こったのかも分からない。
だが、俺の身体はガラスの壁を突き破って、建物の外へ飛び出ていた。
反射的に翼を広げて、懸命に羽ばたく。
だめだ。痛みで力が入らない。
俺は空中を滑るように飛び、近くの茂みに突っ込んだ。そのまま全身を草地に擦り付けながら滑り、やっと止まる。
……たすかった?
俺の意識は、そこで途切れた。




